75.第七王子は好機を座して待つ
ある日、俺の屋敷にて。
領主の部屋に、婚約者のサラ、娘(仮)のリスコス。
そして……七聖騎士のサトルが、深刻そうな顔をしてやってきた。
「ノア様、実は、ご相談したいことがございます」
「あー……? 相談? なんだよ……」
サラが悲痛なる面持ちで、俺に言う。
「リスタ様のことです。彼女が、誘拐されている疑惑が、あるとのことです」
「ほぅ……リスタが、誘拐ねえ……」
さも初耳、みたいな感じで言う。
しかし実際、俺はやつの誘拐を知っていた。
なぜなら、ご丁寧に、向こうから誘拐したとの旨を伝える手紙が、ふくろう便でやってきたからだ。
「お願いパパっ! ママを助けてあげてっ!」
リスコスが涙を流しながら言う。
『え……ねえノア様……?』
俺の膝の上で丸くなっていた白猫ロウリィが言う。
『あの子って確か、リスタの想像妊娠で人体錬成された、子供っすよね』
「ああ、実際に腹を痛めて産んだ子じゃない……というか、正確には血も繋がってない……」
『なのにあそこまで、リスタを母親って思い込むなんて……』
「病気なのよ、母親に似て」
『ああ……なるほどっす……こわ……』
うんうん、と俺とロウリィはうなずく。
足元で伏せていた黒犬……ナベリウスが、ため息交じりに言う。
『話聞いてやれよ、一応、領主なんだろ……』
「『チッ……』」
俺はサラたちを見やる。
「誘拐だったとして、犯人の目星とかついてるわけ?」
聖騎士のひとりが、前に出ていう。
「おそらくは、天導教会のトップ……教皇エルレインかと存じます」
「教皇……か……やはりな」
「! ご存じでしたか!」
「ああ……」
まあ本人から手紙来たし。
「おお……さすがノア様です」
聖騎士の男……サトルが、声を震わせていう。
「ノア様は何でもお見通しなのですね!」
『お見通しもなにも手紙きたんすけどね……』
「やはりノア様は森羅万象を見通す神! さすがです!」
感心するサトルを見て、ナベリウスが呆れたようにつぶやく。
『どうして神を信奉する輩は、バカばかりなのか……リスタしかり、コイツしかり……』
サラは前に出て主張する。
「ノア様。リスタ様は大事な領民であり……わたくしの大事なお友達です」
その金色の瞳からは涙がこぼれ落ちる。
「……どうか、ノア様。リスタ様を、悪の手から、お救いくださいまし……なにとぞ……」
深々と頭を下げるサラ。
……ふう。
「面を上げろサラ」
「ノア様……?」
にやり、と俺は笑う。
『あ、これあれっすね』『ああ、あれだな……』
ペットどもが、何かを察したように、呆れた顔になる。
「このノア・カーターに、全てを任せておけ」
「ノア様! それじゃあ!」
にやり……と俺は笑う。
「ああ。だからお前は待っていろ。いいな?」
「はいっ!」
サラは笑顔でうなずくと、リスコス達とともに部屋を出て行った。
後には俺とペットたちが残される。
「くくく……ペットども! 聞きたいか俺の」
『『どうせ無能ムーヴだろ(でしょ?)』』
「な、なぜわかったし……」
まさかこいつら、心を読むスキルでも身に付けたか!
『まーたやるんすか。ほーんと懲りないっすねえ~』
『どうせ失敗するくせに、なぜノア様は無能ムーヴを繰り返すのか』
『きっと最近無能ムーヴしてなくって、自分のアイデンティティがなくなっちゃうとか、しょーもない理由で、ムーヴするんじゃないっすか?』
『言えてる』
『『げらげらげら』』
パチンッ……!
『『ふぎゃぁああああああああ!』』
俺は失礼なペットどもを、重力魔法で押しつぶす。
「まあ聞くがいい。このノア・カーターの、華麗なる作戦の概要を!」
『『はい……』』
ひれ伏すペットどもに言う。
「といっても今回俺は……なにもせん!」
どやぁ……。
『ノア様……ついに学習したんすね?』
『自分が余計なことした結果、事態が好転してしまうと、よーやっと気付いたか』
『気付くまで結構かかったすね~』
『まあバカだからなこいつ』
『いえてる~』
『『ゲラゲラゲラ!』』
パチンッ……!
『『ぐぇええええええええ!』』
失礼なペットどもを以下略。
「この状態でなにもしなければ、サラたちはしびれを切らして、俺の元へ来るだろう。そして、なにもしてない俺を見て……こういうだろう。なぜなにもしてくれないのか……と」
にやり、と俺は笑って言う。
「そしてこう答えるんだ。『え、別に助けるなんて、俺、一言もいってませんけどぉ~』って!」
先ほどのサラとの会話を思い出して欲しい。
俺は別に、サラに対して、リスタを救出にいくなんて……一言も言ってない!
ナベリウスはうなずいて言う。
『確かに。向こうが勝手に、リスタ救出にいくと、思い込んで話を進めただけだったな』
『わぁ! すごいっすノア様! さいてー♡ 詐欺師みたいっす~♡』
「ふっ……よせいやいロウリィ。褒めてもなにもでないぜ……煮干し食う?」
『食べりゅー♡』
俺が煮干しを取り出すと、ロウリィはふがふがと鼻息を荒くしながら、煮干しにくいつく。
ふっ……おもしれえ女。
『今回はまともな無能ムーヴだな。なにもしなければ事態が良い方へいかないわけだし』
ナベリウスが感心したように言う。
「サラからの好感度は下がるし、こっちが出向かずにいたら、エルレイン教皇がしびれを切らしてリスタを処刑するかもしれない。そうすれば、領民の危機になにもしなかったバカ領主ってことで、好感度を下げることになるだろう?」
『珍しく理にかなった作戦っすね、珍しく』
俺は煮干しを取り上げる。
『あっ、あっ、ごめんノアッチ。謝るから煮干し返して~……』
俺は煮干しをほいっ、と地面に放り投げる。
膝の上からロウリィが飛び降りて、煮干しを探す。
『煮干し煮干し……ふにゃ? ノア様、煮干しがないっすよ~?』
「ふっ……ここだよぉん!」
俺の手の中に煮干しがある。
『あー! 投げてない! ずりいっす! 詐欺っす!』
「ふっはは! あげるなんて一言もいってないだろー!」
『きー! ノア様のいじわるー! もうしらない、ふんだっ!』
ぷいっ、とロウリィがそっぽを向く。
『もう二度と、肉球ぷにぷに、させてあげないもんねっ!』
「なっ! そ、それだけはご勘弁を~」
俺が泣きつくと、ロウリィがにやりと笑う。
『じゃ、じゃあ……煮干しを、く、口移しで食べさせるんす!』
「なっ!? てめ……そんな恥ずかしいことを……俺にさせるというのかっ!」
にぃ……と邪悪に白猫が笑う。
『ほれほれ~。どうするんすかぁ~? もう二度とろりえもんのぷにえもんを、触れないんすよ~?』
くっ!
それは困る……ろりえもんの肉球が、触れないなんて!
「し、しかたないな……罰ゲームだし、仕方ないな……」
俺は煮干しを口にくわえる。
『そ、そーっすよ、仕方ないっす……罰ゲームだし……』
ぴょんっ、とロウリィが机の上に乗っかる。
そして……口を近づけて。
ちゅっ……♡
「『きゃー♡ ちゅーしちゃった~♡』」
『いい加減にしろバカップルが……』
はぁ……とナベリウスが、呆れたようにため息をつく。
『いくら今回は、なにもしなくて良い作戦だからって、上手くいくとは限らんぞ?』
黒犬が真面目な顔で言う。
「あー? 上手くいかないって、どうしてだよ?」
『たとえば……囚われてる皇国で何かイレギュラーな事態が起きるとかな』
『なんすか、イレギュラーって?』
『リスタが何か、やらかすとか』
俺とロウリィは、しばし考えて……。
「『ないない』」
俺たちは楽観的に笑う。
「いやね、いくらリスタが狂信者だからって、つかまってるんだぜ?」
『そーっすよ。とらわれの身なんすよ? 何ができるんすか~』
「牢屋につかまって身動きできないあいつが、何ができるって話だよな~?」
『ねー?』
俺たちをよそに、ナベリウスが言う。
『オレ様、ちょっと向こうへ行って、様子を見てこようか?』
「あーあー、余計なことすんなって!」
むすっ、とナベリウスが頬を膨らませる。
「なにキレてんだよ。だいいち、いつも余計なことして失敗するって、馬鹿にするのおまえじゃんか」
『いやまあ……そうだが……』
「余計なことせず静観。これが、大正義」
『ノア様……75話にして、ついに真理に到達したっすね!』
ロウリィがぱちぱち、と前足で拍手をする。
「おうよ、勝ったな! がはははっ!」
★
しかし数日後……。
「ノア様! 大変です!」
サラとサトル、そしてリスコスが、領主の部屋に、慌てて入ってくる。
「どーしたーおまえらー?」
フッ……どうせリスタが帰ってこなくって、しびれを切らして、俺の元へ嘆願に来たのだろ。
すべては俺の計画通りだというのに……。
「エルレイン教皇猊下が、リスタとともに、カーター領へやってきました!」
「ふぁ……!?」
な、なんで!?
なんでリスタなんで!?
「さすがノア様ですわ……!」
サラが目を輝かせて、俺に言う。
「こちらから出向かず、向こうからこちらにリスタ様を連れてくるように、裏で暗躍なさっていたのですね!」
いやいやいやいや!
なにもせずダラダラしてましたけど!?
なんだったら、ここ数日ずっとロウリィと遊んでましたけど!?
「パパ! すごいや! やっぱりパパはすごいや!」
『語彙力なさ過ぎっすよこの女……!』
『しかし向こうから来るとは……一体向こうで何があったんだ……?』
いや、もうそんなのどうでもいいんだよ!
「やはりノア様は素晴らしい。部下思い、かつ、我々の想像のつかない手段で、困難を解決してみせるのですから……!」
サトルがなんか感心してるしー!
ああもう!
「どうしてこうなったぁああああああああ!?」
『しかし、どういう経緯があって、教皇はここへ?』
『しかも何をしに来たのか、不明瞭っすね……待て、次回』




