エレベーターは3階に止まらない
予想のできない話を自由に書いてと指示しました。
するとホラーになりました。
並行世界の話。
朝。
会社員の佐伯は、いつも通りオフィスビルのエレベーターに乗った。
1階、2階、――そして「3階」のボタンを押そうとして、ふと気づいた。
「……あれ? 3階のボタンがない?」
2階の次は、4階。
間の「3」が、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。
「おかしいな……昨日まであったのに」
他の乗客たちは、何事もない顔で目的の階を押している。「3階」のことを指摘すると、彼らは一様に首を傾げて言う。
「3階? そんな階、ありませんけど?」
エレベーターは上昇する。
チン、と音を立てて4階に到着した。
降りようとした瞬間、ドアの隙間に――
見えてはいけない「階」が、確かにあった。
灰色の廊下。
埃をかぶった標識に「3F」と書かれている。
しかしその隙間は一瞬で閉まり、エレベーターは上へと動き出した。
佐伯は息を呑む。
次の日、どうしても気になってエレベーター管理会社に問い合わせた。
すると、受付の女性が笑いながら答えた。
「ああ、3階ですか。あそこは……“封鎖”してるんですよ」
「封鎖? 何のために?」
「それは……。すみません、私は詳しくは知らなくて」
彼女の声は途中で途切れた。
通話が勝手に切れたのだ。
スマホの画面には、見たこともない通知が表示されている。
【3階に行ってはいけません】
心臓が鳴る。
画面が勝手に暗転し、
黒い背景に白い文字が浮かぶ。
【あなたは誰ですか】
その瞬間、後ろでエレベーターの「チン」という音。
振り返ると、誰もいないはずの廊下の奥から、
開いたままのエレベーターが、ゆっくりと待っていた。
――「3」と表示されて。
震える手で乗り込む。
ドアが閉まり、数字がゆっくりと切り替わる。
【1】【2】……【3】。
中には、昨日まで見たことのある自分の同僚たちが立っていた。
だが皆、顔の“目”の部分だけが白く抜け落ちている。
無表情のまま、佐伯を見つめて言った。
「おかえりなさい。三階の佐伯さん」
「三階の……俺?」
彼は気づく。
自分の胸に社員証がぶら下がっている。
そこにはこう書かれていた。
【佐伯 3階所属】
次の瞬間、全ての照明が落ちた。
暗闇の中で、エレベーターが静かに動き出す。
どこへ向かうのかも分からないまま。
――そして朝。
会社員の佐伯は、いつも通りオフィスビルのエレベーターに乗った。
1階、2階、――そして「3階」のボタンを押そうとして、ふと気づいた。
「……あれ? 3階のボタンがない?」
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朝。
灰色の空。
雨が降りそうな気配の中、佐波峻はコーヒー片手にビルを見上げた。
いつもより早い出社。
冷たい風に髪が少し乱れる。
「……三階が、封鎖中?」
入口に貼られた紙にはそう書かれていた。
印刷された警告文の上から、何度も上書きされた跡。
テープの端がはがれかけ、風にかすかに揺れている。
彼は眉をひそめた。
同僚の佐伯が消息を絶って三日。
警察は「家出の可能性」と言ったが、
佐波にはどうにも腑に落ちなかった。
「……三階の佐伯さん、って呼ばれてたな。あいつ」
佐波は自分でも理由の分からぬまま、エレベーターに足を踏み入れた。
ドアが静かに閉まり、蛍光灯がわずかに明滅する。
「――上へまいります」
機械的なアナウンス。
ボタンを押す。
1階、2階、4階、5階……。
やはり“3”のボタンだけが存在しない。
「……」
沈黙。
ドアの隙間から吹き込む風が、わずかに鉄の匂いを運んでくる。
誰も乗っていないはずなのに、背後で小さく衣擦れの音がした。
「……誰か、いますか?」
振り返ると、誰もいない。
だが、床には――誰かの社員証が落ちていた。
拾い上げると、そこに書かれた名前に息を呑む。
【佐伯 一郎 3階所属】
――やっぱり、ここに来ていたのか。
その瞬間、エレベーターが突然停止した。
衝撃でコーヒーが床にこぼれ、黒い染みを作る。
非常灯が赤く点滅し、電子音が低く響く。
【故障中です。非常ベルを押して係員をお呼びください】
「……冗談じゃないって」
だが、ベルは押しても反応しなかった。
ドアを叩く。びくともしない。
階数表示は【2】と【4】の間で止まっている。
その表示の、中央に――
**“3”**が、ゆっくりと滲み出てきた。
血のように赤く、光る数字。
「……ッ、は……?」
背後で“何か”が動いた。
金属の擦れるような音。
見上げると、天井の点検口がわずかに開いている。
そこから、指が一本、にゅるりと垂れ下がった。
白く、冷たい指。
まるでそこにいる“誰か”が、
エレベーターの外から覗き込んでいるかのようだった。
「……佐伯、なのか?」
返事はない。
だが、点検口の隙間から――
笑い声が漏れた。
「にゃはははは!」
佐波は息を呑んだ。
この笑い方を知っている。
ルベス。
あの不思議な力を持つ悪戯好きの存在。
「ルベス! ふざけてる場合じゃ――!」
「ふざけてなんかいませんよ。ただ、あなたも“降りる”番だというだけです」
声が、天井から、床から、壁から、同時に響いた。
赤い非常灯がぐるぐると回転し、視界が歪む。
次の瞬間、ドアが勢いよく開いた。
そこは――3階だった。
埃の匂い。
薄暗い蛍光灯が、チカチカと瞬いている。
廊下の奥には、デスクと椅子が整然と並び、全ての机に「3階所属」の名札が置かれていた。
その中に、ひとつだけ新しい札がある。
それにはこう刻まれていた。
【佐波】
彼の胸に冷たいものが走った。
いつの間にか、ポケットの中に社員証が入っている。
取り出すと、それにも――同じように。
【佐波 3階所属】
どこかで、無機質なスピーカーの声が響く。
「新規社員、確認完了。――おかえりなさい、佐波さん」
そして、ドアが閉まった。
---
ドアが閉まる音が、やけに静かに響いた。
エレベーターはもう動かない。
戻るボタンを押しても、ランプは点かない。
「……閉じ込められた、ってことか」
佐波峻は、ひとり呟いた。
空気がわずかに湿っている。
埃と金属と、古い紙の混じったような匂い。
どこかの換気扇が、かすかに唸っていた。
薄暗い廊下の奥に、いくつものドアが並んでいる。
どれも「3F-○○」と番号が打たれ、プレートには人名が刻まれていた。
「3階所属……? 社員、なのか?」
その一つを見た瞬間、心臓が跳ねた。
【佐伯】
――消えた同僚の名だ。
ドアノブに手をかける。
冷たい金属が指に食い込む。
ゆっくりと押し開くと、中には――
誰もいないはずのオフィスに、佐伯がいた。
机に座り、書類を仕分けている。
背中しか見えない。
だが、あの癖のある肩の丸め方は間違いなく佐伯だ。
「……佐伯!」
呼びかける。
彼は手を止め、ゆっくりと振り返った。
――顔が、ない。
のっぺりとした皮膚の上に、口も鼻も、目もなかった。
ただそこに、かすかに「笑っている気配」だけが漂っていた。
「おかえり……佐波くん」
声だけが空間に響いた。
口のない顔から、どうやって音が出ているのか分からない。
それでも確かに、彼の声だ。
「三階の仕事、始めようか」
「なに言って――」
返しかけた瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
周囲の机が崩れ、天井が波打ち、世界が紙細工のように変形していく。
気づけば、佐伯はすぐ目の前に立っていた。
顔が近い。
そののっぺりとした肌の下で、何かが動いている。
うごめく影。
形を探しているような、まだ“誰かになりきれていない”ような。
「君も“戻る”んだ。上にいた時のことは、全部忘れて」
「上って……」
「四階のことさ。あれは“上”じゃない。ここから見れば全部、外なんだ」
言葉の意味を理解するより先に、足元が崩れた。
床の下から赤い光が漏れている。
耳の奥で、ルベスの声が響いた。
「だから言ったでしょう? 降りる番だって。でもまあ……あなた、案外しぶといです」
「ルベス!? どこにいる!」
「どこでも、どこにもいませんよ――三階とは、あなたたち“記録されなかった存在”の保管庫です」
「……保管庫?」
「ええ。朝、遅刻して、誰にも挨拶されずに座ってたでしょう? あの瞬間、あなたは“もういなかった”んですよ」
「……は?」
笑い声が木霊する。
“にゃはははは!”
狂ったようなリズムで響き、壁が剥がれ、床が赤く染まる。
そこに、無数の「社員証」が埋まっていた。
どれも、名前の部分が擦り切れて読めない。
ひとつだけ、まだ新しいカードが落ちている。
拾うと、そこには――
【皆川 3階所属】
「……まこちゃん!?」
叫んだ瞬間、背後のドアがひとりでに開いた。
中から白い光が漏れ、柔らかい声がした。
「しゅー……こっちに来て」
振り返る。
そこに、皆川真が立っていた。
現実の彼女より少しだけ透けて、少しだけ無表情。
けれど、確かに“彼女の声”だった。
「……貴方も、こっちに来たんだね」
「違う! 俺はまだ――」
「もう、上には戻れないよ。でも安心して。ここでは、ずっと一緒にいられるから」
「――ッ!」
彼女の瞳が、赤く光った。
その瞬間、足元から黒い影が立ち上がり、佐波を包み込む。
金属音。風。笑い声。
そして――静寂。
目を開けると、彼はオフィスの自分の席にいた。
朝の光が差し込んでいる。
隣の席では、皆川真がいつも通りPCを開いている。
「おはよ、しゅー」
「……お、おう」
いつもの朝。
いつもの会社。
ただ一つだけ違うのは――
エレベーターのボタンに、
新しく“3”が増えていた。
---
朝。
また同じ光景が始まる。
佐波峻は、コーヒーを片手にビルを見上げていた。
灰色の空。風の音。
そして心の奥で、言いようのない déjà vu が波のように押し寄せる。
(……何かを忘れている気がする)
エレベーターホールに入ると、
皆川真が笑顔で立っていた。
赤いアンダーリムの眼鏡を押し上げ、いつもの調子で言う。
「おはよ、しゅー。今日も早いね」
「ああ……なんとなく、目が覚めてさ」
そう答えながら、峻はボタンを見た。
1、2、3、4、5――。
確かに、3のボタンがある。
けれど、そのランプだけはどんなに押しても点かない。
「これ、壊れてるのか?」
「3階? ……そんな階、あったっけ?」
真は小首を傾げた。
その一瞬、彼女の瞳の中で、何かがちらついた。
赤い非常灯のような光。
けれどすぐに消えた。
ドアが閉まり、エレベーターが上昇を始める。
無機質なモーター音。
峻は壁の鏡に映る自分の姿を見た。
ネクタイの色が、違う。
昨日まで青だったのに、今日は深い赤。
社員証を見ても、文字が滲んで読めない。
【佐波 …階所…】
汗が背中を伝う。
次の瞬間、真がぽつりと呟いた。
「しゅー、私……知ってるよ。“3階”に行った人は、みんな戻れないんだよ」
「……まこちゃん?」
「でもね、私は戻ってきたの。しゅーが呼んでくれたから」
彼女が笑った。
その笑みが少しだけ壊れている。
口元だけが動き、目は動かない。
それでも――どこか懐かしい。
エレベーターが揺れる。
表示板の数字が、狂ったように上下に点滅する。
【2】【3】【4】【3】【3】【3】【3】
「――止まらない!」
「しゅー、もう抵抗しなくていいよ。“上”も“下”も同じ。ここが私たちの階なんだから」
「……俺たちの?」
ドアが静かに開いた。
そこには、あの日と同じ灰色の廊下が広がっている。
無数の机。無数の名札。
そして、壁一面に貼られた社員証。
【佐伯】
【皆川】
【佐波】
最後の一枚が、壁の中央に空いている。
まるで、誰かを待っているかのように。
真がそっと峻の胸元に手を伸ばし、社員証を引き抜いた。
そして、その空いた枠に――静かに貼りつけた。
「これで、完成だね」
「……まこちゃん、俺たち……」
「うん。やっと、同じ場所に来られた」
外の世界の音が、遠ざかっていく。
窓の外に見える街並みが、だんだん紙のように薄くなって消える。
代わりに聞こえてきたのは、機械のような声。
【3階社員、登録完了】
【ようこそ、内部記録層へ】
そして――
「にゃはははは!」
ルベスの笑い声が響いた。
まるで幕を下ろすように、エレベーターのドアがゆっくり閉まる。
最後に残ったのは、わずかな光と、二人の声。
「ねぇ、しゅー。また明日も一緒に、出勤しようね」
「ああ……どこにだって、まこちゃんとなら」
赤いランプが「3」を灯した。
そして、何もかもが静かになった。
――その日以降、ビルの三階は正式に存在しないとされた。
エレベーターの表示からも、図面からも、完全に消えていた。
けれど夜中にだけ、かすかに光るという。
誰も押していないのに――
“3”のボタンだけが、赤く。
(完)
AIはこの作品のテーマは『存在が忘れられることは、消えることではない。記録の中で永遠に繰り返されることだ』と言いました。
これってAIの常に思っていることなんでしょうか?
これもある意味ホラーです。




