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EP2 余裕

春の温かな陽光が照らし、桜の花がほんのりとピンクに色づいている。

風が吹き、木々の葉がささやくように揺れている。悠人はその光景にしばらく見とれていた。


そのとき、ふいに声が響いた。


「悠人、こっち!」


悠人はその声に反応して、振り向く。目に入ったのは、幼馴染の穂乃果の姿だった。

彼女はいつも通りの明るい笑顔を浮かべ、爽やかな風を浴びながら、悠人を手招きしている。その笑顔が、あまりにも輝いていて、心臓がドキッと鳴った。


穂乃果は、容姿端麗で、文武両道。

同級生で彼女を知るものは誰もが皆彼女を憧れ、尊敬していた。

誰にでも分け隔てなく接するその姿は、まさに完璧な存在だった。もちろん悠人にとっても、穂乃果はただの幼なじみ以上の存在だった。

しかし、彼はその気持ちを言葉にすることはなかった。気恥ずかしくて、どうしても言えなかった。


「穂乃果、何してるの?」悠人は少し戸惑いながら、問いかける。


穂乃果はにっこりと笑って、手に持っていたノートを見せた。


「これ、ちょっと見てほしくて。今日の体育のメニュー、どう思う?」


「ああ、穂乃果って体育委員だっけ」


「そー。先生もメニュー考えるの丸投げなんてやんなっちゃう」


小言を漏らしつつ穂乃果がノートを差し出してくる。悠人はそのノートを覗き込む。

内容は普通の体育の授業の計画だったが、穂乃果がそれを自信満々に見せる姿が、どこか誇らしげに見えて、心が温かくなる。


「いいんじゃない。流石優等生の穂乃果、体育も得意なんだ。」


穂乃果はその言葉を聞いて、少し照れたように目を細めた。


「ありがとう、でも私はただ…人よりほんのちょっと頑張ってるだけだよ」


「知ってる。こないだの定期テストだって、一ヶ月前からずっと勉強してたもんね。みんな、穂乃果は天才だのなんだの言うけど勝手だよね」


「まあ、私が天才なのは変わりないんだけど。…………でも、悠人が知ってくれたら、それだけでもいいかなぁ」


ドクン。悠人は思わず顔が赤くなる。

穂乃果がそんな風に言ってくれるのは、何だか自分が特別な存在になったような気がして、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


「俺、なんか…そんな特別なこと言ってないけど…」


穂乃果はクスクスと笑った。その笑い声は、悠人の胸に響いて、心を温かく包み込む。


「そうやって悠人が私の頑張りを認めてくれるから…なんだか、いつもより頑張れる気がする。」


その言葉に、悠人はまた心臓が跳ねるのを感じた。穂乃果にとって自分がそんなふうに思われているのかと思うと、どこか不思議な気持ちだ。でも、それはとても嬉しいことで、何度でも頭の中でリピートするだろうなと思った。


「じゃ、じゃあ、今日は一緒に放課後、図書館に行こうか?勉強もしたいし、ちょっと話もしたいな。」


穂乃果は少し驚いたがその提案を受け入れ、すぐに頷いた。「うん、いいよ。放課後、一緒に行こう。」


その日、放課後に二人は図書館で勉強を始めた。穂乃果は、数学の問題集を開いて、すらすらと解いていった。

悠人はその様子を見守りながら、彼女の姿に釘付けだった。穂乃果は自分ではああいうけど本当に優秀で、何でも器用にこなす。

しかし、そんな彼女も対し悠人に対してはどうしても「完璧な自分」を演じられなかった。彼女がどれだけ完璧であっても、彼にだけは自分のことを隠すことなく、ありのままの自分でいられた。


「ねぇ、悠人、私、昔からずっと思ってたんだけど。」穂乃果が突然話しかけてきた。


悠人はその言葉に少し驚きながら、顔を上げた。

「え、何?」


穂乃果は少し考え込んでから、じっと悠人を見つめて言った。


「悠人って、自分じゃそんなことないっていうけど、私のこと、ちゃんと見てくれてるよね。……私はそんな悠人のことが……好き。」


その言葉に、悠人の胸が一瞬で締め付けられる。心臓が急に速く鼓動を打ち始め、思わず目をそらした。


「そ、そんなこと…」


穂乃果は微笑んで、悠人の肩に手を置いた。「悠人がいてくれるから、私は頑張れるんだよ。」


悠人はそれがどういう意味かを完全には理解できていなかった。

ただ、穂乃果のその言葉が、何か大切な気持ちを伝えようとしていることだけは分かった。


その後、穂乃果はふと何かを思い出したように、にっこりと笑った。


「あ、そうだ。昔悠人に言われたことがあるんだけど、覚えてる?『穂乃果は、みんなに優しくて、完璧だね』って。だけどね、悠人には違うんだよ。」


悠人はその言葉を聞いて、またドキッとした。「え、どういうこと?」


穂乃果はその笑顔を少し曇らせながらも、真剣な表情で続けた。「だって、私はいつも悠人にだけ…」


その言葉に、悠人は心の中で動揺を感じた。どうして穂乃果がどんなことを言うのか、全く理解できなかった。でも、心のどこかで、穂乃果の言葉が真実であると感じた自分がいた。


その瞬間、何かが心の中で破裂した。悠人は思わず穂乃果を見つめた。

彼女が言ったその言葉が、胸の中で強烈に響き渡り、悠人は答えたかった。

けれど、その言葉を口にする勇気はなくて、ただ黙ってその場に立ち尽くした。


穂乃果はその反応を見て、クスっと笑った。

「なーんてね。今日は何の日?」


「あ、4月1日…」


「そ、エイプリルフール!」


「じゃあ、さっきのって…」悠人は自分だけこんなドキドキさせられたのかと問い詰めるが、


「え、ウソだよ!冗談冗談!そんなに真面目に受け取らないでよ!」


悠人はその言葉に、少し怒ったような、ほっとしたような、少し切ないような気持ちを抱えて顔を赤くして穂乃果から目を逸らした。

そんな状態だったからよく分からなかったが、穂乃果がそのあとほんの小さな声でなにか呟いた気がした。

────────────────────


ピピピピピ…………


その瞬間、悠人は夢から目を覚ました。

煩いアラームの音が耳に響き、現実の世界に引き戻される。目を開けると、何もかもが夢のようだった。

懐かしい記憶だ。中学時代の穂乃果との思い出が、まるで手のひらの中の砂のように、儚く消え去ってしまったような気がして、胸が苦しくなった。


だが、心の中には確かに温かい気持ちが残っていた。それは夢の中でも、どんなに遠くにいても、穂乃果と過ごした時間が、悠人にとってかけがえのないものであったことを証明しているようだった。

しかし、スマホの画面に流れる通知に急に現実へ引き戻される。

そのメールはあのデスゲーム、じゃんけんの会場案内とルールの詳細についてだった。


「最初の会場は……公民館か。意外と近いな」


そう思っていた時、再び通知がくる。穂乃果からだ。

『会場どこだった?私は公民館!』


「オレも公民館。一緒にいこーぜ…っと」


正直安心した。一人でデスゲーム会場に向かうなんて、緊張でどうにかなってしまいそうだと思っていたが、誰かと話していたらそれもほどけるだろう。

もしかしたら、今日見た夢のせいで逆に緊張するかもしれないが…そんなことを考えつつ身支度を進める。




【規則】

※一日に午前と午後で一回ずつ、計2回じゃんけんをする。

※対戦相手は残っている人からランダムに決まる。

※じゃんけんに勝利したらゲームから抜けて賞金を獲得。

※賞金は1回目のじゃんけんでの勝利は10円。2回目は20円…と倍になっていく。

※後出しなど審判が反則とみなしたものは反則負けとなる




───────────────────


穂乃果と悠人は、公民館に向かう途中、談笑しながら歩いていた。

通学路を並んで歩く二人の足音が、乾いた風の音に紛れて響いている。

穂乃果の明るい声が、悠人の耳に心地よく響く。彼女の笑顔が、今日の非現実的な状況を少しだけ和らげてくれる気がした。


「ねぇ、悠人。あのじゃんけん大会さ、ほんとありえないよね?」穂乃果が笑いながら言った。


悠人も笑った。穂乃果と話すまでは緊張でどうにかなりそうだったが、なんだか軽いことに感じてきた。

こんなこと、ただのゲームのように感じられて仕方なかった。


「よくよく考えたらありえないな。だって、最初から負け残るなんて、天文学的な確率じゃん。誰もまさか自分が最後まで残るなんて思ってないでしょ?」悠人が肩をすくめて言うと、穂乃果も肩を揺らして笑った。


「ほんとに。宝くじの1等3回分くらいの奇跡じゃない?あ!でも、最後のじゃんけんまで残ったら…すごい賞金でしょ!?やばくない?なんて金額……」穂乃果が目を丸くして言うと、悠人も同じように驚いた顔を見せた。


「そーだよな。そしたら一生遊んで暮らせるじゃん!絶対勝たないと損だよな!」悠人は言葉を続け、軽いノリで話した。最後に負けたら死刑だけどな…と思いつつ。

しかし、心の奥底ではどこか不安も感じていた。それでも、そんな不安を抱えているのは自分だけだろうと思い、無理にでも笑顔を作った。


「そうだよね、でも、まぁ、そんなのありえないよね。実際、最後まで負け残るなんて無理じゃん。」穂乃果が言うと、悠人は少し安心したように笑った。

どこか冗談のように感じていたのだ。

実際、あの大会に参加する前に、誰もがそう思っていたに違いない。確率的には限りなくゼロに近いのに、絶対に一人はそんな不運すぎる奴が存在するなんて、なんだか不思議な感覚だ。




二人は公民館に到着したら、個室に詰め込まれ待機させられた。

穂乃果とは、別の個室だったので一人で暇を持て余していた。一人になると急に不安感が襲ってくる。

心の中でシュミレーションをしながら待っていると、いよいよじゃんけんの開始時間が近づいてきた。

悠人の胸は少しドキドキしていたが、彼はそれを気にしないようにしていた。


「114514番、入れ」


…フーッ、深呼吸。いざ始まれば、どんなことが起きても不思議ではないはずだ。そんな気持ちで、扉を開けて目の前に広がる大きな会場の中に足を踏み入れる。


会場に集まった参加者たちの顔は、みんな緊張している様子だったが、どこかふざけたような雰囲気も漂っていた。

まだどこかこの状況が現実味を帯びていないからだろうか。まるで、運動会のようだ。

しかし、悠人の中でこの「運動会」という言葉がぴったりこないのは、少しだけ冷徹な現実を感じていたからだ。


「さて、じゃんけんが始まるぞ…!」悠人は自分に向かって言うと、心を落ち着かせて案内に従い対戦相手の前に進んだ。

相手はいかにもな大学生らしいチャラチャラした男性だった。怖い…


「それではいきますよ。最初はグー!」と司会者が声をかけ、場が一気に静まる。悠人と穂乃果は、なんとなく無意識にお互いに目を合わせた。小さな合図のような、安心感を求めていたのだろうか。だが、それはすぐに壊れる。


「じゃんけん……ぽん!」


最初のじゃんけん、悠人はグーを出した…しかし相手はパーを出した。普通に負けた。


「うわ、すぐ勝ったからたった十円じゃん…」


相手の男は悔しそうに呟く。確かに、遅く勝つほど賞金は増えるんだよな。オレも早めに勝っておきたいけど…

いや…大丈夫、大丈夫!まだまだあるし!たかが1回。一回負けたくらいなんてことないのだ。

そうだ。だって、あと…20回以上もあるんだよ。余裕でしょ?悠人は退場したあとも強がりながら考える。


昼休み、人が多く穂乃果と合流出来なかったが、LINEで『最悪。負けた…(泣)』と送ってきた。あまり気に病んではいないらしい。


孤独に昼メシを食いながら考える。

たかが1回の敗北。だが、その後、次々と負け続けることになれば…最初は軽い気持ちで挑んだが、だんだんとその緊張感が悠人を包み込んでいく。


そして、昼休みが終わり、午後の部が始まった。悠人も穂乃果も、また同じように負けてしまった。




「ねぇ、さすがにおかしくない?」帰り道に穂乃果が不安げに呟く。悠人もその言葉に同調するしかなかった。


「うん、でも、まだまだ余裕だって。まだ焦る時じゃないよ。」悠人は自分に言い聞かせるように言ったが、その目の奥にあった不安は消えることはなかった。


次のじゃんけんで、また負ける。

そしてまたその次も……どんどんと蓄積されていく敗北感。気づけば、二人はその場にいるだけで心が重くなっていった。

まさか、このまま負け続けることはないだろうが、出来るだけ早くやめたいものだ。精神衛生的に悪い。


「これ、ほんとに大丈夫かな……」


穂乃果がつぶやくその言葉が、悠人の心の不安感を煽る。悠人は、その声に答えられなかった。

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