66.悪魔、囚われの王子を救出に向かう
第七王子ノアが、天導教会に捕縛された。
話は数日後。
悪魔ナベリウスは、天導教会本部のある、【神聖皇国】へとやってきた。
『くそ……なぜオレ様が、こんなところに……』
ナベリウスが居るのは、皇国内にある、天導教会本部の建物。
白亜の大聖堂を、離れた建物の影から、こっそり顔を出している。
『……ちっ!』
ナベリウスは、ここまでの経緯を思い出す。
★
【ノア様が天導教会に連れ去られた!?】
カーター領内の、会議室にて。
四バカ四天王+リスタ、サラという面子で、会議を行っていた。
【天導教会……確か全国的に有名な、巨大宗教団体でしたわね】
大貴族の令嬢であるサラが、冷静につぶやく。
【なぜノア様は連れ去られてのですかっ?】
リスタが興奮気味に言う。
【わかりません……わたくしにもさっぱり……】
ううん、とサラたちは首をかしげる。
会議を見守っていたナベリウスが、こういう。
【あいつらは、異教徒を嫌うからな】
【ナベリウス様、知っているのですか、天導教会を?】
サラに尋ねられ、ナベリウスは苦々しい表情でうなずく。
【知ってるさ。よーくな……なにせ、悪魔であるオレ様達の、天敵みたいなもんだからな】
ナベリウスは自分が知ってる限りの、天導教会についての情報を明かす。
【あいつらの信じる神を頂点とし、神が創造した人類を守る。それ以外の……全て悪だと思ってやがるんだ】
【全て……とは?】
【全てだ。特に、モンスター。魔族。そして悪魔……。やつらにとって信仰の邪魔になる、魔のものたちに対して一切容赦しねえ】
【うむ……わしら魔族も、多くの同胞を天導の騎士たちに殺されたのじゃ】
魔王ヒルデもまた、辛そうに顔を歪めて言う。
ナベリウスは続ける。
【あいつらは魔のものを許さないし、そして自分たちが信じる神以外の神を祭り上げるやつらを許さないんだ】
【? しかしなら、どうしてノア様が連れ去られたのでしょうか?】
はて、とリスタが首をかしげる。
【いやお前らが原因だろうが……!】
ナベリウスは深々とため息をつく。
このノア狂信者どもは、自分たちがナニヲしたのか、わかってないらしい。
【おまえらがノア様を神として祭り上げて、わっしょいわっしょいと騒いだからだろうが!】
今までカーター領内だけで、ノアが神のごとく扱われていた。
しかし今回の祭りは、外部(帝国)との接触があった。
結果、ノアを神をあがめていることが、教会の耳に届いたのだろう。
【の、ノア様はどうなってしまうのですの!?】
サラが青い顔をしてナベリウスに尋ねる。
だがナベリウスも、そしてヒルデも、あきらめたような表情で首を振る。
【やつらは教会の教えに背く者たちに一切容赦しない。改心などさせない。見つけ次第……殺す】
【そんな……】
へたり込むサラを、リスタが支える。
【うむ! 話は簡単ではないか!】
騎士団長のディーヴァが、立ち上がって力強く言う。
【天導教会と戦い、ノア様を取り返せばよいのだ!】
【バカやろう!】
ディーヴァの提案を、ナベリウスが強く否定する。
【おまえらは、わかってない! 天導教会の恐ろしさを!】
ガタガタ……とナベリウスが体を震わせる。
また、ヒルデは頭を抱えて丸くなっていた。
悪魔と、そして魔王が恐れるほどの団体なのだろうと……その場に居た領民達は戦慄する。
【しかしナベリウス様。帝国と戦えたカーター領民軍ですよ? 教会とも戦えるのでは?】
リスタの問いかけに、ナベリウスは首を振る。
【帝国と戦うのとは規模が違う。やつらは全国に信者を持つ。……それに、】
ナベリウスは、重々しく言う。
【神は、実在する】
悪魔の言葉に全員が驚愕の表情を浮かべる。
【神はオレ様達悪魔とは違って、普段は天界……天の上にいて出てこない。だが天導教会のやつらは、その神から力を借り受けて戦う】
【で、では……神の力を、教会の人たちは持つと?】
サラの言葉に、ナベリウスがうなずく。
【ああ。神の力は、ハッキリ言って……次元が違う。貴様らがノコノコやつらのテリトリーに乗りこんだ瞬間、やつらは領民を皆殺しにし、領地を地図から消すだろう】
比喩表現ではなく、本当に、領地を消し去るほどの力を持つ。
それが、天導教会という、恐るべき組織の実体だ。
【で、では……我らはどうすれば?】
魔道士団長が、ナベリウスに恐る恐る尋ねる。
【命が惜しくば何もしないことだ】
ナベリウスはそれだけ言うと、部屋から出て行こうとする。
【ど、どこへ……?】
【……ふん。貴様らには、関係ない。忠告はしたぞ。バカな真似はやめておけ】
ナベリウスは会議室から出て行ったあと……。
領主の部屋まで、やってくる。
【ふん。ウルサいのがいなくなって、せいせいした……!】
ナベリウスは、からっぽの部屋に向かって吠える。
【あのバカ王子にバカ猫のおもりなんぞ、もううんざりなんだよ!】
……だが、ナベリウスの脳裏には、二人との思い出が駆け巡る。
ロウリィは、友達だ。一緒に飲みにいったり、愚痴を聞いたりした。
ノアは……なんだろうか。でも一緒に居たとき、ナベリウスは退屈さを忘れていた。
【…………ああ、くそ】
悪魔は、天導教会、そして神の力の恐ろしさを、会議に参加していた誰よりも知っている。
敵陣に乗りこめば、どうなるかも、わかっている。
楽に死ねればもうけもの。
自分は悪魔で、教会の天敵だ。
それでも……。
【チクショウ! 覚えておけよ、あのバカップルめ!】
バサッ、とナベリウスは影の翼を広げて、カーター領主の館をあとにする。
目指すのは、天導教会の本部がある、神聖皇国。
【くそっ! オレ様にもバカがうつっちまったじゃねえかよ! くそ!】
もの凄い速さで空を飛び、ナベリウスはノアたちの元へ急ぐ。
【待ってろ、ノア様、ロウリィ! オレ様が行くまで、死ぬんじゃねえぞ!】
★
天導教会本部へと、ナベリウスは忍び込むことに成功した。
この悪魔は影を使った魔法を得意とする。
ナベリウスは教会に所属する信者達の影から影へと飛び移って、聖堂内に侵入したのだ。
『……地下牢。そこに、ノア様たちがいる』
ナベリウスは影の眷属を作り出し、聖堂内で情報収集をした。
その結果、数日前に捕らえられた異教徒は、地下に幽閉されているとのこと。
『くそっ。手間かけさせやがって!』
と言いつつも、ナベリウスはホッと安堵の吐息をついていた。
なんだかんだで、ノアたちが無事で嬉しかったのだ。
しかし……。
『急がねえと。幹部どもがいうには、今日ノアたちの処刑が行われるらしいし』
ナベリウスは物陰から物陰へと飛び移りながら、急いで地下牢へと走る。
『はっ! はっ! はっ! くそっ! 間に合えっ!』
誰にも見つからないように、かつ、迅速に、ナベリウスはノア達のもとへ向かう。
と、そのときだった。
『ふにゃぁあああああああああああああああああああああ!』
『! この声は……ロウリィ!』
魔神の悲鳴が、地下牢に響く。
ナベリウスは焦燥にかられ、影から飛び出ると、凄まじい速さでかける。
『くそっ! おそかったか! チクショウ!』
ナベリウスは緊迫の表情で牢のなかをかける。
彼女との思い出が、彼女への愛おしさへと変わる。
ああそうだ、自分は、あの魔神のことを、友達だと思ってたんだ……。
『ロウリィぃいいいいいいいい!』
やがて、牢屋の一番奥までたどり着いた。
そこでナベリウスが見たものは……。
「すぅはぁ! すぅはぁ! ロウリィのお腹、すぅはぁ!」
ずさーーーーーーーーーーーーー!
ナベリウスが、顔面からスライディングする。
「はぁああん♡ ろりえもんのお腹……なんてきもちいいんだぁ~♡ すぅはぁすぅはぁ!」
状況を説明しよう。
まず牢屋の中には、ノアがいた。
やけに立派なソファに寝そべっている。
そして、ノアの顔には、ロウリィが張り付いていた。
ノアはちょうど、ロウリィのお腹に、顔を埋めている。
『ちょっ♡ ノアッチ~♡ そんなに激しく吸わないでくださいっすよぉ~♡ きゃっ♡ くすぐったぁい♡』
ロウリィは目を♡にして、ノアに甘えている。
「すぅはぁ! ロウリィのお腹は、最高だな!」
『んもぉ~♡ こんなことさせるの、ノア様だけっすよぉ~♡』
ノア達はのんきに、じゃれついていた。
地下牢の中で、こっちが、とても心配していたというのに……。
このバカップルは、完全に二人きりの世界に没頭し、イチャついていた。
『貴様らぁあああああああああああああああああああああああ!』
当然、ナベリウスは激怒した。
「あれ、ナベじゃん。どうした?」
『ちょっ! な、ナベちゃん……急にやめてくださいよ。恥ずかしいじゃないっすか~』
ロウリィはノアの顔からぴょんっ、とどくと、頬を赤くして顔を手で隠す。
『男女がイチャついてるとこに水指すなんて、エチケット違反っすよ!』
『黙れこのバカップル! おい正座しろ!』
びしっ、とナベリウスが尻尾で、地面を指さす。
「あーん? なんでてめえの言うこと聞かなきゃいけねえんだよ」
『せ・い・ざ!』
「『あ、はい……』」
有無を言わさぬ迫力に気おされ、ノアとロウリィは揃って正座をする。
『貴様ら……ここで何してる? 天導教会の聖騎士に捕まったんじゃなかったのか?』
「いやそれが……」
と、そのときだった。
「なんだおまえ、侵入者か!?」
『! 天導の聖騎士!』
地下牢に、武装した聖騎士の一団がやってきたのだ。
身構えるナベリウス。
それは当然だ、悪魔にとって、神の使いは天敵。
「消えろ悪魔め! ノア様とロウリィ様には、指一本触れさせないぞ!」
『ふぁ……!?』
ナベリウス、驚愕する。
聖騎士は、今なんと言ったか……?
「おい悪魔が我らの神をたぶらかそうとしていたぞ!」
「なんだと!」「悪魔め! ぶちころしてやる!」「ノア様たちに近づくな!」
聖騎士達はいっせいに、ナベリウスに飛びかかろうとする。
「あー、こらこら、やめなさい君たち」
「「「はいっ! すみません! ノア様!」」」
ナベリウスを捕らえようとした聖騎士達が、ノアに対して、畏まった態度を取る。
『い、一体何が、どうなってるんだ……?』
ナベリウスが恐る恐るノア達に尋ねる。
「あー……その、なんか……ね」
『ノア様とわたし、神とその使い魔ってことになってるんすよ』
ぽかん……とした表情のナベリウス。
やがて、黒犬は吠える。
『どうしてそうなったぁあああああああああああああああああああああ!?』




