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秘密の執筆活動

主人公がこっそり小説を書いているのがヒロインにバレる、そんな話を指示しました。


並行世界の話。


 夜の静けさに、ノートパソコンのキーを叩く音だけが響いていた。

 机の上には、空になった缶コーヒーが三本。どれも深夜の集中を支えてくれた仲間だ。


「……よし、今夜は“第二章 恋と拳銃とパンケーキ”まで書けたな」


 佐波峻は小さく伸びをして、画面を覗き込んだ。

 タイトルは――『燃える任侠ラブコメ〜俺は彼女を護る、たとえ銃弾の雨の中でも〜』。

 ……なんとも言えない中二臭と情熱が同居するタイトルだった。


 この小説を彼が書いていることを知る者はいない。

 いや、知ってはいけない。特に、あの人にだけは――。


「……まこちゃんに知られたら、絶対笑われるよな……」


 彼は苦笑しながらセーブを押し、パソコンを閉じた。

 そう、これは秘密の創作活動。

 日中は普通の学生、夜は小説家志望――その二重生活こそ、峻のささやかな楽しみだった。



---


 翌日。

 昼休みの教室。峻は弁当を食べながら、ノートを手に取った。


「うーん……“ヒロインの口調”ってどうすれば自然になるんだ?」


 目の前の皆川真が、髪を結び直しながら首をかしげた。


「何が? また哲学?」


「いや、あの……なんでもない」


 慌ててノートを閉じる峻。

 だが、真の目は鋭かった。


「ねぇ、それ。昨日も見てたでしょ。そのノート。何書いてんの?」


「勉強ノート! そう! 倫理!」


「ふ〜ん? “倫理”に“恋と拳銃とパンケーキ”って書くんだ?」


「ぎゃっ!?」


 パタンとノートを奪われる。

 次の瞬間、真の顔がゆっくりと赤く染まっていった。


「……これ……」


「ちょ、違う! それは、えーと、取材ノート的な!」


「取材!? “ヒロインが主人公に押し倒されてドキドキする”って何の取材!?」


 教室中が一斉に振り向いた。

 峻は耳まで真っ赤になりながら立ち上がる。


「違うんだ! それはフィクション! 創作なんだ!」


「創作!? つまり……小説書いてるの!?」


「うわあああ! 言っちゃった!!」



---


 放課後。


 公園のベンチに座る二人。

 夕日が橙色の光を落とす中、真は頬杖をついて笑った。


「ねぇ、なんで隠してたの?」


「いや……恥ずかしいだろ。自分の妄想を文章にしてるとかさ」


「ふふ。私、そういうの好きだよ。峻くん、ちゃんと夢持ってるじゃん」


 その言葉に、彼の肩の力が抜けた。


「……ありがと。でも、ネタ集めとか大変なんだよなぁ」


「ネタ集め?」


「例えば“恋人が怒ったときのリアルな反応”とか」


「なるほど。実地取材が必要だね」


 真の瞳がキラリと光る。


「じゃあ――試してみよっか?」


 彼女はゆっくり立ち上がり、頬をぷくっと膨らませた。


「はい、今“彼女が怒ってる”場面。どうするの、主人公?」


「いや、いきなり!?」


「取材なんでしょ? さぁ、反応見せて?」


 峻は焦りながらも、ノートを取り出した。


「“主人公は恐怖と愛の狭間で震えながらも、彼女の頭をそっと撫でる”」


「……ふふ。悪くないね」


 真は頬を緩め、軽く彼の肩を小突いた。


「これからも取材、付き合ってあげる。だから、ちゃんと完成させてね。私が一番の読者になるから」


 夕焼けに染まるノートの上で、風が一枚のページをめくった。

 そこには新しい章のタイトルが書かれていた。


『第六章 秘密を共有する二人』


 ――物語は、ここから本当に始まる。




---


『モデルは誰?』



 数日後の放課後。

 夕暮れの光が教室の窓から差し込み、机の上をオレンジ色に染めていた。

 皆川真は頬杖をついたまま、佐波峻のノートパソコンの画面をじっと見つめていた。


 ――“彼女の黒髪が夕日に透けて、柔らかく揺れた”


 その一文に、彼女の眉がぴくりと動いた。


「ねぇ、峻くん。これ……」


「う、うん?」


「“黒髪が肩にかかるくらいの長さで、笑うと目尻がきゅっと下がる”って書いてあるけど……」


「そ、それがどうかした?」


「……これ、私じゃない?」


 峻の手がぴたりと止まった。

 マウスを握る指先が小刻みに震えている。


「ち、違う違う! たまたまそういうイメージが浮かんだだけで!」


「ふ〜ん……。じゃあこの“ヒロインが主人公に説教しながらも最後には心配してお弁当を作ってくれる”って場面も?」


「……」


「それもたまたま?」


「……偶然の一致です」


「偶然って便利な言葉だねぇ」


 真は頬をぷくっと膨らませて、ノートの画面をスクロールした。

 “ヒロインは主人公に対して強気だけど、実は彼の無茶を心配している”

 “主人公は彼女の笑顔に救われて、明日も頑張ろうと思う”


 ページをめくるたびに、真の顔は赤くなっていく。

 でも、怒ってはいない。どこか嬉しそうでもある。


「ねぇ、峻くん」


「な、なんですか編集長」


「このヒロイン、名前“マナ”だよね」


「うん……(やばい、似せすぎた)」


「“マコ”と一文字違いだねぇ?」


「た、たまたま!」


 真は笑いながら、画面を閉じた。

 カチッという音が教室に響く。


「ふふ……嬉しいけど、ちょっと照れるね」


「えっ?」


「だって、自分がモデルってことは、峻くんの“理想”ってことでしょ?」


 彼女は机に頬を寄せ、こちらを見上げる。

 その視線はからかい半分、照れ半分。


「ま、まぁ……そういう部分もあるかな」


「ふぅん。じゃあこの“ヒロインが主人公の頭をなでるシーン”も実体験?」


「そ、それは創作です!」


「そう? じゃあ、取材にしとこっか」


 彼女はそう言うと、すっと手を伸ばし、峻の頭に手を置いた。

 指先が髪をくしゃりと撫でる。

 思いのほか優しい手つきに、峻の心臓が跳ねた。


「これで、“ヒロインが主人公をなでる時の気持ち”のリアルが取れたでしょ?」


「……は、はい……」


「ふふ、じゃあ次は“主人公がヒロインの手を取るシーン”ね」


「え、えぇっ!? まだ取材続くの!?」


「創作ってリアルが大事でしょ? ほら、がんばって作家さん」


 真の笑顔はどこか意地悪で、けれど柔らかい。

 夕日の中、二人の影が机の上で重なった。


 ――その夜。

 峻のパソコンに新しい章が加えられていた。


『第七章 ヒロインのモデル、暴かれる』

 “彼女は笑っていた。その笑顔を、俺はこれからも書き続けたいと思った。”




---


『共同執筆、開始!?』



 翌週の放課後。

 静まり返った図書室の一角、窓際のテーブルに並んで座る二人の姿があった。

 佐波峻のノートパソコンの画面には、見慣れたタイトル。


『燃える任侠ラブコメ〜俺は彼女を護る、たとえ銃弾の雨の中でも〜』


 しかし、今夜からその作品は――共同執筆作品となる。


「よし……それじゃ、今日から二人で書くってことで」


「うん。責任重大だね、共同作者・皆川真としては」


 真は嬉しそうに腕まくりをした。

 その仕草がやたら本気で、峻は少しだけ不安になる。


「……ちなみに、どういう役割分担で?」


「簡単。峻くんが“事件と任侠パート”、私が“恋愛と感情パート”」 


「え、俺、恋愛書けないの?」


「うん、あなたの恋愛シーン、読んでると“説明書”みたいなんだもん」


「うぐっ……ぐぬぬぬ」


 真はパソコンを覗き込み、峻の書いたページを指でスクロールした。


「ほら、“彼女は心臓をドキドキさせながら彼を見つめた”ってあるけど……」


「うん」


「これ、“心臓がドキドキ”って、物理的現象でしかないよね。何を感じてるかが抜けてるの」


「……すみません感情力ゼロ作家で」


「ふふっ。でも、そこが可愛いんだよね」


「……え?」


「ほら、そういう素直さを文章に出せばいいのに」


 言いながら、真はカタカタとキーを叩き始めた。


> 『彼女は心臓が跳ねた。けれど、それは恐怖でも動揺でもなく――彼を見つめるたびに生まれる“安心”の証だった。』




「……」


「どう? これで伝わるでしょ」


「おぉ……すげぇ……同じシーンなのに全然違う……」


 峻は感嘆しながら、つい真の横顔を見つめてしまった。

 彼女のまつげが光を受けて揺れている。


 ――この瞬間すら、小説にしたくなる。


「……なに?」


「いや、取材」


「またそれ言う〜!」


 二人の笑い声が静かな図書室に小さく響いた。



---


 数時間後。

 ページは少しずつ増え、息の合ったやりとりも増えていく。


「この場面、セリフどうする?」


「“俺はお前を守る”とかベタすぎない?」


「じゃあ“護る”に漢字変換!」 


「違い分かんないよ!」


「雰囲気が大事なの、雰囲気が!」


 そんな軽口の応酬の中で、作品は少しずつ形を成していった。


 やがて夜のチャイムが鳴り、帰宅の時間。

 画面には、真が最後に打った一文が輝いていた。


> 『彼女の言葉が、彼の心の灯を再び燃やした。』




 峻は思わず呟く。


「……やっぱり、まこちゃんが書くとあったかいな」


「そっちは、峻くんが書くとドタバタして面白い」


「それ褒めてる?」


「もちろん」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「ねぇ、このまま一緒に最後まで書こうよ」 


「……いいの?」


「うん。だって、あなたが一人で書いた“夢”を、私も一緒に見たいから」


 その言葉に、峻の胸が静かに熱くなる。

 いつの間にか、作品だけじゃなく――彼女との時間そのものが、物語になっていた。



---


 後日。

 ネット投稿サイトに一本の作品が公開された。

 作者名は――佐波峻&皆川真。

 タイトルの下には、たった一行のコメントが添えられていた。


> “これは、二人で見た夢の記録です。”





---


『最終章 二人で書いた結末』



 投稿から三日後。

 昼休みの教室に、妙なざわめきが広がっていた。


「おい見た? あの“任侠ラブコメ”! ランキング三位だって!」


「“二人で書いた実話です”ってタグついてるやつ! やばい、尊すぎ!」


 佐波峻は弁当を食べながら、その言葉を聞いて固まった。


「……じ、実話!?」


 慌ててスマホを取り出すと、そこには見覚えのあるタイトルが――

『燃える任侠ラブコメ〜俺は彼女を護る、たとえ銃弾の雨の中でも〜』


 コメント欄は、すでにお祭り状態だった。


> 「これ絶対リアルカップルでしょ!」

「ヒロインのセリフが生々しい!」

「“頭なでるシーン”とか、絶対経験済み!」




「……まこちゃん、タグ、誰がつけたの……?」


「私!」


 すぐ隣で、皆川真がにこっと笑っていた。


「だってさ、“実話っぽい”ほうが読まれるって思って」


「実話じゃねぇぇぇええ!!!」


「じゃあ、半分は事実でしょ? 取材っていう名の」


「くっ……その言い方ずるい!」


 真は机に肘をつき、画面を覗き込む。


「ほら、みんな“ヒロインかわいい”って言ってくれてる。ちょっと嬉しいかも」


「それ俺の文章だぞ」


「でもモデルは私だもん」


「……否定できねぇ」


 二人は顔を見合わせ、同時に吹き出した。



---


 放課後。

 夕陽が差す図書室で、峻は静かにノートパソコンを閉じた。


「なぁ、まこちゃん」


「なに?」


「これで、最終章、書き終わった」


 真は目を瞬かせた。


「……そっか。終わっちゃうんだ」


 少しだけ寂しそうに笑う。

 峻は小さく首を振った。


「いや、“終わり”っていうより、“始まり”かな」


「始まり?」


「ほら――物語の中じゃなくて、現実の俺たちの話」


 真はその言葉を聞き、少しだけ頬を染めた。


「ずるいな、そういうセリフ。ちゃんと書けるじゃん、恋愛」


「共同執筆で鍛えられたからな」


「ふふっ、私の教えの成果だね」


 峻は照れながら、画面を再び開く。

 そこに、彼は一文を打ち足した。


> 『彼女と出会って、彼は初めて“現実”を物語にしたいと思った。』




「……これで完璧だ」



「うん、ほんとに。いい結末」


 真は小さく笑って、峻の肩にもたれた。

 窓の外では、夕焼けが金色に燃えている。


 そして、静かに囁いた。


「ねぇ、次の作品は?」


「え?」


「もちろん、続編。タイトルは――」


 彼女はいたずらっぽく微笑んで言った。


『燃える任侠ラブコメ2 今度は現実で』


 峻は思わず吹き出し、二人の笑い声が図書室に溶けていった。



---


 夜。

 投稿サイトのトップに、新しい更新通知が上がる。


> 作者コメント:

「この物語を読んでくれた皆さんへ。

俺たちは、物語の外でも一緒に笑ってます。」




 画面の隅で、ランキングはゆっくりと一位に上がっていった。



---


 ―完―



小説の中のキャラが小説を書くって面白いですね、いい感じです!

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