表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

プロローグ

 東の果て。海に囲まれた小さな島国、日本。

 日が沈み、夜闇が顔を覗かせてもなお、この国は光に包まれていた。人で賑わい、車は叫びをあげ、静寂等という言葉とは無縁の世界が広がる。ある者は働き、ある者は遊び歩き、またある者は喧騒に背を向け、背中を丸めて帰路につく。

 これが、この国の日常だ。平和が島を包み込んでから数十年が経ち、過去の傷痕もかさぶたとなって、やがて記憶から消え去ってしまった。

 時代をまたぎ、技術は進歩し、生活は日々変化していくが、実情は何も変わらない。朝起きて、それぞれ学業や仕事に精を出し、一日を終える。それが当たり前に出来る、幸福な国となったのだ。

 しかし平和も幸福も、数十年続けば『有難み』を失い、比例して人々は『平和への感謝』を失ってしまった。先の言葉通りこれが日常となり、常識となり、当たり前になったのだ。


 だが、それはあくまで『表向き』の話に過ぎない。

 

 都心の幸福な喧騒から数歩裏へ踏み込めば、そこに広がるのは別世界。毎日の様に平和は脅かされ、日常は崩壊し、そして――――――命が失われる。

 それもまた、この国の日常の一部なのだ。眼に触れないだけ。ただ、それだけだ。

 数百年数千年と、この裏の世界は蔓延し続けている。そして、その出来事に拍車をかける出来事が、数年前に世界を震撼させた。


 それは、世界の一部の人間から発現した力。今までの人間には決して見られなかったその力を、この国では『異能』と名付けられている。


 その種類は、人によって千差万別。異能者の数だけ異能がある、と言っても過言ではない。力の大小も様々で、実用的なものからそうでないもの、果ては人を殺すだけの力を持ったモノまで確認されている。そんな力を持った人間が目の前に現れれば、持たざる者たちはどうなるか?

 答えはいたって簡単だ。ある者は羨望を向け、ある者は嫌悪し、恐怖した。強大な力を持った者に対して、非異能者が結託して殺人事件まで起こる程に。

 そして、その逆も然り。強大な力を持った者の中には、その力を以て犯罪行為に手を染める者も山の様に現れた。世は正に、混沌の時代へ突入しようとしていたのだ。

 これを受け、国際連合は世界各地に『異能者数・情報の把握と保護・支援』を目的とした施設を建設。今この時も、日々支援活動を行っている。

  

 その支援施設の中には、裏の顔が一つある。

 それは暴走した異能者を抑え込むための、いわば『実働部隊』の存在。


 目には目を。歯には歯を。そして、異能には異能を。

 今日も彼らは、喧騒や幸福、日常に自ら背を向け、暗躍を続けている―――――――。





















 男は、走っていた。

 街を離れ、森を抜け、自ら踏み込んだ山の中を、ただひたすら、愚直に、走り続けていた。

 時間など分からない。此処が何処かすら分からない。目的地すら、分からないままに。

 彼の脳を支配するのは、巨大な恐怖と圧倒的な絶望だけ。大自然に服を刻まれ、身体を切られようと、走る事を止めようとはしなかった。

 

 だが――――――絶望は彼を、逃がさない。


「がぁっ‼」


 ()が彼の足を引き、地を嘗めさせる。振り返っても、そこには何も無い。ただ暗闇が広がり、人はおろか獣の気配すら感じられない。


 だが、それは確かに彼の足元に()

 進むことを許さず、起き上がる自由を与えない様に。


 男は無我夢中で足をばたつかせるが、無駄だった。彼の足を捕らえた『ナニカ』は離れず、むしろ動く度に拘束を強めていった。

 男は、それでも動く事を止めない。

 急げ、急げ。

 ()()()

 脳を支配するのは、それだけだった。


 だが、


「――――――おい」


 やはり絶望は、獲物かれを逃そうとはしない。


 声を聞き、男の動きがはたと止まる。

 そして聞こえて来るのは、ガサリ……ガサリ……と近づいて来る、絶望の足音。

 やがて、かすかに漏れる月明りに照らされた絶望の姿が見えた時、彼の身体はガタガタと震え、吸い込まれる様にその姿を凝視していた。


平川大樹ひらかわだいき、だな?」


「ひぃっ!?」


 情けない声が吐き出された。それを肯定と捉えたのか、絶望は足を止め、倒れ伏す彼を見下ろした。

 そして、懐から一枚の紙を取り出し、男へと突きつける。


「お前には『執行許可』が下りている。散々好き勝手やって来たお前が、今やるべき事はただ一つ――――――此処で、俺に殺される事だ。

 その義務以外、お前にはもう何もない。自由も、生きる権利も、戸籍さえも……。お前は捨てられたんだよ、世界からな」


 諦めろ。そんな声が、何処からか聞こえた気がした。

 絶望は紙を投げ捨て、勢いそのままに手を胸元へ動かしていく。

 次に取り出したのは――――男を殺す。その言葉を実行する為の、彼の愛銃だった。


「これより、断罪を開始する」


 そして絶望は、その銃口さついを男へと向けた。

 

「ふ……」


 震えながら、圧し潰されながら、今まで自分が奪ってきた人間を思い浮かべながら。

 それでも彼は―――――――命にしがみつこうとした。


「ふざけるなぁぁあぁぁぁあぁ‼‼」


 男の最期・・()()

 それは―――――――。


「…………執行」


 か細い一言と、大音量の銃声と共に、無慈悲にも山に飲み込まれて行った。











 これは、巨大な悪しき力を抹殺する為に、日常に背を向け、平和を崩壊させ、称賛を投げ捨て、自ら地獄への一本道を進むことを選んだ。

 

 そんな――――――異端の英雄たちの物語。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ