表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心臓通信  作者: 変人Sou
1/1

心臓通信 Neo of Zero

心臓通信の物語を最初から書き直したリメイク版的な物語です。しかしながら、今回は物語の何故、発端を追求した物語から完結まで突っ走ります。是非、完結までよろしくお願いします。

ある奇跡の物質同士がぶつかり合い、宇宙というものが誕生した。

ある奇跡の物質同士がぶつかり合い、星というものが誕生した。

ある奇跡の物質同士がぶつかり合い、生命というものが誕生した。


奇跡という選択肢があり、別の選択肢もまた、奇跡である。

奇跡というのは、ただ人の思い込みでもある。


その選択肢は誰が決めるのか....



コンクリートで覆われた薄暗い部屋。4畳ほどの小さな正方形の部屋の中にはどこかの国の軍隊の隊服があり、それに囲まれるように青いベンチが3つほど、三角形を作るように並んでいる。ベンチには1人の20歳くらいの青年が頭を下に向けて、手を合わせて座っている。髪が濡れて、タポタポとコンクリートの床に水が滴る。

外では「グワァァァァッ!」などの断末魔が聞こえる。

その時、脳裏に記憶が走る。そう、ユゼルの豊かな生活を壊した、始まりの出来事だった。

腐敗生物に襲われるまでの出来事。

それはひとつの旅行に過ぎなかった....

「待ってろ....ジジぃ....」


~~~~~~~~~~~~~~~~~


水の惑星と言われる地球が誕生してから、約数十億年。

とある戦争の戦勝国である テレフト国 では戦争の賠償金により、多くの兵隊は優雅な暮らしへとついた。

その、テレフト陸軍 第5部隊隊長である エルサレル・フーゼ という男は、国連からの願い届けで、海外へ視察へ行くことになった。


某月某日


夏の日差しが洋風な街並みを照らし、穏やかな昼を迎えた。

エルサレル・フーゼの息子、エルサレル・ユゼルは家族で海外視察へ行くということもあり、普段通っていた学校にお別れを言いに行くことにした。

ユゼルは洋風な街並みの坂道を駆け足で下って行った。空には晴れた青い空。辺りには戦争の勝利を祝う、パーティーのようなものがあちこちで開かれていた。


「懐かしいな。こんな風景。」


戦争の時期を体感するのは初めてだが、実際、街がこんなに騒いでいるのは、いつかのお祭り以来で、久々の景観だった。辺りで飛び交う声が自分に掛かってきているかのように、捉えられる。

僕は1枚の紙幣を握って夢を追っているような目をしながら丘の下にある公民館のような小さな学校へ目指して走っていった。

足の裏から砂埃が走り、動物の皮で作られた靴の裏には微かに砂が付いていた。

ただ、高級素材を使ったこの小学生サイズのスーツは汚したくなく、気を使って走っていた。

昨日、父親から「海外へ行くなら、身だしなみは整えておかなきゃね。」と言われ、家族揃って高級なスーツを買っておいたのだ。

そんなスーツを今日の朝、慣らしに着ておきたいという嘘を母親に吐いて、友達に、別れ際自慢するためだけに、今、このスーツを着ている。

新しく、高級な衣類を身にまとっているのは初めてで、いつもはお母さんの友達のお下がりを着ていたためか、これを着ているだけで気持ちが浮く。


高鳴る気持ちで坂道を下り終え、満遍な笑みを浮かべて、すぐそこの曲がり角を右に曲がった。それでも風景は変わらず、辺りはわちゃわちゃしていた。

さっきの道は大通りだったのか、 酔っ払ったおっさんが、机に頭を付けてへたばっている。中には、おっさん同士で軽い殴り合いをしている所もあった。正直言って、辺りは酒臭くなってきた。いつもならほんのりとラベンダーの匂いがする道なのに、今日に限っては酒の匂いが僕の鼻を強烈に刺激した。

思わずユゼルは鼻を指で優しくつまみながら、こう言った。


「くっさ....」


と。一瞬、思わず滑らせた口に、誰かに聞かれていないか心配になったが、みんな酔っているせいか、誰もユゼルの言葉に耳を寄せなかった。心の中でホッと落ち着き、そのまま鼻呼吸をせずに学校までさっきよりも早いスピードで走っていった。そんな心境の中でも、心の中のどこかで、さっきの道のように街が賑わってて嬉しい、とか感じていた。ユゼルはさっきと変わらない満遍な笑みを浮かべ続けた。そうやって嬉しくなっているのもつかの間、通りすがりのおっさんの左肩とユゼルの右肩がちょうどすれ違う瞬間にぶつかった。

ユゼルは体を捻り、少し通り過ぎた場所で足踏みをしながら、ぶつかったおじさんに軽く一礼した。ユゼルは一礼後、何も無かったかのように学校の方向に向かって振り向いて一直線に走っていった。振り向く瞬間に一瞬、ぶつかったおじさんの冷たい視線がユゼルの視界に入った。まず、心配したのは親や学校の先生に先回りしてチクられないかが、心配だった。冷や汗をかきかけた。

でも、ユゼルの心の中にはとりあえず早く学校に行かなきゃいけないという気持ちでたくさんになりかけていた。

船の出向の時間は明日の朝方だが、子供のワクワク心もあり、早く、早く、という気持ちで精一杯であった。


息が荒くなってきた頃だった。

友達のノールが目前の路地裏からひょっこりと姿を表した。そして、楽しそうな声で


「ユーゼールくん!」


とユゼルに声をかけた。少し汗をかいた僕は、息が荒くなる中、足をピタッと止め、その少しの汗を新品のスーツで優しく拭った。


「ノールくん!聞いてよ!僕ね、明日から少し間、海外に旅行することになったんだ。」


「ユゼルパパは軍の隊長だもんね!」


まさしく小学生が出すような声で会話は続き、ノールとユゼルは会話をしながら、学校向かった。

その後の学校のクラスで開かれたユゼルのお別れ会はとても賑わい、最後に「また今度ね!」と言い残して、ユゼルは家に帰っていった。

帰り際、夕日が照らす方向に向かって前を見て歩いていると、胸ポケットに入れていた紙幣の1枚がクシャクシャになって出てきた。そして、その紙幣を見ると、ユゼルはあることに気づいた。


「今日、お母さんに乾パン買ってきて。って言われたんだった。今からでも近くのお店やってるかな?」


少し慌て気味になる。昼ではあんなに賑わっていた辺りは、今になっては風邪だけが吹いている。人の気配が全くないという訳では無いが、いつも通りの街の景色に戻っていた。

そんな何も無い街並みをぐるっと体を一回転させながら見渡す。店までの道である場所を見つけると、なんの予兆もなく、ユゼルはダッシュで、その道に向かって走り出した。



翌日。

少し大きめのスーツケースを持ったエルサレル1家である母親のユリス、ユゼル、父親のフーゼが港に誇らしげに立っていた。目の前には年老いた爺さんが1人、立っている。

船の汽笛と、波打つ海の音が朝の港に響く中、ユゼルの鼻に微かに海の磯の香りが入り込む。爺さんは見た感じ、父の上司っぽかった。ユゼルにとって、それはどうでもいい事だったが、横を見ると母親がニコニコとしていた。

何となく、ユゼルも笑顔を浮かべた。

爺さんはユゼルの笑顔に視線を一瞬向け、視線を父に戻すと、2度見するようにユゼルを見た。そこには爺さんの挨拶代わりのような笑顔が見えた。

ユゼルの気持ちは朝から上がり、少し遠慮気味にお辞儀をした。


「母さん。お父さんは何を話してるの?」


「無事に帰ってきます。又今度。っていう約束だね。ユゼルも大人になったらこういう紳士な人になるんだよ。」


「うん。お母さん。」


父と爺さんの声は、耳に入らないほど小さく聞こえたが、それはユゼルの勘違いだった。

五分くらいに渡る、子供にとっては長話だが、大人にとっては、ほんの一瞬の話のような会話が終わり、汽笛を無意味に鳴らす船に乗った。

エルサレル1家が乗り込んだ大きくもなく小さくもない船はテレフト国を出発し、同じ大陸の国のアメスレ国に着いた。

海上から見えるアメスレ国の景色はテレフト国とは、あまり変化が見られず、ユゼルはその景色に興味を示さず、友達との別れを惜しむわけでもなかった。

ただ、父だけが、アメスレ国を見る目が違っていた。どこか、気がかりな目をしていた。

ユゼルは横からその目を見て、父が何を考えているのか、自分なりに考えてみることにした。

これから、どうやって生活をすれば良いのか。言語は同じなのだろうか。身元を調べられたらまずいのではないか。

ユゼルの頭の中は着着と父が考えていることでたくさんになった。


気がつくと、陸地は目の前にあり、船は汽笛をテレフト国と同じようなアメスレ国に響き渡らせ、徐々にスピードを緩めた。

街にはクラッシックカーがあちこちに走っていた。あまり発展していないテレフト国では車すらあまり見ないため、ユゼルはその車に目を取られ、船から早く降りたいという好奇心でいっぱいだった。


その後、エルサレル1家は少し海から離れた街中のアパートらしき建物に住むことになった。

今思い返すと、ここまでが楽しい旅だったのかもしれない。

それからは、毎日朝9時に起きて、母親と一緒に編物の仕事をして、夜11時に寝るだけの日課だった。



アメスレ国に来てから2ヶ月後。アメスレ国はテレフト国と同盟の条約(亜照兵器開発条約)を結び、両国で化学兵器を作ることになった。たまたま、その化学兵器を開発する工場が街に近かったため、父はそこへ毎日出勤するようになった。


ある日のことだった。

父はいつも通りに母の作ったお弁当を持って工場へ出勤した。その日はいつものように空が澄んでいて、太陽は眩しく光っていた。冬の訪れを北風の寒さから感じたユゼルは、母に頼んで普通のチョッキを貰った。


「お母さんは寒くないの?」


「お母さんは大丈夫だよ。子供が一番大切だよ。お母さんにとっては子供笑顔が1番の楽しみだよ。」


微笑ましい顔でお母さんは言ってくるが、本当は寒いのではないか、なんてユゼルは思ってしまう。それでも、嬉しい言葉を貰ったおかげで、ユゼルは自分を大切にしようと思った。

朝ごはんはお母さんがホットミルクとサンドウィッチを作ってくれた。チョッキに温まりながら食べる朝ごはんはとても美味しかった。

対面してテーブルに座りながらご飯を食べる母の笑顔を見て、ユゼルはお母さんの笑顔を見るのが楽しく思えた。


「お母さん。笑顔って凄い魔法だね」


「そうだね」


優しく包み込むような口調だった。心細いユゼルの胸は温まり、まるで冬が近づいているのに、自分だけ夏のように感じた。ほどよい暖かさだった。



一方、父の働く兵器工場では、化学兵器の作成に向けて最終チェックが行われていた。

ガラスに囲まれた部屋にはミサイル型の兵器が補助用の鉄に支えられていた。しかも厳重に。ユゼルの父、フーゼはその部屋の外にある機械室のような場所で、ただ研究をガラス越しに見ているだけだった。


「フーゼさん。これ、いつになったら完成するんでしょうね。」


新しく入ってきた研修員がフーゼに話しかけた。フーゼは一瞬無視しかけたが、上司としてのプライドが許さないのか、自然とフーゼの耳はその言葉を音程まで覚えるかのように聞き逃さなかった。

そして、研修員に無視された?と思われる時間が過ぎると、フーゼは口を動かした。


「あ、あぁ。それほど厳重に、慎重にやらなければいけないのだよ。この賜物を戦争に活かすにはね。」


「まぁ、そりゃこんなに時間を費やすわけですね。」


「それもそうだが、この化学兵器の原料はあの大国ラフェーゼから取り入れたものだ。何が起こるかわからない。」


「あの、世界最深部まで掘り続けることができたあのラフェーゼですか。そりゃ、どの物質の鉱石が来て、どのような被害をもたらすか分かりませんもんね。」


ガラスの向こうでは白衣を着た研究者たちがバインダーを片手に持って黙々と作業をしている。フーゼ達もまたその姿を黙々と見るだけだった。

フーゼはこんな暇な時間が苦痛に思った。普通の人なら暇な時間は平和でいい、と声を上げるのに、フーゼはそうは思わなかった。



お昼休みの頃


フーゼは仲良くなった先程の研修員とご飯を食べることになり、近くの出店でパンを買い工場の近くにある湖のほとりに行った。木製のベンチが3つほど、湖の岸に沿って並んでいる。

フーゼと研修員はベンチには座らず、木が生い茂っている森の中を歩きながら、パンをかじった。

2人とも、喋りたいけど、妨げたらまずい、という気持ちでいっぱいでなかなか話出せなかった。

そんな中、ミミズを襲うアリを見つけた。研修員は何も無いかのようにその上を歩こうとするが、フーゼはその前にしゃがみこみ、あと2歩ぐらいでアリとミミズを踏む直前で、研修員の足首を掴んだ。


「....え?」


研修員は困惑した。フーゼに何が起きて、何が体をつき動かしているのか、不思議に思った。

しかし、2歩先を見ると、アリの大群がミミズを襲っているのが目に入った。フーゼはこれに何を求めているのか、研修員には全く分からなかった。

フーゼはそのまま、アリとミミズを見続けた。いや、見守り続けた。

そして、ミミズが動かなくなると、フーゼは今だけ硬い口を動かした。


「平和という基準って、人間そのものだと思うんだ。」


急に研修員に問いかける。研修員は、おそらくアリとミミズの事に関係があるのだろうと、大体は察していた。それでも、このフーゼという男が研修員に求めているものは分からない。


「....というと?」


「今のように、アリやミミズ、その他の動物は生きることに手一杯だ。そう考えると、人間は、同じ仲間が同じ仲間を動かし、仲間同士でその喜びを分かちあっている。人間は愚かながら平和を作っているんだ。簡単なことだろう?」


「....はぁ。」


研修員は戸惑いを隠せない、言っていることの大筋は理解できるが、やはり求めているものが分からない。この話を食物連鎖の話、という題名で片付けるならまだ分かる。しかし、短すぎる付き合いだが、フーゼはこんな生易しいことを求めてはいない事が大体分かる。

研修員の脳内で「分かる。分からない。」が行き乱れる


「ま、まぁ、確かに今のアメスレ国の人間たちを見ると平和なのはよくわかる気がします。」


間違えたら一巻の終わり、とも考えていたのだろう。当たっているか分からないけどとりあえず口に出してみた。


「でも、確かに今の俺の考えはただの感情論に過ぎないのだろう。ただ、俺はインパクトが欲しいんだ。人間が平和というのが他の生物から見たら醜いだろう。」


だいたい理解出来てきた。この男は刺激を求めているのだ。研修員の中でそうやって自己解決した。でもおそらく、この問いかけに答えはないのだろう。「刺激を求めている」という答えになると最後の部分の問いかけと辻褄が合わない。とりあえず僕はひたすらに頷くだけだった。

そして、アリが人間から見たら小さな刃で、死んだミミズを解体し始めたのだ。フーゼはこれ以上、これ以下を求めていないのか、見るのをやめて立ち上がった。


「そろそろ帰るか。」


そう一言を放って、工場の方向へ歩き出した。

そんな時だった。辺りを優しく包み込むような光が眩しく、視界を遮った。その後に来たのはとてつもない轟音と木が思いっきり揺れる音だった。

急すぎて何が起きたのか分からない。体はどこかへ吹っ飛ばされ、近くの湖の水は全て蒸発するかのような勢いで水しぶきを上げた。

何も見えない....

何も見えない....

何も見えない....

なにか見える....

なにか見えた....

何も見えない....


暖かかった。


_______________________________________


あの光は、どうやら化学兵器に恐れた人達や反対派の人達の過激なデモによって、研究員達が誤って事故を起こしてしまい、その化学兵器が爆発したらしい。

そして爆発直後、ユゼルと母親ユリスは、港に逃げようとした。しかしユリスには、爆発現場が父の職場であるとこがわかり、母は1人、港へと流れる人混みに紛れて、逆の方向の爆発した山の工場へと向かっていった。ユゼルはそのまま港へ人混みに押し流されて行った。

その後、港町の住宅街の隅でユゼルは1人寂しく母と父の帰りを待っていた。その時、目を疑う光景を見た。

右腕から血がダラダラと出ている父の姿を見つけたのだ。しかし、そこに母はいなかった。



建物の陰に隠れているユゼルと船に乗り込もうとする人混みに紛れた父と一瞬、目が合った。その時の父の目はどこか希望を持っているように輝いていた。

そして、父は何も無かったかのように、ユゼルを置いて船に1人で乗り込み、テレフト国へ逃げた。



その後、母は帰ってくることがなかった。爆発から数日経って、あるものが確認された、それは白く腐敗しながら人を襲う化け物だった、姿と形は人間や犬、その他の動物と同じで、科学者たちはすぐに研究に取り掛かった。化け物の名前は腐敗生物となんとも言えぬネーミングを感じる名前になり、街への被害拡大を防ぐために国は周囲の国と協力して堤防を作った。堤防の手前には川を作った。腐敗生物の弱点は水だということが科学者たちの研究により分かったのだ。


そして、1人になったユゼルはそのまま孤児院に引き取られた。そこには爆発や腐敗生物の被害で親を無くした子供で溢れていた。

毎日がつまらなくなり、家族と触れ合うような温かみを感じる生活は一切無くなった。そんなどん底から救い出してくれた人がいる。今でいう親友だ。その子の名前は アデス・ショカ という名前だった。いつの間にか話すようになり、いつの間にか、仲良くなっていた。

この頃は幼稚すぎて一切気づかなかったが、いつの間にかアメスレ国は徴兵令を出していた。大きくなり、このことを知った僕らは軍隊の学校に通うことになった。

そして今では、アメスレ国腐敗生物駆除隊と呼ばれる軍隊の戦士になった。アメスレ国を守れることを誇りに思っていたが、それとは逆に吐き気を催すほどの苛立ちがユゼルの中に留まり続けていた。その苛立ちが解消されるためには、いつか父への復讐を果たすという、自分でも気持ち悪いと思う目標だった。



【補足説明】

・今回の爆発事件から検出されたウイルスは動物から動物へと感染し、感染したものは体が白くなり、ゾンビのような状態になる。病原体の名前は心臓通信(別名DR2B)と呼ばれた。常に炎のような温度を体内で保っているため、水に弱いことが判明している。また、心臓通信は元々鉱石由来のため、その鉱石は世界的に発掘が禁止されるようになった。

・腐敗生物駆除隊は、堤防のおかげでただ見張りをするだけの簡単な仕事になっている。また、適度に堤防内の腐敗生物の駆除が行われている。腐敗生物の出現は世界でここだけのため、アメスレ国と友好関係のある国は年々、かなりの軍費を支払っている。



ユゼルの昔話はここで終わりだった。

そして今現在、腐敗生物の中でも水という弱点を克服した腐敗生物が現れ、堤防は破れかけている。

4畳ほどのコンクリートで覆われた部屋で、ユゼルは胸にアメスレ国のワッペンが着いた黒の軍服を着た。腕を思いっきり袖に通し、さっきまで座っていた椅子の下にあるライフルを手に取った。


「よし....行くか....」



例の水を克服したという腐敗生物は堤防手前の水を家などで埋めつくし、今現在、大群を引き連れて街に攻め込んできていた。

ユゼルは扉から勢いよく出て、外に出た。横を振り向くと、三体ほど前から迫ってきているのが分かった。人の形をしていた。もちろん身体中が白く、所々から火を吹いていた。


「お!やっときやがった!」


先に戦っていた先輩のような存在の仲間が言う。腐敗生物特有のゾンビみたいなうめき声が徐々に大きくなる。手が少しジメジメしていた。手元を見るとライフルに手汗が染み付いている。緊張しているのか。それとも、恐れているのか。ユゼル自身にも分からなかった。

ライフルの引き金を引こうにも手が震えて引けない。

実戦経験ゼロで訓練のみでここまでのし上がってきたユゼルは、もしものリスクを考えるようになってしまった。

深呼吸をつき、体を落ち着かせる。

そして、引き金を震える手で勢いよく引く。


「オラッ!」


発射された銃弾は腐敗生物の胸の当たりを目掛けて飛んでいく。周りの先輩方も後を追うように腐敗生物に目掛けて銃を打った。

腐敗生物からは赤い血が飛び散り、地面に垂れる。血から湯気が出る。

1マガジンの弾を打ち切り、ライフルからカシャと音がした。腐敗生物はまだ生きていて、こっちに徐々に近づいてくる。

すぐにリュックから新しいマガジンを取り出し、ライフルにリロードする。まだ、手が震える。こんなに恐れている自分がみっともなく思えてくる。

マガジンがやっとの思いでライフルにはまり、もう一度腐敗生物に銃口向けて、引き金を引く


「ユゼル!もう一回だ!」


「分かってます!」


焦っているユゼルの口調はいい加減だった。しかし、先輩方はそれを無視し腐敗生物の撃退に専念している様子だった。思わず吐いた軽々しい口調に少し後悔気味のユゼルも腐敗生物に向けて銃を打ち続ける。

もう1マガジン打ち切る寸前で腐敗生物は次々と倒れていき、そこにいた三体を殺した。

ユゼルたちは息を揃えて「ふぅ」と落ち着いた。

そこに、僕たちの部隊の体調が後ろの道路を横切った。


「お前たち!まだまだだ!安心している余裕なんてない!足を動かして殲滅しろ!」


そう声を掛けてきた。声に動かされるようにユゼル達の足はそれぞれの場所に向けて動き出した。

ユゼルは走りながらもリロードをして、次の場所へと向かう。建物の影からひょっこりと顔を出すと、仲間たちが腐敗生物にやられていく様が目に焼き付けられた。

人間の肉をくったり、必要以上に死んだ人を痛みつけたり、それぞれ殺し方は違かった。


「くそっ!」


ユゼルは口に嫌味を吐き出しながらも、腐敗生物に向けて引き金を引く。

その場にいたのはユゼル1人だけだった。しかし、そのことすら頭に入ってこないユゼルは必死に戦う。狂った頭を動かして、どこを撃てば一撃で倒せるか考える。


「頭が真っ白のようだね。ユゼル。」


目の前にいた腐敗生物が一斉に倒れていく。増援か?と思い、後ろを振り返るが誰もいない。


「こっちだよ。」


前の方からだった、倒れる腐敗生物の向こうには男の子とは思えないボブカットの男の子のショカがいた。


「ショカ!!」


「ユゼル。安心している余裕はないよ、次がいる!」


ショカは1人で更に向こうへと走っていった。1人だと心細いユゼルはショカについて行った。

少し走ると、ショカは前から来た仲間と何か話していた。

話が終わるとショカはユゼルの顔を見て、頷いた。何も分からないままユゼルも頷き、どこかへ走っていくショカについて行った。どんどん前に突き進むショカの後ろ姿はどこか、自分が望んだ姿のように見えた。そう考えると、ユゼルは自分がどれだけ情けないかが分かってきた。

ショカの足音がどんどん遠くなっていく感覚がした。

置いてかれるのが怖くなってきた。でも、そこから逃げ出すのは更に情けないと思った。では、自分はどうすればいいのか。自問する。ショカを超える?ショカと足並みを揃える?それらしい回答が見つからない。


「ユゼル!前を見て!」


答えはこれなのか?

でも、それは現実であった。目の前からは他の腐敗生物とは明らかに熱い火を隙間から吹いていた腐敗生物がこっちに近づいてきていたのだ。


「こいつが....今回の発端か.....」


目の前に現れた腐敗生物は、もちろん人型だが、所々四肢がおかしくなっていた。腕にはトゲ、足は3本指、そして少し青気味の白色だった。


「全班に伝達。余裕のあるものは加勢を!!」


と1人の隊長が言うと、働きアリのように足を動かして、2人くらいどこかへ行ってしまった。今、ここで戦える人はユゼルとショカと一部隊(5人ほど)だった。腐敗生物はゾロゾロとこちらへ向かってくる。ユゼル達の出方を伺っている感じだった。

腐敗生物は手のひらをこちらに向けた。カサカサした手のひらの肌が徐々に白色に戻っていき、パキパキと隙間ができ始めた。

ユゼルはこれから起こることに何となく察しがついたが、体が動かず、何も出来なかった。


もちろんその察しは当たり、腐敗生物の手のひらから炎がこっちに向かって勢いよくやってきたのだった。ユゼルの真横をチリッと音がした。

頬が熱く感じた。

思わず、「あっつ!」と声を上げてしまい、頬に手を当てた。反射的に体が動き、炎から離れ、尻もちをついた。


「大丈夫?!」


とショカがユゼルの肩を手で抑えながら言う。ユゼルが後ろを振り向くと、ショカが。しかし、逆に前を向くと、炎が引いて、人の焼死体が転がっていた。

それを見たユゼルの目は固まっているのか、動いているのか、分からなくなり、体は完全に硬直してしまった。


「気を向けろ!まだ煙で敵が見えない!」


向こうには建物の横にあった木製の箱に立っている3番隊の隊長が、受け身の体制で待ち構えている。ショカは無理やりユゼルを立たせようと腕から持ち上げようとするが、何故かユゼルの腕はショカの力強く握った手を スルッ 抜けていってしまう。


「お前ら早くた....!!」


隊長の声が途切れた。ユゼルは咄嗟に顔を上げると、後から木片が飛び散る音がした。煙で何も見えない。ユゼルの体の硬直はほぐれ、いきなり立ち上がった。


「なに、今の音....」


ただ、ユゼルの目だけは硬直しているような感じのままだった。体は動くのに、体を動かせない。いや、自分で動かそうとしていないのか?


煙が引いていき、じわじわと向こうの情景が目に浮かぶ。残っていたのは木くずと少量の血だった。ショカは少し体を動かし、遠くから覗くように、建物の表面を見る。

レンガ造りの壁があっさりと破壊されていた。周りのレンガの先には血痕があった。


「....ッユゼル!!」


訳もなくユゼルを呼んだ。ショカ自身でも何故呼んだのか分からなかった。

しかし、ユゼルの応答が無かった。とてつもない不安と緊張が喉まで登ってきて、咄嗟に横を見た。そこにはさっきまでいたはずのユゼルはいなかった。


「ユゼル!?」


ショカは必死に辺りを見渡す。すると、ユゼルらしき雄叫びと銃声がショカの耳に同時に響いた。まさか、と思いショカはもう消えかけの煙の中へ突っ走って行った。

入ってすぐだが、煙は完全に消えた。正面にはさっきの青い腐敗生物とユゼルが戦っていた。

見た感じ、ユゼルが優勢な感じで、腐敗生物は1歩も手出しできていなかった。いや、でもさっきのように、何かを貯めているのではないか。そう考えていた。

それに比べ、考え無しに突っ込んでいくユゼルの歯はギリギリとしていた。


「ユゼル!そいつはさっきみたいに炎を体に取り込んでるかもしれないから気をつけて!」


ショカがそう言っても、全く聞く耳を持たないような感じだった。ライフルを脳なしに撃ちまくり、それに対し、腐敗生物はジリジリと後ろに退いていっていた。ショカの勘だが、優勢に見えてもまずい、と感じていた。ショカはユゼルの方へ一目散に走っていき、手にずっと持っていたアサルトライフルを構えた。


「ショカ!?」


という反応とともに、ユゼルは打つのを辞めた。ショカは呆れた顔をしながらユゼルに変わってライフルを撃ち続けた。


「ユゼル!勘だけど、あいつは体内に炎を貯めていると思う。だから、さっきみたいに手のひらを前に出したら炎が襲いかかってくると思って。」


ユゼルはこくりと深く頷き、素早くライフルをリロードして、また撃ち続けた。

そんな時、予想は的中したのか、腐敗生物は手のひらをこちらに向かって出した。


「来た!」


ユゼルは大声で言うと、右に並ぶショカの右肩を思いっきり押して、吹っ飛ばした。同時にユゼルも建物の側に逃げ込み、手のひらの射程内から逃れた。

あっさりと避けられた。と安心していたその時だった。腐敗生物の手のひらは炎を放たずにユゼルの方に向けて動いた。


「まさか!?ユゼル!逃げて!」


ショカは咄嗟に声をかけた。ユゼルはその声を聞いて、まるで殺人鬼から逃げるかのような、なんとも言えない逃げ方で、ショカとは真逆の方向に向かって走っていった。ユゼルにさっきまでのような焦りや緊張は無く、手汗はいつの間にか収まり、ライフルの引き金で冷たいただの水へと変わっていた。

腐敗生物の手のひらからユゼルに向かって炎が刻み刻みに大砲のように飛んで行った。

5発ほど普通に避けたり、木くずを盾にして避けたりしたところで、ユゼルのリュックに炎が当たり、チリチリと燃え尽きた。

ユゼルは咄嗟にリュックをその場に投げ捨て、壁に向かって走っていった。壁に当たる寸前、ユゼルはジャンプをし、壁に向かってもう一度ジャンプをした。そう、某ゲームで言うところの壁ジャンプだ。

少し遠めから見るショカは口を開きながら、唖然としているだけだった。

そして、見事に綺麗な壁ジャンプをしたユゼルは空中でスローモーションにしても目に追えないほどのスピードでライフルを構えて、照準を腐敗生物の心臓らへんに当てた。


「ここだ!!」


引き金を引き、銃弾が飛んでくる火の玉を避けて、腐敗生物の心臓へ向かって一直線に向かっていく。

ズキュュュン

見事に腐敗生物の心臓に当たり、血が腐敗生物の体から吹き出た。


「おぉぉぉぉぉぉ!」


ショカはただ唖然として見ていただけなのに、そのユゼルの神々しい倒し方を見て、とてもとは言いきれないほど感動した。


「よっしゃあ!」


もちろん、ユゼルも自分の神々しい倒し方をして、自分を自分で褒め讃えたい気分が込み上げた。着地と同時にガッツポーズをして、何も無い方向にスライディングした。

何だか、自分の元気が戻っていき、ただひたすらに訓練をしていたけど、どことなく青春を感じていた陸軍の学校の時のような楽しさが、この腐敗生物の駆除に込もった気がした。

そんな、喜んでいる時、気づいたことがひとつあった。

普通の腐敗生物なら倒した後、すぐに塵になって消えていくのに、この腐敗生物は原型を保ったまま、膝立ちしていた。しかし、見た感じだと意識はなく、死んでいるように思えた。


「あれ?」


2人だけだが辺りは静まり返り、ただ2人揃って目を腐敗生物に向けるだけだった。

その瞬間、一瞬だけ腐敗生物の心臓部分から光の柱のような物が天に向かって走っていった。しかし、その幻想的な一瞬が終わると次は腐敗生物本体が爆発した。

急な爆発にユゼルとショカは巻き込まれなかったが、驚いたのか、視線を逸らした。

そんな時「大丈夫か!?」という声が耳に入り、ショカの方を見る。すると、先程伝達してきたのであろう、戦闘部隊が駆けつけた。

普通なら「遅いよ」などと考えるが、ユゼルはその光景を見て、何だか安心した。


「おい!ここ!メリフ先輩が死んでるぞ!」


と泣きかけながら話す輩もいた。それは、さっきの壊れたレンガ造りの建物の中だった。

無傷の僕はすぐさまそこに駆けつけ、その光景を目の当たりにした。

血まみれだった。そこで、自分たちがさっきまであんなに喜んでいたことを初めて悔やんだ。目から涙が少し出始め、周りの声が聞こえなくなっていく気がした。


自分があんなに怖がりじゃなければ、この人は助かっていたのかもしれない。死ぬのを目の当たりにするというのは責任が大きい。どうやっても償えないことだ。

そう感じると、ユゼルは自分の愚かさを改めて知った。


「くそ.....」


隊服の袖で少しの涙を拭うと、ユゼルはライフルを片手にどこかへ走り出した。



「撃てぇ!!」


声と同時に、大砲の砲撃音が腐敗生物を取り囲む堀の中へと響き渡る。真ん中にある建物など無視するように破壊しながら大砲は腐敗生物が集まっているところに着弾して爆発した。

堀の外側に沿った堤防の上には何門もの大砲が並んでいた。その何門もの大砲が息を合わせて堀の内側に集まった腐敗生物に向けて集中砲火していた。

そこに、1人のクールな顔つきの男が堤防の外側からやってきた。両手には拳銃のようなものを持っていた。そんな彼の名はルーケス・テイフという名であった。


「第1戦闘部隊及び、他の戦闘員2名により元凶の腐敗生物は排除。それによる死者は3名だそうだ。」


落ち着いた口調で、大砲を整備している同じ黒い隊服の戦闘員に話しかけると、戦闘員はこくりと頷いた。

テイフが堀の方を見下すように見ると、水を克服した腐敗生物によって出来た瓦礫の橋は既に撤去されていた。


「なるほど....これでもう、外には出てこないか....」


「あぁ、あとは外にいる奴らを排除すれば俺らの勝ちは確定だ。」


「あんがい、すんなり行ったな」


「ただ、油断は禁物だな、テイフさんよ。」


テイフはほぼ終わったも同然の戦いなのに、何だか不安そうな顔をしていた。普段のテイフには見られない表情だった。そばに居た戦闘員はテイフの顔を伺うが、その表情を見ているとテイフの表情に釣られて、自分も不安になる気持ちだった。


「ど、どうした?浮かない顔だな。」


何かに焦って、適当に出てきた言葉を並べて声をかけるが、テイフからの返事はない。返ってきたのは、ただの風の音だった。数秒間の沈黙が起こった。

ドォォォォン

遠くから爆発でらしき音が聞こえた。焦りまくっていた戦闘員は、その衝動で音のした方に、普通ではありえないほどの早さで顔を無理に振り向けた。音のした方を見ると、家や瓦礫、土が飛び散る情景が目に焼き付けられた。

思わず、「なんだあれ。」という言葉を無意識で発すると、テイフはその景色すら見ずに音の方向に、一直線に走っていった。


「お、おい!テイフ!?」


あまりに急すぎて、テイフを止めようとするが、もう堤防から走って降りるテイフの姿はそこには見えなかった。


テイフは音のする方向に一直線に走ると道中に群がる4体ほどの腐敗生物を見つけた。ちょうど道中にいた腐敗生物も音の方へ向かっているようだったが、そんな腐敗生物にテイフは背後から足音を出来るだけ立てずに走って近づいて、建物の横にぺったりとくっついて置いてある木箱の上からジャンプし、両手にある合計2丁の拳銃を腐敗生物に向けた。


「豆鉄砲でも食っとけ!」


引き金を引くと、かなり早いスピードで連続して銃弾が発射された。そう、この2丁拳銃は対腐敗生物ように作られた、初の銃である。設計や作りが複雑で、この世界にひとつしかないものである。そのことから、強いが生産できない銃とも言われている。

そして、その銃弾は腐敗生物の至る所に飛んでいき、ついには、動くのすら難しいほど、銃弾を腐敗生物に打ち込んだ。それをテイフは飛び越え、無視するように進んで行った。テイフにとっては、もはや、雑魚の腐敗生物はただの風と同じ扱いのようだった。

倒された腐敗生物は走りゆくテイフの背後で虚しく塵になって散っていった。



一方、ユゼルもまた音のした方向へと1人で走っていった。

所々、瓦礫が飛び散っている街中を音のする方向へ走っていると、周りからいくつもの足音が聞こえるようになってきた。おそらく、いきなりの出来事でパニックになっている人の中、勇気を振り絞って足を運んできたのだろうり

ただ、ユゼルはその中でも違った。さっき間近で見た他人の死とその周りの悲しみや悔やみを見ていると、自分はもっと活躍しなければ、自分の価値観を高めたい、死んだ人の仇を取ってやろうと思っていた。

単純すぎる脳死突撃を繰り出すユゼルの体に自分自身も同意している感じだった。


そんな時だった。グォォォォォ!!!と雄叫びが聞こえた。もう、少しでアイツに接近するだろう、と身と心を構えながら、ライフルのサイトに目を添えながら、ゆっくり横移動する。

すると目の前の建物と建物の間を、3本指の青い腐敗生物が横切り、人間といえば人間に見えるが、一瞬見るだけだと怪物にも見えた。その通りに顔も人間離れしていて、到底素体が人間であると言われても分からないほどに至っていた。


「なんだ....なんなんだ?....あいつは....」


さっきまで仇やら価値観やら、何かを求めるために怖くても戦うと決心していたユゼルはその心の中にはいなかった。いたのはただ、目の前の事実を恐れ、逃げようとする無様な自分だった。

手が震える、などのレベルの怖さではなく、死という事実の恐怖に対して、身も心も硬直し、震えるどころではなかった。

目の前の景色が眩み、少しずつ視界が狭まっていく。

そんな中、足音が微かに聞こえ始め、徐々にこちらに近づいてくる。人の足音だった。この状況下で近づく人は大馬鹿者だと思っていた。それなのに、足音は例の腐敗生物を目掛けて近づいていくばかりだった。ユゼルはその場に気絶した。


目に映るだけで人を圧倒する力を持つ腐敗生物に単騎突撃をするのはテイフだった。二丁拳銃を両手に構えて、勢いよく腐敗生物に向かって走っていく。


「いけっ!!」


という声と同時に、二丁拳銃から弾を発射しながら、腐敗生物の左横を体の向きを腐敗生物に向かせながら斜めにして、空中に浮きながら勢いよく通りかかった。拳銃の弾は全て腐敗生物に命中した。

さすがに、テイフでも敵わないと思ったのか、テイフはすぐ側に気絶しているユゼルの方へと走って向かい、ユゼルを下からすくい上げるように持ち、腐敗生物の様子を伺った。

腐敗生物は打たれたところが気になるのか、弾を打ち込んだ腰あたりを手で押えていた。

テイフはユゼルを抱えたまま、静かにどこかへ撤退して行った。

周りには誰も隊員がいないようだった。


<補足説明・情報>

エルサレル・ユゼル

男 17歳 血液型 A型

アメスレ国腐敗生物駆除隊 第3部隊 一般兵


アデス・ショカ

男 17歳 血液型 O型

以下同文


ルーケス・テイフ

男 22歳

アメスレ国腐敗生物駆除隊 第1部隊 隊長



後ほど、腐敗生物は行動を停止し、全隊員は撤退した。

そして奇遇にもあの例の侵略者の一部を持って帰ったという隊員が現れ、アメスレ国腐敗生物専門大学は総力を上げて研究を行うことになった。


とある病室にて、ユゼルは少し錆びれたベッドに寝込んでいると、ふと意識を取り戻す。


「あ!起きた!」


目の前には木の椅子に座ったショカがいた。子供のように跳ね上がって喜んだ。自分が起きたことにそんなに嬉しいのか、などと思っているけど、こんなことを口に出すと、今のショカの気分を台無しにしてしまうと思って、必死に喜ぶショカを暖かい目で見守った。

数秒間と謎の雰囲気が2人だけのコンクリで囲まれた部屋に漂った後、ショカは何も分かっていない顔をしていたユゼルに今まで起こったことを順を追って説明した。


「まず、あの腐敗生物はどうなった?」


「あぁ、それの事なんだけど、謎に活動停止して今は動いていないんだ。だから、見張りを1時間おきに交代制でやらなきゃ行けないんだ。で、その順番的に1時間後は僕らなんだ。」


ユゼルはさっき、ショカがあんなに喜んでいた理由がやっとわかった気がする。とりあえず、あの舞は自分が起きたことへの喜びではなかったことは確かだ。


「そうか....とりあえず後で頑張ろうな.....」


気を取り直して表向きな声を掛けた。



腐敗生物専門大学研究部専用施設


「これが、腐敗生物の一欠片か....」


「足りなかったですか?」


「いいや、上出来だ。研究材料にしては余るほどだ。」


暗け広い部屋の真ん中に、5人くらいの白衣を着た研究員がライトアップされた大きめの四角い研究机を囲んでいる。研究員たちの目先には蒸発皿の上に湯気をたちながら、白い腐敗生物の破片が置いてある。破片には白い肉がくっついて僅かに血がついている。

1人の研究員が片手にピンセットを持って奥からやってきた。ピンセットを横にいるメガネをかけた若い男に渡した。微かに消毒液の匂いが鼻に入ってきた。

男はピンセットで腐敗生物の破片を摘むと目に近づけて、肉片を片目でジロジロと見た。


「んーー?」


なにやら、悩まされているようだった。


「ラフェーゼから貰ったあのライフェス鉱石を出してくれないか」


「はい」


男は胸ポケットから金属で作られた、いかにも高価そうなルーペを取り出し、目に近づけてさらに目視した。右手を横に高くあげると、ちょうどライフェス鉱石という赤く染まった鉱石の破片が入った蒸発皿を持ってきた研究員がそれを男の手の上に乗せた。

優しく包み込むように男は下からお茶碗を掴むように持って自分の横に置いた。

そして、横に置いた鉱石にすぐに目を移した。

沈黙の時間が何秒も続く中、男はあることに気づいた。


「先生....どうですか?」


恐る恐る1人の研究員が熱中している男に話しかけると、ゆっくりと胸ポケットにルーペを戻し、4人の研究員の顔を見て話した。


「私の予想通りだ。」


「というと?」


「このラフェーゼからの鉱石と腐敗生物の物質は非常に近いものだ....通常の腐敗生物だといくつも異なる点が肉眼で確認できるが、逆にこっちは異なる点が肉眼では見つからず、同じ点がいくつも肉眼はもちろん、ルーペでも沢山見られる。つまり、今回唐突ながら出現した通常とは異なる腐敗生物は腐敗生物が出現した元凶と呼ばれるアメスレ国化学兵器感染事件で1番最初に出現した腐敗生物だ。」



時計の時針が6時丁度を指す頃、ユゼルとショカ達、第3戦闘部隊は研究関連の人からなんの情報も受けずに例の腐敗生物の感じに向かった。

何も焦ることがなかったのか、それとも何も起こらなくて気持ちが落ち着いているのか、2人はゆっくりノソノソとコンクリート張りの腐敗生物駆除隊の本部の廊下を隊服を着ながら歩いていた。

そして、大きめの昇降口から靴を取り出した。

ショカがユゼルの靴を取り出す横顔を確認すると若干圧がかかる厳つい感じの目付きだった。


「そういえばさ」


ショカが何となく口に発したが、これ以上日常の会話をしていてと、ユゼルの表情は戻らないと思ったのか、喋るのをやめた。

しかし靴を履いて外に出る途端、


「そいえばさ』なに?」


と話に気を持ってくれた。表情をチラッと目線だけ動かして確認すると、あまりさっきと変わらなかった。でも話に気を持ってくれたのはショカにとってかなり嬉しかった。

話の続きをゆっくりと口を開くように話し始める。


「僕たちがまだ腐敗生物駆除隊に入る前、僕のお母さんと一緒に暮らしていた時期があったじゃん。あの時、車が展示されている公園に行ったとき、ユゼルだけ車に興味深々だったじゃん。車がいつまで経っても落ち着かないユゼルの顔を取り戻してくれたじゃん。」


「あぁ、そんなことがあったよな」


「そう。だからさ、大人になって車を運転できるように今はとにかく生きることだけを考えようよ。裏切られた国を攻撃するなんてことはいなくていいから。だってこの世界には色んな人がいるんだから....」


ショカは何か夢を見ているようだった。

ユゼルはハッと我に返る。今思い返すと、こんなに楽しそうなショカの笑顔を台無しにしようとしていたさっきまでの自分がみっともなく思えてきた。


「そうだな。ショカ.....いつか車に一緒に乗ってどこかにドライブでも行こうか....」


少し口も開かずに足を例の腐敗生物が眠っている場所まで向かった。

既に第3戦闘部隊は腐敗生物を取り囲むように立って待っていた。例の腐敗生物はさっきと同じく、大きく、青かったが、そこそこ青さが薄れていた。横の木造の一軒家の2階の半分くらいまで半壊させながら尻もちをつき、眠っているようだった。


「トドメを指してしまえば.....」


ユゼルはそう発言したが、その発言をかき消すようにショカが


「いや、いまは無茶に手を出すなという上官命令が出ているから攻撃はしない方がいい。」


「そうか....」


怒りを抑える。その動作がユゼルにとって、この状況下にとって、恐怖という感情をを頭にに滾らせた。

沈黙の時間が続き、ただ監視しているだけのことに疲れていると感じていてたショカは近くの建物の外壁に肩をよらせて眠ろうとしていた。

しかし、ユゼルはただ何も起こらないものに対して警戒心を抱いているだけだった。

さらに沈黙の時間は続いた。

そんな時だった....


ユゼルの脳内に何かが走ったかのようにユゼルは自分の頭を抱え、呻き声を上げ、地面にライフルを落として跪いた。


「ぅぅううう!$$%!」


ユゼルの脳内には謎の声が響き渡る。


「①②命令を告⤵︎ ︎る。1㈰¥前。センター$iv+バ_,,,,研究施√О-/司令部にてN○||\00バ☆・:の研究中に%|÷÷炭素反〒&#認。総員、?!!地下センター射出$+ЖЖにて集合。」


何かの記憶だった。聞こえたのはこれだけだったが、こんな未来的な音声や単語。そして、意味のわからない単語もちょくちょく聞こえた。

これは、なんなのか....誰かの記憶か....それとも....

そんな時、腐敗生物が目を覚まし、ユゼルの方へ向かって歩いてきた。


「ユゼル!!起きろ!」


ショカが必死に声をかけるも、ユゼルはユゼルで必死に自分と戦っていた。ユゼルの目の前には腐敗生物がもう迫っていた。他の第3戦闘部隊の人達は上官命令を逆らうのがよっぽど怖いのか、ユゼルを助けに行くことすらままならなかった。

腐敗生物の手が徐々に膨れ上がっていき、地面に跪いたユゼルを掴もうとする。


「ユゼル!!」


ショカは必死に叫んでいるだけだった。

腐敗生物の手はユゼルに触れた瞬間透明になり、3本指の大きく膨れ上がった手の中にユゼルを包んだ。そんなユゼルは気を失っていて、何も出来ない状態だった。

腐敗生物が雄叫びを上げ、辺りに轟音が響き渡る。

ショカや周りの人達は思わず耳を塞ぎ、ライフルを下に落とした。

そして、腐敗生物の大きな手から白い球体が出現し、徐々に大きくなっていった。

ユゼルと腐敗生物が完全に見えなくなるほど大きくなった球体は白い稲光を発生させ始めた。


「どうなってるんだ.....?」



Miracles can be changed. The timeline is also a miracle.



ユゼルは気づくと辺り1面が水の上に立っていた。流石に困惑を隠せず、当たりを見渡す。周りを見ても、永遠に続く地平線だけだった。すると、ユゼルの背後にお母さんがいることに気がついた。


「俺、死んだのか?」


母と再会できたのか、思わず目がうるっとした。母は研究員が着るような白衣を着ていて、腰に手を当ててこっちをずっと見ていた。

足が勝手に動き始め、水面上に水しぶきを上げながら、母親に向かって走っていった。

抱きつこうとした瞬間、母親の姿は消えていた。

あれ?と思って後ろを振り返ると、そこはどこかの部屋だった。白いコンクリートの部屋の端にL字型の机が並んでいた。

なにやら、カタカタしている音が聞こえた。誰かがPCをいじっている?PC?なんでこんな物の名前を知っているのだろうか。見たことがないものがどんどん頭に浮かんでくる。

気がつくと、ユゼルはL字型の机の回転するイスに座っていた。目の前には明るく発光するPCの画面があった。

右手にはマウスがある。見たこともないのに、分かってきてしまう。

PCの画面にはワープロで何かが書かれていた。


『君だ』


それだけだった。


_______________________________________


12年前。

腐敗生物がアメスレ国に出現したと同時に、テレフト国に援護に来てもらうようにアメスレ国に助けを求めに行ったが、あっさりと断られ、その時の元帥であったエルサレル・フーゼがアメスレ国とテレフト国の同盟、亜照安全保障同盟を断ち切り、アメスレ国にとってテレフト国民は裏切り者とされていた。

ユゼルはその国外逃亡を図り、ユゼルを1人置いていった父のおかげで軍隊の仲間からは迫害を受けていた。

しかし、そこには友達という名の手があった。

その手は暖かく、自分の心を和らげてくれた。

荒んだ心を癒してくれた。そんな人を報いたい。

恩返しをしたい。

俺は.....まず俺の使命を全うしたい。

俺の目的はそれからだ....


_____________


「ユゼル....」


建物の影から辺りに強風と轟音を起こす腐敗生物が産んだ球体をショカは見ていた。

しかし、しだいに球体は縮んでいき、光と風は縮むにつれて収まっていった。

縮んでいく球体の下に白い円が出現し、球体はそこに沈んでいくと共に消えていった。

中からは白く腐敗化しながらも所々が裂けていて、火を吹いている自分の意思を持ったユゼルが出てきて、下を向いたまま地面に着地した。もちろん隊服は黒色のままだった。しかし、隊服は所々破けていた。

目付きは悲しい感情で満たされているようだった。一体何があったのか、その場にいる誰もが検討がつかず、ただ目を丸くして見ているだけだった。

地面をただ見続けているユゼルの背中からただのぐちゃぐちゃした黒色の線が生え始め、十字架のような物が空間に書かれた。手抜きのような、赤ちゃんの落書きのような十字架をユゼルは手に持ち、地面に強く十字架を突いた。


キュワァァァァァン


誰かが叫ぶ声のような音がすると同時に、腐敗生物を取り囲む堤防に取り囲まれた壊れた1つの街の上に透明で中から白い稲妻を発する球体が現れた。

さらに球体の上に白い円盤のようなものが現れ球体と合体した。その形はまるで土星に似ていた。球体に吸い込まれるような風が真下にある街から球体に向けて吹き始め、その街に留まっていた腐敗生物や周りの壊れた建物、動植物が全て球体に吸い込まれていった。竜巻のように吸い上げていく街を見ていたショカは横からの足音に気づいた。


「ショカ....あとは俺に任せろ....」


ユゼルはその一言を放った。


_________________________

あの後はあまり記憶が無い。気づいたら、家のテーブルに枕を置いて、その上から頭を乗せて寝ていた。起きるとそこはもう朝だった。

ユゼルと同居している家に人影は無く、ただ一輪の百合の花が窓辺の瓶に手紙の封筒と一緒にあった。

目を擦りながら、キッチンの窓辺の手紙を読みに行き、ゆっくりと手紙の封筒を開ける。


『ショカへ....

君にはとても迷惑をかけた。死にそうな時にはいつもわざわざ駆けつけてくれたり、僕が登山に行こうと言い出した時はおばあさんを説得してくれた。些細なことだけれども君のおかげで僕の存在価値が分かった気がする。僕は昨日の夕方から発現した能力。この話がまだだったね、能力は身体能力が例の腐敗生物(腐敗生物心身覚醒形態)並になり、おまけに空間に反転世界と現実世界の入口を作れるジェネシスゲートを作れるという力付き。こんな力をどうやって使うかは自分で決めろって、アメスレ国元帥のメルサさんに言われて、結果、俺が元帥に任命されて、テレフト国に攻め入るサテウス作戦を立案して実行することになった。俺の独断でショカを危険な目に遭わせたくないということで、戦闘部隊からはショカを除隊させておいた。身勝手でごめんな。作戦が終わったらまた今度会おうな。』


と書いてあった。いきなりの出来事にショカは昨日のように目を丸くして、再び椅子に座った。机に肘をつき、手のひらに顎を乗せた。

そのまま眠りにつき、嫌なことを忘れようとした。昨日からだった。いきなりの出来事は全て昨日からだった。

悲劇は悲劇の連鎖を呼ぶ。そうやって自分の頭に叩きつけて、深い眠りについた。



<補足説明>

・ジェネシスゲートとは

ジェネシスゲートとは、ゲルの十字架というものが6本保管されてある天地の世界(または、死んだ者(動植物)の魂が行き着く場所)という場所の入口で、ゲルの十字架を現実世界に発生させ、地面に十字架を着くことによって任意のタイミングで出したい場所に出現させることが出来る。

今回、ユゼルが黒い線(エスタパカフ黒線)を発生させ、ゲルの十字架を新たに作ったことにより7本になったが、ユゼルが作ったゲルの十字架は自分の中でせき止められる、B007という物質というものに阻まれ、ゲルの十字架はユゼルの物になった。ゲルの十字架とユゼルのゲルの十字架を区別するために、ユゼルのゲルの十字架は「終始の十字架」という名前になった。

(終始の十字架は天地の世界に保管されることは無い。)

また、天地の世界は作中で一面が水面になっていた所である。


心臓通信 Neo of Zero 完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ