DUGOUT
異能力者サポートセンター。それが、日本に設置された異能者たちを支援・保護する施設の総称だ……と一口に言っても、その毎日の様に訪れる異能者たちの相談内容は多岐に渡る。
己の生き方。
子供が異能を発言した際の育児にかんするもの。
逆に高齢者が発言した際の、福祉施設の利用に関するもの。
異能の確認からまだ日が経っていない事もあり、法律は今なお調整しており、十分に制定されているとは言い難い。
だからこそ、だろうか。この国の異能者たちは日々不安に駆られ、焦燥していまっていた。そして、気性もだんだんと荒くなってしまう者も少なくない。
今日もサポートセンターには、そんな異能者たちの怒号が飛び交っていた―――――――。
「テメェふざけてんのか! こっちは生きるのに必死なんだよ! さっさと何とかしろや!」
「お、落ち着いてください……」
「これが落ち着いていられっかってんだ‼」
バンバンと机をたたく音が木霊するのは、一階『相談課』窓口。相談者自身に関する事を一手に受け持つ、サポートセンターで最も相談者が集う場所だった。
後ろで順番を待つ者たち、そして窓口後ろでパソコンをいじる職員達も、心配そうに光景を見守っていた。
「こちとら妙な異能が出ちまったせいで! 近所から妙な目で見られてんだよ! 買い物も散歩すらまともに出来やしねぇ! なのにテメェらは何の手当も無しか!?」
「で、ですから手当が無いと言っているのでは無く、現状では生活にお困りの方の場合、これだけの支給品を配布しておりまして…………」
「たったこれだけでどう生活しろってんだ! テメェ等役所の人間は異能がねぇから分かんねぇんだよ! 大体なんでそんな人間に相談なんかさせてんだ‼‼」
「そ、それは法律で決められていますので……」
「机の上でお勉強すれば誰でも出来るってか!? そもそもそれが可笑しいだろうが!」
「こ、こちらでは何とも……」
話が脱線しているが、これもまた日常。自分や周囲の変化に焦り、自分が思い描いただけの支援が受けられず、なおかつ法律も発展途上。
行き場の無い怒りを、世の異能者たちは全てこの施設の職員にぶちまけるのだ。相談とは名ばかりで、クレーム対応とそう変わらない。違うのは明確なマニュアルや答えが未だない、という事だけだろうか。
全く、どちらにとっても優しくない世の中になったものだ。
「――――――もういい‼‼ こんなとこ二度と来るか! 野垂れ死ぬような事があったらテメェらのせいだからな‼」
「ひゃっ!」
対応していた女性職員へ受け取っていた資料を投げつけ、相談者は怒りをまき散らして帰っていった。
それをかき集めながら、思わず溜息を出したくなる。
世の中への不満は分かるが、それを自分たちに言ってどうするのか。何も出来ない歯がゆさと、相談者への恐怖と戦い続けろと言うのかと、そんな感情が、雫となって目に溜まり始めた。
「お疲れ様、篠崎さん」
「あ……課長……」
そんな彼女、篠崎愛花の肩を叩くのは、彼女が勤める『相談課』の課長を務める女性、藤野涼子だった。
「毎日毎日ごめんなさいね。本当は私も窓口に座れればいいのだけど……」
「あ、いえ! 課長がお忙しいのは承知してますので! 私も頑張ります‼」
「ふふ、ありがとう。でも無理は禁物よ? アナタが倒れてしまう様な事の無いようにね」
「は、はい!」
微笑み一つを残し、涼子は奥の自席へと戻っていった。愛花も資料を集め終え、次の相談者を呼ぼうとするが。
「愛花ちゃん! ここは変わるから、一旦休んで!」
「え、でも……」
「いいからいいから! 課長も言ってたけど、無理して壊れちゃダメだよ!」
「……ありがとうございます」
先輩職員に礼を言い、愛花は自身のデスクへと戻っていった。資料を引き出しへ戻し、背もたれに体重を預けると、ようやく「はぁ……」とため息を漏らす。
その様子を見て、周囲の職員も彼女に顔を近づけた。
「大変だったね、篠崎さん」
「あ、いえ……よくある事ですから……」
「国も早く法律整えて欲しいよねー」
「ホントホント! 何が『異能者の支援・保護』が目的だっての! うちらみたいな非異能者の職員は使い捨てですかっての!」
「そ、そんな大きい声出したら聞こえちゃいますよ……」
全員がちらりと涼子の方を見るが、席が離れている事もあり、彼女もパソコン作業に集中しており聞こえていない様だった。
内心安堵し、再び顔を寄せ合い話し始めた。
「でも、あの人達のいう事も分かるわ。もーちょっと手当や支給品も何とかならないもんかねぇ」
「色々手をこまねいてんでしょ? しかも国のお偉いさん方、この施設が出来てから一回も視察きてないらしいよ」
「えっ、あんだけ異能者の保護だ何だ言っといて現場見てないの!?」
「そうそう! 都心に近い此処ですらそうなんだから、地方なんて最悪だと思うよ?」
「正直、『いつか法律は整えて快適な生活が出来るようにするから、今は我慢して死んでってください』って言ってるようなもんだよねー」
そんな話をしていれば。
「アナタ達」
聞こえた声に、全員が背筋を伸ばしてそちらを見た。彼女らのデスク目前では、涼子が彼女らを見下ろしている。
「か、課長。何でしょう……」
一人が代表して聞けば、涼子はニコリと笑ってみせた。
「施設長室に行ってくるから、少し外すわね」
「あ、はい。いってらっしゃい」
「よろしくね。それと……お話も良いけれど、程ほどにね」
返事を待たず、涼子は施設長室へと歩き出した。
その背中を見つめながら、職員達は合わせたかのように息を一つ落とす。
「あーもう! こんな時は酒飲んで忘れよ!」
「え、また? 一昨日行ったばっかでしょ?」
「これが飲まずにいられるかって話よ!」
「あ、あはは……」
先輩職員の会話を、愛花は遠慮気味に笑って聞いていた。
これもまた、日常である。異能者は日に日に増えていき、相談者も比例して増えていく。そして職員は対応に追われ、新たな職員が入っても精神的苦痛と待遇の悪さから毎月数人が辞めていき、増加の気配も無し。
一体いつまでこんな事が続くのかと言いたくもなるものだ。
「にしても課長、施設長室に何の用ですかね?」
「今日から来る職員に挨拶でしょ、多分」
「え、新人さん入って来るんですか!?」
希望を含んだ言葉に思わず声を張り上げたが、発言した本人がそれを打ち砕いた。
「相談課じゃないよ、裏の方。こんな所に来たがる人なんていないって」
「そうですか……って、裏?」
裏とは何の事かと、愛花は首をひねる。
「あぁ、愛花ちゃんは入社して数か月だから知らないのか。実はね、この施設には裏側があんの。そっちの職員は『異能者限定』で募集してるから、色々大変みたい。今日来る人は待ちに待った新人なんでしょ」
「『異能者限定』って……何するんですか?」
「そんなの決まってんじゃん」
言うと、その職員は怪しく笑った。
「ああいう異能者が暴れた時に対抗するの。どうやってか、なんてのは―――――――分かるよね?」
「ったく! どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって……」
その頃。サポートセンターの外では、ぶつぶつと愚痴をこぼしながら去っていく男がいた。先ほど愛花が担当していた、あの異能者だ。
「あんなので支援だ? 呆れるぜ全く……大体『現状では』とかほざきやがるのも気に入らねぇ……現状ってのは何時までなんだよ畜生が」
腹の虫は、収まる処が時間を追うごとに元気を増している様だった。
そんな彼と、すれ違った人物が一人。全身黒で覆われ、右手にバッグを抱え、煙草を口にくわえた男だった。
口を動かすことに必死な異能者は気付かなかったが、男はじっと、異能者の去っていく背中を見つめていた。
「敷地内は全面禁煙です。今すぐ消してください」
そんな言葉が、無機質な女声に乗って耳に届いたのは、そのすぐ後だった。
首を振れば、そこに立つのは堅物を絵に描いたような女性。スーツに身を包み、右手にはファイル等を抱え、こちらを差すような眼差しを向けている。
男はしばし女性を見つめた後、右手をゆっくりとおろし、ポケットから携帯灰皿を取り出した。
「……こりゃ失礼」
再び灰皿をポケットに戻し、バッグを担ぎ直すと男は女性の前まで歩みよっていった。
彼が停止した事を確認し、女性は綺麗なお辞儀を見せる。
「お待ちしておりました。関東異能力者サポートセンター、工藤彩乃と申します。早速ですが、これより施設長へ挨拶に行っていただきますので、こちらを着用下さい」
彩乃と名乗る女性から渡されたのは白衣と、そして首掛け型のネームプレートだった。
「施設内では相談者の皆様に安心して頂く為、職員への白衣の着用が義務付けられております。相談者の前へ出る際は、今後もそちらを着用して頂きますようお願いします」
「了解」
男は白衣に袖を通し、ネームプレートを確認する。
そこには確かに自身の所属先と顔写真、そして。
「……今日から俺は『真島蓮』、か」
本日より賜った、自身の偽名が記されていた。
そんな呟きに、彩乃がすかさず反応する。
「既にそちらの名前で戸籍登録を終えておりますので、今後はその名を名乗るよう、お願いいたします。真島さんの名義で契約しているアパートに各種書類や保険証等がありますので、後ほどご案内いたします」
「……分かった」
ネームプレートを首にかけ、これで良いかと彩乃を見る。
「では、施設長室へご案内致します。こちらへどうぞ」
これから自分が勤務する施設をしばし眺めた後、蓮は彩乃の後をついて行った。