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チョコと陰謀と悪戯のバレンタイン

バレンタインを題材にしてと頼んでみました。


並行世界の話。



 二月十四日。

 朝の空気はまだ冷たく、外では霜が白く光っていた。


「……バレンタイン、か」


 俺――佐波峻は、コーヒー片手にため息をついた。


 台所のテーブルには、すでにそれっぽい包みが並んでいた。

 ハート型の箱、猫のイラストの袋、そして……なぜか金属製の缶。


「しゅー、おはようっ!」


 髪をふわっと揺らして、皆川真――まこちゃんが笑顔でやってきた。

 手には何やら小箱を大事そうに抱えている。


「はい、これっ!」


「お、おう……ありがとう。えっと……手作り?」


「もちろん! 愛情たっぷりのガトーショコラよっ!」


 まこちゃんは胸を張ったが、俺は一瞬だけ去年の出来事を思い出した。

 ――そう、砂糖と塩を間違えた悲劇の夜を。


「……味、確認した?」


「今年は大丈夫! スミスさんに味見してもらったから!」


「……オレの味覚を信用していいのかよ」


 リビングのソファで寝転がっていたスミスが、片目を開けてぼそりと呟いた。


「だってスミスさん、『悪くない』って言ってたし!」


「『悪くない』ってのは、『良い』とは違う意味たぞ、皆川」


「ええっ!?」


 そんな騒ぎの中、双子がわらわらと現れた。


「おにいたん! これあげるの!」


「おねえたんもおにいたんにあげるの!」


 エティオとネリスが差し出したのは……なぜか泥団子に見えるもの。


「……これ、もしかしてチョコ?」


「うん! お母様と一緒につくったの!」


「オレは見てただけだけどな!」


 スミスが笑いながら肩をすくめた。


(いや見てただけでこれ完成したのか……?)


「えへへー、ちゃんと甘いよー」


 ネリスが自慢げに言う。

 ……おそるおそる一口。

 ――意外にも、うまい。


「……ほんとに甘い」


「でしょー!」


「さすがオレの子だな!」


 スミスが胸を張るが、台所の惨状を見て俺はそっと目を逸らした。


(チョコより掃除が大変そうだ……)


 そこへ、背後からひんやりした声がした。


「ふふ……チョコまみれの騒ぎ、楽しそうですねぇ」


 ルベスが、いつもの猫のような笑みを浮かべて立っていた。

 その手には、黒光りする小瓶。


「今年は特別に、"愛の真実を暴く"チョコソースをご用意しました」


「おい、それ絶対ろくでもないやつだろ!」


「いえいえ、ただ一口舐めた相手の“本命相手”がわかるだけですよ?」


「やめろおぉぉ!」


 俺が叫ぶ間もなく、ルベスは瓶を傾け――

 ドバァッと、テーブルのチョコたちに振りかけた。


「にゃはははは!」


「ルベスぅぅぅ!」


 煙のような光が立ち上り、チョコが一斉に光る。

 まこちゃんのガトーショコラが赤く輝き、双子の泥団子チョコはピンクに、スミスの缶チョコは……なぜか黒く発光した。


「え……黒?」


「ふむ、なるほど……“自分が一番好き”タイプですね」


「オレのチョコ、自己愛チョコだったか!」


 全員の笑いが弾ける。

 ルベスが小瓶をクルクル回しながら目を細めた。


「さて……峻さん。本命はどのチョコでしたか?」


「そ、それは……」


 視線の先、まこちゃんが不安そうに俺を見ていた。

 双子はきらきらした目で見上げてくる。スミスはにやにや。


「……全部、大事だよ」


 そう言った瞬間、ルベスが目を細めて微笑んだ。


「ふふっ、それも“真実”ですね」


 小瓶が静かに光を失い、いつもの日常に戻った。


 外では小雪が舞い始めていた。

 温かいチョコの香りと、笑い声が混ざる。

 その中心で、まこちゃんが小さく囁いた。


「……来年は、もっと甘くするね」


「俺も、もう少し鍛えておくよ。胃袋を」


 二人の笑い声に、ルベスがくすくすと笑い、スミスが欠伸をした。


「オレも来年は……ホワイトデーで仕返ししてやるさ」


「何を返すつもりなんですか、それ……」


「秘密だ」


 ――にゃはははは!


 ルベスの笑いが響いた瞬間、また何かが起きる予感がした。

 それでも、悪くない。

 この混沌こそ、俺たちらしいバレンタインだ。



---


『逆襲のホワイトデー』



 ――三月十四日。

 朝から、台所が戦場だった。


「おにいたん、それ、さっきのよりまっくろー!」


「焦げてる! 焦げてるよ!」


「わかってるぅぅ!!」


 フライパンの中で何かが爆発した。

 煙が立ちのぼり、天井の火災報知器がピーピー鳴る。


「……しゅー、何してるの?」


 寝起きのまこちゃんが、寝癖のまま台所に現れた。

 白いパジャマ姿のまま、呆れ顔。


「い、いや……ホワイトデーのお返しをだな……」


「それでキッチンを爆破したの?」


「ち、違う! ちょっと加熱しすぎただけ!」


「……料理って“ちょっと”で爆発しないよ」


 まこちゃんの冷たい視線が痛い。

 俺は焦げた何かを見つめた。


(おかしいな、レシピ通りのはずなんだけど……)


「オレが言ったろ、電子レンジに金属皿はダメだって」


 スミスがコーヒーをすすりながら呟いた。

 双子はその横で手を叩いて笑っている。


「おにいたん、しゅーんって音した!」


「おねえたん、これ“ホワイトボム”?」


「ホワイトボムじゃない! クッキーだ!!」


「ふむ……災厄の香りがしますねぇ」


 背後からルベスが現れた。

 白いリボンを首に結び、やけに上機嫌だ。


「ルベス、今日は何しに来た」


「ふふ、ホワイトデーですよ? “逆チョコ祭り”の準備に決まってます」


「逆チョコ……祭り?」


「はい。今年は“もらった分だけ返す”ではなく、“愛を競い合う日”なんですよ」


「誰が決めたんだそれ」


「わたしです!」


 ルベスの手を振る仕草に合わせて、天井から紙吹雪が舞った。

 光の輪が浮かび、テーブルの上にたくさんの箱が現れる。


「皆さま、制限時間は一時間。“最も愛を感じるお返し”を作った人が優勝です」


「ちょ、ちょっと待て! 俺まだ焦げを片付けてない!」


「ルールは絶対です、佐波さん」


「くぅぅぅ!!」


 ――こうして、悪夢の“愛の料理バトル”が始まった。



---


「オレは肉で勝負する!」


 スミスはステーキを焼き始め、台所が肉の香りで包まれた。


「おにいたん! ネリス、これデコる!」


 ネリスとエティオはマシュマロを山ほど積み上げ、塔を作っている。


 ……崩壊まで五分と見た。


「まこちゃんは?」


「私はね……“気持ちを込めて”作るの。しゅーの好きな味で」


 彼女が笑ってボウルを混ぜる姿に、一瞬で心臓が跳ねた。

 真剣な横顔、粉のついた頬、手首のしなやかな動き。


(……ずるい。こんなん勝てるわけないだろ)


「……でも、負けたくないな」


 俺は焦げたクッキーを見下ろして、小さく呟いた。

 そして――思いついた。



---


 一時間後。


「では、発表タイムです!」


 ルベスが審査員席(※勝手に設けた)に座り、鈴を鳴らす。


「まずは双子組から」


「はーい! “おにいたん大好きタワー”!」


 マシュマロとチョコとグミの塔。

 見た目はカオスだが、愛は詰まってる……多分。


「スミスさん」


「“肉で愛を焼け”スペシャルステーキだ」


「……ホワイトデー要素が皆無ですね」


「ホワイトソースかけたぞ」


「それベシャメルです」


「そして皆川真さん」


「“峻くんのためのバニラパウンドケーキ”です!」


 まこちゃんのケーキは、まるで絵本のように綺麗だった。

 リボンも完璧、香りも優しい。

 ルベスがうっとりと頬を緩める。


「素晴らしい……では最後に、佐波峻さん」


 全員の視線が俺に集まる。


 俺はそっと、白い皿を差し出した。

 そこには焦げたクッキーが、一枚だけ。


「……これ、もしかして」


「うん。最初に失敗したやつ。でも、裏に――」


 まこちゃんが裏返すと、チョコペンでこう書かれていた。


> “来年も、同じ笑顔を見たい”




 静寂。


 次の瞬間、ルベスが小さく息を呑んだ。


「……ふふ、これは……反則ですね」


 まこちゃんの頬が真っ赤になり、双子が「きゃー!」と跳ねる。

 スミスが苦笑して肩をすくめた。


「オレのステーキよりずっと甘いじゃねぇか」


「勝者――佐波峻!」


 ルベスの宣言と共に、また光の紙吹雪が舞った。

 まこちゃんが微笑みながら、俺のクッキーを半分に割る。


「じゃあ、半分こね」


「……ああ」


 甘くて、ちょっと焦げた味がした。

 けどそれが、不思議と心地よかった。


「来年も、楽しみだね」


「ああ。次は爆発させないで頑張るよ」


「うん、約束ね」


 笑い声が満ちるリビングで、ルベスがまた瓶をくるくると回した。

「ふふ、次は“エイプリル・フール編”ですかねぇ」


「やめろォォォ!」


 ――にゃはははは!


 またひとつ、俺たちの日常に笑いが増えた。




END




平和な会だ、こういう日常系をみ見るのは好きなのでとてもいい感じです。

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