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謎謎


 文字通り機械的に、流れ作業の如く開いた自動ドアをくぐれば、中央にいる二人の受付嬢が何やら話しているのが見えた。が、彩乃の姿を確認するや否や慌てた様子で視線を正す。


「「お、お疲れ様です!」」


「はい、お疲れ様です。仲が良いのは結構ですが、場所を考えて頂きますよう、お願いしますね」


 足を止めずに告げる彩乃に、二人は「はい……」と小さく返事を返した。彩乃の後ろを付いて歩く蓮は一人、なるほどと納得する。


「色々ありそうだな」


「先にお伝えしておきますが、氷山の一角にすぎませんよ」


「……マジか」


「はい、マジです。この国は周辺諸国と比較すると異能者数や彼らに関連した犯罪率は少ないので」


「対応が後回しになるのも必然、か」


 日本が異能関連に関しては後進国となっている事には、それなりに理由があるという事か。

 蓮の考えを見透かしたように、エレベーターのボタンを押した後で、彩乃が振り返った。


「正直に言うと、問題は山積みです。これも異能者対応の後進国へ異動・・となった者の宿命だと諦めて下さい」


「…………了解だ」


 思いのほか重量のある言葉を吐きだした時だった。


「何だお前その態度は! なめてんのか!」


 怒声が聞こえ、蓮がゆっくりと首を動かす。


「そうでは無く、お客様が現状受けられる支援はこれが限度なんです! 何度も説明してるじゃないですか!」


「それがなめてるってんだよ! 此処の職員は口の利き方も教わらねぇのか!? なんだ客に対してその態度は!」


「お客様なら何でも言って良いというわけではありません! 私共も可能な限りの対応はさせて頂いております! お気持ちも分かりますが、法律には則って頂かなければ困ります!」


 どうやら生活支援について申請に来た客が怒り心頭となっている様だ。窓口で対応している職員も堪忍袋の緒が切れたのか、怒りを滲ませているのが表情から見て取れる。


「……あそこは?」


「あちらは相談課です。正式名称は『異能者生活相談課』。特殊な事例でも無い限りは、基本的にお客様の相談にはあちらが対応しています」


「要するに『クレーム処理班』か」


「言葉にはお気をつけ下さい」


 咎める様な彩乃の言葉と同時に、エレベーターの扉が開かれ、彩乃が乗り込んでいく。

 早くしろ、と言う視線に射抜かれ、蓮はもう一度相談課に目をやった後で、その指示に従った。

 扉が閉まり、動き出すのを待って、感情を言葉として吐き出した。


「……問題だな」


「はい、山積みです」















 扉が開けば、彩乃は再びスタスタと歩き始める。蓮はバッグを担ぎ直し、足を動かした。


「渡り廊下を進むと別棟に着きます。その最奥部が施設長室になりますので」


 窓から見える風景など目もくれず、蓮を振り返る事すらなく、彩乃はただ機械的に歩き続けていた。

 人は見かけによらない、なんて誰が言い出したのかと、そんな考えが風と共に過ぎ去っていく。


「おい榊原さかきばら! お前どこ行くんだ!」


「えー? どこって家だけど?」


「何言ってんだ! 要請かかってるだろうが! さっさと戻ってこい!」


「やーなこった! もう定時だし俺は帰るよー!」


 進んだ先で出くわしたのは、そんな光景だった。一人の年配職員が、金髪のいかにもチャラついた若者を追いかけている。二人とも白衣を身にまとっているし、此処の職員で間違いなさそうだ。


「おっ、彩乃ちゃんお疲れー! ん? そのお兄さん誰?」


「お疲れ様です、榊原さん。こちらは本日付で特務課・・・職員として配属された真島さんです」


「へー新人さんかー! 俺、榊原童夢さかきばらどうむ! よろしくー!」


 ニコニコと人当たりの良い笑顔で手を差し出す童夢。蓮もその右手をしばし見つめた後、それに応えた。


「こちらこそ、よろしく。真壁蓮だ」


「真島です」


「真島蓮だ」


「ハハッ! お兄さん面白いねー!」


 そんな会話をしていれば、童夢を追いかけていた職員も追いついてきた。


「あぁ、工藤さん。お疲れ様です。おい榊原! この仕事に定時もクソも無いだろ! 行くぞ!」


「だから嫌だっての。俺、定時以降の仕事は受けないし! んじゃ、彩乃ちゃんに新人さん、まったねー!」


 足早に去っていく童夢を、再び男性が追いかけていく。


 「おいこら待てやー!」


 「しつこいなー! 働き改革って言葉知らないのー?」


 そんな会話が遠くなっていくのを、二人はしばしじっと見つめていた。


「……問題だな」


「はい、山積みです」


 再び、二人は施設長室へ向けて歩き出した。
















 施設長室。

 そう書かれたプレートに心を整える時間を与える事も無く、彩乃はコンコンコン、とノックする。

 コイツ友達いないだろうな、なんて考えと、中から「どうぞ」と声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。

 

「失礼します」


 ガチャリと扉を開け、彩乃は一礼の後に室内へ足を踏み入れた。蓮もその後ろを付いて行けば、中には施設長であろう男性と、一人の白衣を来た女性職員が出迎える。蓮を見据える表情は様々だったが、気にすることなくデスクの前に立つ。


「施設長、本日より配属となった真島をお連れしました」


「あぁ、ありがとう。そして……歓迎するよ、真島君。関東異能力者サポートセンター施設長の岡部です」


 施設長である男性、岡部清志おかべきよしは蓮の前へ歩み寄り、皴だらけになった右手を差し出した。年は六十半ば程だろうか。皴が目立つものの、紳士的で渋い男性だった。

 蓮も清志が差し出した手を、ためらう事なく握り返す。


「真波蓮です」


「真島です」


「真島蓮です。こちらこそ、受け入れて頂き感謝します」


 慣れないもんだな、なんて考えながら、蓮は挨拶を返した。その様子を見れば清志と、脇に立つ女性がくすりと笑った。


「まだ慣れないだろうが、時間が解決するさ。見たところ、アジア系の顔立ちの様だしな」


「えぇ、両親は日本人です」


「そうか。ならば偽名には?」


「はい、問題はありません」


「それを聞いて安心したよ。ともあれ、色々と前の職場ばしょとは違いも多いだろうが、今日からここの職員として頑張って欲しい。期待しているよ」


「どうも」


 互いに手を離し、清志は脇に立っていた女性職員へ歩み寄る。


「こちらは生活相談課課長の藤野君だ。立場上、真島君も世話になる事が多いだろう。仲良くしてくれ」


 清志の紹介を受け、涼子は一歩足を出し、右手を差し出した。蓮は、今度はその手をしばし見つめた後で握り返す。


「初めまして、藤野涼子です。よろしくね」


「…………」


「真島です」


「まだ何も言ってないだろ」


 睨むように彩乃を見てみるが、彼女もひるむことなく睨み返していた。どうせ間違えるだろう、と言わんばかりの眼差しだ。


「……真島蓮です。よろしくお願いします」


「ふふっ、もう二人とも息ぴったりなのね。頼もしいわ」


「……えぇ、まぁ」


 答えながら彩乃へ視線を移せば、変わらぬ鉄仮面が出迎えたので、すぐに視線を戻した。


「途中、相談課を通りましたが……大変そうですね」


 蓮の言葉に、涼子は一瞬目を見開いた後で悲しく笑った。


「皆には気苦労をかけてしまって申し訳ないんだけど……私達としても、異能者の方々に出来る事はわずかしかないのが現状だから。納得出来ないのも理解しているけれど、出来る事もそれほど無い……ジレンマと戦う毎日よ」


「どこも同じなんですね。都心に近い此処ですらも」


「真島君も知っての通り、日本は異能関連においては後進国だ。国が総出を上げて動かない限りは、異能者の生活改善も難しいだろうな」


 なるほど、と蓮は思う。

 要するに国にとって、ここは絶好の隠れ蓑だ。国が異能関連の苦情を受けない為の盾。それが日本の異能力者サポートセンターの現状なのだろう。

 だが……


「国の対応を待っていても、何年かかるか分かりません。異能者の不安や不満もたまる一方でしょうね……だからこそ、俺達のような人間も必要だという事ですか」


 一度言葉を区切り、蓮は清志へと視線を戻した。


「まぁ、受け入れて頂いた恩に報いるだけの仕事はすると、約束します」


「……はは、頼りにしているよ」


 清志が笑えば、涼子もそれに準じた。本当に、頼もしい事だ。


「さて、では君が配属する特務課とくむかへ向かいなさい。工藤君、案内を頼む」


「かしこまりました」


 綺麗なお辞儀の後、彩乃は蓮へと視線を移した。


「では真島さん、こちらへ」


「あぁ。では施設長、失礼します」


「うむ。今後ともよろしくな」


「はい。藤野課長も、今後ともよろしくお願いします」


「えぇ、よろしく」


 二人に礼をし、蓮と彩乃は施設長室を後にした。残された清志と涼子は、しばし二人が去った後の扉を見つめる。


「頼りがいのありそうな新人さんですね」


「あぁ……有難い限りだよ、本当に」


 清志は足を動かし、椅子へ腰かけると、眼を閉じたまま天を仰いだ。


「しかし、随分とお若い方でしたね。異動と聞いていたので、もう少し年配の方がいらっしゃるのかと思っていましたが……施設長、真島さんは、どういった経歴の持ち主なのですか?」


「…………」

 

 清志は答える事無く、ゆっくりと目を開いた。見慣れた天井が、じっと自分を見下ろしているのを受けて、まるで責められている様な錯覚に陥る。


「分からない」


「え?」


 ようやく開かれた口から飛び出したのは、思いもよらぬ一言だった。


「真島君に関しては、経歴不詳だ。何処で生まれ、何処で過ごし、どんな異能が発現したのか……何も分からない」


 いくら人手不足とはいえ、そんな人間を受け入れたのか。なんて言葉は、漏れ出す前に飲み込んだ。


「では、真島君に関しては何も分からないと?」


「両親が日本人だ、という事以外はな」


 要は知りたければ話でもしてみろという事か。全く……これからも気苦労は絶える事が無さそうだ。

 涼子は思わず、立場も忘れて溜息をついた。

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