誤解は唐突に!
痴漢から助けたがハプニングがありヒロインが見ていたらとの指示をしました。
並行世界の話。
夜の駅前。
人の流れが途切れたホームで、主人公・佐波峻は見てしまった。
女子高生が満員電車の端で、明らかに誰かに腕を掴まれている。
「……おい、やめろ!」
反射的に叫び、峻は人混みをかき分けた。
犯人の腕をつかみ、強引に引きはがす。
電車が急停車――その瞬間、バランスを崩した女子高生が倒れ込んできて――
ドンッ!!
「わっ、うおおっ!?」
「きゃっ!?!?」
気づけば、峻は床に仰向けで、彼女はその上に。
しかも、峻の右手は……なぜか……柔らかい感触をがっちりと――
「……」
「……」
時が止まった。
電車の車内アナウンスだけが妙に響く。
> 『お客様、急停車いたしました。ご注意ください』
(うわああああああああああ!!)
峻の脳内が爆発した。
(ちがう! 違うんだこれは事故! 事故中の事故!!)
「ち、違うんだ! 今のは助けようとして……!」
「……は、はわわ……っ!」
女子高生は顔を真っ赤にして固まっている。
――そして、その場に。
「……しゅー?」
振り向くと、ドアの外。
赤いアンダーリム眼鏡を光らせた少女――皆川真が立っていた。
(終わった)
「ま、まこちゃん!? これには深いわけが――!」
「……ふかい? ふかい理由で手をそこに置くの?」
眼鏡が反射でギラリと光る。
峻、絶体絶命。
「ち、違うんだ、痴漢を助けようとして、その結果が――」
「その結果“胸を救済”したってわけね?」
「字面が悪い!!!」
車内の周囲の視線も集まり、峻は必死に弁明するが、真は腕を組んでため息。
「ふーん……じゃあ、“もう一度同じ状況”になったら、どう助けるのかしら?」
「も、もう一度!?」
「実演してみせてよ。ね?」
(なぜ挑発的!?)
女子高生は「も、もう大丈夫ですからぁ!」と涙目で止めに入る。
――しかし真は、にっこりと笑い、低く呟いた。
「ふーん……じゃあ、帰ったら詳しく“再現実験”ね」
「どんな研究だそれええええ!!!」
そしてその夜、峻は「触覚的正義論」なる謎の講義を受けさせられることになるのだった――。
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放課後、峻の部屋。
机の上には、ノート・メジャー・ホワイトボード・タイマー。
そして中央に、腕を組んで立つ皆川真。
赤いアンダーリム眼鏡が、理系的に冷たく光っている。
「さぁ、始めましょうか。“再現実験”」
「やめよう!? 理科室みたいに言うのやめよう!?」
「科学的に、あなたが本当に“不可抗力”だったのか、検証するのよ」
真の口調は完全に研究モード。
だがその頬には、ほんのり不機嫌な赤みが残っている。
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①再現その1:電車急停車シミュレーション
「では私が被験者A(助けられる側)を担当。あなたは被験者B(助ける側)」
「呼び方からしてもう怖い」
真が椅子を二つ並べて、「これが電車の座席」と説明。
峻はおそるおそる立ち上がり、タイマーのスタート音を聞いた。
ピッ
真:「あっ! 変な人に腕を掴まれた!」
峻:「(演技!?)え、えーっと助けなきゃ!」
彼は手を伸ばした瞬間――真が不意にバランスを崩す。
ドサッ。
「うわっ!」
「きゃっ!?」
またもや、倒れ込み。
そして……またもや、手のひらに柔らかい感触。
「……」
「……」
空気がフリーズ。
真の頬がカッと染まり、声が震える。
「……再現率……百パーセントね」
「いやぁあああああ! 再現成功じゃない!!!」
峻は慌てて手を引っ込め、後ずさる。
真は指を突きつけてメモを取る。
「結論:反射的に“そこ”に手がいく傾向あり。要再訓練」
「やめてくれぇ!!」
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②再現その2:改良型回避行動テスト
「次は“触らないように助ける”練習をするわ」
「そんな訓練があるの!?」
真はスミスから借りたらしいダンボール人形を用意して、「これが“女の子”。あなたは痴漢から守る」と説明。
峻は真剣な顔で構え――
「いくぞ……!」
……が、真が急に笑みをこらえながら「不審者役」で背後から近づく。
「えへへ……しゅー、どうするのぉ?」
「まこちゃんキャラ崩壊してるからやめてぇぇ!!」
結局また転倒、また抱き合う形に。
「……はい、二度目の物理的密着」
「もう俺この世のどんな裁判でも勝てる気がしない……!」
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③実験終了
夜。
散らかった部屋の中で、真はメモを閉じて笑った。
「――まぁ、今回は許してあげるわ」
「え?」
「だって、ほんとに一生懸命だったもん」
真は静かに微笑んだ。
その目は、昼間の怒りとは違って、少しだけ優しい。
「……ただし」
「ただし?」
「次からは、“助けるときは私が横にいる前提”で動きなさい」
「それ助ける前に詰むんだけど!?」
真、満足げに腕を組みながら退出。
峻はベッドに倒れ込み、天井を見上げて呟いた。
「――なんで正義って、こんなに疲れるんだろうな……」
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窓の外、街灯の下で真が小さく呟く。
「……でも、あの時ほんとに助けてくれたのよね」
風に髪をなびかせ、少しだけ笑う。
「……ありがと、しゅー」
彼女の声は、誰にも聞こえない小さな音で消えていった。
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昼下がりの商店街。
快晴。人通りも多く、平和な午後。
佐波峻はアイス片手にのんびり歩いていた。
前回の「再現実験」から数日、心の傷もようやく癒えてきた。
「もう誤解はごめんだ……平和が一番……」
そう呟いた、その瞬間。
「――やめてくださいっ!!」
声が響いた。
反射的に振り向く。
路地の先で、小柄な女の子が泣きそうな顔で立っている。
腕をつかんでいるのは、どう見てもガラの悪い男。
峻が動こうとした――が、それよりも早く。
「そこまでよッ!!」
ドン!
風を切って飛び込んできた影。
赤いアンダーリム眼鏡が陽光を反射する。
皆川真、颯爽登場。
「なにあんた!?」
「女性に乱暴するなんて最低ね! 離しなさい!」
男は呆気に取られる。
真はその隙に、少女の腕を引っ張り――
「大丈夫!? ケガは――」
ガクンッ。
……が、少女が思いのほか強く引き返し、二人は勢いで転倒。
そして。
真の手のひらが――ばっちり――相手の胸に。
「……」
「……」
世界が静止した。
風が止み、鳩が飛び立つ。
次の瞬間。
「ま、まこちゃん!?!?」
峻の声が裏返る。
周囲の人々が振り返る。
「い、いやちが……っ! これは……!」
真の顔が一瞬で真っ赤になり、慌てて手を離した。
「ちがうの!! 助けようとして!!!」
「助ける気満々でがっつり掴んでたけど!?」
「そ、そんなつもりじゃ……っ!!」
少女は涙目で「だ、大丈夫ですぅ」と逃げ去り、
残されたのは真と峻、そして好奇心いっぱいの通行人たち。
「……まこちゃん、落ち着こうか」
「……」
「……偶然、だよな?」
「……」
「――再現率、百パーセントだね」
「黙ってよぉ!!」
真は顔真っ赤で峻の腕をバシバシ叩く。
峻は笑いをこらえきれず、腹を抱える。
「ははっ……これでイーブンってことで」
「イーブンじゃない! 私のは事故中の事故!」
「俺の時もそうだったけど?」
「だまれえええ!!!」
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―その夜。
峻のスマホに一通のメッセージ。
> 『……しゅーの言う通りだった。誤解されるのって、つらいのね。でも貴方が笑ってた顔、ちょっとだけムカついたから次会ったら覚悟しといて』
少し笑って、峻は返信する。
> 『了解。じゃあ“第2回実験”で待ってる。テーマは「誤解と愛情の関係」な。』
既読がつき、返事はない。
でも、きっと笑っている。
夜風が吹き抜け、窓の外には、街灯の下で赤い眼鏡がきらりと光った。
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やはりエッチなことは直接描写はないですね。
どこまでできるのかちょっとたのしみでもあったりします。




