73.悪魔の日常
オレ様はソロモンの悪魔、ナベリウス。
今日はオレ様の周りの異常なやつらの話をしよう。
朝目が覚めると、オレ様はベッドの下から這い出る。
ぐいっ、伸びをするがオレ様は誇り高き悪魔であり、犬ではない。
だが窓に映るオレ様は、どう見ても黒い大型犬。
この姿にした張本人は、ベッド上で絶賛眠っている。
「んがー……ふごー……」
オレ様は顎をベッドの上に載せる。
黒髪の青年が、だらしない感じで眠っている。
ノア・カーター。
このカーター領の領主であり、いちおうオレ様の飼い主ということになる。
『ふごー……ふごー……』
ノアの隣であほ面をさらして眠っているのは、白猫ロウリィ。
ノア様はロウリィを抱っこして、まるで胎児のように丸くなって寝てる。
一方でロウリィもノアに頬を寄せ、仲良しこよしと言った体で眠っている。
「…………」
オレ様はため息をつくと、二人に向かってバウワウと吠えるがあくまで悪魔だ。
『起きろ、バカども。朝だぞ』
「『あと5分~……』」
『そう言って1時間でも2時間でも寝てるんだから、ダメだ』
バウワウと吠えまくると、ノア達はとても嫌そうな顔で起きる。
「ロウリィ。なんか最近近所の飼い犬がうるさくないか?」
『それわたしも思ったっす。無駄吠えが多いというか』
「声帯取るか」
『鬼か貴様らは! あとオレ様は悪魔だ! あくまでもな!』
きょとん、とした表情になるノアたち。
そして……。
「『ぷぷぷー!』」
ノアとロウリィが、顔をつきあわせて、笑う。
「ろりえもんさん、聞きました? あくまでも、悪魔ですって!」
『ぷぷぷ! 聞いたっすよノアッチ~。ナベちゃんの……ぶふっ、渾身の滑りギャグを……!』
なっ!? し、しまった、ダジャレだと思われてるらしい!
『ば、ばか! ちがう! 別にダジャレのつもりでいってない!』
「いやいやいや、いいだよナベ。面白い……ぶふっ、滑りギャグだったよ」
『ノア様だめっすよ、まるでナベちゃんがぶふ……滑ったみたい……ぶふっ!』
『かみ殺すぞ貴様らぁあああ!』
「『わはははー!』」
バカップルどもを部屋から追い出す。
のそのそと朝食を取った後、ノアたちは執務室へと向かう。
「おはようございます、ノア様。本日のお仕事です」
「お、おう……セバス。おはよう」
ノアの前には、大量の書類の山が詰まれる。
若干引き気味のノア。
老執事は頭を下げて、部屋を出て行く。
「よし、ナベ!」
『なんだ?』
オレ様はノアの足下で眠っている。
「影武者ちぇーんじ!」
『早すぎるだろ!?』
影を使って、外見を変える力がオレ様にはある。
それをこの無能王子は悪用し、オレ様を影武者に仕立て上げるのだ。
『貴様ここにきてまだ5分もたっとらんじゃないか!』
「5分も仕事しちまったよ。ふー……いい汗かいたぜ」
『何も手を付けてないだろうが!』
そんな風にサボっているノアを、ロウリィはじぃっと見つめる。
『おい白猫、お前からも何か言ってやれよ』
『そっすね……』
この猫は魔神であり、ノアの従者だ。
主人の行為をたしなめるのもまた、従者の仕事。
『天気も良いですし、お外へ視察行くのはどうっすか?』
『おいぃいいいいいいいいいいい!』
貴様もかッ!
「お、いっちゃう~? デート、いっちゃう~?」
『ばっか。視察かっこデートかっことじ、っすよー』
「おっとそうだったな~。視察デートだな!」
『そっすそっす!』
このアホどもは、サボることしか考えてない!
ぴょんっ、とロウリィがノアの肩に乗っかる。
ノアは窓枠に足をかける。
「『じゃ、後ヨロシク』」
バッ……! とノア達は飛び降りていった。
『まったく、なぜオレ様がこんなことを……』
オレ様は見た目をノアに変えて、執務仕事をする。
といっても、オレ様がするべきことはすくない。
せいぜい、書類に目を通し、承認の判子を押すくらいだ。
これくらいに仕事を簡単にしてるのは、ひとえに、ノアの妻であるサラディアスのおかげである。
あの女が辣腕を振るい、ノアへの仕事を軽減させ、その上で更なる領地の発展のための施策を次から次へと打ち立てているのだ。
『もう領主は妻に譲って、恋人と隠居すれば良いのにな……』
と、ため息をついていた、そのときだ。
コンコン……。
『だれだ?』
「サラディアスですわ♡」
件の婚約者が、部屋に入ってくる。
青い髪の美しい女だ。
「あら? ノア様はおでかけなのですわね」
と、ノアのかっこうをしているオレ様を見て、サラは微笑んで言う。
『毎回思うが、どうして偽物と本物の区別がつくんだ?』
「愛ゆえに、ですわ♡」
婚約者の細かい所作までを覚えているのだろう。愛ゆえに。
ここまで愛されてるっていうのに、ノアはどうしてあのアホ猫といちゃついてるのだろうか。
「わたくしも書類仕事手伝いますわ」
『すまんな。頼む』
オレ様とサラディアスは一緒に仕事をする。
彼女のおかげで仕事はスムーズに進むし、わからないことに対して、すぐ答えを寄越してくれる。
非常に仕事がしやすい。そして気遣いも出来るし、何よりもノアを深く愛してる。
『わからんものだな……』
「あら、どうかしまして?」
『いや、よくもあのバカ王子に愛想を尽かさぬものだと思ってな』
するとサラディアスは微笑んで返す。
「わたくしは、ノア様のダメなところも含めて愛してますもの」
『ロウリィのほうが優先されてることに対しては、どう思ってるんだ?』
「特に何も。わたくしはあの人のおそばに、妻としていれればいいのです。優先とか、順位とか、そういうのはどうでもいいんです。大事なのは、わたくしがノア様を愛してるということで、おそばにいるのも、わたくしの意思ですわ」
サラディアスの献身的な愛に感心するオレ様。
早く目を覚まして、こんなアホの元から去った方が良いと思うのだった。
★
ノアが散歩から帰ってきたのは、夕方だった。
「やぁやぁ! ナベくん、こんな時間まで仕事かい? 感心だねー!」
ノア様は笑顔で戻ってくる。
その頭の上には、白猫がぐでーっと横たわっている。
『ナベちゃんもうアフターファイブっすよ? 残業なんて放り投げちゃいましょーっすよ』
「誰の仕事してると思ってるんだ貴様ら! かみ殺すぞ!」
がるる、と吠えると、ノアとロウリィがコソコソと……しかしオレ様に聞こえるような声音で言う。
「聞きましたロリ江さん、かみ殺すですって」
『聞きましたわノア子さん、まるで狂犬ですわねえ』
「誇り高き悪魔とか言ってたくせに、まるきり犬ですわね」
『聞こえてるぞ貴様らぁああああああ!』
まったく……アホコンビめ。
『今日はどこでサボってたんだ?』
「アインの村で少々」
『途中で変な人たちにからまれたっすね』
『変な人たち?』
ロウリィの言葉に、ノアがうなずいて返す。
「いたいた、真っ白な鎧を着込んだ6人組でよー。俺が領主だって知ると、漫画とかハンバーガーだとか、つくったのがおまえかって聞かれてさ。そうだって答えたんだよ」
『そしたらなんかむやみやたらにノア様のこと褒めてたっすね』
「あげく領民になりたいとか言い出してさー」
オレ様は知っている。
この領地に、7人の聖騎士が来ていることを。
そいつらはモンスターの大軍を軽く追い払えるほどの、化け物集団であることを。
オレ様は影を使った探知が行える。
やつら七聖騎士の到来を、誰よりも早く感知していたのだ。
しかし、何もしなかった。なぜか?
「まー、領地経営は全部サラに投げてるし、好きにすればって言ってやった」
『そしたら急に泣き出してさー。怖かったすよね~』
「なー。情緒不安定すぎるだろ」
……オレ様は深くため息をつく。
やつらが異世界から来ていることも、知っている。
オレ様は影で使い魔を作り、諜報活動も行っていたのである。
危険人物が入ってきたら身元を調べ、本当にヤバそうなときは、サラディアスや四バカ四天王に報告し、撃退なり捕縛なりしていた。
しかしこのアホどもはオレ様の仕事を知らず、のほほーんとボケたおしてる。
まったく、オレ様が縁の下の力持ちだっていうのに、感謝の1つもしないんだから。。
「あー、そうそう。ナベ、いつもあんがとな」
『………………は?』
急にどうしたこのアホ王子は。
「さっきの連中、まじのヤバい奴らじゃないって調べててくれたんだろ?」
『な、なぜそれを……?』
「え、だって外で歩くとちょいちょいおまえの影で作られた使い魔みかけるし、諜報活動しててくれてるんだろ?」
……オレ様の使い魔は、米粒程度の影の虫だ。
それをこいつは感知していたというのか?
「いやぁ、ナベのおかげで俺は平穏にサボりまくれるってわけだ! さんきゅー、ナベ!」
ばしっ、とノアがオレ様の背中を叩く。
……ふ、ふんっ。
『これくらいでオレ様への仕打ちが許されると、思ったら大間違いだからな!』
ぶんぶんぶん!
『ナベちゃん尻尾ブンブンしすぎ~。うれしいのばればれっす~』
『ち、ちが……! ちがうわい!』
オレ様が吠えると、ノアたちは揃って仕事部屋を出て行く。
「んじゃあとよろしく~。頼りにしてるぜ、俺の影武者」
ばたんっ、と扉が閉まり、オレ様がひとりになる。
……わかってる。やつは、特に意味があって褒めたのではない。
単に自分の面倒ごとを肩代わりしてくれてるオレ様に、社交辞令的に、ほめてくれたにすぎない。
『ったく、仕方ないなぁ!』
オレ様はノアの姿になって、残ってる書類作業を片付ける。
ほどなくして、ドアがノックされる。
『ナベちゃんおつ~』
ロウリィが尻尾を伸ばし、そこにお盆を載せて現れる。
『夕食もってきたっすよ。あとお酒もあるから、一緒にのもー』
……このアホ猫、単に自分のノロケ話をしたいから、酒を持ってきたに過ぎない。
それは、わかってる。別にオレ様を気遣ってないのくらい、わかってる。
『飲むか』
だがロウリィと一緒に晩酌をしている瞬間……。
アホ王子とアホ猫への黒い感情は、不思議と、きれいさっぱり消えてしまっている。
『でねー、ノア様ったらひどいんすよー。せーっかく景色の良い場所でふたりきりって、告白できる最高のシチュエーションつくったのにー、告ってこないの! 酷くないっすか!?』
『もういい加減自分から告白しろよ……』
『いやっすよ! なんか、負けた感あるじゃん! あっちから言ってこないかぎり、わたしぜーったい告白しないっす!』
裏を返せば、告られたら即オッケーするということだろう。
『まったく、バカだなぁ貴様らは……』
ロウリィの痴話げんかを話半分で聞きつつ……。
オレ様はお猪口につがれた日本酒をペロペロとなめながら……。
まあ、こんな日常も、悪くはないなと、そう思うのだった。




