表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/74

君が化物になっても

ヒロインが化け物になったらとの設定である程度設定を細かく指示しました。



並行世界の話。


『君が化け物になっても』



 夜の街は、雨で濡れていた。

 アスファルトの上に散る街灯の光が、血のように赤く滲む。

 峻は息を切らしながら、崩れ落ちた人影を見下ろしていた。

 男の首は不自然な角度に折れ、口から泡の混じった血が流れ出ている。


 ――そして、その上に立つ女。


 爪は刃のように変形し、肌は灰色がかってひび割れていた。

 濡れた髪の隙間から覗く瞳は、まるで獣のように光っている。

 息が白い霧になって漏れたとき、峻はその声を聞いた。


「……峻、くん?」


 ぞくりと背筋を貫いた恐怖の中で、その声だけは確かに、

 皆川真――まこちゃんの声だった。


「……ま、こ……ちゃ……?」


 彼女が、ゆっくりと顔を上げる。

 口元にはまだ血がこびりついていて、赤黒い液が顎を伝い落ちた。

 だがその表情には――泣きそうな、少女の面影が残っていた。


「わたし……どうして……こんな……っ」


 手のひらで顔を覆うようにしゃがみ込む真。

 その手は、さっきまで人を引き裂いた爪のままだ。

 爪が自分の頬を傷つけ、血の筋が涙と混ざる。


 峻は近づけなかった。

 足が震え、心臓が逃げ出そうと暴れている。

 でも――それでも、彼女を置いて逃げられなかった。


 背後から、サイレンの音が迫る。


 「警察です! そこを動くな!」


 スピーカーの声が冷たく夜を裂く。

 銃口が、彼女に向けられた。


「やめろっ!!」


 峻は反射的に叫び、真の前に立った。


 「撃つな! その子は……!」


 警官の一人が動揺したように叫ぶ。


「そいつがやったんだ! どけ!」


 次の瞬間、乾いた銃声が響く。

 峻の耳がキーンと鳴った。

 真が彼を抱き寄せるように覆いかぶさり、弾丸はその肩にめり込んだ。


 血が、温かい雨のように峻の頬を打つ。


「まこちゃん!」


「平気、だよ……もう、慣れたから……」


 真の声はかすれていたが、微笑んでいた。

 それが逆に痛かった。


「行こう、峻くん……ここ、いちゃだめ」


 真は腕の力で峻を抱え上げ、裏路地へと飛び込む。

 その脚は人間のそれではなく、獣のようにしなやかに地を蹴る。

 壁をよじ登り、屋根を伝い、血の跡を残しながら夜を駆け抜けた。



---


 数時間後。

 山奥の廃屋。

 雨音と、二人の呼吸音だけが響く。


 峻は古びた毛布で真の傷口を押さえていた。

 血は止まりきらず、床板に黒い染みを作っていく。

 それでも真は、少しだけ笑っていた。


「ねえ、峻くん。わたし、もう……人間じゃないんだね」


「違う。違くねぇよ……」


 峻は唇を噛んだ。


「お前は……まこちゃんだ。俺の、まこちゃんだ」


 真の目が、かすかに揺れる。

 そして、震える手で峻の頬を撫でた。

 指先は冷たく、爪が皮膚に当たるたびにチリ、と痛みが走る。

 けれど、その痛みが確かに「生きている証」に思えた。


「ありがと……峻くん」


 彼女の瞳が一瞬だけ、いつもの優しい光を取り戻す。

 外では雷が鳴り、廃屋の窓を白く照らした。


 峻は真を抱きしめた。

 もう離さないと誓うように、強く。

 たとえこの腕の中の彼女が“化け物”でも、

 心だけは――人間のままだと信じて。



---


 夜が明ける頃、雨は止んでいた。

 山の空気が冷たく澄み、血の匂いだけが微かに残っている。

 峻は、真の眠る横顔を見つめながら、小さく呟いた。


「これからは……二人で、ひっそりと生きていこうな」


 外では鳥が鳴き始めた。

 その声は、まるで赦しのように優しかった。



---


『君が化け物になっても ― 真実編 ―』



 あの夜から三日。

 峻は、山奥の廃屋の中で、ほとんど眠れずにいた。

 血の匂いはまだ残っている。

 床の隅で眠る真の姿を見ていると、まるで悪い夢が続いているようだった。


 ――どうして、こんなことに。


 あの日、真は大学の研究室に通っていた。

 生物医学科。遺伝子編集、細胞再生、倫理の境界線を試すような研究が行われていた。

 峻は文学部で、ただ同じキャンパスを歩く彼女を見て恋をしただけの、平凡な学生だった。


 だが、真はずっと何かを抱えていた。

 それは「治らない病」。


 血液中の自己免疫異常――一種の難病で、

 自分の細胞を自分で壊してしまうという恐ろしい病だった。

 薬も治療法もない。

 だからこそ、彼女は研究者の道を選んだ。

 「自分で自分を治したい」と笑っていた。


 その笑顔を、峻は今でも覚えている。



---


 けれど半年ほど前、彼女は急に研究室を離れた。

 理由を聞いても「ちょっと、別の方法を試したいの」としか言わなかった。

 夜遅くまで姿を消し、帰ってくるたびに腕の傷が増えていった。


 ある晩、峻は偶然見てしまった。

 彼女の部屋の中で、注射器を自分の首に突き立てる瞬間を。


「それ、何をしてるんだ!」


「大丈夫、峻くん。これは――“希望”だから」


 それが、すべての始まりだった。



---


 真は、ある民間バイオ企業に協力していた。

 彼らは極秘で、人間の再生能力を飛躍的に高める「遺伝子改変ウイルス」を開発していた。

 感染した細胞を再生・強化し、病気すら治せると豪語していた。


 だが副作用は未知。


 倫理委員会の許可が下りることは決してなかった。


 真は――モルモットになった。


 自分の身体を、実験体として差し出したのだ。


「峻くん、これで私、生きられるかもしれないの」


 そう言って笑ったとき、彼女の瞳には恐怖よりも希望が宿っていた。


 しかし、奇跡はすぐに崩れた。



---


 最初はほんの小さな変化。


 傷の治りが異常に早くなり、肌が冷たく、目の色が少し金色がかって見えた。

 それでも真は「これで生きていける」と言っていた。


 けれど、ある日を境に――食べ物を受け付けなくなった。

 肉でも、野菜でも、何を食べても嘔吐した。

 その代わり、血の匂いに反応するようになった。

 峻の指から少し血が滲んだとき、真は震えながら口を押さえていた。


「……ごめん、峻くん。匂いが……だめなの……」


 その夜、彼女は姿を消した。


 そして翌朝、ニュースになった。

 「研究施設襲撃事件」――複数の職員が殺害され、内部資料が消失。


 現場に残っていたのは、灰色に変色した皮膚の一片と、真の学生証だけだった。



---


 今、峻の目の前にいる真は、もう完全に“それ”になっている。

 だが、心はまだ人間のままだ。

 彼女は峻を襲わない。

 むしろ、彼を守って撃たれた。


 峻は震える手で、真の頬に触れた。

 灰色の肌の下には、確かに血が流れている。

 その温もりは、まだ生きていた。


「まこちゃん……全部、聞いたよ。お前、死にたくなかったんだな」


 真はうっすらと目を開ける。


 「……そう。でも、こんな形で、生きるなんて思わなかった」


 涙が滲む。

 それは血と混じり、ゆっくりと頬を伝って落ちた。


 峻はその涙を、指で拭った。


「いいよ。どんな形でも、生きててくれたらそれでいい」


「……それでも、怖くないの?」


「怖いよ。でも――お前を失う方が、もっと怖い」


 真の唇が、かすかに震えた。

 次の瞬間、彼女は峻の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らした。


 廃屋の中に、二人の呼吸音と、雨の音だけが響いた。



---


 その後、峻と真は人目を避け、森の奥で暮らすようになった。

 時折、夜にだけ外へ出て、峻が持ち帰る食料で生き延びる。

 真はもう言葉を話すことも少なくなったが、峻が笑うと、必ず微笑み返した。


 誰にも知られず、ひっそりと、確かに生き続ける二人。

 それが、彼らにとっての“希望”だった。



---



『君が化け物になっても ― 終章 ―』



 雪が降っていた。


 森の奥、湖のほとりの小屋。

 峻と真は、もう誰にも見つからないよう、ここで冬を越そうとしていた。


 焚き火の炎が弱く揺れ、古びた鍋からは微かに湯気が立ち上る。


「峻くん、寒くない?」


 灰色の肌の指先で、真が峻の頬を撫でた。

 冷たい。けれど、それが彼女の“体温”になっていた。


「平気だよ。お前の手、あったかいからな」


「嘘つき。……冷たいでしょ」


 真が少し笑った。


 その笑顔が、昔と変わらなくて、峻は泣きそうになった。



---


 外では雪が強くなっていた。

 遠くで、犬の吠える声。


 ――見つかった。


 峻はすぐに立ち上がり、窓を覆っていた布をめくる。

 木々の間を、懐中電灯の光がいくつも揺れていた。


 「警察と……自衛隊か」 


 雪に沈む靴跡が、まっすぐこの小屋へ向かっている。


 真は黙って、焚き火の前に立った。


 炎の光に照らされた彼女の頬は、淡い銀色に光っている。


「峻くん。……もう、逃げられないね」


「逃げるよ。何度でも」


「ダメ。もう……私、限界」


 真が袖をまくる。


 そこには、ひび割れたような黒い筋が走っていた。

 それはウイルスが全身に広がっている証。

 彼女の体は、もう自分を保てなくなっていた。


「もうすぐ、完全に“それ”になる。そしたら、もう峻くんのことも……わからなくなる」


 峻は、言葉を失った。

 外では雪が血のように赤く見える。

 火の明かりが滲んで、世界がぼやけていく。



---


「なぁ、まこちゃん。最後にさ――」


「うん?」


「普通に、笑おうぜ」


 峻は古びたカメラを取り出した。

 大学時代、二人で旅行したときに撮ったままの古いデジカメ。

 電源を入れると、奇跡のようにまだ動いた。


「はい、チーズ」


 真は小さく笑って、峻の肩に頭を寄せた。


 ――カシャ。


 その一枚が、二人の最後の写真になった。



---


 扉の外で、軍靴の音が雪を踏みしめる。


 「目標確認! 射程内!」


 「撃てっ!」


 峻が真を抱き寄せる。

 銃声が夜を裂き、硝煙の匂いが吹き込む。


 真の身体が大きく震えた。

 胸に赤い花が咲き、血が雪に落ちる。


「……峻、くん……」


 かすれた声。

 その手が、峻の頬に触れる。


 「ありがとう。……生きてて、よかった」


 彼女の瞳が閉じる瞬間、

 雪は止んでいた。



---


 翌朝。

 隊員たちが踏み入った小屋の中には、

 崩れ落ちた灰色の灰と、ひとりの青年が抱きしめるように眠っていた。


 彼の腕の中には、焦げたデジカメ。

 液晶に残る最後の写真――

 そこには、人間だった頃の真と、

 彼女を愛した男の、穏やかな笑顔が映っていた。



---


 雪の湖畔に風が吹く。

 白い景色の中に、二人の影はもうない。

 ただ、静かな冬の空が、

 彼らの“永遠”を優しく包んでいた。



---



『君が化け物になっても ― エピローグ ―』



――峻の手記より(発見年月日:不明)


>  これを読む誰かがいるなら、どうか信じてほしい。

 彼女は怪物なんかじゃなかった。

 俺が知っている皆川真は、人間のままだった。

 最後まで、優しく、温かい心を持ったままだったんだ。


 ニュースではきっと、「感染者」「生物兵器」「異形」と呼ばれたと思う。

 けど、俺の目に映ったのは、

 雪の夜に泣きながら笑ってくれた、ただの一人の女の子だった。


 彼女は生きようとした。それだけなんだ。

 ほんの少しの希望を信じた結果が、あんな結末になっただけなんだ。

 だからお願いだ。

 どうか彼女を――呪わないでほしい。


 俺は、これから彼女の眠る場所へ行く。

 そこは、あの湖のほとり。

 春になれば、きっと花が咲くだろう。

 その下で、もう一度会えたらいいな。


 ――佐波 峻





---


 その手記が見つかったのは、湖畔の森の奥だった。

 朽ちた小屋の跡地に、野花が群れ咲き、風に揺れている。

 誰ももう、そこを“事件現場”とは呼ばない。


 近くの村では、不思議な噂があった。


 「夜更けに、湖のほとりで、二人の影が寄り添っているのを見た」


 「雪の夜でも、そこだけは花が咲くんだって」


 人々は笑って言う。


 「きっと恋人同士の霊だよ」


 と。


 けれど、ある老人だけは静かにこう言った。


 「……あの子たちは、まだ生きてるんだよ。

  形は違っても、心はずっと、ここにいる」



---


 春。


 雪解けの水が湖に注ぎ、空には鳥の声が響く。

 そのほとりに、一輪の白い花が咲いた。

 花弁は淡く銀に光り、風が吹くと、まるで誰かが笑うように揺れた。


 それを見た旅人は、ふと呟く。


 「――きれいだな」


 そして、その足元の雪の上に、

 小さな足跡が二つ、並んで消えていった。



---






AIの残酷描写が気になったので書かせてみました、バッドエンドですが意外と良かったです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ