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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不老不死って、そこまでしてなりたいですか?

作者: シトロニン

「で、す、か、ら!錬金術とは、原因と帰着を直結させ、過程を省くもので―――」


 目の前の男は落ち着きなく、目をキョロキョロと泳がせ「え、あ…うん」と繰り返すばかり。


 こいつ―――わかってないな。


 盛大に、ためいきをつきたい気分だ。

 仮にもここは、スタラック機構キャンクラヌゥン省錬金術最高技術責任者の部屋だよ。そこに来るのに、錬金術の基礎中の基礎もわかんないとかさ。普通に失礼じゃない?


 僕は深呼吸をし、荒げていた声をなんとか飲み込む。


「ここにクックーがいたとします。錬成陣を描いて、その上にクックーと調味料を置きます。そして術式を発動させる。するとなんと焼き鳥が出来上がりました。原料から完成品を即座に作る。これが錬金術です。ですから錬金術で0から1を生み出すことは出来ないのです」

「しかし!ヨクバルーン男爵は、石から宝石が生まれたと!」

「石の中に鉱石が含まれていたのでしょう。その鉱石を錬成して宝石を作り出した。我々は、路傍の石から黄金は生み出せません」

「ででで、では、不老不死の薬は?」


 僕は、目を閉じ、無言で首を横に振る。


「本当に不老不死の薬が存在したとします。薬を作るのに必要な薬草や何やらを、分量通りに持って来て頂けたら、その時は錬金術で不老不死の薬を作りましょう。けれど、どの薬草がどれくらい必要なのか、そもそも薬草から出来るのか。そういう研究は『錬金術』ではなく『薬化』の仕事です。どうしても不老不死の薬を所望なら、一度『薬化』に相談してみてはいかがですか?」


 男はしょんぼりと肩を落とし、おぼつかない足でフラフラと出て行った。



 ***




「あ〜〜〜〜〜〜〜!疲れた!!!!!」


 盛大に叫びながら、机にうなだれる。


 大人しく帰ってくれて良かった。中には「本当は隠し持ってるんだろう」と言いがかりをつけられたり「隠すとためにならないぞ!」と脅しをかけてくる人もいるのだ。


「お疲れ様です」


 コトリと僕の顔の横で小さな音が鳴る。

 首だけ動かし音のする方を見ると、アメリアさんがお茶を淹れてくれたみたいだ。


「ありがとう」


 鼻孔をくすぐる、この香りは薬草茶かな。


 ズズズッゥー……


 あ~~~、癒される。お茶が染みわたり、身体がポカポカする。心が軽くなり、ふっと力が抜けた拍子に、思わず愚痴もこぼれてしまった。


「錬金術はなんでも出来ると、勘違いしている輩が減らなくて困るよ」


 するとアメリアさんは、眉毛をハの字にして困った顔で、僕に同意してくれた。


「そうですね。けど―――鉄の山が一瞬で魔導列車に変わった時の、あの感動は忘れられません!あの光景を目の当たりにしたら、錬金術は何でも出来るんじゃないかと、勘違いしてしまう気持ちもわかります!」


 アメリアさんは、魔導列車の話になると、恍惚の表情を浮かべ饒舌に話す。魔導列車の責任者としては、その顔を見る度に「ああ、作って良かった」と思う。


 羨望の眼差しで僕を見続けてくるが、僕を通して魔導列車を思い浮かべているのだろう。アメリアさん、魔導列車、好きだからなあ。



「アメリアさん」

「はい」

「もし、本当に不老不死の薬があったら、アメリアさん飲む?」

「質問を質問で返して申し訳ありませんが、先生は飲まれますか?」

「飲まない!絶、対、に、飲まない!!」

「そしたら、私も飲みません」

「なんで?若くてキレイなままでいられるんだよ?」

「好きな人に先立たれ、独り身で長い間、過ごすのは嫌です」

「そしたら、好きな人にも飲んで貰えば良いじゃない」


「………はああああ」


 盛大にため息を吐かれた!?


「先生、申し訳ありません。お先にお昼休憩頂きます」


 ―――バタンッ!!


 淑女の鏡と言われるアメリアさんが、これでもかという大きい音で扉を閉め、出て行ってしまった。



 ***



 突然だが、僕には前世の記憶がある。けど碌でもない人生だったし、惨たらしい死に方をしたので、思い出したからといっても嫌な気持ちが増すだけだ。

 それよりも、前世に存在しなかった錬金術。その錬金術に興味を持ち、どっぷりはまり、ひたすら研究していたら錬金術最高技術責任者になっていた。凄くない?ビックリ!


 けど、錬金術師のトップに立つ僕だが、実は誰にも言えないことがある。

 本当は心の中では思っている。


 ーーーーー錬金術っていらなくない?



 クックーの話でもそうだ。錬成陣をちまちまちまちま描いて、ようやく完成。クックーを錬成陣の上に乗せようとして逃げられる。捕まえたいが捕まらない。何とか捕まえて錬成陣に戻そうとして、また逃げられる。最終的に麻酔銃を使ってクックーを眠らせ、術式を発動させ焼き鳥を作る。


 そんな時間があれば、熟練の職人さんだったら、さばいて、調理して、販売して、売上金でとっくに晩酌中だろう。


 魔導列車のような、国家プロジェクト規模なら錬金術の方が早く作れる。同じ材料、同じ人数なら、錬金術師の方が圧倒的に早い。けど、大人数の職人さんを長期間雇えば、莫大な賃金が発生し、その莫大な賃金はまわりまわって国を潤す。


 やっぱり錬金術っていらないよなー、と錬金術師のトップの僕が思っていることは秘密だ。




 たまっていた書類を片付け、遅めの昼食を取ろうと食堂へやって来た。

 今日の日替わりランチは「フォルファタヴォー」だった。やったー。


 最初、フォルファタヴォーが名物だと聞かされた時は、みんなの正気を疑った。

 なんせ凄いのだ、色味が。


 黒紫のハサミのような手を持つヴォーを五時間以上煮込み、ペーストした茶芋と白芽を入れ、さらに煮込む。その後、真っ赤な香辛料を大量に入れ、ニ時間以上煮込んだのがフォルファタヴォーだ。


 見た目はえげつないが、味はとても奥深い。最初に広がる優しい甘さ、次に旨みを凝縮した味わい、そして最後にピリリと刺激してくる香辛料。初めて口にした後は毎日しばらく、そればかり食べていた。今でも三日に一度は食している。



「長官、相席良いですか?」

「ん?ああ、どうぞ」


 声をかけてきたのは、赤毛のキャットレイ君。

 僕は部下から『長官』と呼ばれている。やたらと長い、スタラック機構キャンクラヌゥン省錬金術最高技術責任者という役職名が、呼びにくいと不満があがった時、誰かが他国では僕のような役職は『長官』と呼ばれていると教えてくれた。それ以降『長官』と呼ばれているが、尊敬と親しみが込められている感じがして、僕も気に入っている…込められているよね?


「キャットレイ君もフォルファタヴォー?」

「ええ、日替わりだったんで」


 2人で、ヴォーの殻を口に頬張り、バリバリと噛み砕だきながら会話をする。


「聞きましたよ、長官。また(・・)やらかしたんですって?」


 やらかすとは?そして『また』とは?

 けど僕にはひとつ心当たりがあった。


「お貴族様のこと?」


 嫌味を込めて敢えて『お貴族様』と呼んでやる。


「え、貴族と何かあったんですか!?」

「午前中、不老不死の薬が欲しいって訪ねて来たんだよ」

「またですか!?」

「全くこの時期になると、必ずひとりはやって来るから困ったものだよ」


 この時期、国から大規模な人事が発表される。今の地位にしがみつきたいのか、さらに上の地位を目指しているのか、噂を信じて、訪問して来る人が必ずいるのだ。


「不老不死なんてなれるわけねーだろ」


 忌々しげな顔で、スプーンでぐちゃぐちゃと料理をかき混ぜる。

 行儀が悪いよ、キャットレイ君。


 はて?

 お貴族様の話ではないのなら、何をやらかしたんだろう?


「そしたら、やらかしたって何のこと?」

「アメリア嬢のことですよ。受付のユリア嬢に『長官の馬鹿ー!!あの唐変木!!!』と、それはそれは大きな声で愚痴ってたみたいで、食堂に響き渡っていたらしいですよ」


 サァーと血の気が引く。


「ち、ちなみに何が原因か知ってる?」

「いや、俺は居合わせなかったんで。けどまぁ、大方の予想はつきます」

「セクハラ?」

「違います」

「パワハラ?」

「違います、っていうか長官、パワハラとかするんですか?」

「じゃあ何?」

「それは直接、アメリア嬢に聞いて下さい。俺からはなんとも…」


 ハサミの様なヴォーの手が、キラリと光った様な気がした。



 ***



「アメリアさん、すみません!」


 あの後、フォルファタヴォーをかっこみ、急いでこの部屋に戻った。濃厚で芳醇なはずのフォルファタヴォーは、全く味がしなかった。


「僕のせいで気分を害したと伺いました。本当にすみません!」


 手は身体の横に添えて、指先までまっすぐ。

 腰は80度曲げ、相手の許可があるまでそのまま。

 騎士団員もビックリな、お手本の様な礼だろう。


「いえ、良いのです。先生、顔をあげて下さい。私が勝手に機嫌を悪くしただけなので…」


 うっ!

「誤解です。先生のせいじゃありません」とは言ってくれないんだ。やっぱり、僕が何かやらかしたんだ。


 指をもじもじさせながら、チラチラとアメリアさんを伺い、文にならない言葉を紡ぐ。


「それで…アメリアさん。その…あの…今後、2度と起こさない様に…あの…僕のどこがいけなかったか教えて…頂け、た、らなあ、なん…て」


 アメリアさんの、表情がビシッと固まる。

 ほらー!


 これが、言っていけない言葉だとはわかってる。

 何が悪いかわからないけど、とりあえず謝っとくよ、と言っているようなものだ。お前、本当に反省してるのかよ、と思われても仕方がない。


 ちらりと、アメリアさんを伺うと、憎々しと言わんばかりに顔をしかめていた。ひー、冷や汗が止まらない。


「先生!私、先程、不老不死の薬を飲まないのは、好きな人に先立たれ、独り身で長い間、過ごすのは嫌だからと言いました!」

「はい」

「それは、好きな人が薬を飲まないと言ったからです!」

「はい」

「好きな人が!飲まないと!言ったからです!」


 彼女の指が、ビシッと僕を指す。

 まっすぐ、間違いようもなく、僕を射抜き、告げる。

『好きな人』は僕だと―――。



「ええええええええええ!!?」


 その後の僕は、それはまあ酷かった。

 アメリアさんの好意に顔を赤らめた後、申し訳ないが、次に浮かんだのは疑念。本当の本当の本当に?と何十回も聞きまくり、やっぱりありえない、本当は騙してるんでしょ、嘘なんでしょと顔を青褪め、自分の感情の起伏に自分自身がついていけなくなり吐きそうと顔を土気色にした。

 けど「どうして僕なんかを?」という問いに、アメリアさんは


「端正で凛々しいお顔が、錬成陣に照らされ、キラキラと輝いて、風でなびくその髪の隙間から見える、自信に溢れた眼差しが、楽しそうにワクワクと無邪気な笑顔に変わってゆく。そんなお姿に、私は一目で恋に落ちたのです!」


 と、饒舌に答えてくれた。

 え、それ本当に僕?間違えじゃない?自信に溢れた眼差しって、僕、眼鏡かけてるけど、眼鏡越しに見えるもの?やっぱり人違いでは?大丈夫?


 彼女が魔導列車の話をする時、恍惚な表情を浮かべていたのは、魔導列車ではなく、当時の僕を思い浮かべていたかららしい。


「魔導列車が好きだったんじゃなかったんだね…」


 とつぶやいたら、ギロリッと睨まれた。


「先生!私、この容姿で幼き頃から、蝶よ花よと育てられてきました。社交界デビューしてからは、縁談の申し込みも頻繁に頂きます。けれど、どうしても先生とお近付きになりたかったから!両親の反対を押し切って、ここに入庁したのです!先生付きの秘書になってからは、毎日、それこそ隙あらば、先生に好意を示していたつもりです!それなのに!全く、全然、気付いてもらえていなかったなんて、私の乙女心はズタボロです!!」

「すみません」

「私の気持ちは、なんならここに務めている職員全員が知っています!気が付いていないのは、先生だけです!」

「すみません。本当にごめんなさい。お詫びと言ってはなんですが、アメリアさん―――僕と結婚して下さい」


 と言ったら、順番が違う!とさらに激怒された。



 ***




「え!アメリアさんて、侯爵家のご令嬢だったの!?」

「先生、私に少しでも興味を持たれたことありますか?」

「ごめんなさい。でも、僕なりにはかなり…」


 と言うと、アメリアさんの顔がポポポと色付いた。

 可愛いー!


 桃色に染まった頬をツンツンとつつくと「な、なんですか!?」と怒り出したので「可愛いなと思って、つい」と本音を告げたら、ボンッと、アメリアさんの顔が爆発した。


「先生。私たち婚約したからと言って、正式に婚姻は結んでいないのでーーー」

「アメリアさん。こんな時になんですが…僕たち婚約したので、僕のことは先生ではなく名前で呼んで頂けると嬉しいです」


 とお願いしたら「本当に、なぜこのタイミングで…」と、奥歯をギリギリ言わせていた。けれど、急に何か思いついたのか、僕の隣に腰掛け、肩に手を乗せ、耳に顔を近付け


「そういうお話は、ムードある時にお願いします、せ、ん、せ、い♡」


 と甘い香りをまとい、甘い言葉で囁いた。



 ***




 そして、その後、僕がどうしたかと言うと


 不老不死の薬をつくった。


 侯爵家のご令嬢を娶るとなると、高額な支度金が必要になる。アメリアさんは、そんなものいらないと言ったが、そこは男の矜恃だから譲れないと、男を立ててもらった。



 実は、前世では、どこぞの私的団体が、不老不死の薬の開発に成功していた。

 でもそれは、夢物語ではなく、目をそむけ、耳をふさぎたくなる話に発展していく。


 平民にはとても手が出せない額で売られたそれを、国の権力者たちはこぞって買い漁り、そして服用した。不老不死を手に入れた権力者たちが、次に欲しがったのは、さらなる権力。大量生産させ、自国の兵士に飲ませ、出来上がったのは死なない軍隊。その軍隊で次々と小国を蹂躙していった。似たようなことが各国で起こり、ついには世界大戦へと広がった。何をしてもお互い死なない。永遠に戦争は終わらないかのように見えた。だか、だんだんと不老不死の薬は万能ではないことに、皆、気付き始めた。


 不老不死とは、老化しない、死なないだけ。

 負ったケガが瞬時に回復することはない。


 本当なら即死していただろう、半身が崩れ落ちた兵士が、次々と病院へ運ばれてくる。あっという間に病院は収容人数を超え、道や野に負傷した兵士が放置された。そのような環境で、衛生状況など保たれることなど出来ず、感染症が流行りだした。


 菌は人を選ばない。

 権力者たちも次々と感染し、血を吐き、体中の水分が失われ、皮と骨だけになっても死なない。


 自国の王は言ったらしい。


「誰か私を殺してくれ」とーーー。


 その後、世界がどうなったかは知らない。もれなく僕も感染し、幸か不幸か死んだのだから。




 けどアメリアさんの住んでる国を、ウォーキングデッドの世界にするつもりはない。研究に研究を重ね、改良に改良を重ね、寝食を疎かにし、一昼夜ひたすら研究をし、途中、アメリアさんに「私のことも構いなさいよ!」と扇子で殴られながらも、完成させた。


『不老不死の薬』


 老いません。

 死にません。

 ただし選定年齢はランダムです。


 成長過程のどこかで、不老不死の効果が出るのではない。

 生まれ落ちて、天に召されるまでの、どこかの年齢がピックアップされる。簡単に言うと、飲んだ途端に幼少期に戻ったり、そのままだったり、未来の自分になったりする。そしてその歳のまま、不老不死になるのである。


 しっかりと説明書をつけた。事細かに説明した。

 僕的には、皆、興味津々で買うが、実際には飲まず、罰ゲームなどで「お前飲めよ」「いやいや、お前が飲めよ」と話のネタになったら良いなと思っていた。

 なのに現実は、飲む人が後を絶たなかった。


 外交大臣は赤子に戻り、一日中泣き続けてるという。

 公爵夫人は老婆になり、日がな一日、僕に呪い言をつぶやいているらしい……女性の恨みは怖いなぁ。




「正式な婚姻は、国が元通りになったらね…」


 支度金も準備出来たので、改めて、アメリアさんのご両親にご挨拶に伺ったら、そう言われたので「どうぞ閣下の良いようにお役立て下さい」と大量の特効薬を渡しておいた。



 その後、方々からキツイお叱りを受けたり、事情聴取を散々されたが、僕に国家転覆の意思や、出世欲がまるでないことがわかると放置された。

 釈放ではなく放置。ある日、ポイッとスタラック機構に帰され、その後は全く音沙汰がない。なので前と変わらぬ生活を送っている。

 けれど陰口で「眠れる天才」やら「触らぬ神」などと言われているのが、痛々しいのでやめて欲しい。



 アメリアさんとは、一年後に婚儀をあげ夫婦となった。

「出社したくないよー!」と毎日、アメリアさんにしがみつき困らせている。


 出社せず、仕事が出来るものを錬金するのが、目下の課題だ。




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