64.第七王子は高度な恋愛頭脳戦を繰り広げる(痴話げんか)
第七王子ノアのもとから、魔神ロウリィが去ってから、1週間後。
カーター領主の館の裏庭にて。
1匹の白猫……ロウリィが、こそこそとやってきた。
『何やってるんだおまえ?』
『うぉっ!? な、なんだナベちゃんか……』
ロウリィの側にやってきたのは、黒犬のナベリウス(※悪魔)。
『1週間も姿見せないから、心配したぞ』
『悪いっす……』
ナベリウスにまで迷惑をかける気がなかったので、素直にロウリィは謝る。
ふぅ、とナベリウスは嘆息をつくと、白猫に尋ねる。
『それでおまえ、こんなとこで何してる? ノア様のとこへいかないのか』
『くくく……よくぞ聞いてくれたっす、ナベちゃん!』
にやぁ……と笑うロウリィ。なぜだろうか、その笑みは、ノアがよく無能ムーヴするときと、同じにナベリウスは感じた。
『これはね、高度な頭脳戦なんすよ』
『はぁ……』
ナベリウスが呆れている一方で、ロウリィは自信満々に語る。
『最近ノア様がわたしのことないがしろにしてるっすからね。家出した~、って驚かせることで、わたしの重要性を再確認させるって作戦っす!』
『はぁ……』
心底どうでも良さそうに、ナベリウスがため息をつく。
『ノア様ぁ……愛しの白猫が、1週間もいなくて、さぞ寂しい思いをしてるだろう~? このぷにぷに肉球が欲しいか? ん? 欲しいっすか? しかたないなぁ!』
どうやらロウリィの中では、現在、ノアは相棒がいなくなって寂しく思っている、と勝手に思っているようだ。
しかし、ナベリウスは知っている。
『ロウリィ。たぶんそれは無駄だと思うぞ?』
『あん? なんでっすか?』
くいくい、とナベリウスは、尻尾で、二階にあるノアの部屋の窓を指す。
ロウリィは器用に壁を昇り、ナベリウスは背中から影の翼を生やし、ノアの部屋の近くまできた。
そこには……。
「おおー! よちよち、可愛い子でちゅね~!」
ノアがデレデレとした顔で、1匹の猫を、胸に抱いていた。
『んなっ!? なな、なんすかあの雌猫ぉ……!』
驚愕するロウリィに、ナベリウスが応える。
『ロウリィが出て行ったあと、ノア様が飼い出したのだ』
『にゃにー! わたしという猫がありながらー!』
……ナベリウスはため息をつく。お前、魔神だろう、と。
ふがふが、とロウリィは鼻息荒く憤慨する。
ノアはそんなのお構いなしに、新たな猫を可愛がる。
「いやぁ、ロリツー。おまえは可愛いな~」
『なにぃ! ロリツーだとぉ!』
『ロウリィ2号ってことか……』
『きー! 2号!? 初号機が2号機にまけるですってぇええええ!』
ロウリィ、怒り狂う。
一方でノアは、にやぁ……と笑った。
「いやぁ、ロリツーはいいよなぁ。なにせ【どっかの白猫】なんかとちがって、口うるさくない! 俺に無償で甘えてくるし、肉球だって触り放題!」
『ぐぬ……ぐぬぬぬぬぅ!』
「これは二号機の完全勝利だなぁ。初号機の完全上位互換だもんなぁ~」
ちらちら、とノアは、【窓の外】をチラ見している。
外に声が届くように、声を張って言う。
「これは別に、ロウリィは帰ってこなくてもいいなぁ!」
ナベリウスは、すぐに察しがついていた。
だがロウリィは、ショックを受けてるようだった……。
『そんな……ノア様……わたしがいながら……うう……』
『いや、ロウリィ。たぶんノア様は気づいて……』
だがナベリウスが引き留めるまもなく……。
『うわぁああああああああん! ノア様のあほぉおおおおおおおおおおお!』
白竜の姿に変化すると、そのまま大空へと飛び去っていった。
『…………』
ナベリウスはため息をつくと、窓をあけて、中に入る。
「おおー! ろりえもん! おまえ何やってたんだよぉーもー帰ってきたいのか-? んー? しょうがないなぁ! おまえがどうしても帰ってきたっていうのなら………………………………って、ナベかよ」
喜色満面だったノアは、ナベリウスを見ると一転、不機嫌そうに顔をしかめた。
『やはりノア様、オレ様たちに気づいてたのだな』
「ったりまえだろ。俺の魔力感知能力をなめんじゃねえ。なんだったら、家出したろりえもんの居場所もその日にわかってたし」
『ならなぜ迎えに行ってやらんのだ……』
至極、もっともな疑問をナベリウスは口にする。
「くくく……よくぞ聞いてくれた、ナベぇ……!」
にやぁ……と笑うノア。なぜだろうか、その笑みは、ついさっきロウリィが浮かべたものと、まったく同質のものであったように感じた。
「これはな、高度な頭脳戦なんだよ」
『はぁ……』
ナベリウスが呆れている一方で、ノアは自信満々に語る。
「最近ロウリィが俺をないがしろにしてるからな。ほかの猫を飼った~、って驚かせることで、自分の地位を揺るがし、飼い主である俺の重要性を再確認させるって作戦だよ!」
『はぁ……』
なんだか、どこかで聞いたような作戦だった。
「くくく……ロウリィ。どうだぁ、このままじゃほかの猫に、俺の相棒の座を奪われちまうぞぉ~?」
『……ノア様。別にロウリィのこと、嫌いになったわけじゃないんだろ?』
「あ? ったりめえだろ。むしろあいつがいないと、調子狂うんだよこっちは」
『それを本人に言ってやれよ……』
「へーん! 誰が言うもんか。ま、向こうがな、どーしても俺のもとへ帰ってきたいーって泣きついてくるんだったら、かんがえてやってもよくってよ!」
『はぁ……』
ノアもロウリィも、とどのつまり、相手から謝らせたいわけであった。
まったくもって、息ぴったりの二人であるのだが、どうしてこうもかみ合わないのか……。
『肩肘張ってないで謝れば良いものを』
「だまらっしゃい! くく……目に浮かぶぞぉ。やつが俺に泣きついてくる姿がなぁ!」
★
だが、その3日後。
カーター領主の部屋にて。
「チクショウ。ロウリィのヤツ、まだ帰ってこない。何やってんだよ……」
ノアはロウリィが帰ってこなくて、いらいらしてた。
そこへ……。
『ノア様。郵便だぞ』
「あー? 郵便だぁ?」
ナベリウスは口に、1枚の封書を加えていた。
ノアは受け取って、びりっと封書を破る。
「魔法巻物だ」
『たしか魔法を付与しておく巻物だな』
「ああ。どうやら映像を魔法にして記録してあるらしい」
巻物をほどいて、空中に投げる。
魔法が発動し、映像が再生される……。
『やっほー、ノア様。元気ぃ~?』
「んなっ!? ロウリィ! っと……ガルシア?」
映像にうつっていたのは……。
高級そうな部屋だ。
『皇帝の城だな……というか、一緒に写ってるのは、ガルシア皇子じゃないか』
「ろ、ロウリィ! 貴様! 帝国にいるのか!?」
ガルシア皇子の膝の上には、ロウリィが寝そべっている。
『ごめんねノアッチ。わたし、もうガルシア皇子の猫になったの』
「ななっ!? なんだってぇええええええええええええええ!?」
愕然とするノア。
その一方でナベリウスは『なんか見たことあるなこの展開……』と呆れる。
『いやぁ、ガルシア皇子は最高の飼い主っすよ! どっかの無能王子と違って、優しいし、お金持ちだし、なにより次期皇帝だし!』
「ふぐ! ふぐぅううううううううう!」
憤慨するノア。
一方でナベリウスは『なるほど……あてつけか』とロウリィの意図に気づく。
ナベリウスの予想通り、これはロウリィの復讐であった。
この間、ノアが自分に見せつけるようなことをしてきたので、さらにノアを動揺させるために、ロウリィがガルシア皇子に頼んで、偽のメッセージを作ったのである。
まんまとロウリィの策に、綺麗にハマってしまったノア。
『とゆーわけで、わたしはガルシア皇子のもとでしあわせに暮らすっす~。ねー、皇子~。肉球ぷにってもいいよー』
「ああああやめろおおおおおおお! 俺以外のやつに、肉球をぷにらせるなぁあああああああああ!」
完全に動揺しまくるノアをみて、ナベリウスは呆れかえって何も言えないで居た。
『わたし、もうノア様のもとへ帰るつもりないんで。ごめんねー。まぁでも……』
メッセージの途中で、ノアは耐えきれなくなり、炎の魔法でスクロールを燃やした。
言うまでもなく、この後に続くメッセージは、【どうしてもっていうなら帰っても良いよ】、だ。
「…………」
『ノア様。メッセージの続きがあったみたいだが、いいのか?』
「くっそぉおおおお! あんの、浮気猫めぇえええええええ!」
怒り狂うノアを見て、ナベリウスは『単純すぎる……』とあきれる。
「俺というものがありながら! ほかの飼い主にデレデレしやがって! チクショウ! お前は俺のだろ!」
『それを本人に言ってやれば解決なのでは……?』
「こうなったら反撃だ!」
ぱんっ、とノアが柏手を打つ。
ノアの机の上にあった書類の束が、宙に舞う。
それは自動的に折り紙のように変形すると、無数の猫に変わった。
『無機物を命に代える魔法か……すごいな、やはり』
最初の演技の時の猫も、このようにノアが生み出したものだったのだ。
「おいナベ! 映像を録画しろ! 俺が無数の猫に溺れてる姿を、あいつに見せつけるんだ!」
『なんでまたそんなことを……』
「あいつが危機感を覚えて、こっちに帰ってくるように仕向けるためだよ!」
『いやだから謝れば良いだけの話……』
「うるせええええええええ! これは、プライドの問題なんだよ! あいつが泣きついてこない限り、俺はぜーったい許さないんだからね!」
★
かくして、無駄にスペックの高い馬鹿二名による、恋愛頭脳戦(笑)は、熾烈を極めた。
ノアが当てつけのように送ったメッセージに、もちろんロウリィは動揺した。
お返しにとばかりに、ガルシア皇子にお腹を吸わせる(※猫のお腹に顔を埋めて、すぅはぁと呼吸すること)映像を送りつける。
もちろんノアは動揺した。お返しに……。
と、延々とお互い、当てつけのメッセージを送りまくった。
メッセンジャーはナベリウス。
完全にとばっちりであり、痴話げんかに巻き込まれた憐れなる黒犬だった。
やがて……。
『いい加減にしろぉおおおおおおお!』
切れたナベリウスは、魔法を発動。
ナベリウスは影を自在に操る。
それを応用して、ノアたちを、影で作られた異空間に閉じ込めたのだ。
ふたりは、何もない、真っ暗な空間に二人きりにされる……。
「ロウリィ!」
『ノア様!』
ナベリウスが作った影空間にて。
ノアとロウリィは、二人きりで相対する。
「へ、へーん! どうしたろりえもん、おまえ……今更さみしくなったのか?」
『ふ、ふーんだ! どうしたんすかノアッチ。もしかして、わたしがいなくて寂しかったんすか?』
「『…………』」
ふたりとも、図星をつかれ、黙りこくってしまう。
沈黙が続く。
やがて……。
「『ごめん……』」
どちらからともなく、二人は謝った。
周りに誰も居ない状況であること、そして、なんといっても……。
二人にとって、相手がいないことが、辛かったのだ。
「俺が悪かった」
『いや、わたしも悪かったっす……』
「別に俺、猫飼ってないから」
『わたしも別に、ガルシア皇子の猫になったわけじゃないっすから』
「そ、そっか……」
『う、うん……』
ノアはロウリィに近づいて、隣に座る。
ロウリィは何も言わずとも、ノアの膝の上に乗っかる。
「帰ってこいよ。おまえがいないと……俺が、困るんだよ」
『ふーん……なんで困るんすか?』
ロウリィは微笑みながら、尋ねる。
ノアは、顔を見られないように、そっぽを向く。
「お前がいないと、つまんねえんだよ」
ロウリィは、その一言が聞きたかったのだ。
彼女は心から喜び、すりすり……とノアの体に、頬ずりする。
『んも~♡ ノアッチってばぁ、わたしがいないとだめなんすからぁ~♡』
「ぐっ……調子に乗りやがってペットの分際で」
『ま……わたしも、ノア様がいないと、つまんなかったっす』
ぽつり、と小さくつぶやく。
「んも~。ろりえもんってばぁ、俺がいないとだめなんだからぁ~」
実にうれしそうに、ノアがロウリィの頬をつつく。
『ぐぬ……腹立つ』
「おまえこそ腹立つわー。主人の心を弄びよって。そんな貴様には……肉球ぷにぷにの刑に処す!」
『うわー、やめろー』
ノアは肉球をぷにぷにし、ロウリィは一切嫌がることなく、彼に体を委ねる。
ふたりが笑顔で、イチャついてる姿を……。
『やれやれ』
とナベリウスが、ため息をつきながら……しかし、苦笑する。
『まったく、お似合いのバカップルだよ、あんたらは』




