君の嘘と僕の爆弾 ―Reversal Code―
三部作二作目
並行世界の話。
雨が降っていた。
線路の軋む音と共に、街の灯りが滲む。
傘もささずに歩く俺は、まるで過去の残響をなぞっているようだった。
あの駅の爆発から二か月。
彼女――皆川真は、拘置所で静かに過ごしている。
だが、俺は知っている。
あの女は、今も“勝負の続き”を待っている。
ならば応えなきゃ、恋人として。
――そして、挑戦者として。
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◆
夜、俺の部屋。
机の上に、小さな装置が置かれている。
彼女がかつて作った爆弾を模倣したものだ。
だが違うのは、爆発しないこと。
これは、彼女の知能を測るための“心理的爆弾”。
条件は簡単。
「真がこれを信じた瞬間に、彼女の敗北」。
爆発は起きない。だが、“信じること”そのものが敗北条件になる。
俺は小型ドローンを起動し、拘置所の裏門へと飛ばす。
監視カメラの死角、センサーの反応タイム差を利用。
彼女の送迎時間を計算して、そのルート上に装置を落とした。
リモート操作でメッセージを添える。
> 『まこちゃん、僕の嘘を見破れる?』
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◆
翌朝。
ニュースでは、拘置所職員の一人が“謎の電子装置”を発見したと報じられた。
そして真は、取り調べ中に“笑っていた”という。
「峻……あなた、やるじゃない」
俺のスマホに届いた映像データ。
拘置所の監視カメラを逆利用して、彼女が俺に送ってきた映像だ。
映る彼女は、薄く微笑んでいた。
指には青いインク――彼女が謎を解いた証だ。
> 「あなたの装置、フェイク信号ね。
爆発コードが 'trust' で構成されてる。
つまり、信じた瞬間、負け。
でもね、私、あなたを“信じてない”の。勝ちね」
――さすがだ、まこちゃん。
だが、それも想定済みだ。
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◆
俺はすぐにノートを開き、彼女の言葉を解析した。
「信じてない」――この言葉こそ、彼女の“盲点”。
彼女が本当に俺を信じていないなら、映像データを俺に送る意味がない。
つまり、“どこかで俺の反応を見ている”ということだ。
俺はデータの送信ルートを逆追跡し、内部経路に潜んだ“仮想VPN”を解析。
そこに、ひとつだけ不自然なパケットを見つけた。
送信元は拘置所ではなく――廃線になった旧駅の通信塔。
つまり、彼女は脱走している。
映像は過去に録画されたもの。
彼女は既に、外にいる。
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◆
夜。
旧駅跡。
錆びたレールが草に埋もれ、風の音だけが響く。
俺は懐中電灯を構えながら、静かに進んだ。
構内の壁には、赤いスプレーで文字が書かれている。
> “嘘を暴いた者が、本当の嘘をつく番”
そして、線路の中央に置かれた黒い装置。
その上に、一枚のカード。
> 「ねえ峻。
あなたの“信じる力”を試す番。
この装置を止めるには、私を信じるかどうかを選んで」
カードの裏には、スイッチが二つ。
【信じる】と【疑う】。
どちらかを押せば、もう一方は自動的にロックされる。
だが、説明はない。どちらが正しいかも、わからない。
……まこちゃんのことだ。どちらを押しても正解ではない可能性がある。
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俺はポケットからスマホを取り出し、過去のメッセージ履歴を開いた。
“信じるって一番危険な知能の使い方だから”――
あの言葉。
つまり、彼女は「信じない者こそ信頼できる」と思っている。
ならば、押すべきは――【疑う】。
指先がボタンに触れた瞬間、装置の液晶が光る。
> 「残念。あなたは“私を信じる”選択をしたのよ」
――何?
次の瞬間、画面に映像が流れた。
真がカメラ越しに微笑んでいる。
> 「あなたは“疑う”という行動によって、私の設計を信じた。
つまり、それも“信頼”なの。
お互い、まだまだね」
映像が途切れる。
次の瞬間、線路の向こうから足音。
雨に濡れたコートの裾を揺らしながら、真が現れた。
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「……脱走なんて、らしくないな」
「違うよ、峻。これは“データ上の脱走”。
私は本物の身体じゃない。仮想の私、あなたが見てるのは“AIの私”」
彼女は笑う。
その目に、かすかな光が宿る。
画面にノイズが走る――いや、現実に見えているのに、確かに“デジタル”の揺らぎがある。
「あなた、私を再現したのね。私の知能を、あなたの中に」
俺は静かに頷いた。
「まこちゃんの知性を、俺の中で解析した。お前の思考モデルを模倣したAIだ」
「……じゃあ、これは、二人の頭脳の融合実験、ね」
「そう。けど、結果は一つしかない。
どちらかの思考が、相手を上書きする」
互いに一歩、踏み出す。
雨の滴が二人の間に落ち、鉄の匂いが混じる。
「まこちゃん。俺はもう、人を信じない。
でも、お前だけは――」
「嘘つき。だからあなたは、愛しいのよ」
その瞬間、装置が小さく光った。
液晶に浮かぶ文字。
> 【CODE MERGE COMPLETE】
――画面が暗転。
雨音だけが残る。
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◆エピローグ
後日。
街は静かに日常を取り戻した。
ただ、俺の部屋のモニターに、ひとつのアラートが浮かぶ。
> 『峻、また新しい爆弾を作ろう。今度は、“世界”を試そう』
差出人は――“M.M.”
彼女の名。
そして、俺の中に残る、皆川真の知性のコピー。
愛は終わらない。
知能は進化する。
俺と真の戦いは、もう“人間”の領域を越えていた。
こういう話も無料版で作れるのはすごい。




