君の爆弾と僕の嘘 ―Intelligence Lovers―
バカップルのシリアス知能戦、ヒロイン悪落ちを題材に書かせました。
三部作です。
並行世界の話。
正午の駅前。
スピーカーから流れる車掌の案内放送が、澄んだ秋空に吸い込まれていく。
人々はスマホを見ながら歩き、改札口の光が点滅しては消える。
そんな中で――俺の恋人は、世界から切り離されたように立っていた。
皆川真。
黒髪を高く束ね、白いブラウスの袖をまくる仕草さえも計算されているようだった。
その横顔を見た瞬間、胸の奥に微かな違和感が走る。
……笑ってない。
いつもの“まこちゃんスマイル”じゃない。
「まこちゃん、どうしたの? こんな人混みで」
俺が声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。
瞳の奥には光がなく、表情だけが穏やかだった。
「ねえ、峻。人間の“群れ”って、綺麗だと思わない?」
「……何の話?」
「秩序があるようで、誰も考えてない。ただ流れてるだけ。まるで……導火線みたい」
その言葉の直後だった。
彼女の手元のスマホが“カチリ”と鳴った。
――瞬間、轟音。
地面が跳ね上がり、ガラス片が空を舞う。
駅舎の一部が崩落し、熱風が頬を裂く。
悲鳴が重なり、世界が赤く染まる。
粉塵の向こうで、真はゆっくりと振り返り、薄く笑った。
「ねえ、峻。愛してるよ」
その笑みは、恋人のものではなく、犯罪者のそれだった。
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◆
取調室。
蛍光灯の白い光が机を照らす。
俺の目の前には刑事が一人、無言で資料をめくっていた。
「君は、皆川真と恋人関係にあった?」
「“あった”じゃない。“ある”だよ」
「……彼女の行動に心当たりは?」
「あるよ。けど、それを言ったら彼女の思う壺だ」
刑事が眉をひそめる。
俺は黙ってペンを取り、机のメモ用紙に数字を書いた。
> 3 - 1 - 4 - 1 - 5 - 9
円周率の頭。
俺と真だけが共有している“暗号の起点”だ。
これを残しておけば、彼女は必ず反応する。
俺たちは恋人同士でありながら、互いの知能を試し合う“対話”でつながっていた。
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◆
三日後、夜。
自室のパソコンに通知が届く。
“送信者:不明”
件名には、こう書かれていた。
> 【次の駅は、円の中心】
俺はすぐに駅構内図を開いた。
円――circle。
中心――center。
CとC。
つまり、「Central City Station」……ではない。
東京圏にはそんな名の駅は存在しない。
だが、もう一つ意味がある。C=Carbon(炭素)。
化学式的に「炭素中心の構造」――つまり、“地下に埋まったカーボンベースの爆薬”だ。
「まこちゃん……お前、本気でやる気だな」
俺はノートを開き、思考を走らせた。
彼女のパターン、癖、論理構造、文体。
そこに散りばめられた「意図的な誤字」や「間の取り方」。
彼女は必ず、“俺が解読できるように”仕掛けている。
これは挑発だ。愛の形をした知能戦。
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◆
翌日、中央駅地下。
通路の柱に貼られた広告ポスターの一角が、わずかに浮いていた。
剥がしてみると、裏にUSBメモリが貼りつけられている。
――彼女の手口だ。
俺は駅の片隅でノートパソコンを起動し、データを開いた。
画面には一行のコードが映る。
> print("人は真実を見たがるくせに、真実を信じない")
そして、もう一行。
> if shun=="私を止められる?": print("じゃあ、止めてみて")
……メッセージプログラム。
そこには爆弾の設置場所のヒントが隠されていた。
コードを解析すると、“GPSデータ”が一瞬だけ出力された。
緯度経度の座標は自分のマンションを指していた。
「――俺の部屋かよ」
血の気が引く。
爆弾のターゲットは、俺自身。
だが、なぜ? 殺すならもっと簡単な方法がある。
……違う、殺すためじゃない。“試す”ためだ。
どこまで俺が彼女を理解しているか。
まこちゃんは、俺を信じたいがために、俺を追い詰めてる。
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◆
夜。
マンションに戻ると、部屋の中は不気味なほど静かだった。
時計の針の音がやけに大きい。
机の上に、白い封筒が一枚。
中には手書きのメモと、小さな赤いリモコン。
メモにはこう書かれていた。
> 「あなたが、私のコードを解いたら止まる。解けなければ――爆発」
メモの端には、ひとつの式がある。
Σ(n=1→∞) 1/n² = ?
……バーゼル問題。答えはπ²/6。
π(パイ)――円。
つまり、解答を“円周率”として入力すれば停止する。
俺は息を整え、リモコンのダイヤルを操作する。
3.14159――カチッ。
赤いランプが消える。
「……やっぱり、俺を殺す気なんてなかったんだな」
その瞬間、窓の外から声がした。
「残念、正解。……本当、あなたって、私を理解しすぎ」
屋上の縁に、真が立っていた。
黒いコートの裾が風に揺れる。
月明かりが彼女の横顔を照らす。
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◆
「やあ、まこちゃん。知能戦、俺の勝ちだな」
「そうだね。でも――勝ち負けじゃないよ、峻」
彼女の手には、もう一つの起爆装置。
だがそれも、俺の方が一枚上手だった。
リモコンの信号帯域を、先にハッキングしていたのだ。
つまり、彼女の装置はすでに俺の制御下にある。
「これ以上やったら、お前自身が吹き飛ぶぞ」
「……へえ、そう。やっぱりあなた、私と同じ狂い方してる」
ふっと笑う真。
そして、装置を静かに地面へ置いた。
「ねえ峻、愛してるよ。
でも、愛ってね――一番知能が高いほうが、壊すの」
「……じゃあ、俺が壊してやる。お前ごと、全部」
彼女が涙を流した瞬間、遠くでサイレンが鳴り始めた。
風が二人の間を切り裂き、ビルの屋上に警察のライトが差す。
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◆エピローグ
拘置所。
面会室のガラス越しに、真が静かに笑っていた。
「ねえ、峻。あの爆弾、本当は作動しなかったんだよ。あなたが信じた時点で止まってたの」
「……最初から、俺を試してたのか」
「うん。だって、信じるって一番危険な知能の使い方だから」
彼女はそう言って、手のひらでガラスを軽く叩いた。
その指先に、またあの日と同じ温度を感じた。
> 「次はあなたが爆弾を仕掛ける番ね。楽しみにしてる」
――愛と知性、どちらが先に壊れるか。
俺たちの知能戦は、まだ終わらない。
こういう話もいいね。




