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ハルト・カノニア 2


「何を言ってるんだ⋯⋯やっぱり頭を打ったのか?」


「だから全身打ちましたよ。本来なら体ぐちゃぐちゃです」


 兵隊は眉をひそめながら、黒い漆黒のような横目で私を凝視した。

 その顔から、私という人間をどういう風に捉えているのかが伺える。

 外傷によって記憶を錯乱させた、可哀想な子だとでも思っているに違いない。


 そうでなければ、宇宙人でも見るかのように眉をひそめたりしないはずだ。


「ようするに、君は何かの事故か事件に巻き込まれて全身打撲して死亡し、死後の世界に迷い込んでしまった⋯⋯そう思ってるわけだな」


 兵隊の理解が早いというか、ほとんど真理だ。


「そういうことです」


「なら教えといてやる。ここは死後の世界なんてファンタジーな場所じゃない。俺は死んだ覚えないしな」


 だとするならば、やはり異世界に来てしまったか、あるいはタイムスリップした事になるが、それも十分ファンタジーな出来事だ。


「そうですか。わかりましたありがとうございます」


「礼儀正しいな。ところで、珍しい衣装だな。どこの民族のものだ」


 兵隊の視線が私の胸元に向けられるが、別に不快感はない。自分のセーラー服を確かめながら、軽く襟をつかんで口を開いた。


「これは民族衣装ではなくて、制服です。私の国の学生⋯⋯女子中学生や高校生が着るものです」


「あー、そうかそうか」


 顔を近づけながらうんうんとうなずくその姿は、初めて見るものに関心を示しているというより、まるで懐かしいものを思い出しているような、そんな雰囲気を感じさせる。


「じゃあ君は中学生か?」


「いえ、高校生です。ピチピチのJKです」


「その表現がもうピチピチとは程遠い気がするんだが」


「え?」


「あ、いや、なんでもない」


 その反応では、まるで日本の流行を知っているように思われる。

 確かに、ピチピチのJKなんて表現、現代の高校生の中では死語になってる。使うとしたら、イタイおじさんか過去を思い出して戯れる元女子高生くらいだろう。

 

 しかしまあ、こんな戦場で私たちはいったい何の話をしているのだろう。彼は仲間と合流しなくて大丈夫なのだろうか。


「なあ、ちょっとすまないが頼みごとをしていいか」


「はい?」


 突然兵隊は額に汗をにじませながら、内股の太ももをさらに閉じた。

 なんだか恐ろしいお願いをされそうな気がしてならない。

 戦場にいる男は、死への恐怖やその切迫感から、凶暴な野獣になるとよく耳にする。

 まさかこんな戦場のど真ん中でとは考えたくないが、別行動している仲間のもとに連れていかれてしまえば、私ごときでは何の抵抗もできない。


 私はいつでも逃げ出せるようにと、右足を後ろに引き、軽くひざを曲げ、彼の言葉を待った。


「悪いけど、ちょっと回り見張っててくれないか。すぐに終わらせるから」


 焦った様子でそういうと兵隊は股間部分に両手を添えながら、慌てて後ろの茂みに隠れた。


「え?」


 私は拍子抜けしてしまい、そのまま兵隊が茂みの中で立ったまま恍惚な声を出すのを聞き続けた。

 なんだか彼を誤解したことや、ひとり妄想を膨らませていたことに恥辱を感じた。


 若干のきついアンモニアのにおいが鼻をつく。恐らくは軽い脱水症状なのだろう。

 しかし、ここでは現代日本と倫理観や価値観が違うのは理解できるが、よく仲間ではなく私のような女子高生に見張りを頼んだものだ。

 茂みの中とはいえ、女子高生に排泄している様子を仄めかすことが恥ずかしくないのだろうか。

 まあ、彼はおそらくというか間違いなく、女子高生というもののブランド価値を知らないのだが。


 すっきりと晴れ晴れした顔で戻ってくる彼を見ながら、洗ってない手で触れられないように気を付けようと彼の行動を観察した。


「ありがとう。たすかったよ」


「見張りなんて必要でしたか。わざわざ年頃の女子に排泄状態を握られるというリスクまで犯して」


「いやな言い方するなぁ。どちらかといえばもし敵が君を狙ってもすぐに助けられるようにするためだったんだがな。叫び声を聞いたら駆け付けられるように」


「⋯⋯露出していてもですか」


「当たり前だろ。軍人舐めないでくれ。どんな時でも敵が来たら戦うんだよ」


 ほんの少し怒気が込められたその言葉に、彼の軍人としての矜持や覚悟が感じられた。


「そうですか。すみません。私のためにわざわざ」


「礼を言われるようなことじゃない。まだ結果的に何もしていないしな。それより、君も一緒にくるんだ。うちの陣営で保護する」


「保護⋯⋯ですか」


「ああ、それともどこか行く当てがあるのか。あるなら最寄りの山のふもとくらいまでなら護衛するが」


「行く当て⋯⋯?」


 兵隊は銃を肩に乗せ、首をかしげながら言った。

 行く当てなんてもの、あるはずがない。

 彼の言うことが真実で、ここが私のいた世界とは別の世界だとするなら、帰る場所も目指すべき場所もない。

 

 だが、ここで彼についていったところで、その後どうなるのだろうか。いつまでも、彼の所属する軍が保護してくれるのだろうか。どこかに養子や嫁にでも出されるのだろうか。

 この世界なら、まだまだ政略結婚が盛んにおこなわれていそうだ。


 考えうる選択肢のどれもが、いまいちピンとこない。というよりうまく想像するどころか、想像を開始するという前段階で志向が鈍ってしまう。

 やはり一度死んだからなのだろうか。それともこれがあの事故から続く悪い夢で、夢だから先のことが考えられないのだろうか。

 とにかく、今の私にはただ茫然とこの場所にとどまることが最適のように思えてしまう。


「行くぞ」


 ふい腕をつかまれ、その粗暴な声が耳元から聞こえた。

 ごちゃごちゃと無造作に散らかっていた脳内から余計なものがすべて消えるかのように、頭と視界が鮮明になった。


「あ⋯⋯手洗ってないのに⋯⋯」


「今気にすることかそれ⋯⋯」


「ふふふ⋯⋯」


 両目を寄せながら上を向く兵隊の困り顔に、つい笑い声が漏れる。


「ようやく笑ったな。笑ったらさらにかわいいな君」


 白い歯を微かに見せながら彼も笑った。


「兵隊さん、かなりモテるんじゃないですか。そんな浮ついた言葉がすんなりと出てくるなんて」


「まあ、人並みだな」


「そこは謙遜するのですか。やっぱり兵隊さん女子から人気出ますよ。特に私のいたせかいなら」


「よくわからんが、ほめてもらってることだけは理解できる。だが兵隊さんはやめてくれ。むずがゆくなる」


「でも私、兵隊さんの名前知りませんので」


「ああそうか、名乗ってなかったな」


 空いた手で頭をかくと、曇りがかった空に目を向け、引き締まった表情になって彼は口を開いた。


「ハルトだ。ハルト・カノニア。君は?」


「彩葉です。小鳥遊彩葉」



 


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