70.教皇、動く
ノア達がカーター領へと戻ってから、数日後。
クィナ達、天道教会。
その総本山である、大聖堂があるのは、【神聖皇国】という大きな国だ。
神聖皇国の首都に、白亜の城が存在する。
ここには、国のトップである【教皇】が存在した。
そこは教皇の謁見のために作られた部屋。
最奥の椅子に座るのは……一人の少女だった。
「【エルレイン】教皇猊下様!」
一人の新米聖騎士が、少女の前にひざまづく。
新米は教皇の姿を見て、目を丸くした。
そこにいたのが……。
「どうかしましたか? わたしが童女で、驚いているのですか?」
新米騎士は目を剥く。
教皇を名乗る少女は、5歳にも満たない、幼い子供なのだ。
栗色の長い髪。目は閉じられている。
真っ白なローブに包まれ、手には巨大な杖を持っていた。
新米騎士は焦る。
なぜ、わかったのか……と。
「ふふ……なぜわかったか? ですか。簡単なことです」
エルレイン教皇は、静かに微笑む。
「これも、神が授けし奇跡の力なのです」
「す、すごい……人の心を読めるなんて、エルレイン様、すごいです!」
新米騎士が感心する一方で、エルレイン教皇は口元をほころばせる。
「わたしが凄いのではありません。すべては、奇跡を起こしてくださる、神が凄いのです」
「はい! 神様、すごいです!」
「そんな凄い神様のために、あなたがすべきことはなんでしょう?」
「神を守るために、剣をふるい、神に代わって信者たちの盾となることです!」
よろしい、とエルレインは静かに微笑む。
「本日から着任でしたね。がんばってください。すべては、神のために」
「はい! エルレイン様と、神のために、がんばります!」
新米の騎士は頭を下げると、部屋を出て行く。
一人取り残されたエルレインは、こつん……と杖をならす。
すると、彼女の前に、7人の男女が出現した。
みな、真っ白な装備に身を包んでいる。
「我ら【七聖騎士】をおよびでしょうか、エルレイン教皇猊下」
七聖騎士。
それは、聖騎士のなかで、最強の称号を持つ騎士のこと。
教皇を守る近衛の仕事も兼任している。
七聖騎士第一位にしてリーダーの男が、エルレインを見やる。
「【サトル】。聞きましたか、例の【邪神】と【邪教徒】のウワサを」
サトルとよばれたのは、七聖騎士序列一位の男。
17歳という若さで、聖騎士達のトップ、そしてそのリーダーに抜擢された男だ。
サトルの特徴としては、【黒い髪】に【黄色い肌】。そして眼鏡をかけている。
「もちろんです、エルレイン様」
サトルは立ち上がると、「ステータス、オープン」と言う。
彼の前には、半透明な板が出現した。
その中からボタンをおして、なかから巻物を取り出す。
魔法巻物。
魔法を保存しておく不思議な巻物だ。
スクロールを開くと、空中に、不敵な笑みを浮かべる、王子の姿がうつる。
「ノア・カーター。ゲータニィガ王国の第七王子で、現在はカーター領の領主となっております」
ふてぶてしそうな表情。
ボサボサの髪。
赤いマントに着崩した姿。
「とても、一国の王子とは思えないですね」
「ええ、その通りです。こやつは王国内での評判は最悪で、【無能王子】と呼ばれておりました……しかし、カーター領に着任してから、その真の実力を……いいえ」
サトルは眼鏡をくいっ、と上げて言う。
「本性をあらわにした、ということです」
次のスクロールを取り出して、空中に放り投げる。
自動で巻物が開いて、空中に映像が出る。
そこには、火山亀を一刀両断するノアの姿。
さらに悪魔の軍勢を一人で退けたり、黄泉の谷から生還したり……。
「尋常ならざる力を隠し持っていたのです。それはまさに、神のごとき力」
「……不敬な輩ですね。人間の分際で、神を偽るなど」
「全くもってその通りでございます」
サトルが巻物を仕舞う。
「しかしながらノア・カーターの影響力は凄まじい。この大陸で最も力を持つマデューカス帝国、そして、我らが天道教会の聖騎士や上層部の、【一部】をその支配下に置いたのですから」
そう、クィナやアクダァマたちは、あくまで大きな組織の一部でしかないのだ。
「離反した聖騎士や上層部の処遇はどういたしましょう」
「もちろん、決まっております」
エルレインは穏やかに、言う。
「処刑です。神に背いたのですから、ノア・カーターもろとも……鏖殺です」
「おお、やはり……!」
エルレイン教皇は、神の教えに背くものたち、そして、神を偽るノアにたいして、激しい怒りを抱いていた。
「ノア・カーター……特にあなたは許しません。この神の代行者である、わたしが……必ず息の根を止める!」
エルレインが怒りの波動を放つと……。
ごぉ……! と周囲に突風が吹く。
彼女の背後に、巨大な翼を生やした石像のようなものが現れる。
「いつ見ても、エルレイン様の【天使】は、お美しい……」
うっとり、とサトルが恍惚の笑みを浮かべる。
彼女が顕現させたのは、天使。
神の使徒たるエルレインのみが従えられる、尋常ならざる存在。
「サトル」
エルレインは七聖騎士たちを見渡す……。
「それに、ルミ。ミサト。トウヤ。ヤヒコ。コータ。タイチ」
「「「ハッ……!」」」
七聖騎士たちの名前は、【この世界では】、聞き覚えのないものばかりだ。
「ノアを見つけ次第、滅するのです」
「「「御意……!」」」
ユージ達が散開し、サトルだけが残される。
「エルレイン様、普段冷静な貴女が、今日ばかりはこのような怒りをあらわにするのは、何か理由があってのことですか?」
「ええ。当然です。ノア・カーターは神を……そして何より、わたしの【師匠】を侮辱したからです」
「エルレイン様の……お師匠さま、ですか。どんなかたなのです?」
「素晴らしいお人でした……」
うっとり、とした表情を浮かべる。
「それは数世紀前、わたしがまだ小娘だった頃のこと」
……そう、エルレインはこんな幼い見た目だが、その実、何世紀も生きる人外の化け物なのだ。
「神の教えに目覚めていなかったわたしは、単なる孤児でしかありませんでした。そこに……通りかかったのです。【賢者ノアール様】が!」
エルレインは恋する乙女のような表情で、熱っぽくつぶやく。
「賢者……ノアール、さま、ですか」
「ええ! 彼は素晴らしい魔法の才能をお持ちでした! その魔法はまさに、神の奇跡!」
賢者ノアール……。
それは……とある人物の、前世の姿なのだが、もちろん、エルレインは知らない。
「わたしは直感しました。彼こそが、真の神の代行者……否! 現世に舞い降りた、神なのだと!」
「ノアール様が、神、ですか? いささか理論が飛躍しすぎて……」
サトルが意見しようとすると……。
エルレインの、閉じた瞳が見開かれる。
天使が動き、その手に光の剣を出現させる。
人の目では決して追えない速度で、サトルの首をはねた。
ぼと……。
「ノアール様の侮辱は、サトル、あなたであっても、許しませんよ」
首を落とされたサトルだったが……。
「大変失礼いたしました。以後、気をつけます、エルレイン教皇猊下」
落ちた首が、逆再生するかのように、元に戻る。
「あなたが授かった不死の力……それもまた神の力。大切に使いなさい」
「御意」
七聖騎士はそれぞれ、恐ろしい魔法を使う。
サトルの持つ魔法は、【不死】の魔法。
決して死なないという、最強の能力……。
「ノアール様は神である、という話でしたね。あのお方の魔法は、常軌を逸していました。まさに神の業……」
「つまりエルレイン様はこうおっしゃりたいのですね。ノアール様は、実は神の生まれ代わりで、現世に顕現するための肉体だったと」
「その通りですサトル。理解が早くて助かります」
天使を扱えるほどの強大な魔法の使い手、エルレインがここまで心酔するのだ。
ノアールという人物は、それを凌駕する力を持つのだろう。
なんてひとだ……と戦慄するサトル。
「わたしはノアール様に弟子入りしました。あのお方はわたしに、手取り足取り、優しく、神の奇跡を扱う術をおしえてくださったのです……」
はぁ……と悩ましげに吐息をつく。
「ですが、ノアール様は天界へとお戻りになられました」
死んだ、ということだ。
「ですが、ノアール様はいつも、天から我々のことを、見守ってくださっているのです……ああ、ノアール様……」
ようするに教皇は、ノアールの弟子であり、信者ということだ。
エルレインはノアールを神の転生体だと思っており、神の名を騙るノア・カーターを、許せない、ということらしい。
……それが、同一人物であることを、もちろんエルレインはおろか、七聖騎士たちも知らない。
「サトル。七聖騎士たちを使い、ノア・カーターをここに連れてきなさい。わたしが……神に変わって、ノアを裁きます」
いたく真面目な表情でエルレインが言う。
ロウリィがその場に居たら、『え、何のギャグっすか……』とツッコんだことだろう。
もちろんノアールは神などではない。
それに、ノアールとノアは同一人物だ。
……もし、弟子であるエルレインが、その事実を知ったら……。
「かしこまりました。エルレイン教皇猊下の御命令、必ずやこのサトルが、遂行して見せます」
サトルはそう言って立ち去っていく。
エルレインはひとり、怒りのボルテージを上げる。
「ノア・カーター。神を偽る不敬、死をもってつぐなってもらうぞ!」
かくして、また新たな悲劇……もとい、喜劇が、始まろうとしていた。




