65.大ノア様大感謝祭
ある日のこと、俺の部屋にて。
「ロウリィ、ほら、あーん」
俺の机の上には、白猫ロウリィがお行儀良く座っている。
クッキーを1枚つまんで、ロウリィの口に持ってくる。
『はぐっ。もしゃもしゃ……うまいっすー!』
「そうかそうか。美味いか。リスタのやつが作ってきてさー、毒が入ってたら嫌だから、おまえに先に食べさせたんだよ~」
『んも~。ノア様ってば、わたしは毒味役かっつーの~♡』
穏やかな昼下がり。
俺は紅茶を飲みながら、ロウリィとクッキーをつまむ。
『ノア様ノア様』
「なんだ?」
『はい、あーん♡』
ロウリィがその小さな口に、クッキーを咥えて、俺に顔を向けてくる。
「おいおいあーんって、俺一人で食べれるっつーの。あーん」
俺は口を開いて、ロウリィの咥えているクッキーを、食べる。
ちゅっ、と唇が少し触れる。
『きゃっ♡ んも~。ノアッチ~。ちゅーとか、不意打ちでやめてくださいよ~。セクハラじゃーん♡』
「ははっ、おいおいロウリィ、飼い主が猫にキスするなんて、普通だろ?」
『あはは~たしかに~♡』
……そんな俺たちの様子を、隅っこでお座りしながら見つめる影が一つ。
『普段にまして仲が良いな貴様ら……』
黒犬ナベリウスが、呆れたようにため息をつく。
「別に仲良くないし~?」
『そっすよ~。ノア様は天敵なんで』
「『ねー?』」
『ケンカして仲を深めたバカップルか貴様らは……』
黒犬は伏せの状態になって、目を閉じる。
『え、ナベちゃん羨ましいの?』
『1ミリも思ってない。そこの馬鹿の相手は、オレ様には務まらん』
『ふっふーん。ノア様の馬鹿に付き合ってられるの、わたしだけ~♡』
「おいおいバカバカ言うなよ、雑巾絞りの刑にするぞ」
と、そのときだった。
コンコン……。
「失礼しますわ♡」
「おお、サラ。どうした?」
俺の婚約者、サラディアス。
南の海のように深く青い髪の毛に、黄金の瞳。
ふわふわとした白いドレスを今日は着ている。
「実はノア様に、【お祭り】に出て欲しくて」
「『祭り?』」
はて、と俺もロウリィも首をかしげる。
「お祭りなんてやるのか、うちで?」
「ええ。ここ最近ずっと、その準備でノア様のもとにお顔を出せず、申し訳ございません……」
そーいや、なんか最近サラのこと見ないなーって思ってたら、そんなことやってたのか。
「いいぜ。祭りいくよ」
「ほんとですかっ!? やったっ♡」
サラが上品に微笑む。
『いいのか、ノア様?』
ナベリウスが伏せの状態のまま聞いてくる。
「ああ、ちょうど暇……じゃなかった、祭りの視察も必要だろ。領主として」
『おい今暇って言ったぞこの領主……』
ぴょんっ、とロウリィが俺の肩に乗って、見上げてくる。
『ノア様ノア様~。一緒にお祭りまわりましょー』
「あーん? 祭りを一緒に回るだぁ……仕方ねえな」
『わーい!』
両手を挙げて喜ぶロウリィ。
『やれやれ、仕事放り出して、猫とお祭りデートか。良いご身分だな』
ナベリウスが非難するように言う。
「おいおいナベ。なーに言ってるんだ。別にデートなんて……ねえ、しないけど?」
『は?』
ナベリウスは奇妙な者を見る目で、俺たちを見てくる。
『そっすよナベちゃん。勘違いしちゃあいけないっす。わたしら別にデートなんてしませんっすよ』
『いやだって……今祭りを一緒に回るって……』
『お祭りを回って、出店の食べ物を一緒に食べて、大道芸人なんかのパフォーマンスを見て、ふたりで一緒に時間を過ごすだけっすよ』
『いやそれデートだから……』
「そうだぜナベ。ロウリィと一緒に金魚すくいしたり綿あめ買ってふたりで一緒に食べたりして、一緒に楽しい時間を過ごすだけだぜ」
『だからそれを世間でデートっつーんだよ!』
「『いやいや、デートじゃないし』」
俺もロウリィも首を振る。
「デートって言えばよぉ、恋人同士でするもんじゃんか、なぁ?」
『そっすよ。わたしら別にぃ? 付き合ってないしぃ? ま、ノア様が付き合ってくださいって頼むなら、別にいいけど~?』
「そうそう、俺ら別に付き合ってないから。こいつただのペットだから。付き合ってってロウリィが泣いて頼むなら、ま、別に良いけど~?」
はぁ、とナベリウスがため息をつく。
『もう何でも良いからさっさと行ってこいよ……』
かくして、俺はカーター領で行われる、祭りに参加することになったのだが……。
★
「どうしてこうなったぁああああああああああああああああ!?」
……現在の状況説明しよう。
俺は、神輿に乗っている。
木で組まれた神輿の頂点に座って、カーター領民達が、担いでいる状態だ。
領民達は俺を乗せた神輿を担ぎ、村々を回っている次第……。
「おいサラ! こりゃどういうことだよっ!」
神輿の横で歩いている、サラに尋ねる。
「? どういうこととは?」
「祭りに出るっていったら、なんで神輿に担がれてるのってこと!?」
「だって今日は【大ノア様大感謝祭】ですもの!」
「『大ノア様大感謝祭……?』」
俺も、頭の上に乗ってるロウリィも、揃って首をかしげる。
サラは得意げに説明する。
「ノア様、今日が何の日かご存じですか?」
「知らん!」
「ノア様がこの領地に着任してから、ちょうど100日目! 日頃の感謝をこめて、ノア様に祈りと感謝を捧げるお祭りなのですわ♡」
な、なんてこった……。
そんな祭りだったとは……。
『ノア様に祈りと感謝って……もう完全に神扱いじゃないっすか』
俺たちは周りを見やる。
「ノア様ー!」「ありがたやー!」「いつもありがとうございますぅうう!」
俺たちがいるのは、領内のとある村。
領民達がみな、跪いて、俺たちに頭を下げている。
『なんすかこの大名行列……』
「おい今すぐやめさせろ! はずいだろ!」
しかしサラは首を振る。
「みな喜んで土下座しているのです。ノア様に、いつもお世話になってるからと」
『喜んで土下座ってすごい字面っすね……』
神輿が進んでいく先に、ずらりと、領民達が二列に並んで土下座している。
『ノア様文字通り担がれてるっすよ、神として』
「うわぁああああああん! ろりえもーん! 助けてよぉ! こんなのヤダヤダヤダぁ!」
俺は無能扱いされたいのに!
感謝なんてされたくないのに!
なんだってこんな扱い受けなきゃいけないんだよ!?
『しょうがないなぁノア太くん』
「ろりえもん! 打開策を教えてくれるのかい?」
ロウリィはぴょんっ、とジャンプする。
『変化!』
ぼんっ、と空中で白竜の姿へと変化。
そうか、そういうことか!
「とう!」
俺はロウリィの背中に乗る。
「ナベ!」
『なんだ?』
俺の影から、ずおっ、と黒犬が出現。
「主ノア・カーターが命じる! 俺の姿に化けろ!」
悪魔と俺は契約している。
契約主には逆らえない。
ナベリウスは全身が影で出来た悪魔だ。
影の形を変えることで、自在に、外見を変えられる。
ノアの姿になったナベリウスを……。
「てーい」
どがっ!
「ノアぁあああああああああああ!」
白竜の背から、俺に蹴飛ばされたナベリウスが落ちていく。
どすんっ、と神輿の上に落ちるナベリウス。
「『じゃ、そゆことでー』」
『貴様らぁあああああ! オレ様を囮に逃げるのかぁあああああああああ!?』
ロウリィは俺を乗せると、その場からエスケープするのだった。
★
神輿のいる街から、離れた村へとやってきた。
「助かったぜロウリィ。さすが俺の相棒」
「えへへっ、まーねー」
人間の姿に変化したロウリィ。
一方で俺は、顔に仮面を付けている。
「ノア様とデートできないし」
「おいおいデートじゃないだろ、視察だよ視察」
「おっと~。そうでしたね~。じゃ視察しますかー♡」
「そうだな、視察するかー」
俺たちは出店を回る。
あちこちで商人が、食い物や出し物をしていた。
ロウリィと綿あめを買ってたべあったり、金魚すくいしたりする。
「はー! 充実した視察の時間っすなぁ」
「まったく、視察はいいもんだなぁ」
ひとしきり回った後、俺たちは村の公園のベンチで一息つく。
「しっかし、数ヶ月でこの領地、めっちゃ豊かになってるっすね。商人めっちゃ来てるし」
「まー、なんだか知らんが帝国と手を組んだことになってたからな」
「領主が知らぬ間に隣国と外交結ぶって、ヤバいっすね今思うと……」
「この領地のやばさは今に始まったことじゃないだろ……なんだよ大ノア様大感謝祭って……大がかぶってんだよ」
はぁ、と俺たちはため息をつく。
「嫌なら出てきます、ここ?」
「いや無理だから。リスタがついてくるし」
「ああ……そうでしたね……」
「それに……ま、出てくのも、めんどうだしな。もう少しいてやるよ」
ロウリィが俺を見て目を丸くする。
そして、ふふっ、と微笑んだ。
「なんだかんだ愛着沸いてるじゃないっすか」
「うるへー。ほら、いくぞ」
俺とロウリィは立ち上がって、ベンチをあとにする。
「しかし感謝祭って、まるでノア様、まじもんの神みたいな扱いっすねー」
「やめろまじで……」
そんなの勘弁して欲しい。
「でもあれみて」
「あん? ……なんじゃありゃ」
領地内に、教会のような建物があった。
だがその建物のてっぺんには、白猫を肩に載せた、マントを羽織った男が、頭上を指さしている。
「どーみても、ノア様っすよね、あれ」
「いつの間にあんなものを……!」
「教会に偶像って、ほんと神じゃん。よかったっすね~」
にやにや、とロウリィが意地悪く笑う。
「やめろ。ほんとの神が聞いたら、怒っちゃうでしょうが」
「そりゃそっか。こんな無能王子が、神のごとく扱われてるんすから。本物の神からすれば、むかっぱらが立つってもんすね」
「だろ? あとで雑巾絞りの刑な」
「んなっ!? ひっでー!」
俺たちは教会をあとにする。
「そのうち天罰くらったりして。本物の神が居るくせに、神を名乗るとはなにごとだーって」
「別に俺名乗ってねえけどな。ま、神なんてもん、存在するわけないだろ」
「そっすよねー。神なんているわけないっすよねー」
「そうそう。天罰なんて俺、一度も食らったことないし~」
「たしかに、もし本当に神が居るなら、罰当たりなことバッカしてるノア様、今頃とっくに死んでるだろうし~」
「「神なんて、いるわけないよ。そんなもの」」
★
後日、俺の屋敷にて。
「はじめまして。ワタシ、【天導教会】から派遣された聖騎士です」
「て、天導教会って、唯一神ゼウスをあがめる、この世界で一番高い宗教団体じゃないっすか」
「そ、そんなとこの聖騎士が、俺になんのようだよ!」
「ノア・カーター。神の名を騙り、侮辱した罪で、あなたを拘束します」
「『はぁああああああああああああああ!?』」




