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中編:メイビスは『メイビス』を知る


メイビスは頭にツキンとした痛みを感じて目を開けた。

また死ねなかったのか、と思いながら辺りを見回すが、周辺には何もない。何もないどころではない。ただただ白い世界と言えばいいのか、空も土もなければ、家具とかも本当に何にもなく、メイビス自身立っているというよりかは浮いているようだ。足が踏むモノすらない。

死後の世界というやつなのかもしれない、と思った。死んだらもうメイビスという人格は消えると思っていたので、天国や地獄なんて話は信じていなかったのだが、少なくとも死後の世界はあるんだと知った。まぁ、知った所で、というものではあるが。



「また『飛んだ』のかい?」



誰かの声が聞こえて辺りを見回すが誰もいない。ただ白い空間が果てしなく広がっているだけだ。



「誰!」


「思い出せないかい? 『メイビス』」


「思い……出す……? え、そう。私はメイビス」



メイビスの頭は小さな痛みから徐々に痛みの大きさが増していき、両手で頭を押さえるが、そんな行動でどうにもならない。

ただこの不思議な声はどうやら頭の中から聞こえるらしい事だけ、何となく感覚で何故か理解できた。



「そうだよ。君は『メイビス』だ」


「そう、メイビス」


「思い出せないようだね。いや、そうか。知らない方が判断に余計な材料が入らない。そのままがいい」


「何を言っているの?」


「君は『メイビス』の意味を知っているかい?」


「あたしの名前だけど……意味?」


「あぁそれを理解した時、君は『メイビス』だと思い出すよ」



不思議な声の主の言っている事はメイビスにはサッパリ分からなかったが、メイビスはそう言えば失礼男がメイビスは特別な名だと言っていたことをふと思い出した。

それと同時に急に吸い込まれるように意識が薄れていく。



「まだ早いよ、『メイビス』。時が来たら、会おう」



何だそれは、と聞こうとしたが、メイビスは薄れゆく意識に抗えずに、視界は一瞬暗くなったかと思えば、また白いものが目に映る。ただ違うのは先ほどは本当に白しかない世界だった。今は色が合って白いものと思ったのは天井だった。辺りを見回せば豪華な装飾品があり、ベッドに寝かさされている状態であった。

頭も痛いが、先ほどと違うのは体の節々も痛く、メイビスは起き上がろうと腕に力を込めて、自分の体が上がらない事に衝撃を受けた。手は動くが、体を支えるだけの力が手に籠らないのだ。元気だけが取り柄のメイビスだったのにだ。

だが、また死ねなかった事だけは分かった。ある意味毒を食し続けて生きているのだから、元気が取り柄故にこれだけで済んでいるのかもしれない。



「え……目を覚ましてる?」



知らない声が聞こえてきて体を動かそうとしても動かない。だが知らない声の主がメイビスに寄ってきて、視界に映るまで来てくれたので顔を知ることが出来て、驚いた。

声は高くてまだ声変わり前だからかあまり似ていないが、ミニチュアな失礼男そっくりの男の子だったのだ。あまりにもそっくり過ぎて、思わず性格まで似てませんように、と願わずにいられなかった。



「ここどこ?」



擦れ声だが絞り出して場所を尋ねると男の子はにっこりと笑ってくれて、王城、と言われて軽く眩暈がした。何処の王城か聞きたくなくなったしまったのだが、男の子は元気に喋り続ける。



「あのねぇ、ここは一番豪華な部屋なんだ。パパがね全部選んだんだ。そして、毎日、手とか足とかも揉んで、ずっと続けてたんだ。僕もずっと不思議だったんだけど、パパが大事そうだったから、僕も手伝うって言ったら喜んでくれて、だから僕も頑張ったんだけど、どう?」



どう、とは? と思いながら無邪気な男の子の手前あまり乱暴に言えず返答に困っていると、男の子はまたにこっと笑う。安心させようとしてくれているのかもしれない。この小さな子が。そう思うとメイビスは失礼男に全く似ていない男の子に好感を持った。



「大丈夫」


「良かった! あのね、きっと僕の事分からないよね? 僕はロイだよ、母上。母上は僕を産んですぐに倒れちゃったって、そして僕の名前も知らないって、付けられなかったって聞いたから、だから、嬉しいよ」



ロイ、と名乗ってメイビスを母上と呼ぶ失礼男そっくりの男の子に、確かにちょっとその可能性は感じていた。だが、ロイは見た目、六歳程度のはっきりと物も喋れる、赤ん坊ではない、少年にしか見えない。

だからある意味、ある可能性を排除出来ていたのだが、母上と呼ばれたら、その可能性が急に現実味を帯びてくる。



「は、母上?」


「うん。僕の母上、でしょ?」


「あなた、何歳?」


「七歳」



ちょっとメイビスの頭の中で混乱が起きた。七歳だという失礼男そっくりの男の子。メイビスを母上と呼ぶ。そして、手足は暫く動かしてなかったかのように力が入らず、寝かされている状況。そして何より、メイビスには失礼男そっくりの男の子を生んだ覚えがある。まぁその後の記憶は全くなく、死ねたと思っていたのだがそこは置いておこう。

まさか本当にあの時生まれた男の子が、今目の前にいるロイという男の子と同一人物なのだろうかとメイビスが考えている時に、答えを絶対に持っている者が視界に入った。

誰が見ても綺麗な顔に変わりはないが、少し歳を取って何といえばいいか、渋さも加わり、さらに綺麗度合いが増した失礼男がやってきたのだ。考えていたせいで視界に入るまで部屋に入ってきたことも何も分からなかった。



「まさか本当に起きるとは……。さすがだな。しかし、当てが外れたか?」


「またチャレンジするだけ。ただ、それだけ」


「息子の前でははっきり言わないようだな。恐らくもう分かっていると思うが、お前が産んだ子だ。名は勝手に付けさせてもらったぞ。気に食わなければ愛称でも決めてやるといい」



失礼男は失礼男のままであった。

だがはっきりと息子と言われた以上、間違いがなくあの時の子どもなのだろう。愛称なんか付ければ愛着が湧いてしまう。早く切り離さなければならない。



「ちょっとしんどいから、もう少し、寝かせてもらえる?」


「まぁ七年と八か月ぶりの目覚めだ。医者を呼び、食事を与え、警護を付けよう。寝るのは診察と食事の後にしろ。ロイ。今日は休ませてやれ」


「はい、父上。母上、また明日来るね。僕はロイだけど、母上にも名前付けてほしかったんだ! だから名前、付けてね!」



手を振り部屋から出ていく無邪気さが残る息子のロイに、ちょっと頭痛がした。



「なんで、母上なんて呼ばせてるの? どうせ死ぬのに」


「お前が産んだんだから、お前が死んでも母親はお前以外にいない」



失礼男はそう言うと後ろを振り返り、医者と食事と警護を用意しろ、と誰かに指示出ししていた。

メイビスは何を言っても無駄か、と思い、力を抜いてベッドに全体重を任せる。声を出すのもしんどいが、失礼男曰く七年と八か月ぶりの起床であれば、手足が軋んで声が出せる状態というのはむしろ良い部類かもしれない。

そう言えば息子のロイが寝ている最中手足を揉んでくれていたというのでお礼を言わねば、と思う。だが、この失礼男も同様の処置をしていたのは嘘だと思いたい。

そこから医者が来て診察し、胃にいきなり食事はという事でお粥を用意してくれ食べて、寝た。

食事、睡眠は偉大だと思う。メイビスは診察し、食事し、睡眠を取る生活を三日くらい続け、時には立って無理のない範囲で動けるようになり、一週間も経てば割と自由な状態まで回復した。

これが七年八か月昏睡していた奴です、とはもう誰も信じないだろう。



「母上、おはようございます!」



起きた日から毎日、朝・昼・晩と少しだけ顔を出しに来て挨拶しに来てくれる息子のロイは、本当にかわいい。警護係という名の自殺防止の見張り役に聞けば、帝王学など学ばされたり、勉学で忙しいらしいのだ。たった七歳が。だが王族とはそういうものらしく、遊びまわっていたメイビスとは天と地の差だ。良くレストランを手伝えとオーナーシェフに怒られていたことを思い出し、ちょっと苦笑してしまう。

だがその苦笑がなにかあったのかと息子のロイに心配かけたらしく、可愛らしい顔が心配そうに見つめてくるので、首を横に振った。



「大丈夫。ただ、そうね。思い出していただけ。昔をね」


「母上が眠られる前ですか?」


「そうよ。本当、大きくなったね」



頭を撫でてやると嬉しそうにするので、メイビスも嬉しくなる。この子を捨てようとしていた事、レストランを助ける為だけに作った事を知ったら、きっとメイビスを嫌いになるだろう。嫌われたくない、と思うと同時にあまりにも愛着が湧きすぎている今に危機感を覚えた。

メイビスは死ななければならない。だってそう決めたからだ。七年と八か月経った今、レストランが無事かどうか分からない。でも無事であっても、無事でなくても、死ななければならない。もう使命のように感じていた。何故、と時折メイビス自身、起きてから思うが、それは判断したからと思い、ふと自分でない自分の意志を感じた。



「母上? やはり体調が優れませんか? お医者さん呼びますか?」


「ううん。違うの、違うのよ。ただ、そうね。もうあたしを母上と呼んではいけないわ。メイビス、と呼んでちょうだい。呼びにくかったら、メイ、でもいいわ」


「僕が嫌いなの?」


「それは違う。ただ、そうね、メイビスって呼んでほしいだけかも。ね、ロイ」



ロイ、と呼ぶと嬉しそうに笑う。それに釣られてメイビスも笑う。



「ずっと王子様、おうじさま、って呼ばれて、父上しか名を呼んでくれなかったので、今凄く嬉しいです! だから母上もメイビス母上って呼びます!」


「母上、はいらないわ」


「でも敬称なく、母上の名を呼ぶのは気が引けます」


「いいの。メイビスって言って。ほら!」


「メイ……ビス……」


「うんうん。出来るじゃない。公式な場じゃないし、それでいいの。もう、母上って呼んじゃ駄目よ」



少しずつ切り離さなくては、と思い、メイビスはその後勉学の予定がみっちり入っているロイを見送った。

そしてゆっくりしようとした矢先、もうここはメイビスが生きている世界で白い世界ではないのに、頭の中から声が聞こえた。



「判断の時は近い。『メイビス』君が決めるんだ」



相変わらず、何を言われているのかさっぱり分からない。だが起きる前は、まだ早い、が、近い、に変わっているという事は何を言われているのか分かる日が近づいている事だと、勝手に解釈した。

きっと警備の人には聞こえていない声なので聞き返すことは難しい。だが誰かは分からないが、メイビスの頭の中でまた喋る。



「もう時は来てしまったんだ。思ったより早かった。私が見誤ったね。レイビス、彼には悪い事をした。だが神が定めた期間は私には変えられない。ただ出来るのは『メイビス』を迎えに行くこと」



レイビスとは誰だ、と思い、失礼男の顔が浮かぶ。そう言えばレイビスとは失礼男の名前だったはずだ。ちょっと響きが似ているので覚えていた。だがどうして頭の中の声の主はレイビスを知っているのか。メイビスを迎えに来るという事は、という肝心なことは一切発さない。

頭の中の声の主はメイビスが思っていることが伝わるのか、クスクスと笑った後に言った。



「私は見届け役。干渉を許されないんだ。でも、ちょっと、やっぱり気になって口を出しちゃったのがレイビスだったんだけど、君たち、本当に不器用だよね。簡単な事を難しく、難しくしていく天才だよ」



見届け役とは、と聞こうとした時、メイビスの中で何かが弾けた感じがした。そして同時にまた白い世界に飛んだ。始めと違うのはただ一つ。一人の人間が立ってた。

ロイの姿をしてるが、ロイではないと分かる。何せよく笑うあの子と、目の前のロイの姿をした無表情な人間とでは違う。



「誰?」


「誰でもない」


「何か用?」


「判断を聞きに来た」


「判断?」


「あぁ。君は、生きてきて、どう、思った?」


「最低な人生よ。でもオーナーシェフとロイに会えたことだけは感謝かな」


「そうか。では、人間はいらないな」


「極端ね」


「曖昧な答えは曖昧な結果を残すだけだ」


「一理あるわ。もしかして、あたし、『メイビス』は人間が必要かどうか判断するための存在なの?」


「違う。お前は判断を下す者。思い出せぬのなら、今が思い出す時だ」



誰でもないという何かが頭の中でそう言った時、メイビスの頭の中に大量の情報が流れ込んできた。処理しきれない程の量で、頭の中で数百枚、いや数千枚、それ以上の写真のようなものが舞っているような感覚で、一枚、一枚に色んな情報が組み込まれていた。

処理しきれない、と思っていたが写真がアルバムのようなもの一冊にまとまっていく感じがすると、急激に『メイビス』の宿命が理解できた。

メイビスは人間ではない。『メイビス』は神が想像した世界の核なのだ。



「あ、あぁ……、そういう、こと?」



もっと分かりやすく言えば、メイビスは世界そのものなのだ。神は世界を創造した。そして世界を見守った。そして世界が終わりを迎えたがっている事を知って、最後に世界である『メイビス』に問うたのだ。

本当に世界を終わりに、メイビスは死にたいのか? と。

神は想像した世界を終わらせたくなかったのかもしれない。だって創造したという事は神にとって子どものようなものなのだと思う。だからメイビスの為に見届け役を作り、一人の人間として自分自身である、世界を、自分を、見直す時間を与えたのだ。

だがメイビスは何度も終わらせようと人間としての命を絶った。



「私は神の作った子どもだったのね。私は何度も死なないといけないと思った。それは失礼男やレストランを守る為と思ってた。でも違う。いや、それも一つ。世界は一つなのにその中で、何度も戦争した。何度も悲しい思いをした。代わりに良い思い出もたくさんあったわ。でも悲しみや怒りが、喜びや楽しみを上回ってしまった」



写真は世界、メイビスを核とした世界で生きている人たちの悲しみや喜びや色んな感情を伝えてきた。メイビスは耐えられなくなってしまったのだ。人間は愚かだけど、人間は素晴らしいと、生き物の食物連鎖でも感じる弱肉強食の世界だけど、この世界は愛おしかった。でもいつしか、平等ではなくなった。

世界は終わりを、メイビスは終わりを迎えたくて、そして神に言われたのだ。最後に世界をもう一度見て、決めろ、と。だから人間界へと投じられた。捨てられたのではなかった。向かわされたのだ。



「思い出したようだな」


「えぇ」



このロイのような姿をしているのは神だ。神に姿かたちはない。メイビスも本当は姿かたちはない。ただ人間界に投じられるときに、作られたただの器。



「決めたか?」



メイビスは頷く。

そしてその答えを聞いた神はそれを受け入れた。


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