72.第七王子は不死の呪いを解く
第七王子ノアが、神聖皇国の教皇の怒りを買ってしまった。
教皇の命令により、最強の7人の聖騎士【七聖騎士】は、カーター領へとやってきた。
七聖騎士のリーダーであるサトルは、ひとりカーター領主のもとへ向かっていた。
「…………」
黒い髪に黄色い肌が特徴的。
その顔つきは、この世界の人間のモノとは、かけ離れてる。
「まったく! ルミ達の馬鹿者どものが! ちょっと元の世界の娯楽をちらつかされただけで、心変わりしよって!」
元の世界……そう、サトルたちはこの世界の住人ではない。
地球と呼ばれる異世界から、こちらの世界へとやってきた、【異世界転移者】だ。
「なにが漫画だ! なにがマックのハンバーガーだ! くそ! そんなもの……そんなもの……もう……
サトルが悲しい表情を浮かべる。
ぎり、と握りしめる。
「……おれたちは、もう元の世界に、二度と帰れないのだぞ」
と、そのときである。
村を出て領主の館に向かう途中の、森の中。
「ぐるる!」「がるるるうぅ!」「ぐがぁあ!」
大量の狼型モンスター【白狼】に、取り囲まれていた。
サトルは特段慌てた様子もなく、まっすぐ進む。
狼たちが、サトルの体に噛みつく。
ガブッ……!
しかし……。
「なんだ、それで終わりか?」
体中を、狼の牙に貫かれても、サトルは平然としている。
サトルが腰に佩いた剣を抜いて、一閃。
体にまとわりついた狼たちは、一瞬で粉みじんにされた。
ちん……と剣を鞘に戻す。
穴だらけの体が、まるで逆再生するかのように、戻っていった。
「不死の力……か」
異世界転移者達はみな、この世界に来るときに、【神】から並ぶ者のない力を与えられている。
サトルの持つ異能は【不死】。
決して死ねない力。
恐ろしい力……なのだが。
「……こんなもの」
ぎりっ、と歯がみする。
「こんなもの……もった状態で、元の世界に戻れるとでも、思ってるのか?」
彼が今いる世界では、神の奇跡で通じるこの不死の力。
しかし現代日本に、そんな力は不必要だ。
最悪、異端者として、排斥されるのが関の山である。
「……ここが、おれたちの、唯一いられる世界なんだ。ファンタジーで、魔法が使える、ここしか……おれの居場所はないんだ。だから……だから……」
ぎゅっ、とサトルは拳を握りしめる。
「おれは、おれに与えられた責務を全うする。おれは神の代行者なのだから!」
サトルはその瞳に怒りを浮かべる。
「ルミたちみたいに、元の世界を懐かしむことはしない! わかったかノア・カーター! おれは……絶対、貴様にほだされたりなんてしないぞ!」
★
サトルがやってきたのは、カーター領主の館から、少し離れた場所にある、【アインの村】。
「ここにやつがいるのか……?」
領主の館を尋ねたのだが、留守であると、執事に言われてやってきたのがこの村だった。
「酒場じゃないか、ここ」
村ではあるものの、ノアの(というよりサラ)のおかげで領内の経済は潤っている。
辺境のこの地にも酒場があるのだ。
「のんきに酒盛りか……くそ! 腹立たしい!」
がらっ、とサトルが扉を開けると……。
「『がははははははっ!』」
なかから、大声が鼓膜を震わせる。
カウンターには、確かにノアがいた。
いた、のだが……。
『ノアしゃま~♡ らいすき~♡』
「ろりえもーん♡ らいしゅき~♡」
……状況を確認しよう。
現在、カーター領内の村の、酒場。
奥のカウンターにて、酒を飲んでいるのは、領主ノア・カーター。
だが彼の顔は真っ赤だった。
その隣、カウンターの上には、1匹の白猫が座っている。
報告によるとロウリィという、ノアの従者らしい。
こちらの白猫もまた、顔を真っ赤にしていた。
『ノアッチ~♡ ちゅーして、ちゅー♡』
白猫がノアを見上げて、べろんべろんに酔った表情で言う。
「んも~。しかたないなぁ、ろりえもーん」
ノアもまたベロベロに酔っており、白猫を抱き上げると、その唇にちゅっちゅっ、とキスをする。
『ぬへへ~♡ ノアッチらいしゅき~。ちゅーのおかえし~♡』
ちゅうちゅう、と白猫がノアの唇にキスをする。
『やーん、ノアッチとちゅーしちゃった~♡ 恋人じゃないのに~♡』
「ばーか、おまえ……俺たち主人とペットだぜぇ? ペットが主人にキスするの、何が悪いんだよー? おーん?」
『たしかに~♡ ぜんぜんおかしくなーい♡ のーかうんと!』
「そうだそうだ! ノーカン! ノーカン!」
『ノーカン! ノーカン!』
「『がははははは!』」
……なんだこれは。
サトルは首をかしげる。
人相を確認すると、たしかにノア・カーター本人だ。
だが……
「ほ、本当にこの……アホ丸出しの、酔っ払いが、ノア・カーターなのか?」
すると……。
『おーん? なんすかぁ、てめえ?』
カウンターに乗っていた白猫が、サトルに気づいた。
ぎろり、とにらみつけてくる。
『今ノア様のこと、ばかにしただろ? おおーん?』
「あ、いや……別に……」
別に猫など怖くもなんともない。
だが……今の白猫から湧き上がるのは、莫大な量の魔力。
「な、なんだこれは……?」
ロウリィは魔神ゆえに、魔力量はそこらのモンスターや魔族を遥かに凌駕している。
『いいかてめえ! ノア様をばかにしていいのは、世界でただひとり! このロウリィ様だけなのだー! ひかえおろー!』
「ひゅーひゅーろりちゃんかっこいー!」
……ノアもロウリィも、完璧に、一分の隙もなく酔っ払っている。
しかしロウリィから立ち上る魔力量は一級品だ。
「い、今すぐ駆除を!」
「まあまあまあまあ落ち着けよ」
「なっ!? い、いつの間に!?」
先ほどまでベロンベロンにくだをまいていたノア。
一瞬で、サトルの隣に移動していた。
ぽんっ、と肩に腕を回される。
「うちの連れが迷惑かけちまったなぁ、お詫びに酒おごってやるよぉ」
「あ、いや……おれは……」
『ああーん? てめえ……ノアッチの酒が飲めないんすか~? おおーん?』
とくとく、とノアが酒をグラスに注ぐ。
それは、透き通るような液体に……サトルは見覚えがあった。
「これ……もしかして……」
グラスを手に取って、一口飲む。
その……さらりとした口当たりの酒を、彼は知っていた。
「うぐ……ぐす……うぅうう……! こ、これ……日本酒だぁ……」
サトルは、涙を流す。
なぜならば……
「とうちゃん……かあちゃん……」
サトルの家は、代々酒蔵だった。
サトルは田舎の、名門の酒蔵の長男に産まれた。
だが家を継ぐのがいやで、都会に出てきたのだ。
そして……トラックにひかれて、二度と、故郷へと帰れなくなってしまった。
そこへ……故郷の酒が出てきて、涙を流したのである。
……と、このような重い設定を抱えているサトルなのだが……。
「お、どうしたー?」
『美味すぎて……馬になっちゃったわねぇ?』
「ぎゃははは! 美味い! ロウリィ、今の美味いねえ! 馬だけに!」
『でっしょー? 馬だけに!』
「『がはははははっ!』」
……サトルの内情などまったく考慮せず、単に酒飲んで騒いで酔っ払っていた。
「もしかしてノア・カーター……貴様、おれが酒蔵の息子だってことを、知っててこれを出したのか……?」
もちろん、そんなわけがない。
「うめーだろーこれぇ? ろりえもんと一緒に作ったんだよぉ。ねー♡」
『そうっすよぉ。ノア様が美味い酒のみたいってゆーからー、本当は女神様から、異世界の知識あんまり、現地人に教えちゃだめーって言われてたけど、教えちゃったんすよぉ』
「あー、いけないんだーロウリィ。どうして俺に教えちゃったんだよぉう♡」
『そんなの……ノアッチが好きだから決まってんだろ、言わせんな、恥ずかしいっ』
「きゃっ♡ ろりえもんかーっこうぃ~」
『FUUUUUUUUUUUUUUUUUU!』
……とまあ、私利私欲のためだけに異世界の酒を造って、のんでいるだけ。
サトルに振る舞ったのも偶然。
しかし……。
「ノア・カーター……おまえは、敵にすら塩を送るのか……。そして……敵の事情を知り、慈悲をかけているのか……?」
勝手にそう解釈してしまう、サトル。
「ごちゃごちゃうるせー! 俺の、酒を飲めぇい! ロウリィ! こいつにおしゃくしてやれ!」
『ったく、しかたねーっすなぁ』
ロウリィは尻尾を伸ばして、日本酒の瓶を持ち上げると、サトルに継ぐ。
「さぁのめ! のんでのんでのんで!」
『はいいーっき! いーっき! いーっき!』
完全に飲み会のノリで、サトルに酒を飲ませるノアたち。
サトルは故郷の酒を、のんで、のんで……そして……。
「「「ぐー……」」」
いつの間にか、3人とも酔い潰れて眠ってしまった。
★
明け方。
「うー……あったまいってえ……」
ノアが目を覚ますと、強烈な二日酔いを覚えた。
「飲み過ぎた……記憶がまったくねえ……」
店の明かりは落ちていた。
どうやら酒場で飲んでそのまま寝落ちしていたらしい。
「おいろりえもん、帰るぞ……って、誰だ、こいつ?」
ノアの隣に、見知らぬ眼鏡をかけた人物がいた。
サトルのことを、完全に覚えてなかったのだ。
「からみ酒しちまったか? うわ、めんどくせー……二日酔いを俺のせいにされたら、たまったもんじゃねえわ」
ノアは手を頭上に掲げる。
「【浄化】」
それは毒や状態異常、そして【呪い】を解く浄化の魔法。
これには二日酔いに【も】効果がある。
すうぅ……とサトルの顔から、苦悶の表情と……。
そして、【あれ】も消えた。
「これでいいだろ。二日酔いまで俺のせいにされちゃこまる……おいろり、帰るぞ」
テーブルの上で大の字で眠る白猫の腹を揺する。
『ぬへへ~♡ もうたべられないっすぅ~……』
「ったく、しかたねえ猫だな」
ノアはロウリィの首根っこをつまむと、その場を後にしたのだった。
★
「ノア・カーター様! おれを、あなた様のもとで働かせてください!」
「ふぁ……!?」
後日、ノアの館にて。
サトルが目を輝かせながら、ノアを見上げている。
「え、なに……君……だれ?」
「おれは聖騎士のサトルと申します! 先日は大変お世話になりました!」
「先日……? 先日……ああ! 酒場にいた兄ちゃんかおまえ!」
ノアは合点がいったように言う。
『つーか聖騎士だったんすねこいつ?』
「そんなおまえが何用だよ?」
サトルは跪いて言う。
「是非ともノア様……ゴッド・ノア様のもとでお仕えしたく!」
「ブッ……! ちょ、え……? なんで!? なんでそうなるのなんで!?」
『聖騎士って、ノア様を目の敵にしてるんじゃなかったんすか?』
ロウリィが首をかしげると、ノアもまた同意するように言う。
「そうだよ! 偽の神ってことで、一度捕まえたじゃん俺のこと!」
サトルは首を振る。
「あれは間違いでした。ノア様……あなた様こそが、神……!」
その目を見て、ノアは瞬時に悟る。
アクダァマ、そしてクィナ達……そしてなにより、カーター領民たちと、同じ眼をしていた。
「あなた様は、おれの悩みを聞いてくださっただけでなく、【呪い】までも解除してくださった!」
「は? の、呪い……?」
「はい。おれには、不死の力が宿っていたのです。それを解いてくださったのがノア様、あなたなのですよ!」
あの場において、ノアが使用した浄化魔法。
それは二日酔いだけでなく、サトルに宿っていた不死の呪いすらも、解いていたのだ。
……もちろん、そんなの偶然だ。
「ノア様はおれのような矮小な人間の悩みなど、お見通しだったのですね!」
「え? え? え?」
「やはり神……ノア様は、神だったのですね!」
『え……こわ……なんなんすかこいつ……』
サトルはバッ、と頭を下げる。
「天道教会が誇る最強の騎士、七聖騎士のサトル、本日より真の神であるノア様にお仕えします!」
ノアはそれを見て、深々とため息をついて、そして頭をかかえる。
もちろん……。
「どうしてこうなったぁああああああああああああああああああ!?」




