最後の通知
世にも奇……某番組風にお願いしました。
並行世界の話。
夜の校舎は、やけに静かだった。
文化祭準備で遅くなった帰り、俺――佐波峻は、廊下の照明がひとつ消えているのに気づいた。
蛍光灯の切れかけたチカチカという瞬きが、白い壁を不安定に照らす。
人のいない夜の校舎というのは、まるで別の世界に迷い込んだようだ。
「……まこちゃん、まだ職員室?」
俺はスマホを取り出し、皆川真にメッセージを送った。
だが、すぐに既読はつかない。
校舎の奥のほうから、紙をめくるような音が微かにした気がした。
――カサリ。
風か、それとも人か。
俺は音の方へ歩き出す。
職員室の前にたどり着くと、扉の隙間から明かりが漏れていた。
ノックをする。
「まこちゃん、俺だよ」
応答はない。
中に入ると、蛍光灯がひとつだけ点いていて、その下の机に彼女が座っていた。
まこちゃんは机の上に広げたプリントをじっと見つめ、何かを書き込んでいる。
「おーい、もう夜の九時過ぎてるぞ。早く帰らないと――」
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は妙に焦点が合っていなかった。
「しゅー……ねぇ、これ、見て」
指差したのは机の上の紙。
生徒の提出物でも、アンケートでもない。
見慣れぬ様式の紙に、黒々とこう書かれていた。
> 《死亡通知書》
――ぞわりと、背中に冷たいものが走る。
「……なんだよ、これ。文化祭の小道具か?」
「違うの。今日、私の机に入ってたの」
「は?」
「差出人は、分からない。けどね……これ、私の名前が書いてあるの」
見下ろすと、確かに「皆川真」と記されていた。
死亡日時の欄には――
『十月二十四日 午後九時三十分』
「まこちゃん……今、何時だ?」
「……九時二十八分」
秒針が、異様に大きく耳に響く。
コツ、コツ、と時計の音が鳴るたび、空気が凍りついていくようだった。
俺は慌ててスマホを取り出す。
「警察に――」
その瞬間、
画面に通知が表示された。
> 【最後の通知】
「死亡確認が間もなく完了します」
「な、なんだよこれ……!」
俺が顔を上げた時には、まこちゃんの姿がもうなかった。
扉も開いていないのに。
空気だけがひゅうと流れて、カーテンが静かに揺れた。
机の上に、一枚の紙だけが残っていた。
そこには、新しい名前が書かれていた。
> 佐波 峻
死亡日時:十月二十四日 午後九時三十五分
俺の手の中で、スマホが震える。
画面には、再び通知。
> 【最後の通知】
「次の確認対象を検出しました」
背後で――
誰かが小さく、俺の名前を呼んだ。
---
『―真相―』
――十月二十五日、午前七時。
教室の隅に座り込む俺は、まだ信じられなかった。
昨夜、皆川真が“消えた”瞬間の記憶が、断片的に頭の奥に焼きついている。
学校には、何事もなかったかのような朝が訪れていた。
クラスメイトは談笑し、教師は遅刻の連絡を読み上げ、窓の外では秋の風が木の葉を揺らす。
だけど――
誰も、皆川真のことを口にしない。
まるで、初めから存在していなかったように。
机の並びも、俺の隣の席も、綺麗に埋まっていた。
その席には、知らない女子が座っている。
髪の長さも、声の高さも、まこちゃんとは違う。
だが――その笑顔の形だけが、不気味に似ていた。
「……佐波くん、どうしたの? 顔色悪いよ」
彼女は心配そうに覗き込む。
その瞳の奥、ほんの一瞬だけ、ノイズが走った気がした。
まるで映像が乱れたように。
俺は慌てて目を逸らした。
スマホを取り出す。
画面には――昨日の“通知”が、まだ残っていた。
> 【死亡確認が間もなく完了します】
時刻:10月24日 21:34
しかし、次に表示されたのは――見覚えのない文字列だった。
> 【次回更新】
被確認者:佐波峻
更新時刻:10月25日 午後7時00分
指先が震えた。
“更新”という言葉に、妙な違和感を覚える。
死ぬんじゃなく――更新される?
そのとき、視界の端に何かが動いた。
教室の後ろの黒板に、人影。
――いや、人“影”ではない。
輪郭だけがぼんやりと歪み、黒い靄のように揺れている。
「……まこ、ちゃん……?」
呟いた瞬間、靄がぴたりと止まり、俺を見た。
次の瞬間、教室中の時計が同時に「7:00」に切り替わった。
ざざっ、と音を立てて全ての蛍光灯が一斉に消える。
暗闇の中、スマホの光だけが浮かぶ。
そこに、最後の通知が届いた。
> 【最終通知】
「データの統合を開始します」
耳鳴りのようなノイズが響き、世界が崩れた。
壁も机も、人の声も、音を立ててほどけていく。
まこちゃんの顔が、幾重にも重なりながら滲んだ。
『――私たちは、保存されたの。あの日、ここで』
『もう、生きてるわけじゃないのよ、しゅー』
『通知は、“次の更新”の合図。あなたも、すぐにこちらへ』
声は懐かしく、けれど無機質だった。
デジタルのざらついた音に混じって、最後の言葉だけが届く。
『一緒にいられるわ、永遠に』
光が途絶え、
俺の意識は、まこちゃんの声と共にデータの海へ沈んでいった。
---
翌朝。
学校の名簿から、佐波峻という名前が消えた。
代わりに、出席番号の一覧には――新しい名前がひとつ、追加されていた。
> 佐波 真
それは、二人の名前が混ざった存在だった。
通知は静かに完了していた。
---
(――完)
AIの解説です。
この話のテーマは「誰が“通知”を送っているのか」という不気味な不可視の存在です。
静けさの中に「時間」「名前」「記録」という要素を入れることで、“死を管理するシステム”のような近未来の冷たさを滲ませています。
この真相編では、「死の通知=人間データの更新」という構造を示しました。
つまり彼らは死んだのではなく、「存在を上書きされてしまった」――“削除でも蘇生でもない保存”です。
生と死の境界が曖昧になった、現代的な恐怖の形ですね




