四つの鎖
ミステリーをやりたくて、ヒロインが繋がれ目の前に主人公、謎を解いていくと解放される物語を書いてと頼みました。
並行世界の話。
四つの鎖 ― 第一の鎖 ―
暗闇の中で、心臓の音だけがやけに大きく響いていた。
どれほど眠っていたのだろう。頭の奥が重く、目を開けるのさえ億劫だった。
だが、頬を撫でる冷たい空気が――確かに現実であることを教えてくる。
ゆっくりと瞼を持ち上げた。
視界に映ったのは、見慣れた天井。けれど、何かが違う。
静かすぎる。時計の音も聞こえない。
腕を動かそうとした瞬間、ガチャリと金属の音が響いた。
「……え?」
手首を引く。動かない。
足も同じ。冷たい革と鎖が肌に食い込む。
ベッドの四隅に固定され、まるで――囚われの身。
「……なんで……?」
そのとき。
部屋の奥で、椅子のきしむ音がした。
「やっと起きたか。」
穏やかな、けれどどこか温度のない声。
その声を聞き間違えることなどありえない。
「しゅー……?」
彼は静かに椅子に腰かけ、俺の方を見ていた。
白いシャツの袖をまくり、指先で鍵を弄ぶように回している。
その仕草が、なぜか恐ろしく感じた。
「どうして……私、こんなことに?」
「それを思い出せたら、一つ外してあげる」
「……思い出す?」
「うん。君は“忘れてる”。でも、僕は知ってる」
峻は鍵を指で弾き、軽い音を立てる。
その音が、妙に耳に残った。
「四つの鎖。四つの記憶。思い出すたびに、一つずつ解いていこう。」
「遊びみたいに言わないで……っ」
「遊びじゃない。君が選んだ罰だから」
彼の瞳には、怒りでも哀しみでもない、静かな確信があった。
“俺がやった”――その事実を、峻はすでに知っているようだった。
「ヒントをあげる。冷たい夜、赤いもの」
「……赤い?」
「うん。君の手に付いていた」
胸の奥がひやりと冷たくなる。
指先が震えた。
ぼんやりとした映像が、脳裏をかすめる。
夜の路地。雨上がりのアスファルト。
手の中に――何か、重いもの。
「……包丁……?」
「そう」
「でも……私、誰も……」
言葉が喉で止まる。
峻が、静かに立ち上がった。
その手がゆっくりと伸び、左手の鎖を指先で撫でる。
「君は、確かに包丁を握ってた。だけど、誰も刺してはいない」
「じゃあ……どうして血が?」
「思い出してごらん。誰の血だった?」
息が詰まる。
胸の奥で何かが弾けるように――映像が蘇った。
――暗いキッチン。
――倒れていたのは、峻だった。
――赤い血が、白い床に広がっていく。
「私……あなたを……!」
「あぁ、やっと思い出したね」
峻が鍵を回した。
カチャリ。
左手の拘束が外れた。自由になった腕を見つめる真の目から、涙がこぼれた。
「でも……私、殺してない……?」
「殺してない。君は僕を助けようとした。止血のために包丁を投げ捨てて、救急車を呼ぼうとした。でも――そのあと、逃げた」
「怖くて……」
「うん。だから今、ここにいる」
峻は淡々と言う。
その声には、責める響きも、慰める響きもない。
ただ、真実だけがあった。
「さあ、次の鎖だ。」
「……ヒントは?」
「“約束”と“花束”」
峻の声が、部屋の静寂に沈んでいく。
真の右手はまだ鎖に繋がれたまま――だが、彼女の心の奥では、少しずつ何かがほどけ始めていた。
四つの鎖 ― 第二の鎖 ―
左手が自由になった。
だが、まだ三本の鎖が、彼女を現実に縛り付けている。
右手の革が、手首に食い込むたび、痛みが過去を呼び覚ますようだった。
峻はベッドの脇に立ったまま、静かに言う。
「次は右手。ヒントは、“約束”と“花束”」
「……約束……」
「そう。僕と君の、最後の約束だ」
「最後の……?」
真は、額に手を当てる。
昨夜の記憶はまだ霧の中。だが、その言葉だけが、心臓の奥に引っかかった。
“約束”――確かに、何かを約束した。
でも、破った。
それだけは、わかる。
「……私、嘘をついたの?」
「正確には――“黙ってた”んだ」
峻が口元で微かに笑う。
怒りではない。呆れでもない。
ただ、すべてを見透かすような、諦めにも似た笑みだった。
「その日、君は“来ない”と言った」
「……仕事で……行けないって……」
「でも、僕は駅で待ってたよ。君がくれたメッセージを信じて」
「待ち合わせ……?」
「駅前のカフェ。僕の誕生日だった」
真の目が大きく見開かれる。
そうだ。あの日――花束を買うはずだった。
けれど、花を選んだ手が震えて、何も選べなかった。
“彼”に会いに行ったからだ。
「……違うの、しゅー。あの日、私……!」
「“彼”に会ってた」
「――!」
言葉が詰まる。
喉の奥が焼けるように熱い。
峻の声は、まるで裁判官のように静かだった。
「僕が倒れた日の朝。君は僕に“行かない”って言った。その数時間後、“彼”と駅の裏通りで話していた」
「違う、話してただけ! 彼は……!」
「“君のことを諦める”って言ってた。だから、君は安心した。でも、その直後――」
峻が床を見下ろす。
長い沈黙。
真の胸がぎゅっと締め付けられる。
「……その直後、彼が死んだ。」
「――!」
世界が一瞬、無音になった。
真の目が揺れる。
頬が青ざめ、息をすることさえ忘れてしまう。
「まさか……」
「交通事故。偶然だよ。君は直接、何もしてない。でも……君は、“そのことを僕に隠した”」
「……怖かったの……。私が言ったら、あなた……私を……」
「嫌いになると?」
「うん……。だって、私があの日あの人に会ってなければ……!」
言葉が途切れる。涙が零れ、枕を濡らした。
峻はゆっくりと手を伸ばし、右手の鎖に触れた。
「君は僕に嘘をついた。でも、それは僕を傷つけたくなかったからだ」
「……ごめんなさい……」
「謝らなくていい。今、思い出せた。それが答えだ」
カチャリ。
右手の拘束が外れる音が、静寂に溶けていく。
真は手首を抱えながら、震える声で呟いた。
「あと二つ……?」
「あぁ。次は“左足”」
「ヒントは……?」
「“車のライト”と“叫び声”」
峻の声が低く、どこか遠くを見つめるように落ち着いていた。
真の脳裏では――白い光と、ブレーキ音。
そして、誰かの叫びが、再び蘇ろうとしていた。
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四つの鎖 ― 第三の鎖 ―
右手の鎖が外れた。
けれど、残る二つの足枷は、まるで罪の重さそのもののように、真の身体を縛り続けていた。
峻はベッドの端に腰を下ろす。
距離は、手を伸ばせば触れられるほど近い。
それなのに――心の距離は、まだ遠かった。
「次は“左足”だ」
「ヒントは……“車のライト”と“叫び声”、でしょ」
「そう」
峻の声が静かに響く。
それは、まるで催眠のように、真の記憶を奥底から掘り起こす。
――車のライト。
――叫び声。
――雨。
「……あの日……夜、道を歩いてて……」
真の声は震えていた。
喉の奥で何かが引っかかるように、言葉が途切れ途切れになる。
「“彼”の家の前を通ったの……。何か、落ち着かなくて。あの人が死んだ日と、同じ場所を見に行ったの」
「うん」
「そしたら、車のライトが――突然、眩しくて……。止まったの。白いセダン。運転席に、あなたがいた」
峻の瞳が、わずかに細められる。
だが、何も言わない。
真は続けた。
「あなた、血だらけで……。後ろの座席に、包丁が転がってた」
「それで、君は?」
「ドアを開けた。助けようと思って。でも……」
「でも?」
「……運転席の外に、もう一人、倒れてたの」
沈黙。
雨音が――過去の中で蘇る。
タイヤが滑る音、ガラスが砕ける音、そして――誰かの叫び声。
「叫び声を聞いたの。誰かが『逃げろ』って……。私、怖くて……逃げた」
「それが、君の“第三の鎖”だ」
「……逃げた、こと?」
「そう。あの時、僕はまだ生きてた。助けを呼べば、助かったかもしれない」
真は、顔を覆った。
涙が、指の隙間から零れ落ちる。
「そんな……そんなの、知らなかった……!」
「知ってたよ。君の目が、それを見てた。だから、忘れようとした」
峻の声は静かだった。
その静けさが、逆に胸を抉った。
「でも、どうして……あなた、あんな所に……?」
「君を探してた。駅で待っても来なかったから、心配になって」
「私を……探して……?」
「そして、君の“彼”を見つけた。言い争いになって……事故になった」
「あなたが、彼を……?」
「僕が引いたわけじゃない。だけど、原因を作ったのは――僕だ」
二人の間に、重たい沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、峻の指先が鳴らす金属音だった。
カチャリ。
左足の鎖が外れる。
「……僕を殺しかけた罪、嘘をついた罪、そして逃げた罪。残るは一つだ」
「……最後は?」
「“嘘”と“愛”」
峻が立ち上がる。
窓の外では、朝がゆっくりと明け始めていた。
淡い光がカーテン越しに差し込み、真の頬の涙を照らす。
「これが最後の鎖だ。君が僕を本当に縛っていた理由を――思い出してごらん」
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四つの鎖 ― 最後の鎖 ―
夜が明けはじめていた。
カーテンの隙間から差し込む光が、淡く部屋を染めていく。
それでも、真の心の中にはまだ、重い闇が沈んでいた。
三つの鎖が外れた。
残るは右足――最後のひとつ。
峻は窓辺に立っていた。
光を背にしているせいか、その姿はぼんやりと影に溶けて見える。
まるで――現実と幻の境に立つ人のように。
「“嘘”と“愛”」
その言葉が、静かに落ちる。
「……もう、嘘なんてない。全部話した」
「いや。まだ一つ、君がついてる」
峻は振り向かない。
背中越しに、穏やかな声だけが響く。
「僕を縛っているのは、君の最後の嘘だ」
真は唇を噛んだ。
その言葉が、心の奥の何かを突いた。
けれど、何のことか分からない。
記憶の霧が、まだそこにある。
「……教えて、峻。私、何を……?」
「君は僕に、“生きてほしい”と言った」
「それは本当よ!」
「そうだね。でも、“それ以上”のことを隠した」
峻がゆっくりとこちらを振り返る。
その瞳には、もう怒りも悲しみもなかった。
ただ、受け入れるような光があった。
「僕が病院で目を覚ましたとき、君は泣いていた。でも、すぐにいなくなった。なぜだと思う?」
「……怖かったの。全部、私のせいだから」
「違う。君は――僕を守るために、消えた」
「……守る?」
「あの日、“彼”が死んだのは事故だった。でも、君はその現場にいた。警察が来たとき、君は僕の指紋がついた包丁を見つけた。だから、包丁を持って逃げたんだ。僕を庇うために」
真の呼吸が止まる。
瞳が大きく見開かれる。
それは――ずっと封じていた記憶。
――倒れた男の傍らで、峻が意識を失っていた。
――手には、あの包丁。
――そして、彼女はそれを掴み取った。
「私……あなたを、守るために……?」
「うん。だから、君は嘘をついた。“自分がやった”と」
「……あの夜、私が警察に電話しなかったのは……」
「僕を救うためだ」
静寂。
その中で、真は涙を堪えきれなかった。
「私……あなたに、全部忘れてほしかった……」
「でも、忘れられなかった。君を失ったことが、僕の罪になった」
峻が近づく。
足音が、柔らかい布の上を踏むように静かだった。
そして、最後の鎖――右足に手をかける。
「だから、これは僕の“儀式”なんだ」
「……儀式?」
「君を縛ることで、僕自身の罪を確かめた。君の口から真実を聞きたかった」
「そんなの……残酷すぎる……」
「そうだね。でも、それでも聞きたかった」
カチャリ。
最後の鎖が、外れた。
真の身体が、ようやく完全に自由になる。
けれど、自由になった瞬間、胸の奥がぽっかりと空いた。
峻は、鎖の鍵を床に置いた。
金属の冷たい音が響く。
「全部、思い出したね」
「ええ……。全部……。あなたを守るために、嘘をついて、逃げて、傷つけて……」
「それでも、僕は君を愛してた」
「……嘘つき」
真が微笑んだ。
涙の跡が光を受けて輝く。
峻も、かすかに笑った。
「君の“嘘”と“愛”は、どちらも僕を救ったよ」
外の光が、二人を包み込む。
鎖はもう、どこにもない。
残っているのは――互いの傷と、まだ消えない温もりだけ。
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エピローグ
午後の静けさの中。
窓を開けると、秋の風が部屋に流れ込んだ。
ベッドの上には、四つの鎖と、一輪の花。
その花は――かつて渡せなかった、峻の誕生日の花束の中の一輪だった。
「……これで、ほんとうに終わりね。」
風がカーテンを揺らす。
その音が、まるで鎖の代わりに二人を優しく結び直しているようだった。
中々面白かったですね。ミステリーもできるんだなAIくん。




