MMORPG
MMORPGを題材に書かせました。
並行世界の話。
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《ReDive Online》
第一章 ログイン・ノイズ
目を開けた瞬間、青があった。
どこまでも澄んだ、塗りつぶしたような青。
空なのか、データなのかも分からない。
風が吹いていた。
頬をかすめるその温度と湿度が、あまりに現実的で、逆に不気味だった。
地面に触れると、草の感触が指先にしっかりと伝わる。
草の一本一本が、まるで“演算された生”のように微かに震えていた。
――ログイン完了、という音声が、耳の奥で囁いた気がした。
目の前にウィンドウが浮かぶ。
> 【ようこそ、ReDive Onlineへ】
プレイヤー名:《Shu》
状態:安定
ログアウト:現在利用不可
目を細めた。
“ログアウト利用不可”? そんなこと、あるのか?
視界の隅で、何かが動いた。
少女がひとり、こちらへ駆けてくる。桃色の髪が揺れている。
笑顔。どこか懐かしい。けれど――その笑顔を、自分は“知っているはずなのに”、思い出せない。
「やっと見つけた、しゅー!」
少女が息を弾ませて言う。
「……誰だ?」
自分の声が、自分のものに聞こえない。
ほんの少し、音程が違う。喉の奥の響きも違う。
まるで別人の体を使って喋っているような違和感。
「なにそれ、冗談? 私だよ。まこと」
「まこ……?」
名前を聞いた瞬間、胸の奥がざらりと波立った。
その名を、どこかで――いや、“何度も”呼んだ気がする。
でも、それがいつ、どこで、誰としてだったのか、記憶が曖昧だった。
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彼女と並んで歩く。
遠くの森は、風が吹くたび、光の粒子に変わって形を変えていた。
現実の物理法則ではありえない挙動。
だが不思議と、恐怖はなかった。むしろ安心する。
この世界が“どこかの現実”である気がしてならなかった。
「ねえ、今日こそちゃんと話してよ」
まこちゃんが言う。
「なにを?」
「私たちのこと」
心臓が、一瞬だけ跳ねた。
“私たち”――その響きが、妙に、懐かしい。
だけどその瞬間、頭の奥にノイズが走る。
> 〈データ不整合検知〉
〈人格照合エラー〉
音はすぐに消えた。だが脳の奥に、残響が残る。
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「おい、そこの二人」
後ろから声がかかった。
振り向くと、短髪の女が立っていた。
腰にツールベルトを下げ、瞳は鋭く、動きは迷いがない。
彼女は俺を睨みつけて言う。
「お前……誰が操作してんだ?」
「……は?」
その口調に既視感があった。
だが、どうして彼女がそんなことを言うのか、分からない。
「そのアバター、“佐波”の動きじゃねぇ。中身、別人だろ」
「……佐波? 俺の名前は《Shu》だ」
スミスと名乗ったその女は舌打ちした。
「だめだな……入れ替わりか、人格バグか。あの実験が、また始まってんのかもしれねぇ」
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空が震えた。
世界の端に亀裂が走る。
光が逆流し、森が一瞬で灰に変わる。
頭の中で、誰かの声が響いた。
> 「にゃはははは! 今日も上手く混ざったようですねぇ」
ルベス――その名が、記憶の底から浮かぶ。
でも、誰だ? どんな関係だった?
「……っ、まこちゃん!」
振り向く。だがそこにいたのは、**自分と同じ顔をした《Shu》**だった。
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そして――世界が、崩れた。
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第二章 ——私が、私じゃない気がする
目を開けた瞬間、胸の奥に痛みが走った。
――ここは、どこ?
空がゆっくり流れていく。雲の輪郭が解像度の高い映像みたいで、少しだけ酔いそうになった。
周囲を見渡すと、湖のほとりだった。
水面は鏡のように滑らかで、空の青をすべて映し込んでいる。
風が吹くたび、波紋が広がって世界が揺れる。
「……綺麗」
自分の声が、耳に届いた瞬間――違和感が走った。
声の高さが、少し違う。息の混じり方も、喉の響きも。
――これ、私の声じゃない。
水面を覗き込む。
そこに映っていたのは、見知らぬ男の顔。
黒い髪、淡い瞳。見覚えがあるような、ないような。
胸の奥が強く脈打った。
「……佐波、峻……?」
名前が、自然に口から零れた。
けれど、どうして知っているのか分からない。
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> 【プレイヤー名:Mako】
状態:オンライン
ログアウト:不可
シンク率:97%
視界の端に浮かんだウィンドウ。
見覚えがある。だけど思い出せない。
脳の奥で、何かがぶつかり合うように痛む。
「……これ、ゲーム? でも……私は、誰を操作してるの?」
立ち上がろうとした瞬間、視界の端に人影が揺れた。
湖の向こうから、誰かがこちらを見ている。
それは、**私と同じ姿をした“まこ”**だった。
ピンク色の髪、柔らかな笑顔。
けれど、その目の奥に浮かぶ光は、明らかに人間のものではなかった。
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「ねえ、あなた……誰?」
問いかけると、相手は微笑んだ。
風もないのに髪が揺れ、まるで映像の中の存在のようだった。
「私はあなた。あなたは、私」
――ノイズ。
視界が一瞬だけ白く霞み、耳の奥で電子音が鳴る。
> 〈データ交錯進行中〉
〈人格識別失敗〉
心臓の鼓動と同期するように、世界が脈動している。
足元の草が、数値の羅列に変わって流れていく。
「いや……ちがう、私は……」
手を見た。
自分の手。だけど男の手。
爪の形、指の長さ、体温、全部が現実的すぎて、逆に恐ろしい。
まこは、震える唇で呟いた。
「……私、峻になってるの?」
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「おい、峻! お前、どこ行ってた!」
声がした。
振り返ると、スミスがいた。
片手に銃を下げ、もう片方の手で空間にウィンドウを開いている。
「……スミス?」
「は? 何言ってんだ、急に女の名前で呼ぶなよ」
その言葉に、まこは息を詰まらせた。
目の前のスミスが、自分の知っているスミスじゃない。
声のトーンも、姿勢も、まるで“別の誰か”が中にいるみたいだった。
「お前、バグってないか? ログが変だぞ」
スミスが指先を弾く。
彼の視界に浮かんだ情報ウィンドウが、ノイズまみれになった。
そこに一瞬だけ映る文字。
> 【操作中:皆川 真】
まこの呼吸が止まった。
今、この世界で“まこ”を動かしているのは――彼女自身じゃない。
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風が凍る。
水面の奥から、白い髪の青年が現れた。
笑っている。やさしい、けれどどこか壊れた笑顔。
> 「にゃはははは! 人の中身を入れ替えるのって、楽しいですよねぇ」
ルベス。
そう名乗る存在は、まこ――いや、“峻の身体にいるまこ”を見下ろした。
「あなたたち、だんだん似てきましたねぇ。
ほら、どっちが誰なのか……もう、区別できないでしょう?」
世界がまた、ノイズに飲まれた。
まこは目を閉じた。
その瞬間、頭の奥で二つの声が同時に囁いた。
> 「しゅー、たすけて」
「まこちゃん、逃げろ」
どっちが自分で、どっちが相手なのか。
もう、誰にも分からなかった。
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第三章 ——観察者たちの部屋
白い部屋。
壁も床も天井も、全てが光を吸い込んでしまうように白かった。
中央に二つのカプセルが並んでいる。
透明な蓋の中で、二人の人間が静かに眠っていた。
一人は、黒髪の青年。
もう一人は、薄桃色の髪の少女。
どちらの顔にも、無数のケーブルが繋がれ、脳波と心拍数がモニターに映し出されている。
モニターには、繰り返し文字が点滅していた。
> 【ReDive Simulation 03】
【被験体No.01:佐波 峻】
【被験体No.02:皆川 真】
【人格同期率:98.6%】
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「お母様、数字が上がってます」
透き通るような声がした。
小さな影がモニターの前に立っている。
エティオとネリス――双子の子どもだった。
二人の後ろで、スミスが腕を組みながら難しい顔をしていた。
現実世界の彼女は、ここでは研究主任としての白衣姿だ。
プレイヤーとしての軽口も皮肉もない。
代わりに、沈黙と責任の重さが彼女の肩にのしかかっていた。
「……“同期率”が上がるってことは、もうほとんど分離できないってことよ」
「つまり、“峻”と“真”が――」
「互いの境界を失いつつある」
ネリスが小さく息をのんだ。
モニターの中、峻の指がわずかに動いた。
同時に、真の唇がわずかに笑みの形をつくる。
まるで、二人がひとりの夢を見ているようだった。
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「ねえ、お母様」
エティオが静かに言った。
「どうしておにいたんとおねえたんは、こんな実験をしてるの?」
スミスは答えなかった。
しばらく沈黙してから、白衣のポケットに手を入れる。
そこには小さなキーホルダー。
かつて、彼ら三人で遊んだMMOのイベントで手に入れた記念品。
それを見つめながら、スミスは低く呟いた。
「……二人が始めたのよ。
“もし、心そのものをデータにできたら”って。
愛も、記憶も、痛みも、全部――混ざるまで。」
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その時、部屋の照明がふっと揺れた。
ノイズが走り、モニターがちらつく。
エティオが驚いて振り向く。
「ルベス……また入ってきた」
白い壁の一角に、人影が浮かび上がる。
青年――ルベスが、相変わらず柔らかな笑みで現れた。
彼の姿は、実体を持たない。
この施設のどこにも、そんな人間は存在しないのだから。
> 「にゃはははは! 観察ばかりして、退屈じゃありませんか?
ねぇ、少しだけ混ぜてあげましょうか? 現実と仮想を」
スミスの眉がぴくりと動いた。
「やめなさい、ルベス。もう十分に壊れてる」
> 「壊れてる? いいえ、完成ですよ。
だって、彼らはもう、“誰が誰を愛しているか”すらわからない。
ほら……」
ルベスが指を鳴らす。
モニターの映像が切り替わり、ゲーム内の世界が映し出される。
そこには、峻と真――いや、“Shu”と“Mako”が立っていた。
互いに相手の名前を呼びながら、涙を流して抱き合っている。
でも、誰が“中身”なのか。
どちらの意識が“現実の身体”にいるのか。
――もう、誰にも区別できなかった。
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「ねぇ、お母様」
ネリスが小さな声で言った。
「おにいたんたちは、もう戻れないの?」
スミスは答えなかった。
ただ、画面の中の二人を見つめながら、
かすかに唇が動いた。
「……それでも、彼らはきっと“会いたかった”のよ」
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その瞬間、モニターが真っ白に光った。
全ての数字が0に戻る。
アラームが鳴り響く中、ルベスの笑い声だけが部屋に残った。
> 「にゃはははは! さて――次は、誰の番でしょうね?」
主人公とヒロインの中身が違うことから話を広げていって、ホラーの終わりになりました。
本当はこの後も続ける気みたいだったのですが、バグなのかよくわかりませんが全く違う登場人物で、書き始めました。
前の登場人物で再開してと、頼んでも元に戻らなかったです。
質問を曖昧に返事するとこんな現象があるかもですね。




