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前編:王様の頬を思い切って叩いて、何でか子どもを作って産んじゃいました

 

 バチン、と綺麗に頬を叩いた音が市内のしがないレストランのホール内に響いた。

 近くにいた客は食べる手を止め、あまりに綺麗な音にヒュウ―と冷やかす声や、呆気に取られて声も出ずに口を開けた客達がいたが、メイビスはそんな事気にしなかった。

 この目の前にいる客は『まずい』と注文の品を運んできたメイビスに食べもせずに、そう言ったのだ。厨房で一生懸命に料理を作ってくれたシェフにも、料理に使われている食材を栽培してくれた人にも申し訳ない上に、この客は言うだけで足りず、頼んだスープをメイビスの頭からかけたのだ。

 冷製スープでなければ火傷しているが、もはやそんな問題ではなかった。



「ふざけんな! 帰れ!」



 メイビスはもう一発お見舞いしてやろうと手を振りかぶれば、この失礼男と同席していた帯剣していた大柄な男に後ろから腕を掴まれて、手を封じられた。

 失礼男はどんな人が見ても美形と言えるような綺麗な顔立ちに、綺麗な銀の髪をしていて、且つ衣服からも庶民風を装っているが汚れがない所を見ると、どっかの貴族の坊ちゃんがお忍びで来ているのかもしれない。手を掴んでいる男が護衛だと考えれば、辻褄は合う。

 だがそれでもそんな事、どうでも良かった。



「離せ! もう一発や二発でも帰らないなら叩いてやる! そしてもう二度と来るな」



 バタバタと手足を動かしても、手を封じる大柄な男は微動だにせず、表情も変えない。ただ失礼男がクツクツと小さく笑っているから、余計にメイビスの勘に触った。

 その中、ホールでメイビスが大声を出したせいか、慌てた様子で厨房からオーナーシェフが出てきた。オーナーシェフは、始めは謝ろうと失礼男に歩み寄ったようだが、スープでがっつり濡れて、大柄な男に手を握られているメイビスと目が合い、怒ったようで表情を変えた。

 オーナシェフは顔は厳ついが基本優しく、身寄りないメイビスを拾ってくれた恩人で、情に厚い人だ。



「お客様、うちの給仕が何か失礼でもしましたか?」


「ん? あぁ、頬を叩かれたね」


「違う! その前に食べもせずにまずいって言って、スープを捨てたんだ!」


「見れば分かるんだよ。君ごときには分からないかもね?」



 失礼男のその言葉にまたメイビスの怒りのゲージが溜まっていく。見て分かるのは、その料理が綺麗かどうか、どんな食材が使われているか、だけだ。もちろん料理は食べるだけじゃない。見て楽しむ事も要素としてはある。だが見て、味が分かる訳がない。

 諦めずに手足をバタバタさせても失礼男には届かず、大柄な男は暴れまくるメイビスに呆れたのか、握られている手に力が込められて、痛みを感じないように今まで握ってくれていたのだと知る。今はめちゃくちゃ痛い。だがこの失礼男の手前、痛いとか泣き言を言いたくなかった。

 しかし動く力は痛みで奪われて、ちょっと大人しくすれば、大柄な男はまた手を握る力を弱めてくれた。失礼男に仕えているだけで、この大柄な男の本質は優しいのかもしれないと思う。まぁ、だから失礼男を許せる訳ではない。



「お客様には合わない料理だったようで申し訳ありません」


「おや。お前は話が通じるな」


「お客様に合う料理を当店では提供出来そうにありません。いかがなさいますか?」


「分かってるじゃないか。認める事が出来る奴は嫌いじゃない。だが私に傷をつけた代償を支払ってもらおう」


「当店はしがないレストランでございます。お客様の傷の対価を支払うだけの物がありません。お許し願えませんでしょうか?」



 シェフ帽を脱いで、オーナシェフは失礼男の前に土下座した。その姿を見てメイビスは泣きそうになった。今、オーナーシェフに土下座させているのは失礼男じゃない。メイビスだ。

 料理を侮辱したことも、捨てたことも許せないが、それでも給仕としてお客様に手を出してはいけなかったんだ、とメイビスは泣きそうになりながら思い知った。メイビスはどうでもいいと思ったが、オーナーシェフが必死で経営している大事なレストランだ。それを貴族の坊ちゃんの一言で潰してしまう原因を作ろうとしていたのだ。

 メイビスは唇を噛んで、オーナーシェフにそんなことしなくていい、と叫びたくなる気持ちを抑え込んだ。口の中は血の味がしたが、オーナーシェフがここまでしているのに、メイビスが台無しにすることは出来ない。



「それもそうだな。だが傷の対価を受け取らないまま去るのも、また気に食わない。どう思う、グレイ」


「店のトップがプライドをかなぐり捨てて謝罪されています。それを汲んでやるのも上に立つ者の器の大きさかと」



 大柄な男はグレイというらしい。腕を掴む力加減といい、先ほどの発言といい、本当にこの失礼男に仕えていなければ、お礼を言いたい。



「器か。ま、確かにここから搾り取れるものもタカが知れている。許してやるのも悪くはない」


「ありがとうございます」


「が、一つ。アイツだけは躾直しが必要だからもらっていく。いいな?」



 失礼男の言うアイツにあたるメイビスは自分だけで済むならと頷く。だがオーナシェフは待ってください、と声を上げる。



「オーナーシェフ、安心してください。あたしは平気なんで。さ、一緒に何処にでも行ってあげるから、早く席、立ちなさいよ!」


「お前は本当に飽きそうにない。では、失礼したな」



 失礼男はオーナーシェフにそう言うとレストランを出て、大柄な男のグレイに引っ張られその後ろをメイビスは付いていく。

 レストランを出る時振り返ると、オーナーシェフが本当に心配そうに見ていたので、笑ってすぐ戻ってきますね、とだけ言って抵抗せずに出た。

 外には馬車が待っていて、既に失礼男は乗車済みでメイビスはグレイと共に乗車して失礼男の対面座ると、馬車は出発した。



「メイビス、という名前だな、お前は」



 馬車に揺られてどこに行くんだろうと思っていたところ、失礼男がメイビスに声をかけてきた。



「ですけど、何か?」


「その名は誰が付けた」


「知らない」


「真面目に聞いているんだがな。なんだ? あのレストランを質問に答えなければ潰すと言えば素直に応じるのか?」


「卑怯者……!」



 切れた唇を再び噛んだものだから血の味がまた口の中に広がる。だがレストランだけは守らなければならない。あそこがメイビスにとって唯一無二の場所だからだ。

 失礼男は楽しそうにクツクツ笑い、隣で手の拘束は解いてはくれない大柄な男のグレイは無表情。この構図は変わらないらしい。



「真面目に話して、知らない。捨て子で、オーナシェフが拾って育ててくれた。名前は服に縫い付けられてたんだってさ。名前だけで苗字はなく、ただメイビスって。これでいい?」


「ふむ。質問を次に移そう。出生を探ろうとしたことは?」


「ない。捨てた奴に興味なんかない。オーナーシェフとあのレストランで十分」


「端的でいい。次の質問だ。メイビスという名を今までずっと名乗ってきたのか?」


「そうだけど」


「その名前で呼ばれて誰かに何かを言われたことは?」


「ない。というかレストランの給仕をずっとしてたから、あのレストランに来る客しか接点ないし、忙しいと余計な事喋っている暇ないから」


「そうか。では、メイビス、という名は特別な名だと知っておくと良い」


「そう」



 失礼男の質問の意図はサッパリ分からなかったが、メイビスという名前が引っかかっているらしい、という事だけは分かった。だがどう特別なのかは分からない。

 スープでヒタヒタの衣服から伝って馬車の椅子を汚しているが、無視した。原因を作ったのは失礼男なので問題ないだろう。



「本当に出生に興味がなさそうだな」


「いらないから捨てられたのに、何故、興味を持つ必要が?」


「そう言えば名乗っていなかったが、私はレイビス・ド・ディラン。ディラン王国の収めている者だ。そちらは私の護衛のグレイ。分かりやすく言おうか。王様って事」



 失礼男、改めディラン王国と言えば確か隣の国だったので、隣国の王様だと言ってくる。こんな奴が。思わず隣の大柄な男グレイを見れば、頷かれた。



「ディラン国王陛下で間違いがございません」


「こんな奴が!」


「不敬罪で処刑されたくて仕方がないみたいだね」



 失礼男で隣国の王様は笑って言う。恐らく王様が斬れって言えば、優しいと思っている隣にいる大柄な男グレイは迷いなくメイビスを斬るのだろう。従順なのはこの短い期間でも分かる。

 だがふと思う。既にもう王様、一発叩いてんじゃーんって。その時点で、あ、死んだと思った。この馬車は処刑場か、一旦保管するための牢屋行きだ。もう死ぬと思えば、逆に何か開き直れるものがメイビスの中に芽生えた。



「質問、あたしもしたいんだけど」


「おやおや処刑が近くなるかもしれないよ」


「別に結果処刑なら短かろうが、長かろうが一緒。で、答えてくれんの?」


「内容により気が向けばね」



 食えない王様だと思いながら、王様がペラペラ喋る人物だったら逆に臣下にでも殺されてるか、と思った。



「何でスープまずいって飲まずに言って、捨てたの?」


「そこ聞くんだ。もっと興味持ってほしい所あったんだけど、ま、いいか。最初からメイビスという名の少女目当てで行って、食事は毒見なしはあり得ないから捨てただけだよ」


「注文せず、王様だって言えば簡単にあたしなんか連れ出せたのに、わざわざ食べ物を無駄にした理由は?」


「普段の君の姿を見たかったから。たかがスープ一杯だ。ついでにわざと怒らせたくなってね」


「……たかがスープ一杯、ね。いい、あんたが最低な奴だって良く分かった。で、メイビスって少女見て、何か得られたの? 王様」


「うーん。思った以上に怒らせているね。本当に処刑しちゃうよ?」



 やはり王様なんか呼ばずに、失礼男にそう言われ、メイビスの中の何かがプツンと切れた。



「レストラン潰すだの、処刑しちゃうだの、何だの煩い! 処刑? すれば? 何なら自分で自害してあげるわ」



 こんな失礼男の命令で死ぬくらいなら、とメイビスは手は拘束されているが、以外は拘束されていなかったので動かせる上半身いっぱいを使って思い切って馬車の扉の角に頭をぶつけた。

 ガンっと硬い音がして、額から生ぬるい液体が伝うが、気にせずメイビスはもう一回振りかぶって扉の角にガンとぶつけて、さらにもう一回、と上半身を振りかぶった時に、大柄男のグレイに抱き止められた。



「離せ! 王様の望み通り死んでやろうじゃない! たかがスープ一杯、たかがレストラン潰す、たかが処刑しちゃう。馬鹿じゃないの! 何でもかんでも思い通りにならないってこの身を持って教えてあげるわ!」



 傷は思ったより深く出来たと思う。頬をや鼻など顔を伝う生ぬるい液体が流れるスピードが速いのが分かる。

 この命、オーナーシェフに助けられた時から大切にと思って生きてきたが、レストランを侮辱し、料理をたかがという男に奪われるくらいなら、必ず自分でケリをつけてやると思い、思い切って暴れる。暴れれば暴れるだけ流れる血の量が増すはずだ。そうすれば失血死出来るかもしれない。ありったけの力で力強く抑えられている中、メイビスは自分の体を揺さぶった。

 その様子に慌てたのは失礼男で、優雅に対面に座っていたくせに立ち上がり、メイビスの額の傷口をハンカチで抑え始めたのだ。



「暴れるな。処刑もレストランを潰すこともしない。スープの事も謝ろう。だからじっとしろ!」


「謝る意味が分かっていない奴の言葉だけの謝罪に意味はない! どうせ王様叩いて死ぬんだったら、お前にとって後味悪く死んで……やるっ!」



 意識が一瞬遠のきそうになったがメイビスは気合で持ち直し、暴れ続けたが、徐々に視界が霞み、暴れる力が失われていく。

 馬車はメイビスが暴れたせいか血があちこちについていて、ついでにスープでずぶぬれだったので、血とスープ塗れにして死ねると思い、掠れてきた意識のなか何処か達成感を持って、意識が途切れた。





 ————――





 死ねた、と思っていたが、目を開けると失礼男と目が合った。

 頭がズキズキと痛み、何処かに寝かされている背中の感触から分かる。そして傷の手当を受けたんだろう。死ねなかったらしい事だけははっきりと分かった。

 どうせ処刑されるならあのまま死にたかった、と思いながら、ずっと目が合い続ける失礼男に声をかける気にはならない。



「ん? 声が出ないか。医者よ、其処まで症状はひどいか?」


「いえ。傷口は深かったですが、縫い合わせましたので痛みは残っているかと思いますが」


「ではわざとか。お前らしい。すぐ激情するの迄そっくりそのまま、顔も似ていると言える。最高で最低な奴だな」



 失礼男は手を伸ばしていたかと思えば、その両手はメイビスの首を絞めるように回して、力が加われば絞まるだろう。



「殺せ」


「すぐ殺したいよ。でもお前はまだ殺せない。お前には俺の子どもを産んでもらう。そうだな、そうしたら殺してやろう」


「誰がお前の子どもなんか」


「レストランを潰さない条件としようじゃないか。大事なんだろう?」


「子どもを産む、それだけね。なら、それでいい。レストランを潰さないでくれるなら、何でも好きなようにして。だけど最後は自分で自害する」


「子どもを育てたいと思うか?」


「捨て子のあたしに言う? あたしは育てたくなんかないから、生まれたらすぐ死にたい」


「死に抵抗がないな」


「レストランを守れるならそれ以外に興味はない」


「肝が据わっていて助かるよ」



 失礼男の手が首から離れる。

 誰にそっくりで、誰に似ているかはメイビスにとってはどうでもよかった。



「早く、子どもを作りたい」


「おや、積極的だね」


「早く、この場を去りたいんだよ」


「子どもを産んでも殺されるだけだよ? レストランへは返せない」


「分かりやすく言う。お前を見る機会を早く無くしたい」



 失礼男はその言葉にちょっと目を見開いて、そうか、とだけ言い部屋から出た。

 メイビスは失礼男が去った後に部屋を軽く見まわし、綺麗な調度品の飾られた広い綺麗な部屋に寒気がした。ここは豪華なだけの牢屋だ。

 メイビスはメイビスが何者かを知らない。だがあの失礼男が子どもを欲しがるという事は、きっとメイビスはただの捨て子ではないのだろう。でも子どもを産めば死ぬメイビスにそれは興味がない。ただレストランが無事であればいい。


 失礼男と別に結婚もせず、ただ見張りを付けられて自害だけしないようにされて、その腹いせにメイビスは部屋から一切出なかった。

 食事を運んでくる侍女とも大柄な男のグレイとも、その他の見張り役や世話役とも一切口を利かず、失礼男が来た時だけ、ただ一言最低、とだけ最後に言い放つ生活を続けた。

 そして三か月後、無事に懐妊が確認されたときは、解放された事に安堵した。後、七か月でこの世界と離れられ、もうあの失礼男の顔を見る必要もない。



「懐妊したそうだな」


「お腹の子に触るので、もう来ないでもらえる。ちゃんと産むから」



 これが父親と母親の会話だと思えば多少お腹の子に罪悪感を感じる。レストランの為に作られ、母親を知らずに育つであろう子ども。どうでもいいと思っていたが、メイビスでいうオーナーシェフのような人に出会えれば良いと思えるくらいに、情は湧いた。

 だが子どもを産めば自害すると決めたメイビスは、この子どもに何もしてやることは出来ない。初めて、子どもに申し訳ないと思った。レストランの為と、人一人の命を簡単に扱っているのだ。

 失礼男が料理をたかが料理と捨てたことと同じことをしようとしていると思えば涙が溢れてくる。泣いても解決しない。でも、初めて、子どもについて考えさせられた。



「気分が悪いのか?」


「何でもない」


「何でもなくて泣くとは、器用だな」


「器用よ。何とも思ってもいない男との子どもを作るくらいには」



 メイビスは吐き捨てるように呟いた。



「ちゃんと産むなら、もう二度と来ないよ」



 失礼男がそう言ったので、メイビスは涙を拭いて失礼男をまっすぐ見て言った。



「さようなら」



 産んだら死ぬのだから、もう二度とこの失礼男と会う事はないだろうと最後だと思い、しっかりと目を見て言った。

 そしてベッドから立ち上がり、失礼男の目の前に立つと、メイビスは手を振りかぶって失礼男の頬を叩いた。



「ほぉ。今なら殺せないと思ってかな?」


「違うわ。ただ、そうね。死ぬ理由を明確にしたい。最後にお前に剣を向けて、護衛に後ろから刺されるのも悪くない。死に方を考えていたのよ」


「今はまだ子どもは生まれていない。安静にして過ごして考えればいい。死に方をな」



 失礼男はその後、メイビスの希望通りに子どもが生まれるまで一切来ず、メイビスも部屋にこもる生活を続けて、気が付けば陣痛がきて、子どもは生まれた。

 男の子で、立ち会った産婆たちはおめでとうございます、と声をかけてくるが、メイビスにとってはそれは契約を終えた瞬間であった。

 男の子の顔を見れば気持ち悪いくらい失礼男に似ていて、あまりメイビスに似ている要素がなくて良かったと思った。知らないが、王様なら他に奥さんがいてもおかしくない。その奥さんとの子どもだと言っても十分通じるような顔立ちだ。

 心の中から守らなければという思いが溢れる。これが母性なのだろうか。こんなにも弱弱しいからそう思うだけなのかもしれない。

 メイビスは妊娠中に考えていた。子どもについて。そして答えは出した。



「この子だけを王様の元に連れて行きなさい」



 失礼男に託す。それが出した答えだった。責任を放棄したと思われてもいいが、あの失礼男が、わざわざメイビスと嫌々でも子どもを作ったという事は、この存在は失礼男には重要なファクターなのだ。きっとメイビスのように簡単に処刑なんて言われないだろう。

 そして王様という事は、メイビスは結婚も何もしていないので、何者でもなくメイビスでしかないが、婚外子であってもあの子どもは王族だ。王族故に苦しむこともあるのかもしれないが、どうかよく分からないこのメイビスの血をひいている事が、あの子の力にならん事を祈る。

 メイビスも実はいらなないから捨てられたんじゃなくて、何かしらでメイビスを思って捨てるという選択を取ったのかもしれない、と考える。そう思ってふいに笑いが込み上げた。親は勝手だ。子どもは意見を言えないから勝手にそれが最善と決めて、勝手に道を決められる力が付くその日まで、親の思うままにされる。

 産婆が子どもの入った籠を押して、部屋を出ようと扉を開けようとして、勝手に開いて登場した人物を見て、メイビスは笑った。



「無事生まれたようだな」


「えぇ」


「お前は本当に死にたいのか?」


「レストランと料理への侮辱を晴らすためにも必ず」


「謝罪すると言っても?」


「謝罪は言葉だけでは意味を為さないと言ったはず」


「お前の命をかけるだけのものが、レストランと料理への侮辱にあるのか?」


「あたしにはそれしかないから」



 メイビスは瞬間、目の前が軽く霞んで、あぁ、調整まで完璧だったと知る。

 あの日、死に方を考えろと言われた日。メイビスはある方法を思いついた。それは日々、毒を少量ずつ接種する事。見張られている中、劇薬はもちろん飲めないが、この豪華な部屋でハーブが飾られていたのだ。このハーブは香りがよく、観賞用に好まれるが実は毒性がある。

 それをレストランにいたから知っていたメイビスは夜な夜な監視が部屋から出て、扉の外で警護する時間帯に小さく切っては口に含んだ。即効性がなく、蓄積型で、小さく切って食べていたが、また成長するから気づかれなかったのだろう。

 子どもへの影響も考えたが、恐らく少量なら大丈夫と口にし続けた。仮にも父親が母親を殺すのも、母親が子どもを置いて出るのも、子どもには心に傷が残るなら、産後肥立ちが悪くて死んだなら、と思ったのだ。

 子どもを産んで、漸く少し体調に影響が出始めたという事は、あの元気な鳴き声からも子どもは大丈夫だろうと思い、メイビスはゆっくりと目を閉じる。



「おい、どうした?」



 失礼男が揺さぶってくるが、メイビスに返す力は無かった。

 出産で力と血を流し過ぎたのも、毒の回りを早めたのかもしれない。



「医師を呼べ!」



 薄れゆく意識の中、失礼男の焦る声が聞こえて、アイツにとって後味悪く今度こそ死ねる、とメイビスは意識を手放した。





 ————――





「馬鹿な奴だ」


「馬鹿はお前だと俺は思うぞ」


「何故死のうとするんだ」


「死よりも大事なだったんだろう」


「謝罪すると言った」


「言葉だけじゃ意味がないと言われただろ」


「だが死を選ぶ程と今も思えない」


「お前と彼女では考えが違うのさ」


「どうすれば良かった……」


「簡単だったと思うぞ。ただ分からなければ、聞いて、そして謝ればよかった」


「素直に答えたと思うか」


「それで聞くことを放棄する方が愚かなのさ」


「彼女は死んだのか」


「彼女は『メイビス』死にはしない」


「目も開けないし、息もしていないし、心臓も動いていない」


「『メイビス』は死なない。直に目も開けるし、息もするし、心臓も動く」


「そうか……」


「気が付け。愚かな人間よ。『メイビス』は今のままなら何度でも息を止める」





 ————――





 メイビス。神が人間界に投じた子ども






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