74.教皇、リスタを人質に誘拐する(人選ミス)
第七王子ノアが、自らの領地でのほほんと過ごしている、一方その頃。
神聖皇国内にある、天道教会本部。
大聖堂にて。
「何をやってるのですか、あのバカ騎士どもは……!」
この国のトップにして、天道教会の最高責任者……。
教皇【エルレイン】。
見た目は明らかに童女である。
常に目を閉じている彼女は、今、額に血管を浮かべて、怒りをあらわにしていた。
「きょ、教皇様……お気を確かに……」
従者がエルレインをなだめようとする。
だが彼女は怒りで美貌を歪ませながら叫ぶ。
「七聖騎士が全員、寝返ったというのに! 落ち着いていられますかっ!?」
サトルを初めとした、教会トップの力を持つ聖騎士達7名。
その全員が天道教会を抜けたことは……瞬く間に広まり、そして教皇の耳に届いた。
「ああ、なんと嘆かわしい……! 神の教えに背くなんて……!」
ぎりっ、とエルレインが歯がみする。
「これもすべて……ノア・カーター……やつの仕業!」
エルレインが憤怒の表情を浮かべる。
神の使徒をたぶらかし、自らの部下に加える行為。
それは、神から子らを寝取ったに近しい行いだとエルレインは解釈したのだ。
ゆえに、エルレインのヘイトは七聖騎士に……というより、ノアへ向けられていた。
「エルレイン教皇猊下……これから、いかがいたしましょうか。最高戦力は向こうに取られてしまった以上、こちらからはもうなにも……」
従者の言葉に、落ち着きを取り戻したエルレインが答える。
「問題ありません。こちらから、出向かずともよいのですから」
「と、いいますと?」
ふふっ、とエルレインが冷たく微笑む。
「ノア・カーターの女を、すでに捕まえて、牢屋に閉じ込めているからです」
「なっ!? の、ノアの女を、ゆ、誘拐ですって!?」
驚く従者をよそに、エルレインは優雅に微笑む。
「七聖騎士が失敗した場合に備え、水面下で誘拐作戦を進行していたのですよ」
「な、なるほど……相手はSランクモンスターや悪魔の大軍を、軽く蹴散らす男。七聖騎士すら手に負えない可能性を考慮していたのですね」
従者はエルレインの深い考えに脱帽する。
「それで……エルレイン様。誰をさらってきたのです?」
エルレインは懐から魔法巻物を取り出す。
ぱっ、と投げると、空中に光の魔法陣が展開。
そこに写っていたのは……。
長い金髪の、美しい、メイドの少女。
「たしか……リスタ、とか言っていましたね」
「リスタ……? 教皇様。この女は、ノアとどういう関係なのでしょうか?」
「とても親しい間柄と聞きます。自らを【ノア様の一番の理解者】と、名乗っておりました」
無論、ノア様の一番の理解者(自称)である。
「まぁ! 一番の理解者……ということは、ノアの心の支えである可能性が大!」
無論、心の支えなどではなく、むしろいないほうがせいせいしているノアである。
だが……部外者である彼女たちは、ノアがリスタをどう思っているのかなんて、知らない。
「やつもリスタを失い、さぞ動揺していることでしょう。そして先ほど、奴らに向けて手紙を放ちました。大事な女……リスタをさらった。返して欲しくば神聖皇国まで出頭せよ……と」
完全に犯罪者とやっていることは同じだ。
だがしかし……。
「無辜の民を巻き込むのは非常に心苦しいです。主もさぞ悲しむことでしょう。ですが……神を騙る犯罪者を裁くのです、きっと天にまします我らが主は許して下ります」
神の名のもとであれば、ナニをしてもいいとさえ、エルレインを初めとした、天道教会の教徒どもは思っているのである。
「素晴らしい作戦です! あ、見てください! ふくろう便です!」
窓枠に1羽のふくろうが止まっている。
「きっとノアに出した手紙の返事でしょう……回収してきなさい」
従者は窓枠にとまるふくろうに近づく。
足下にくくりつけられている、返事の手紙をエルレインの元へと、もってくる。
「返事を読みなさい」
「はい! ええっと……【サンキュー!】」
……一瞬の静寂があった。
「……ん? んん? も、もう一度、ノアからの返事は、なんと?」
「さ、【サンキュー!】……と」
ありがとう? なぜ、感謝しているのだ……?
「ほ、ほかには何か書いてありますか?」
「い、いいえ……何も……?」
困惑するエルレインと従者。
それは当然だ。
一番の理解者を誘拐したのだ。
ノアは、返せと要求してくるとばかり思っていた。
しかし、ノアとリスタをよく知っているものからしたら、至極当然の返事であった。
ノアにとってリスタは厄介ごとを運んでくる、悪魔よりもなお悪魔してる存在。
そんな厄介者がいなくなったのだ、ノアは喜んで、手放すだろう。
取り戻そうなどとは、思う気が一切ない。
「あ、あー! きっと、これ……間違い手紙ですよ!」
従者が言うと、エルレインは納得したようにうなずく。
「そうですわね。ありえない。一番大切な女が奪われて、ありがとう、と喜ぶ男など、居るわけがないですわよね」
ところがどっこい、それがノア・カーターという男だった。
「ま、まあいいでしょう……ノアからのリアクションはそのうち来るでしょうし。リスタの様子でも見に行きましょうか」
エルレインは従者を引き連れて、部屋を出る。
「リスタはどこにいるのです?」
「地下の懲罰房に閉じ込めております。やつもまた、邪神を信仰する異教徒ですから」
邪神をあがめただけで、この扱い。
エルレイン達、天導教会の教えは、唯一絶対の神をあがめるというもの。
それ以外の神を邪神と断じ、殺すことさえも躊躇しない。
そんなヤバい連中であるのだ。
「懲罰房に入って、たしか10日でしたか」
裏を返すと、ノアはリスタがいなくなって10日もたっていたのに、まったく気づかなかったと言うこと。
のんきに毎日、ロウリィとイチャついていた。
サラたちはリスタの不在に気づいていたのだが、「あー? 知らねえよ。ガキじゃないだから、ほっとけ」と捜索をさせなかったのだ。
「我らの懲罰房に10日も入っていれば、どんな邪教徒も改心することでしょう……!」
従者の言葉に、エルレインがうなずく。
「ええ、当然です。必ずや、自らの過ちに気づき、考えを変えるはずです」
懲罰房で行われているのは、端的に言えば拷問である。
神の試練と称して、たとえば火あぶりにしたり、たとえば針の上に載せたりする。
そんな罰、というなの拷問を受けて……。
リスタはというと……。
「さぁ、到着しました。この独房のなかにやつはいます」
がちゃ……。
「「「ノア様! 我らが神ぃいいいいい!」」」
「えええええええええええ!?」
エルレイン、そして従者さえも、目の前に広がる光景に……唖然とした。
「さぁ! もっと大きな声で言うのです! 我らの神の名を!」
懲罰房のなかでは……ミサが、行われていた。
ノアの石像の横に、リスタが立っている。
リスタの前には、教会本部内にいた、教徒たちがひざまずいている。
「ノア・カーター! 我らが神に、祈りと感謝を!」
「「「ノア様、ばんざああああああい!」」」
その様子を見て、従者は声を震わせる。
「わ、我らが同胞が……洗脳されてます……」
そう、洗脳だ。
リスタは捕まってから10日間で、教会本部に居る教徒達に、ノアがいかに素晴らしいかを、切々と聞かせたのだ。
結果、こうなった。
「あ、あなたたち! 一体ナニをしているのです!」
エルレインが声を荒らげる。
教徒達は……みな、笑顔だった。
「おお、エルレイン様もご一緒に、どうですか?」
「ご一緒にって……ちょっとあなた! リスタ!」
「ふぇ? 私ですかー?」
エルレインはリスタの側までやってくる。
「あなたは虜囚! なにを勝手なことをしているのですか!」
「え、あなたこそ何を言ってるんです?」
きょとん、とリスタが首をかしげる。
「私をここ連れてきたのは、神であるノア様の素晴らしさを、布教して欲しいから、でしょう?」
……あろうことか、このリスタという女。
自分がノアをおびき寄せるための、エサであるという自覚がなかった。
単に、ノア教を広めるため、派遣されたと思っていた、らしい。
「……異常者め」
従者のつぶやき、まっこと、その通りである。
「そんなことより!」
がしっ、とリスタがエルレインの手を掴む。
「あなたも目覚めたいのですね!」
「め、めざめ……え? なにに?」
「この世の真理にです!」
エルレインは戦慄する。
リスタの目は……完全に逝っていた。
「真理……それはつまり、ノア様がこの世で最も尊いお方と言うこと! ノア様がいるから世界は平和で、ノア様が歩いているからこそ大地が存在し、ノア様が生きてるから人々が生きてるのです!」
「ひぃ! こいつ、キチ●イだよぉ!」
従者の泣き言、まっこと、その通りである。
「さぁ! あなたも目覚めましょう! そしてあなたも今日から、ノア様のいる日々を送るのです!」
だが……。
バシッ……!
エルレインはリスタの頬を、手で叩く。
「ふざけないでくださいまし!」
彼女は声を荒らげ、不信心者に言う。
「わたくしは唯一神に仕える身! だれが、邪神を信じるものですか!」
ビシッ、とエルレインがリスタに指を指す。
「いいですか、わたくしは絶対! ノア・カーターのことを、神などとは認めません! 断じて! 絶対! 何があっても!」
一方でリスタはというと……。
ニッ、と笑う。
「面白い!」
リスタはにこやかに笑って言う。
「いいでしょう、私が教えて差し上げます。ノア様がいかに素晴らしいお方で、この世の神がノア様ただ一人であることを!」
……今、ここに。
神の使徒と神の使徒による、信者バトルの火蓋が切って落とされる。
……もっとも、エルレインが信じる神ノアールもまた、ノアと同一人物なのだが……。
それを知らない二人による、どちらが神であるか論争が、始まった。
……言うまでもなく、なんとも、馬鹿馬鹿しい言い争いである。




