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人生 出会い


「はぁ……後四時間かぁ」


 昼休憩を終え、自身の所属する相談課へと向かう愛花の足取りは重い。戻ればまた、相談者モンスターとの戦いに身を投じる事となるのだから。

 当然、全ての相談者が気の荒い人物だと言う訳では無い。中には納得できなくとも、こちら側の現状を理解して帰って行く者もいる。怒りを覚えつつも飲み込み、何も言わず帰って行く者も、だ。

 だが共通して言えるのは、晴れ晴れとした表情で帰る人間はいない、という事。怒りの弾丸を撃ち込まれる事は無くとも、その表情は自分の胸を締め付けて離さない。結局のところ、もやもやとした感情は残り続けるのだ。

 本当に、嫌な世の中になった。そして胸を締め付けられながらも、攻撃を受けなかった事に安堵している自分もまた、嫌な人間になったなと思う。


「いつまで続くんだろ……もう、私……」


 言いかけて、止めた。業務時間内だと言うのに、自分は何を考えているのかと、両手でぱしぱしと頬を叩く。

 気持ちを新たに持ち、愛花は再び相談課へと戻っていた。


「篠崎、戻りました」


「あ、お帰りー! 早速だけどさ、課長から伝言!」


 そう言って、先輩職員は封筒と共に一枚の紙を愛花へ差し出した。何だろうかと紙を見てみると、そこに書いてあるのは要件でも何でもなく、簡易的な地図が記されている。


「あの、これは……」


「ん? ……あーなるほど、だから篠崎さんに頼んだのか」


 一人で納得し、愛花の方を見てニンマリと笑った。何が待っているのかと一抹の不安が過るが、涼子は意地汚い頼みなどしないだろうと、すぐに表情を戻す。

 

「さっき話してた事、覚えてる? この施設には裏の部署があるって話」


「あ、はい。覚えてます」


「実はさ、相談課に配属された職員は、ある程度仕事に慣れたらそこに一度行かされるんだ。異能者の情報を渡したりしなくちゃいけないから、私達に無関係の部署ってわけでもないからね。

 あ、一応言っておくけど福祉課とか育児支援課の人たちは知らないと思うから、あんまり言っちゃダメだよ?」


 裏の部署について知らなかったのは、相談課の中で一番新人である自分だけだったという事かと分かれば、人差し指を唇に当てる先輩の笑顔が、少しに意地悪く見えてしまった。


「愛花ちゃんもうちに来て半年ほど経つし、そろそろ顔見せとけって事じゃないかな? 認められた証だよ! 胸張りなって!」


「は、はい!」


 背筋を伸ばし大きく返事をすると、先輩も「よし!」と満足げに笑った。


「じゃあ、行ってきな! その地図の通りに行けば大丈夫だから!」


「はい、行ってきます!」


「ん、頑張・・ってね(・・・)!」


 先輩に見送られながら、愛花は地図に描かれた道を歩み始める。


(あれ? 頑張れって……どういう意味だろう)


 脳をよぎった疑問は、歩を進めるごとに零れ落ちていった。

















 施設長室を出て、廊下を数十メートル進んだ先にある『関係者以外立ち入り禁止』の看板。その裏にある扉を開け、中に伸びる十メートルほどの薄暗く照らされた廊下を進んだ先で、蓮と彩乃は立ち止まっていた。壁の中央部分には、液晶画面が遠慮気味に待ち構えている。


「この先が特務課になります。真島さんのネームプレートの裏にバーコードがありますね? そちらをこの液晶にタッチして下さい」

 

 言われるがまま行動すれば、ガコン、と音を立てて壁が変形を始め、十秒程経った時にはすっかり成りを潜めた。

 更に数メートル進み、右に曲がってようやく到着した彼らを出迎えるのは此処より遥かに眩しい廊下に、横壁に付けられた数々の扉。そして、上からつるされた『特務課』の文字だった。

 手前右側には受付らしきものがあり、一人の職員が座って何やら作業を行っている。


鈴原すずはらさん、お疲れ様です」


「あ、工藤さん! お疲れ様です……あ、そちらの方が?」


「はい。本日より特務課に配属された真島蓮さんです。ただいま施設長への挨拶を終え、案内している所です」


「そうでしたか! 初めまして、真島さん。特務課総務の鈴原由衣すずはらゆいです」


「どうも、相良です」


「真島です」


「真島です」


「もはや濁点の位置ぐらいしかあっていませんね」

 

 こうなると記憶力や慣れていないという問題では無いなと、彩乃も呆れるしかなかった。


「あはは……」


 何と息の合ったコンビかと、由衣も苦笑いを浮かべる。


「基本的に、総務は鈴原さんともう一人の職員で回しています。どちらかは必ず此処に駐在していますし、仕事に関する情報などはこちらでまず受け付けておりますので、今後仕事の際にはお世話になると思っていてください」


「分かった。よろしく、鈴原さん」


「はい、よろしくお願いします!」


 ニコリと笑って答える由衣に、蓮は小さく会釈で返した。


「ではまず、真島さんの所属についてご案内します。真島さんは『特務課第七班』となりますので、部屋は最奥部右手側です。行きましょう」


「次は室長へ挨拶か?」


「いえ、その必要はありません」


 返答が意外だったのか、蓮は彩乃へと視線を移した。彩乃もまた、彼の方へ目を向ける。


「室長には、既に挨拶を済ませているので」


 付け加えられた答えをしばし脳内で転がした後、蓮は由衣の方を向いてみる。しかし由衣はぎょっとした様子で首を横に振るだけだった。

 ならば答えは一つしかないと、蓮は室長の方へと目を向けた。


「よろしくお願いします、工藤室長」


「今まで通り工藤で構いません。それに、敬語も結構です。アナタに使われると、どうにも気味が悪いので」


「…了解だ、工藤」


 会って初日だと言うのに何があったのか。工藤も大概不思議な人間だが、そんな人間がまた一人増えるのかと思うと、由衣は今後の気苦労を想像しながら乾いた笑みを浮かべるしか無かった。

 そんな時だ。

 

 ビーッ! ビーッ!


 不安感を煽る様な機械音が、大音量で木霊した。由衣は慌てた様子で電話を取り、何処かと連絡を取り合っている。

 蓮がその様子を一瞥した後で彩乃に目を向ければ、彼女はただ頷くだけに留まる。やはり、そういう事の様だ。


「はい……はい……えっ、出動ですか!? しかし今は……」


 通話内容を聞いている限り、どうやら困った事態になっている様だ。

 それを察した様に、彩乃が由衣へと声をかける。


「どうされましたか?」


「特務課へ出動要請が出たのですが、生憎今はどのチームも出払っていて……」


 返答を聞き、蓮と彩乃が顔を見合わせた。


「……工藤と俺じゃダメなのか」


「ダメです。此処の規定で、万が一の事態が起きても対処できるよう最低三人以上での出動が義務付けられています。特務課が第七班まで分かれているのは、その為です」


「他に七班の人間はいないのか」


「いたらこんな事態にはなっていないでしょうね」


 要するに、第七班は二人だけという事か。それだけで蓮も色々と察するが、今は口に出さないでおく事とする。


「状況はどうなっていますか?」


「立てこもりです。現場は此処から東に十キロ進んだ先にある場所で、過去に私立病院として開業されており、現在は廃屋となっています。人質は確認されていません。犯人は姿が見えず不明ですが……窓から多量の銃弾が飛び交っているそうです。それも直線的ではなくて、動きが変幻自在らしく……」


「……なるほど」


 そんな魔法の様な銃など、開発されていない。確かに、特務課が出動する事態に発展している様だ。


「被害状況はどうなっていますか?」


「現在は機動隊が対応していますが……非番の特務課職員がたまたま居合わせた様で、それもあって死傷者はいないとの事です。職員は特定出来ていませんが……」


「そりゃ何とも運のいい事で」


 その非番職員からすれば災難かもしれないが。


「どちらにせよ、応援が必要な状況である事は間違いなさそうだな」


「えぇ、しかし二人での出動は認められません。どうしたものか……」


 頭を悩ませていた時だった。


「あのー……」


 遠慮気味な声が、三人の鼓膜を刺激する。一斉にそちらを見れば、今しがた蓮の後ろに一人の職員が何かを抱えて立っている。小柄でくりっとした瞳が特徴的で、まるで小動物の様だ。蓮の第一印象はそれだった。

 

「あぁ、相談課の篠崎さんでしたか。どうされました?」


「お、お疲れ様です、工藤さん。あの……課長から、こちらを渡して欲しいと」


「ああ、有難うございます。すみませんが、今立て込んでおりまして。そちらのケースに入れて置いて頂けますか?」


「わ、分かりました……」


 由衣に促され、受付の隅におかれたケースへ封筒を入れる愛花。こんな所、本当にあったんだなと言う感情が、きょろきょろと辺りを見渡す様子から容易に想像できた。

 その様子を、蓮はじっと見つめ―――。


「なぁ、工藤」


「何ですか?」


 対処を考えていた彩乃が、蓮の言葉を追って彼を見つめた。


「さっき言ってた三人必要ってのは、特務課の人間に限るのか?」


「え?」


「職員なら誰でもいいのか、そうじゃないのか、と聞いてるんだ」


 思わず彩乃が、そして由衣もが、蓮を凝視した。彼の言わんとする事は分かるが、到底信じられる様な内容では無い。

 何を言い出すんだ。本気で言っているのか、この男は。

 そんな考えが過るのも必然だ。だが……。


「…………原則、特務課の第一班から第七班に所属する職員が出動する、となっていますが……緊急を要する事態が起きた場合、実働を目的としない他職員が臨時出動したという事例も過去にあります。

 しかし事例と言っても一件だけですし、施設長の判断次第という事にはなりますが……」


「そうか。だがまぁ、連絡してみる価値はあるって事だな」


「……そういう事になりますね」


 そこで会話を打ち止め、三人は視線を一点に集中させた。その先には役目を終え、ほっと一息ついている愛花の姿。

 しかし、すぐに三人の視線を気付き、びくりと肩を震わせた。


「あのー……な、何か?」


 それが、今の愛花に出せる精いっぱいの言葉だった。

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