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会心の一撃

 室長という立場に身を置く人間にとっては、休憩時間などあってないようなものだ。

 出動が無くとも、やるべき事など山のように舞い込んでくる。自分が新人だった頃、当時の室長が仕事に追われているのを見て、大変そうだな、なんて他人事の様に感じていた時期が懐かしい。

 見ているだけでは分からない事が世の中にはごまんとあるのだろうな、なんて。一人デスクに向かう彩乃は、そんな事を考えてみる。

 タイピングの音だけがカタカタと鳴り響く室内には、自分以外誰もいやしない。そろそろ蓮も帰って来る頃だとは思うが……。

 第七班は、現在自分を含めて二名しか在籍していない。三名以上での出動が義務付けられるこの場所では仕事などまだ無いと高を括っていたが、今になって後悔する。もし、自分たち以外の班員が増え、出動機会も多くなっていけば、これ以上に仕事をする事になるのだろうなと考えれば、些か億劫にもなるというものだ。

 だが、それでも。彩乃はそんな目まぐるしい日々を望んでいる事も事実なのだが。

 

 カタン。


 その音が、一旦終了の合図。今ほど打ち込んだ内容を保存し、今度は立ち上がって部屋を出ていく。

 どうやら休息は、まだ彼女を受け入れてはくれない様だ。










 


「鈴原さん、昨日の出動の件、報告書を作成し終えましたので、確認をお願いします」


「はい、かしこまりました。すぐに確認します」


 ニコリと笑ったのも束の間、由衣は慣れた手つきでパソコンを操作し、今しがた終えたばかりの事後報告書の確認を始めた。

 なんとなく手元に目をやれば、彼女のデスクには大量の付箋が並んでいるのが目に映る。どうやら彼女も、休息の時はまだ遠い様だ。


「おっすー! お疲れ、彩乃ちゃん!」


 由衣を待っていれば、聞きなれた快活な声が耳を打つ。視線を向ければ案の定、そこにあるのは特務課の問題児・・・の姿だった。


「お疲れ様です、榊原さん。もうあがりですか?」


「そっ! 今日は早上がりさせてもらうんだよね! てなわけで、捕まる前にさっさと退散!」


 ひらひらと手を振り、またねー! と気の抜けた言葉だけを残し、童夢は足早に去って行く。

 そんな後ろ姿をじっと見つめていれば。


「お待たせしました。確認したところ問題はありませんでしたので、このまま課長へ提出して頂ければ結構ですよ!」


「分かりました。お忙しい中ありがとうございます」


「いえいえ、慣れてますから!」

  

 ニコリと笑う由衣だったが、そこはかとなく疲労の色が見て取れる。事務職も大変だな、と。あの頃と同じ感想が浮かんでくるが、頭を下げてかき消す。


「では、失礼します」


「はい、お疲れ様でした!」


 由衣の声を背に、再び来た道を戻って行く。後は報告書をコピーして課長のデスクへ置いておけば、ようやく昼食にもありつけそうだ。

 『第七班』と書かれた扉が彩乃を迎え入れようと開かれた時。


「工藤さん、お疲れ様」


 突然、自分を呼ぶ声に足が止まった。

 ハスキーな女声の持ち主に目をやれば、声色通りの女性が立っている。綺麗、可愛い、なんて言葉より『かっこいい』という言葉がやたらとハマる、それでいて男性にはない色気を持った大人の女性だ。

 その人物の事は、彩乃もよく知っている。だからこそ、特に構えることも無く返事をする事が出来た。


「何か、御用ですか? 千堂せんどうさん」


 彩乃が言えば、千堂せんどう亜希奈あきなは困った様に笑う。

 

「そう構えないでくれ。少し話がしたいと思っただけだ。今、いいかな?」


「…………どうぞ」


 この人の事だ。おそらく断っても無駄だろう。

 即座に判断し、彩乃は亜希奈を招き入れた。礼を述べて室内へ入って行く彼女を見て、どうやら休息はまた遠のいた様だ、なんて感じながら。











「コーヒーでよろしいですか?」


「ありがたい申し出だが、気持ちだけ受け取っておくよ」


 室長室に置かれたソファに腰かける亜希奈の返答を聞き、彩乃も彼女の正面に座る。顔を上げれば、亜希奈はガラス越しに映る無人の事務室をじっと見つめていた。


さみしいですか。こんな室内は」


「懐かしい、かな。私の第三班ところも、最初はこうだったから。一人だった時は、班員集めに奔走したもんだよ。まぁ……君はそうじゃないようだが」


 彩乃へと向けられた視線は怪しい光を放っている。まるで試されている様なその目に、彩乃も表情が歪んだ。


「そんな顔しないでくれ。今日は、昨日・・()を言いに来たんだ」


 彩乃の表情が、いつもの無表情へと変化していく。

 やはり彼女も気付いていたのかと、亜希奈もそっと微笑んだ。


「せっかくの非番だったというのに、災難でしたね」


「本当だよ。ただ買い物だけ済ませる予定が、怪しい人物を見つけてしまってね。職業柄追いかけていれば、あの事件だ。機動隊に身分を伏せるのに、どれだけ苦労した事か」


「特務課の存在は知っているのに、私達の顔は知らないのもおかしな話ですがね」


「仕方ないさ、内容が内容だからね」


 お陰でこちらは、機動隊に素性がばれないように注意を払い、それを踏まえた上で秘密裏に任務を遂行する事が強いられているのだから、まったく特務課も楽じゃないと改めて思い知らされる。


「それより……聞いたよ、昨日の詳細。それに、君のところに入った新人の事もね」


 そう言った亜希奈の表情が物語る感情を、彩乃は見逃さない。

 やはり自分は、この人は苦手だ。そんな感情を必死に抑え、彩乃は亜希奈のそれを見つめ返した。


「単刀直入に聞くが……真島蓮。彼は一体何者なのかな?」


「……どういう意味でしょうか」


「ははっ、君も人が悪いな」


 分かっている癖に。

 そんな分かりやすく瞳に出すならば、口にすればいいものをと、彩乃も内心ため息を吐く。


「私に宿った異能は、簡単に言えば『見えない壁を創り出す事』だ。それは君も知っていると思うが……『範囲』は伝えていない。特務課はおろか自分の班の人間にすら、ね」


 ずい、と顔を彩乃に近づけ、両手に自身の顎を乗せた。


「言っておくが、私の異能は『外からの銃弾は跳ね除けるが、内側からの銃弾はすり抜ける』なんて都合のいい力は持っていないよ。

 つまり、彼は見切った。私の異能の効果範囲をね。そして、ここからは私の推測に過ぎないが……彼は防壁の効果範囲を察知し、銃声を頼りに対象者の位置を割り出し、壁の跳弾を利用して右手を撃ち抜く事で相手を無力化した…………我ながら現実離れした話だとは理解しているが、そうとしか考えられないんだ」


 彩乃は否定も肯定もせず、じっと次の言葉を待つ。


「それにもう一つ。昨日の対象者、最終的に『自滅した』という事で解決したらしい。自分が放った銃弾が、コントロールを誤って自分に返って来てしまい、それによって負傷してしまった……とね。

 中継映像も見たが、真島君が放ったであろう弾丸は確認できなかった。飛び交っていた銃弾に隠れてね。私も現場で特務課の公用車や窓から覗いていたサプレッサーを見ていなかったら、そう判断しただろう……それほど、彼の狙撃は完璧だった」


 あの時、モニターには中継画面も映し出していた。

 それにより、どのあたりから撮っているかを割り出し、カメラに自分の撃った弾が映らない様に計算していたと聞けば、納得……は出来ないが、一応の筋は通るだろう。


「あの一瞬で跳弾の角度、異能の効果範囲、カメラに映っても怪しまれない角度……そのすべてを把握して狙撃を成功させるなんて、人間業じゃない。もし私の馬鹿げた推測が本当なら、真島君は相当な化物だ……そんな人間がいるなんて聞いたことも無かったし、施設長に聞けば真島君は経歴不詳という事らしいじゃないか」


 もう一度聞くよ。

 亜希奈はそう言って―――――――再び、怪しく瞳を光らせた。


「真島君は……一体、何者なのかな?」


 彼女の瞳にあてられて尚、彩乃は表情を変えようとはしなかった。亜希奈が何を言いたいのか、彼が何者かを知ってどうするのか、どうしたいのか。そんな事は、分かっている。

 だからこそ、変えられない。それが……彼の上司である、室長じぶんの役目だ。


「……それは、直接本人と話した上で、貴女自身が判断されてはいかがでしょうか」


 毅然とした態度で言い放つ彩乃の顔を、亜希奈はしばし、じっとりと見つめた。

 やがて、微笑み。


「そうだね。そうする事にしようか」


 目と鼻の先にまで来ていた亜希奈の顔が、すっと退いていく。その後でゆっくりと立ち上がり、大きく背を伸ばした。

 

「さて、私もやらなければいけない事があるから、此処で失礼するよ。急に時間を取らせて悪かったね」


「いえ、お気になさらず」


「ありがとう、ではまた」

 

 そう言って去って行く亜希奈の背中を、しばし見つめた後。


「……私からも一つ、よろしいですか?」


 今度は彩乃の方から口を開いた。

 ん? と一言添えて、亜希奈は足を止めて身体を反転させる。


「もったいぶるのは、貴女らしくありませんよ」


「……どういう意味かな」


「貴女も大概、人が悪いですね」


 ならば自分も、ハッキリと言葉にして伝えてやる。

 決意の眼差しが、亜希奈を射抜いた。


「千堂さんは……何故そこまで、真島蓮を知りたがるのですか」


 ゆっくりと、亜希奈の目が大きくなっていく。自分を射抜く瞳が変わらないと知れば、やがて―――笑った。

 彩乃が望む答えを、ハッキリと口に出す為に。




「私は――――真島君が欲しい」




 たった一言。それで十分だろうと、亜希奈の瞳が言っている。

 やはり、と。彩乃は逆に目を細めて見せた。これは事実上、自分への宣戦布告だ。


 真島蓮を、第三班に引き入れたい。

 彩乃きみの様な新米室長には、彼の様な稀有な人材は勿体ない。


 だが、こうして言葉にしてくれれば、彩乃もやりやすい。

 そして彼女も、亜希奈が待っているであろう、そして、望んでいるであろう言葉を返した。




「貴女に手なずけられる程、彼は優しい人間ではありませんよ」




 亜希奈の宣戦布告に対して、絶対に彼は譲らないという、自分の想いを乗せた言葉を。

 そして、やはりそれは亜希奈も予想していた答えだった様で、再び穏やかに、いつもの笑みをたたえる。

 これ以上の言葉は要らない。それが、二人の共通認識だ。

 

「それじゃあ、またね。慣れない仕事で大変だろうけど、頑張って」


「ありがとうございます。千堂さんも、御無理をなさらない様に」


 そして、亜希奈は部屋を出ていく。 

 一人残された彩乃はすくりと立ち上がり、再びパソコンと睨めっこを開始する。

 やはり、室長も楽じゃない。

 そんな言葉を心の奥底にしまい込み、彩乃は報告書をコピーし始めるのだった。

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