表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界道中膝栗毛  作者: リオ
1/1

韋駄天

「ダメだもう間に合わない! 戻ったところでお前までモンスターに喰われちまうぞ!」


逃げ惑う人々のなか、一人の若い娘と、初老の男が揉み合っていた。


「放してください! カルロを見殺しにするくらいなら、一緒に死んだ方がましです!」


「このバカ…! そんな無茶を誰が見過ごせるか!」


女は男の腕を振りほどこうともがくが、男が必死にそれを制して説得を続けた。


「もしかしたら何処かに隠れて助かるかもしれないんだ! みすみすお前まで死ぬことはないだろ!」


「イヤです! あの子はきっと一人で泣いてる! 私だって身代わりくらいには…!」


「あぐっ!」


女が男の腕に噛みついていた。 痛みのあまり瞬間緩んだその腕をがむしゃらに振り払い走り出す。


すぐさま追いかけようとした男だが、使い古された老人の脚だ、主人の言うことを聞いてくれるはずもなく、男は勢いあまってその場へと膝をついてしまった。


「おいサナ! 待て! 戻ってこい!」


逃げる人々の流れに逆らいながらも、みるみる娘の背中が遠退いていく。


「ちくしょうっ! 戻ったところでどうするっていうんだ…!」


男は己の無力さを悔いるように、強く地を叩いた。


絶望のあまり、涙を流しながら、額を地にこすりつけて慟哭する。


「おぉ、神よ…!」


しかし、奥歯を噛みしめて、男がどれだけ嘆こうと、神はこたえてはくれない。


そばを走り抜けていく人々もまた同様。 自分たちのことで精一杯な彼らは、男に目をくれてやる余裕すら持ち合わせてはいなかった。



ただ一人、人波の中足を止め、この二人の様子を見ていた人物を除いて。







サナと呼ばれた娘が家に到着すると、居間で泣いていた弟をすぐに見つけることができた。


姉を見た瞬間、弟が泣きじゃくりながら駆け寄ってくる。


「お姉ちゃん!」


「あぁ…! カルロ…! カルロ!」


弟をひしと抱きとめると、サナは落ち着かせるように、泣き続ける弟の頭を優しく撫でてやった。


「よかった… もう大丈夫だからね」


小刻みに震える弟をなだめ、しばらくしてカルロが落ち着きを取り戻すと、サナはその小さな肩に手を置いて、ゆっくりと身を離した。


「お姉ちゃんと一緒に避難所へ行きましょう。 もう少し、頑張れるよね?」


まだ涙に濡れている目を見つめながらそう言うと、カルロは目を擦りながら無言で頷いた。


「いいこ」


立ち上がると、カルロの手を取ってサナは戸口から外へと出た。


しかし、直ぐにその足が止まる。



───モンスターだ。



二人の正面に、巨大な狼のようなそれが立っていた。


モンスターは姉弟の姿を見ると興奮し、姿勢を低く構えると、牙を剥き出しながらおぞまし唸り声を立て始めた。


サナは恐怖のあまり昏倒しそうになるのを何とかこらえながら、咄嗟に弟を自身の背に隠した。


背中に、弟が恐怖から身を寄せてくるのを感じる。


脚が震えだし、鼓動が早鐘を打つのを自覚する暇もないまま、モンスターから目をそらさずにサナは後ろのカルロへと言った。


「いいカルロ、私が3つ数えたら、避難所の方向に走りなさい。 わかったわね?」


「そんな、僕… お姉ちゃんはどうするの?」


「私も必ず後を追うから、お願い、いい子だから、ね?」


戸惑う弟をよそに、強引に続ける。


「いくわよ、ひとつ…」


モンスターの唸り声がさらに大きくなる。


「ふたつ…」


言いながらゆっくりと姿勢を低くし、側に落ちていた棒切れを拾い上げる。


サナは自分が死んでも、弟が助かればそれでよいと、ただそれだけを願って意を決した。


「みっ…!」


そのときだった。


モンスターの横面に鋭く石つぶてが当たった。


モンスターの注意がそちらに向く。


突然のことにサナもつぶての方向を目で追った。


するとそこには、異国の旅人だろうか、三度傘をかぶり、道中合羽を着た男が、もうひとつの石を手玉のように片手で宙に放りながら立っていた。


男の方でもサナを見ると、顎をクイっと動かして合図を送ってきた。


どうやら行け、ということらしい。


打たれたように、サナはカルロの手を引いて走り出した。


タイミングで、二人にまたモンスターの注意が向かないよう、男がもうひとつのつぶてを勢いよくぶつける。


走りながらサナが振り帰ると、男は怒りくるうモンスターを引き付けて、脱兎の如く駆けていった。


(は、はやい…!)


名も知らない男に対する感謝と、無事を心の中で祈ると、サナとカルロは避難所を目指した。











二人が無事に避難所にやって来た姿を見て、叔父のアンリは泣いて喜んだ。


「おお、神は我々を見放さなかった…!」


そんな叔父へ、サナが落ち着いた様子でいう。


「いいえ叔父様、助けてくれたのは神様ではないのよ。変わった旅のお方」


「旅の…?」


アンリは怪訝そうな表情を浮かべた。


「ええ。 何処の方かしら、不思議な傘を被って、見たことない格好でしたわ」


「まて、その方というのは、もしやとは思うが、あちらの方ではないな?」


叔父の指す方向を見てサナは驚愕した。


あの変わった格好をみ間違えるはずもない。


「まあ! そう、あの方よ!」


「なんと! お前たちが来るほんの少し前にここに来たんだよ」


その男は確かに、先程自分たちを助けるために囮になってくれた男だった。


(でも、あのモンスターをまいてから、さらに私たちを追い越して先にここまで…?)


女子供の足とはいえ、いくらなんでも、と思いながらも、サナは無事だったことが何よりも嬉しく、男のもとへ駆け寄った。


「あの、先程は危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました」


「まさかあなたが姪っ子たちを助けてくれていたとは、何も仰らなかったとはいえ、お礼が遅れてしまい、申し訳ございません。 本当にありがとうございました」


「無事だったかい。 そいつぁ良かった」


男は傘を脱ぎ、荷を解きながら答えた。


この地方では珍しい、美しい黒髪で、長いためだろうか、簪を刺して簡単にまとめている。


「あの、よろしかったらお名前を」


「なに、名乗るほどの者じゃあ、ごぜぇやせん」


「そんな、せめてお名前だけは…」


しばらく無視していた男だったが、やがてばつの悪そうに口を開いた。


「五郎。 韋駄天の五郎ってのが、あっしの名前です」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ