あたしとあなた。
「ねェね、センパイはこーゆー服、普段着ないのー?」
「着ないわね。」
「ふゥん。キライなの?」
「可愛いとは思うし、嫌いではないわ。」
「どーして?」
「系統が違うもの。見ているだけで満足。別段着てみたいとは思わないからよ。」
放課後、そこまで人気のない図書室の角のテーブルの一席。
あたしには到底縁のないぶあつい本を開き掛けていたセンパイの向かいの席を陣取り、自分が普段愛読しているファッション雑誌の一ページを開いて見せた。
流行色やイマドキの柄をめいっぱいに使った、ヒラヒラでふわふわの服。それは普段あたしが愛用しているブランドやメーカーのものばっかり。
センパイは、ちらりと目線をあたしに向けてから、またすぐに自分が手に取っていた本に戻しちゃう。
その動作と同じように、ふわりと動くまっすぐで一つもゆがみが無いまっくろの髪。キチンと整えられたセーラー襟、規定のクツにカバンに靴下。膝下スカート。化粧っけなんてひとつもないのに、必要もないほど完璧に整った素肌。
返される言葉はそっけないのに、透き通るみたいな声音であたしの耳にすっぽりと収まる。
自分たちが普段使うそれとは違って、一つ一つがまるで本の中の文章になりそうな程に美しく正しく並べられる単語。
……どれをとっても、どこからどこまでもあたしとは正反対で。
そしてそれが、どうしてもあたしを掻きたてて惹きつける。
「エー!ぜったいかわいいってば、似合うよォー。」
「それは貴女でしょう。」
「え、あたし、似合うかな?かわいい?」
「可愛いと思うわよ。その、今さっき貴女が見せてくれたページの女の子達と同じだもの。」
「おなじ?違うよ、あたし流だもん。」
「雰囲気よ、雰囲気。同じオーラでしょう。それは、私が持たないものの一つよ。」
あまりにもあたしがしつこく話しかけるもんだから、ついにセンパイは本にしおりを入れてたたむ。
作戦成功。
そうして、つい、とそらされていた視線があたしと交わった。
「センパイには、同じに見えるの?」
「固体としては勿論別物よ。貴女は貴女なんだから。」
「難しいコトいうなあ……」
「そうかしら?」
ふ、とそのくちびるがゆるむ。
整った作り物みたいなのに、表情が浮かぶと可愛くて。もっともっとそのいろんな表情が見てみたい、って感情で胸がいっぱいになる。
あたしとは違う表情。あたしとは違う頭の中。
きっと、違うものを見て、喜んで。違うことを感じて、悲しむんだ。想像するだけで、ワクワクというか、ソワソワというか。胸の奥がざわざわと騒ぎ出す。
「ねえ。じゃあその、コタイ?としてのあたしは、かわいい?」
「……どういうこと?」
「言葉そのままの意味だよぉ。ね、センパイ、あたしってカワイイ?」
「……そんなこと、私に言われても嬉しくないでしょう。」
「それって、かわいいって思ってるってことだよね?ね?」
「可愛くない筈がないじゃない。自分でも分かっているんでしょ?クラスの男子にも、いつも言われているのだから。」
「うーん、そりゃあ日頃から万全なるケアとしゅぎょーをかかしてないからねー……ってそうじゃなくて。ジブンとか、男子とか、そんなんじゃなくてー!」
「図書室では静かに。摘み出されたいの?」
「う……」
水みたいに、するすると流される。欲しい言葉は、すぐそこまで来てるのに届かなくて。ついついもどかしくなって、声を荒げちゃう。センパイは、小さい子に注意をするみたいにシッと口に指を当てて身を乗り出す。顔が近い。もう夕方なのに、センパイの髪からはシャンプーみたいな落ち着いたいいニオイがした。
「何が聞きたいの。ちゃんと聞いているんだから、分かる様に喋ってくれないと。」
「……センパイに、言われたいだけだもん……、」
「私に?何を?」
「センパイに、可愛いって言われたい、思われたいの。」
「な……、」
さっき怒られちゃったから、ボリュームが上がりそうな声を必死に抑えて言葉をはきだす。テンポよくかえってきていた言葉が半端に途切れたから、ついに呆れられちゃったかもしれない。それでも、思ったことをすぐ口に出さなきゃ気がすまない上に、出来るかぎりはジブンの思い通りにしたいっていうワガママな気持ちがジブンを暴走させる。
センパイがなかなか言葉を返してくれない。少しだけ気まずくてずっと下を向けていた顔をあげるのが、だんだん怖くすらなってくる。
「……困った子ね、本当に。」
「センパイ?」
勝手に泣きそうになってくる目元に必死に力を入れていたら、呆れたような、だけどいやな感じじゃないセンパイの言葉がふりかかる。
「魅力的よ、貴女は。可愛いもの。誰でもきっとそう思うわ。」
「誰でも、じゃなくて……」
「人の話は最後まで聞きなさい。だから、誰でも、は。私も、ということでしょう?私自身がまずそう思っていなければ、そういった表現をするわけないじゃない。」
水みたいに、するする。今度は、あたしの中にシンショクしてくる。じわじわと乾いたノドをうるおすみたいに、センパイの声が。ホントにうるおされちゃったのか、結局我慢しきれずに泣いちゃって。
今度こそほんとうに困って呆れてしまったように、だけどやっぱりどこかやさしげに、センパイがあたしを泣き止むまでなぐさめてくれた。
恋とか愛とか、そんなのいままで軽い気持ちでしかなかったしホントのものなんて今でもまだまだワカンナイ。だからきっと、センパイへのこのどうしようもない気持ちはそんなものなんかじゃない。
きっと、あたしなんかの"言葉"じゃ表現しようもないような、途方もなくてむずかしい心の奥底から湧き上がる"好意"。
ジブンでの受け止め方もわからない。だから、伝え方もてんで不明で。だけど、頭がよくて察しもいいセンパイのことだから、きっと。少しずつ、あたしの中から汲み取って、そしていつかは理解してくれるんじゃないか、なんて。
泣きながらワケわかんなくなってる頭で、そんなことを勝手に思ったりしてみてた。