76.第七王子は教皇をも配下に加える(即落ち)
第七王子ノアのもとに、天道教会のトップ、エルレイン教皇がやってきた。
領主の館、ノアの部屋にて。
「お初にお目に掛かります。ノア・カーター。わたしはエルレイン……神聖皇国の教皇です」
エルレイン。
一見すると童女にしか見えないが、数世紀を生きる化け物だ。
そんな彼女の胸中には、1つの疑念があった。
それは……。
(目の前のこの男が、師匠……ノアール様かもしれない……)
先日、リスタを人質にとり、皇国にノアを呼び出そうとした。
だがリスタは皇国内の教徒たちを洗脳。
ノアが神だと主張する。
だがエルレインにとっては、神とはもっと尊いもの。
そして何より、彼女が信じる神は……かつて存在した大賢者ノアール。
リスタとエルレインによる、どちらが神かの論争があった。
そしてその結果……エルレインは気づいたのだ。
(リスタの語っていた、ノア・カーターの偉業……それはかつてのノアール様のものに、酷似している)
大魔法を使い、弱い民達を救い、奇跡を再現してみせる。
リスタの語った、ノアが行ってきたこれまでの所業を聞いて……。
エルレインは、自分の師匠の姿と、彼女の語るノアの姿とが、重なって見えたのだ。
(そんなことは……ありえない! こんなふてぶてしい男、わたしの敬愛するノアール様なわけがない……!)
キッ、とエルレインは、ノアをにらみつける。
机の前に悠然と座り、こちらを見据えてくる。
その目はどこか、疲れてるように見えてた。
(ほらごらんなさいな! ノアール様の目元は、もっと優しかった! あんな死んだ魚の目なんてしてません!)
ノアは厄介ごとが舞い込んできて、げんなりしているだけだ……。
そして、実際にノアールもノアも同一人物である。
ノアの、賢者時代の弟子……それが、エルレインという少女であった。
……さて。
その一方でノアはというと……。
「くく……ようこそ教皇猊下ぁ~……」
にやにやと笑いながら、エルレインを見据える。
それを見たペット2名……ロウリィとナベリウスが、すぐに気づく。
『ノア様! だめっすよ!』
『そうだぞ! また無能ムーヴするつもりだろおまえ!』
白猫ロウリィ、そして黒犬ナベリウスが、必死になって止めようとする。
さっ、とノアは手を上げてペットたちを制する。
……そう。
このノア・カーター、あろうことか、この状況下で、無能ムーヴをかまそうとしていたのだ。
(教皇が来てしまったのは想定外だ……が、古来よりピンチはチャンスという。この女を利用して、無能ムーヴしてやるぜえ……!)
そんなノアの胸中を悟ったのか、ロウリィが慌てて、テレパシーを飛ばす。
『ノアッチだめでしょ! ナニもしないのが正義だって、気づいたんでしょ!?』
『うるせえ! 何もしなかった結果、また厄介ごとが舞い込んできたじゃあねえか!』
なにをしても、しなくても、波乱を起こしてしまう男、ノア・カーター。
『座して待つんじゃなくて、こっちから無能……いや、悪役ムーヴしてやる! そして正義の使徒に成敗されることで、俺が悪いやつだったって広めてもらうんだ!』
『おいバカやめろ! 絶対失敗するから!』
ナベリウスの制止もむなしく、ノアはバッ……! とカッコいいポーズを決めて言う。
「よく来たな小娘……して、このスーパー領主の俺に何用だ?」
『『だ、ださい……』』
ペットたちがげんなりする。
『ノア様、闇時代が漏れてるっすよ……』
闇時代。それはノアが大賢者ノアールだった頃。
ノアは厨二病を煩っていたのだ。
そして……今のノアの言動を見た、エルレインはと言うと……。
(え!? ノアール様!?)
どっきーん! と胸が高鳴る。
(う、うそ……でも、このしゃべり方……ノアール様とそっくりですわ……)
……さて。
ここで両者に、1つの食い違いがあることにお気づきだろうか。
エルレインは、ノアの過去、つまり闇の大賢者(笑)時代を知っている。
ノアールが厨二病的振る舞いをしているのを、知っている。
彼女がここへ来た最大の目的は、ノアがノアールであるという、確証を得るためだ。
一方で、ノアはまだ、エルレインが過去に繋がりのある人物だと気づいていない。
というより……。
エルレインがいたのは、遥か太古の時代だ。
生きてるなんて、思ってもいないのだ。
つまり二人の食い違いというのは、ノアがエルレインを、自分の弟子だとまったく気づいていない。
その一方で、エルレインはノアをノアールと、気づきだしている……。
つまりノアが悪役ムーヴ(笑)をすればするほど……。
闇の時代……つまり、ノアールであると、気づいてしまうのだ。
しかしノアは気づいていない。
その闇の賢者時代の振る舞いは、自分の首を絞めていると言うことに……。
彼女に、確たる証拠を、与えていることに……。
「きょ、今日はノア・カーター……あなたを成敗しにきたのです!」
「ほぅ……確かにこの俺は罪深き存在だが……しかし、小娘程度に成敗されるほど、このノア・カーター、ヤワではないぞ?」
「か、かっこいい……」
「は……?」
ノアは首をかしげる。
一方でエルレインは、ノアールっぽさをノアに覚えて、かっこよさに打ち震えていた。
何のことはない、エルレインは師匠であるノアールに恋していたのだ。
ノアールがエルレインを弟子に取ったときには既に、厨二病にかかっていた。
だから、彼の振るまいが全てかっこよく見えてしまうのである。
「素敵……」
「え、エルレイン?」
「ハッ! え、えっと……ノア! わたくしと勝負なさい!」
教皇はノアに指を指す。
「ほぅ……この俺と戦うというのか。ふっ……愚かな女だ。だが……いいだろう。圧倒的な力の差をまえに……震えるが良い」
「し、しびれるぅ……!」
きゅんきゅん、とエルレインの胸がしめつけられる。
ノアール的振る舞い(厨二病)が、エルレインの性癖にドストライクだった。
そんなことをまるで気づいてないノアは……。
困惑しつつも、演技を続ける。
「では場所を変えるとしようか」
★
ふたりがやってきたのは、カーター領に隣接する奈落の森。
「ここなら力を制御する必要もないな……。ふっ……この俺に勝負を挑むとはな。どうなっても知らんぞ」
「かぁっこうぃー……♡」
エルレインの目に♡が浮かぶ。
もうメロメロだった。
その様子を、上空で見ている、白い竜と黒い犬がいる。
魔神ロウリィが竜の姿となって、空を飛んでいる。
『ナベちゃん。わたし、どーも……なんかあのエルレインって女から、カーター領民と同じ匂いがするんすけど……』
『奇遇だなロウリィ。オレ様もだよ。馬鹿者の匂いがする』
ペットたちはとっくに、エルレインの本質に気づいている。
気づいていないのはノアだけだ。
(よーし、勝負にまで持って来れたな。あとは適当に負ければ、正義の使徒に楯突いた愚か者ってことで、みんな俺への好感度を下げることだろう……くくく! 天才!)
一方でエルレインはと言うと……。
(やはり今までの言動の数々……ノア様は、ノアール様なのかもしれない……)
もう結構、ノアに心を動かされていた。
様、とかつけちゃっているし……。
彼女のなかでは、すでにノアを倒すという目的はない。
これは戦いではなく、確認作業だ。
すなわち……。
(魔法を見れば、わかる。あのお方が、本当にノアール様なのか……! 魔法の弟子である、わたしなら……!)
エルレインが望むのは、ノアがノアールであるという確証のみ。
そのことに気づいていないノア。
「でははじめよう……華麗なる宴を!」
「素敵! 宴と書いてたたかいと読むなんて……! 素晴らしいセンスです!」
それを聞いてロウリィとナベリウスは、言う。
『『あ、うん。やっぱあの女、バカだ』』
悲しいことにエルレインもまた、アホの一人だった。
そもそも厨二病にシンパシーを抱いている時点で結構性格があれである。
「見ててください……わたくしの鍛えた、魔法の力を! 【天使召喚】!」
エルレインが頭上に手を掲げる。
その瞬間、天に向かって一筋の光が延びる。
頭上の広がった魔法陣から降りてきたのは……。
『て、天使だ……』
『ナベちゃんしってるの……?』
『ああ……オレ様は、悪魔だからな……敵のことは、よく知ってる』
ナベリウスは【それ】を見て戦慄を覚える。
巨大な白い人間のようなものが、上空に出現した。
一見すると石像のような、無機質で、無骨なフォルムを持つ。
背中からは1つの翼が生えており、頭の上には黄金の輪っかがあった。
「神に仕え! 神に祈りを捧げ続けて幾星霜! わたしはついに神の力を……天使を使役する術を手に入れたのです!」
「な、なにぃいいいいいいいい!?」
ノアは驚いた……演技をする。
(天使だから何って感じだけど、まーとりあえず驚いとこ)
ノアはこの時点で、エルレインの使う天使の強さが、大したことないと理解していた。
しかし今回はやられ役。
驚くことで小物っぽさを演じようとしているのだ。
「さぁおゆきなさい、天使よ!」
ノアはニヤリと笑う。
(よーし! これであれにぶっ飛ばされて終わりにしよう! 正義の味方にやられた悪役として、華々しく散ってやるぜえ! 死ぬ気はないけどなぁ!)
天使は右手を掲げる。
その手に光の剣が出現した。
天使は凄まじい速さで移動する。
あまりに早すぎて、音が……置き去りにされた。
光の剣が……ノアに振り下ろされる。
(勝った! 無能王子……完!)
と、そのときである。
ビタッ……!
「ふぁ……!?」
天使が攻撃を……やめたのだ。
「ど、どうした!? おい、何があったんだぁ!?」
ノアが驚く一方で、エルレインは……その場に膝をつく。
「おお……! やはり……あなたでしたのね、ノアール様!」
エルレインは……滝のように涙を流す。
天使が攻撃をやめた。つまり相手が神だからと。
しかし実際は、天使はノアの持つ恐ろしい魔法力にびびっただけである。
ナベリウスはロウリィに問いかける。
『ノアールってなんだ?』
『ノア様の前々世、闇の賢者だった時代の名前っす』
『なぜあの女、それを知ってるんだ?』
『さ、さぁ……クロヨンの関係っすかね』
クロヨンとは、闇の賢者を信奉する闇の組織(笑)、ダークノワール・ブラックシュバルツ団のことだ。
全て黒×4でクロヨンである。
「ば、バカな! おい天使よ何ぼさっとしてる! とっとと俺を殺せぇえ!」
『ノア様、逆、逆。あんたやられる方っす』
一方で、天使を使役していたエルレインは……もうとっくに戦意喪失していた。
「やっぱりあなたこそがノアール様……ああ、やっと会えた……!」
数世紀を超えて、思い人とまた再開できた。
これは運命だ……とエルレイン、乙女モード全開であった。
「くっそぉおおお! こうなったら……奥の手だぁ! ふぅん!」
ノアが天使に向かって手を伸ばす。
身体強化の魔法を、ノアは天使にかける。
ごごご……! と体を震わせながら天使の翼の数が、増えた。
「強化された天使の力を思い知るがぃいいいいいいいい!」
『だから逆。逆っすから』
『そんなにやられたいのかあいつ……必死すぎるだろ……』
ノアの魔法で強化された、天使が光の剣を振るう。
だがノアの体にぶつかった途端……
バリィイイイイイイイイイイイン!
「なにぃいいいいいいいいいい!?」
驚く、ノア。
「ば、バカな! この程度で壊れるだとぉ! 強化された天使が! ありえないぃいいいい!」
ノアが頭を抱えて叫ぶ。
ノアはこの一撃を受けてやられる予定だった。
しかし思った以上に、天使は脆弱だった。
否、ノアが、天使を凌駕するほど……強かったのだ。
彼は自分の力を測り切れてなかったのである。
一方でエルレインは……涙を流しながら、ノアに駆け寄る。
「ノア様……いいえ、ノアール様!」
エルレインはノアの腰に抱きついて、わんわんと涙を流す。
「お会いしたく存じました……!」
「え、ええっと……? ど、どうしたん?」
「わたしです! エルレインですノアール様! あなたの一番弟子の!」
ぽかん……と口を開いて、ノアは……。
「え、だれ……? 弟子……? 俺に弟子なんて……いたっけ?」
ノアは首をかしげる。
ノアール時代を思い返すが、彼が弟子を取っていた時期はない。
『え、弟子とってなかったんすか?』
ばさり、とロウリィが着地する。
「あ、ああ……そういえばなんかやたら、俺にくっついてきた子供が居た気がしなくもないが……」
ノアは大賢者時代、一人の女の子を助けたことがある。
その後、勝手に後ろからくっついてきて、勝手に何かとお世話を焼き、勝手に何かを学んでいた……変なヤツがいた気がした。
『それ、その子じゃないっすか?』
『自分を弟子だと思い込んでいたのか……』
『え……こわ……』
『どうしてノア様の周りには、異常者しかあつまらないんだ……?』
エルレインはキラキラした目を、ノアに向ける。
ノアはその目に、見覚えがあった。
よーく知っていた。
自分の周りに居る、信者達と、まったく同じだったから……。
「ノア様! わたくしたち……天道教会は、完全にあなた様の配下に加わりますぅ!」
ノアは頭を抱えて、こう叫ぶ。
そう、いつものように……。
「どうしてこうなったぁあああああああああああああああああ!?」




