83.闇の賢者は勢力を拡大する
闇落ちした第七王子ノアは、闇の大賢者ノアールとして、大ダーク帝国の建国を宣言。
彼らの軍勢は周辺国家にまで進行していた。
ある日のこと。
エルフの国【アネモスギーヴ】にて。
「出たぞ! 闇の賢者だ!」
エルフの兵士達が弓をつがえる。
そこにいるのは、銀に髪を染めシルバーアクセサリーをチャラつかせるノアの姿だ。
「止まれ!」
だが兵士の警告を受けても、ノアの歩みは止まらない。
「止まれと言っている! さもなくば……!」
「さもなくば打つぞ、か? いいぞ、打ってみろ!」
ノアは両腕を悠然と広げる。
エルフ達は戸惑うが、指揮官の命令には逆らえない。
「打てぇ!」
雨あられと、矢が降り注ぐ中。
ノアは……動かなかった。
すべての矢がノアを避けたのだ。
「なっ!? バカな! ま、魔法か貴様!?」
「ふっ、魔法ではない。読んだのだよ、風の動きをな」
歴戦の剣士であるノアにとって、飛び道具は通用しない。
矢が飛んでくる位置を、風の動きから逆算できるのだ。
余計な動きはせず、絶対に当たらない場所で待ち構えていただけである。
「なんて化け物! 第二射、用意!」
「それには及ばん」
がらがらがらがらがら……!
ノアの足下に、大量の矢が、山のように詰まれている。
「そんな!? いつの間に我らの矢を!」
「貴様が悠長に構えてる間にな……くく、どうした? もう終わりか?」
ノアの圧倒的な力の前に、エルフ達は意気消沈する。
普段はおばかで、勘違いしまくってる彼だが。
真面目に戦闘すれば、ここまでやっかいな相手は居ない。
剣聖の剣術、賢者の魔法。
どちらも極限まで鍛えて、身につけた彼にとっては、戦いという行為はすべて無意味となる。
なぜなら、挑めば敗北が必定だからだ。
そう……敵に回すと、最も怖いのが、このノア・カーターという男だった。
「武器を捨て、投降せよ」
「くっ……! 殺せ!」
エルフの兵士のリーダーは女だった。
ノアはニヤっと笑う。
「殺しはしないさ」
「なっ!? も、もっと恐ろしい目に遭わせるというのか! 私を! 獣ののようにむさぼるというのかっ!?」
ぱちん、とノアが指を鳴らす。
そこへ、ノアの部下……ダークノワール以下略団が現れる。
「者ども……飯の時間だ」
「「「は……?」」」
エルフ達が、目を丸くする。
「い、今なんて……?」
「飯にするぞ」
リスタをはじめとした、ノアの部下達がテキパキと、炊き出しの準備を進める。
「食事なんて我らに不要……」
ぐぅ~~~~~~~~~~~~~~!
「くくく! 貴様らエルフが昨今、森が枯れ、森の恵みを十分にもらえてないことは調査済みよぉ~……腹が減ってるんだろうぉ? ん?」
あっという間に炊き出しが完成。
「な、なんだこの旨そうな香りは……!?」
大鍋の中に、なみなみと、スープが入っていた。
「これは……豚汁だ!」
「「「と、豚汁!?」」」
「ああ、異世界の美味なる食いもんだ……くく、さぁ……食べるが良い」
エルフ達は皆警戒心を強めていた。
だが豚汁から発せられる、圧倒的な芳ばしい香り……。
「お、おれは食べるぞ!」「ぼくも!」「どけ! わたしも!」
エルフ達が豚汁に殺到する……。
「「「う、うまぁあああああああい!」」」
エルフ達は涙を流しながら、豚汁をすすった。
普段味の薄いものしか食べてこなかった彼らにとって、豚汁のような、がつんと刺激の強い食べ物は……。
まさに、悪魔的だった。
「くくく! 森のエルフどもめぇ。我が術中だと気づかずに~」
エルフ達は精進料理のような、粗食を基本とする。
つまり……。
「貴様ら、俺の配下に加われ。そうすれば、毎日こんなうめえ飯にありつけるぞぉ~?」
一度食べれば、もう後は……。
「「「はいっ! ノアール様! 我らはあなた様についていきます!」」」
こうして、また国が一つおとされたのだった。
★
ノアの世界征服とは、武力による一方的な制圧ではなかった。
弱者を助け、ときに、甘い言葉でそそのかし、自らの仲間に入れていく。
ノアの目的はあくまでも恋人達(女同士も含む)を駆逐すること。
彼らを仲間に率いて、ルールによって、恋愛の自由を奪う。
これがノアのいうところの世界征服だ。
なんとも平和な征服といえよう。
「しゃーっしゃしゃ! 順調に我が団の勢力は拡大してるようだなぁ~!」
神聖皇国の大聖堂にて。
世界地図の3割が、赤く塗りつぶされている。
「あと残り7割で……世界は俺のものになる……くかかっ! 見てろよリア充どもぉ! 俺がこの世から駆逐してやるぜぇ」
と、そのときだった。
『ノア様~……』
窓からひょこっ、と白猫ロウリィが顔を出す。
「なっ!? ろ、ろりえもん!」
一瞬、ノアに戻るが……。
「ど、どうしてここが……?」
すぐまた、ノアールに戻る。
ロウリィは窓から降りて、人の姿になる。
「ノア様、ナベちゃんにアナタの居場所聞いてきたっす」
ナベリウスは一度ココへ訪れている。
そのときはけんもほろろに追い返したのだが……。
どうやらあの悪魔は、ロウリィに居場所を漏らしたようだ。
「な、何しに来たんだよ、今更」
ぷいっ、とノアがそっぽを向く。
「おまえの彼女とよろしくやってりゃいいだろ? こんなとこに来なくてもさぁ!」
ノアはロウリィにフラれた、と勘違いしている。
ナベリウスに取られた、と誤解している。
だから……。
「好き!」
「………………え?」
ロウリィは、顔を赤くして叫ぶ。
「あんたが好きなんすよ、ノア様!」
ロウリィは、もう何も包み隠さなかった。
言葉を重ねるよりも、想いをストレートにぶつけた方がよいと、そう思ったからだ。
「う、う、うそだ! うそだぁ!」
ノアは子供のように、ぶんぶんと首を振る。
「な、ナベに告ってただろ!」
「ノア様が好き!」
「お、女の方が好きなんだろ!」
「ノア様が大好き!!」
ノアが何を言っても、ロウリィは好きと、答え続けた。
やがて……。
「お、俺も……」
ノアは、ぽつりとつぶやく。
「俺も……ロウリィ……おまえが、好きだーーーーーーーーーーーーー!」
ノアはやっと素直になって、ロウリィの胸に飛び込む。
ふたりは正面からハグして、お互いぎゅっと抱き寄せる。
「おまえが好きだ! ロウリィ!」
「わたしもっす、ノア様!」
ふたりは顔を見合わせて、幸せな笑顔を浮かべる。
「誤解だったんだな」
「ええ、誤解だったんす」
「そうか……目が覚めたよ」
ノアはぱちんっ、と指を鳴らす。
元の黒い髪に、そして、服装もいつもの、赤いマントに変わる。
「シルバーで統一とかくそだせえな!」
「まったくっす!」
ふたりがガハハッと笑う。
「いやぁ、これで一件落着だな!」
「そーっすね! 誤解も解けたし、ノア様の厨二病も治ったし! これで全部おしまいっすね!」
……ところが、どっこい。
そんなわけがなかった。
「ノア様! 失礼します!」
「「げぇ……! リスタ!?」」
リスタが笑顔でノアの部屋へと入ってくる。
そして、手に持っていた赤ペンで、壁に貼ってあった世界地図を塗っていく。
世界の4割……5割……。
6割まで、塗り終わった。
「「ふぁ……!?」」
「ノア様! 世界征服の状況を報告! 現在、世界の6割が、我ら大ダーク帝国の支配下となりました!」
「「なにぃいいいいいいいいいいい!?」」
ノアが知らぬ間に、世界の半分以上が、頭のおかしな集団の手の中に落ちていたようだ。
「後残り4割の残存兵力ですが。残りの国家が力を結託し、我ら大ダーク帝国に世界大戦をふっかけてきました!」
「「世界大戦ぅうううううううう!?」」
なんだか、知らぬ間に恐ろしいことが始まろうとしている!?
「敵はカーター領を中心として、我らに戦いを挑むかまえです!」
「ちょ、ちょっと待つっす! なんでカーター領が出てくるんすか!?」
ロウリィからの問いに、リスタが答える。
「ノア様がカーター領を出て行ったことで、領民達はサラディアスさんをリーダーに『打倒・ノアール! ノア様を討った悪を滅する』を標榜に掲げているようです!」
ようするに……。
カーター領民達は、ノアールが、ノアと同一人物であると……気づいてないのだ。
ノアールがノアを倒したと。
だから、ノアの敵を討つと。
「「またマッチポンプかよ!?」」
毎度お得意の、マッチポンプの図であった。
もはや様式美である。
「我らも負けてはいられません! カーター領が相手だろうと、世界が相手だろうと、迎え撃つのみ!」
だが……。
肝心の、ノアールはすっかり目が覚めていた。
「あ、あのねリスタ……もういいんだよ。世界征服は……」
「なにをおっしゃる! もうあと4割! たった4割で、世界がノアール様の手に落ちるのです! 戦うべきです! 戦うのです! 同志諸君!」
ばんっ、とリスタが窓を開ける。
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
そこには無数の兵士達が、武器を掲げて雄叫びを上げる。
「ノアール様のために、カーター領を潰すのです! 世界が相手だろうと、叩き潰すのです!」
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
……その様子を見て、ノアは愕然とする。
「せっかく……せっかく、上手くいくと思ったのに……」
ロウリィもまた、呆然とする。
「せっかく……せっかく、想いが通じ合ったのに……」
ロウリィも、ノアも。
その場にしゃがみ込んで、叫ぶ。
「「どうしてこうなったぁあああああああああああああああああああああ!?」」




