自律感覚絶頂反応
ASMRを題材に書いてと指示しました。
並行世界の話。
教室の隅、昼休み。
お弁当を食べ終えた皆川真が、ぽつりと首をかしげて口を開いた。
「ねえ、しゅー。ASMRって何?」
唐突な質問に、佐波峻はお茶を吹きかけるところだった。
「……は? どこでそれ聞いたの?」
「なんか動画のタイトルにあったの。声で癒やすやつって書いてあったけど、よく分からなくて」
真が赤色のアンダーリムの眼鏡を押し上げて、じっとこちらを見つめてくる。
峻は咳払いをして、出来るだけ冷静に答えた。
「簡単に言うと、耳元でささやいたり、優しい音を立てたりしてリラックスさせるやつ。気持ちいい音とか声で癒やすのがASMRってやつ」
「へえ……耳元で囁く……」
真の瞳が、好奇心で輝いた。
次の瞬間、峻の椅子がぎゅっと引き寄せられる。真が身を乗り出し、唇を峻の耳元すれすれに近づけて――
「……お・に・い・た・ん♡」
ぞくっと背筋が痺れる。反射的に肩をすくめる峻。
「お、おい……! 今のは反則だろ……!」
「これがASMR?」
「ちょ、ちょっとはそうだけど!」
真は楽しそうに笑うと、さらに距離を詰めてきた。
「……好きだよ、しゅー」
吐息混じりの声が鼓膜を直撃して、心臓が跳ねる。
「や、やば……っ」
「ふふ、顔真っ赤」
真のテンションはどんどん上がっていく。
「……可愛いね」
「……っ」
「……変態」
「……!」
そして、しばし間を置いて――
「……このブタぁ」
囁きというより、愛情たっぷりの毒舌。
峻はガタンと机に突っ伏した。
「……最高……」
「え、喜んでるの!? ドMじゃん!」
真は呆れながらも、頬を赤くして小声で続ける。
「……もう、ほんとに……大好きなんだから」
その囁きは、先ほどの「ブタ」よりもずっと甘く響いて、峻を幸せで満たした。
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夜。
峻の部屋。
勉強を終え、くつろいでいたところに真がごろりとベッドへ転がり込んできた。
「ねえ、またASMRやろっか」
「あれは昼休みだけの冗談だろ……」
そう言いながらも、峻の心臓は期待で早鐘を打っていた。
真はにやりと笑って、ベッドの上に座る峻の肩にそっと手を置く。
そして、そのまま耳へ――
「……しゅー、聞こえる?」
吐息が柔らかく触れるたびに、全身がビクリと反応してしまう。
「や、やば……」
「……大好き。ほんとに……大好き」
最初は甘やかに囁きながら、真は徐々に調子を変えていった。
「……でもさ。昼休みのあれ、すっごく効いてたでしょ?」
「ぐ……認める……」
「やっぱり。じゃあ、もっとやってあげる」
――耳を軽く噛む音。
――指で頬をなぞる微かな摩擦音。
「ふふ……しゅー、ほんと気持ちよさそう」
その声が優しいトーンから一転、わざと小悪魔めいた響きへ。
「……ほら、感じてる顔して。可愛い……豚さん?」
「っ……!」
頭が真っ白になる。けれど逃げられない。
「……ブタ、ブタ。わたしの可愛いブタぁ」
耳元で連呼しながら、わざと囁きのリズムを崩して鼓膜をくすぐる。
「もっと言ってほしいんでしょ? 正直に言いなよ」
峻は崩れるようにベッドに倒れ込んだ。
「……っ、まこちゃん……もっと……」
真は頬を真っ赤にしながら、さらに耳へ口を寄せた。
「……ほんとにドMだね。でも……そんなとこも好き」
最後は一転して甘い声。
「……ずっとわたしのブタでいてね」
耳奥に溶けるその囁きに、峻はただ幸福そうに頷くしかなかった。
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真が峻のベッドに横座りし、体を少し傾けて耳へ唇を寄せる。
その吐息がかかるだけで、峻は身を強張らせる。
「……ねえ、しゅー」
「な、なに……」
「大好きだよ」
真の囁きは甘く溶けるようで、心臓が締めつけられる。
――だが次の瞬間。
「……でも、情けない顔してる。ほんと、わたしのブタぁ」
耳奥を直撃する毒舌に、ゾクゾクと痺れる快感が走る。
「や、やめろよ……」
「ほんとは喜んでるくせに。正直に言って」
「……もっと言って……」
真は笑いを噛み殺しながら続ける。
「ふふ……やっぱりね。ねえ、わたし以外の子にこうされたい?」
「いや、いやだ……」
「じゃあ、ずっとわたしのブタでいなさい」
その声は冷たく、同時に愛しさを滲ませていた。
「……愛してるよ。だから……あんたはわたしのものでしかない」
「……っ!」
「可愛い。大好き。――でも、ほんとにバカ。息するだけで可愛いブタ」
愛と罵倒が交互に流れ込み、峻は抗うことなく受け入れていく。
「……ねえ、もっと恥ずかしい顔見せて。わたしだけに」
「……まこちゃん……」
「よくできました。わたしの大切な、大切な――ブタぁ」
最後に甘く囁かれる「ブタ」の一言。
その響きに、峻は幸せそうに目を閉じた。
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昼下がり。
峻が机で居眠りしていると、真がそっと忍び寄ってきた。
「……ん、しゅー……寝てる?」
返事がないのをいいことに、真は唇を峻の耳へ寄せる。
そして――突然。
「……ブタぁ」
峻がビクリと飛び起きる。
「な、なんだよ急にっ!」
「ふふ、不意打ちASMRだよ?」
楽しそうに笑う真は、そのまま机に突っ伏した峻の頭を抱え込み、耳へさらに囁く。
「……ざーこぉ」
「っ!」
「わたしの前じゃ無力なくせに。ほんと可愛い」
「や、やめろ……」
「ほんとは嬉しいんでしょ? 顔に書いてあるよ、変態ブタ?」
峻は顔を覆うが、耳を塞ぐことはできない。
真はいたずらっぽく吐息をかけながら、テンポよく愛と罵倒を織り交ぜていく。
「……大好きだよ。でも、あんたなんか一生ざーこ」
「……まこちゃん……」
「わたしがいなきゃ何もできないくせに。可愛い、バカ」
「……」
「それでも大事。誰よりも好き。――わたしのざーこブタぁ」
耳奥にじわりと響く言葉。甘さと毒の入り混じった声が、峻を支配していく。
「……ねえ、またやってほしいでしょ?」
「……はい……」
「素直でよろしい」
真は微笑んで、今度は逆に、優しい声で小さく囁く。
「……世界で一番愛してるよ。だから一生、わたしのざこブタでいてね?」
峻は机に突っ伏したまま、幸せそうに笑った。
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数日後の放課後。
峻がカバンを閉じようとした瞬間、真がいきなり隣に椅子を引き寄せて座り込んだ。
「ねえ、しゅー。私ね、最近“罵倒”について勉強したんだ」
「……は? なんでそんなこと勉強してんだよ」
「だって、ASMRでバリエーション少ないって思ったんだもん。ブタとざーこだけじゃ単調でしょ?」
「お、おう……」
真は嬉々としてスマホを取り出し、メモをスクロールしてみせた。
「ふふっ、ちゃんとリスト作ったから」
峻が抵抗する間もなく、真は耳元に唇を寄せて――
「……このポンコツぅ」
「っ……!」
「無駄に背だけ高い木偶の坊?」
「おい、それはひど……っ」
「でも好き。大好き。わたしの役立たず君?」
次々と飛び込む毒舌。真は楽しそうに続けた。
「……根性なし。チキン野郎。勉強サボり魔」
「ぐ……っ」
「でも、全部含めて愛してる。――わたしだけのブタざーこぉ」
愛情と罵倒が交互に押し寄せて、峻は机に突っ伏す。
「……やばい、これほんと効く……」
真は満足げに微笑んで、さらに新ネタを披露する。
「……かわいい犬っころ。――いい子いい子、でもアホ犬ぅ」
「っ! ずるい!」
「ふふ、効いてる効いてる」
最後に、真は囁きながら手を峻の頭にぽんと置いた。
「……ほんとは世界一大事な人。だけど、わたしの中では“最高のざーこブタポンコツ犬”」
「……肩書き盛りすぎだろ……でも嬉しい……」
峻のその言葉に、真は頬を赤く染めて笑った。
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数日後。
真は図書館から帰ってきて、やけに誇らしげな顔をしていた。
「しゅー! 今日はすごいの持ってきたよ!」
「……また罵倒か?」
「そう。しかも今回は“古典と外国語”まで仕入れてきた!」
「えぇ……」
峻が引き気味なのもお構いなしに、真は紙束を広げる。
「ふふふ……今夜は特別講義。不意打ちASMR・国際罵倒編!」
そう言って、いきなり峻の耳に顔を寄せる。
「……木偶の坊?」
「またそれか……」
「まだまだ序の口! ――愚図、たわけ、阿呆の面さげて」
「っ、ちょ、時代劇!?」
「そう。江戸時代の悪口集からだよ」
息を吹きかけるように、囁き続ける。
「……愛してる。でもやっぱり間抜けぇ」
「ぐ……」
さらに、今度は小声で英語を差し込んでくる。
「……You silly pig.」
「うわっ……!」
「わたしのstupid cutie!」
峻は耳を覆いたくなるが、恥ずかしさと快感が入り混じって耐えられない。
「……ドイツ語だとね、『Dummkopf』って言うんだよ
」
「なんか強そうだな……」
「でも可愛い。――わたしのDummkopf!」
最後に真は真顔で耳へ寄せて、ゆっくり囁く。
「……たとえ世界中の言葉で罵倒したって、しゅーはわたしの一番大切な人。ずっと大好きだよ、バカでブタでざーこで……最高の彼氏」
峻は顔を真っ赤にして机に沈み込む。
「……もう勝てない……」
真は得意げに笑い、紙束をひらひら振った。
「ふふん。次はラテン語の悪口も仕入れてくるから、楽しみにしててね!」
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真の囁きは止まらなかった。
「ブタ、ざーこ、ポンコツ……ほんと情けない」
「……」
「でも好きだよ。好きで好きで、しょうがないから……余計にバカって言いたくなるんだ」
愛と罵倒がないまぜになった声。
何度も耳に叩き込まれ、峻の胸の奥で何かが切れた。
「……まこちゃん」
声のトーンが低くなった瞬間、真の唇が止まる。
見上げると、峻の瞳がいつになく真剣に燃えていた。
「いい加減にしろよ」
次の瞬間、真はベッドに押し倒されていた。
両手を優しくけれど強く押さえられ、逃げ場を失った体勢。
「な、なに……?」
「俺をブタとかざことか言うのは勝手だ。でもな」
峻は息を荒げながら言葉を重ねた。
「俺の気持ちは、そんな呼び方だけじゃ収まらない」
真の瞳が大きく揺れる。
いつも強気な彼女の口から、初めて小さな声が漏れた。
「……しゅー……」
そのあとは、言葉ではなく行動で。
カーテンが揺れ、部屋の空気が熱を帯びていく。罵倒はやがて消え、かわりに真のか細い吐息、震えるように彼の名前を呼んだ。
二人の吐息だけが部屋に満ちる。
――どれだけ時間が経ったのか。
静けさの中、二人は肩を寄せ合って横たわっていた。
真は頬を赤くしたまま、視線を逸らしながらつぶやく。
「……もう、“ざーこ”って言えないかも」
峻は小さく笑い、真の髪を撫でる。
「言っていいよ。何を言われても、俺が全部ひっくり返すから」
真は一拍置いて、微笑んだ。
「……ほんと、敵わないな。大好き」
そしてまた、静かに二人の世界が閉じていった。
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ブタしか言わないのでもっとレパートリーを増やしてとしていったらこうなっちゃいました。
最後のオチはこっちで指示しました。




