39.第七王子は悪魔と戦う
ある日のこと。
俺がいるのは、カーター領の外。
王国内にある【トーカ】と呼ばれる街。
俺がいるのは、知り合いの商人サブリーナが持つ商業ギルドだ。
そこの待合室にて。
『ノア様、珍しいっすね。外に出るなんて。何しに来たんすか?』
「今日は俺の【サイン会】なのだよ」
『サイン会ぃ? どういうことっすか?』
白猫ロウリィが俺の肩の上に乗っている。
俺は手元の自伝を手に取ってロウリィに見せる。
『これって、この間ダザイさんに書かせた自伝じゃあないっすか』
「そ。これがあまりに売れまくってるから、サブリーナがサイン会を開きたいっていうんだよ」
『はえー……そんなに売れてるすかこれ……あれ? サイン会って普通、本の作者がするものじゃ?』
「なんか、人気があるの、作者じゃなくて俺なんだとさ」
『なるほど……まあノア様顔だけはいいっすからね……あ、やめてっ、猫じゃらしやめて、それらめ……ふしゃー!』
ロウリィを猫じゃらしで翻弄しながら言う。
「それで今回はこのサイン会を使って無能ムーヴを企んでいるのだ……! 聞いてくれるかロウリィ!」
『ふにゃぁああん♡ にゃああああん♡』
「真面目に聞け」
ぺいっ、と猫じゃらしを放り投げる。
ロウリィが正気を取り戻す。
『で、今回はどんなバカやるんで?』
「名付けて、【ファンの女の子を無理矢理宿につれてっていかがわしいことしちゃうぞ】作戦だ!」
『うわー……さいてー……』
「だろぉ~?」
ようするに、サイン会に来た女性ファンを使って、肉体関係を無理矢理迫るって作戦だ。
「大勢のファンの前でこんな最低なことをすれば、ファンからアンチにかわって、俺が最低領主ってことが全国に広がるって寸法よ」
『はぁ~……なるほどねぇ。でも上手く行くんすかね』
「バッカヤロウ! どんなもんでもまず行動! 成功とか失敗とか、考えてちゃなにもできないだろうがっ!」
『ノア様って無駄にポジティヴっすよね』
こんこん……。
控え室に入ってきたのは、少女と見まがう美少年、商人のサブリーナだ
「ノア様! サイン会の準備が整いました!」
「おう。行こうか」
バッ……と俺は赤いマントを翻し、彼の後へとついてく。
「今日もうすっごい人が集まってますよ! 老若男女が、全国からノア様のタメに集まってます! すごいです!」
「はは、どうも……」
「エルフさんやドワーフさんもいますよ。本当に色んな種族のかたに愛されてますね!」
『ノア様がっていうか、色んな人に愛される物語を作ったダザイさんがやべーんじゃないすかね……?』
ほんとそれな。
『でもノア様~。そんなたくさんの人が来るってことは、危ないんじゃないすか?』
「危ないってなんだよ」
『暗殺者がスルッと紛れ込んでるかも』
「はぁ? 暗殺者ぁ? なんで殺されなきゃいけないんだよ」
『ヒント、ダークノワール・ブラックシュバルツ団』
「素直に前世って言えや!」
俺はロウリィの頬をぐにぐにとひっぱる。
まあ確かに、前世で賢者だったときは色々やらかした。
だが、安心だ。
「世界中の生きとし生けるものか【闇の賢者】に関する記憶を消したんだ。恨まれるようなことはないし、暗殺者なんて絶対紛れ込んでねえよ」
『フラグ乙』
★
サイン会場は商業ギルドの建物内で行われることになった。
……驚いたのは、俺のサイン目当てに、めちゃくちゃたくさんの人が集まったってことだ。
広い建物内だけでなく、外にまで大行列ができているらしい。
うへえ……死にそう。
ま、まあいい。
俺の無能ムーヴは人が多ければ多いほど効果を持つからな。
商業ギルドの片隅に、机が1つ置かれている。
俺がその前に座り、ファンから差し出された本にサインするらしい。
「ノア様、準備はよろしいですかっ?」
客の整理をしていたサブリーナが問うてくる。
「おうよ! 一人目、かもーん!」
「きゃー! ノア様! 生ノア様ですぅ!」
俺の元へやってきたのは、浅黒い肌に、尖った耳の女だった。
『ダークエルフっすかね』
「わたしぃ~。ノア様の大ファンなのですのぉ~」
くくく……都合の良いことに、一人目から女じゃねえか。
よし……やるぞ、無能ムーヴ!
「ぜひこれにサインをお願いしますぅ~」
さっ……と取り出したのは、1枚の羊皮紙だった。
「羊皮紙? あの……すみません、今日は本の購入者の方へのサイン会なので……」
「すみませーん、本を忘れてきてしまって……それじゃ……だめ、ですかぁ?」
「うーん……どうしましょう、ノア様?」
サブーリナが困ったように言う。
ふっ……問題ない。
「いいぜ、サインしてやるよ」
「ほんとですかぁ~?」
俺は女から羊皮紙を受け取り、サラサラとサインをする。
にやり……と女が笑った。
『ノア様……この女から、邪気を感じるっす……』
「そうかぁ? ほい、サインしたぜ」
「わぁー♡ ありがとうございますぅ~……」
にぃ……と女が嬉しそうに笑う。
ふっ……バカめ。
「しかし……これはやらん」
「「「へ?」」」
女も、サブリーナ達も目を丸くする。
「俺のサインが欲しければ……この俺にその身を捧げよ!」
『うわー……ど直球ぅ……こりゃひでーっすわ……』
ロウリィは呆れたように言う。
一方で女は困惑していた。
「そ、その身を捧げよって……?」
「文字通りだ。貴様を、いただくってことだよ」
「なっ!? わ、わたしの命を、……いただくと!?」
「え? あ、ああ。でなきゃこれはやれねえなぁ?」
こいつ今命っつった?
いや気のせいだよな、空耳だろう。
さーて、さてさて、どうなる?
怒るよなぁ。
怒るに決まってる、こんな公衆の面前でセクハラされたんじゃなあ。
さぁ、怒れ!
「よくぞ見破ったな、闇の賢者よ!」
「『ふぁ……!?』」
女の体から急に、瘴気が漏れ出す。
ボコボコと体が変形しだした。
それは1匹の黒くて巨大な狼へと変貌した。
『オレ様はソロモンの大悪魔! 【ナベリウス】!』
『どしぇー! あ、大悪魔……!? ノア様、悪魔っすよ』
「ほー……悪魔がなんのよう?」
『『こいつ、どうじてないだとぉ!?』』
いや悪魔とか正直、メッチャ見てきてるからなぁ、前世とかで。
『ま、まあいい……よくぞオレ様の計画を見抜いたな! 人間の姿で接近し、油断したところを殺す作戦を!』
『こいつ自分でペラペラ作戦開示して、バカなんすかね?』
『うっせえ! 猫の分際でオレ様ばかにしてんじゃねーぞバーカ!』
『あ、バカっぽい』
いや……でも、え? どうしよう……。
「お、落ち着いてください! ノア様がいます! 我らを助けてくださいます!」
そうだった、サイン会の途中だった!
い、いかん……ここで活躍するわけには、いかん!
「そうよ、ノア様がいるじゃない!」「瞬き一つでドラゴンを倒してしまうノア様がいるなら!」「悪魔なんて余裕で倒してくださる!」
ファン達からの妙な期待……。
だが、ふっ……悪いな。
俺は……負けるつもりだ!
作戦は変わっちまったが、ちょうどいい。
ここで俺が悪魔に、こいつらを差し出すかわりに、俺を助けてくれって言えば……くくく、完璧だ。
『おっとノアよ。妙な気を起こすんじゃあねえぞ。これを見ろ!』
ナベリウスの前に、一枚の羊皮紙が浮かび上がる。
『これは悪魔との契約書だ!』
「へ? 契約書?」
『そうだ! これは悪魔と契約を結ぶ書類。貴様はこのオレ様と契約を結び、下僕となったのだぁ! つまり、貴様の生殺与奪権は、このナベリウス様が握っているのだ!』
にやり、と笑う。
『さぁ! ノアよ! このオレ様に従うが良い!』
「え、やだ」
『そうかいやか! じゃあわかった、いい! ……って、え? ええええ!?』
なんか知らんがナベリウスが驚いてやがる。
「な、なんだどうなってんの?」
『なぜだ!? なぜオレ様の命令が効かないのだ!?』
「おまえうるさい、もうちょっと声を抑えろよ」
『……わかりましたっ! 声を控えめにしますっ』
ナベリウスの声が、突如として小さくなった。
『ノア様、これ……なんか相手が言うこと聞いてないっすか?』
「あ、ああ……」
するとその様子を見ていたファンの中から、一人の老人が飛び出す。
「さすがですぞノア様!」
「お前誰!?」
「神官を務めてるものですじゃ! ノア様は悪魔との契約を上書きなさったのじゃ!」
『契約の上書き? そんなことできるんすか?』
「うむ、悪魔との契約において、より強大な力を持つものが優位に立つとされている」
『つまりノア様が悪魔よりも強い力を持っていたから、主として認定されたってことっすか?』
「そのとおり! おお、やはりノア様は、この本の通り偉大なお方だったのじゃ! 悪魔すら従えるなんて!」
おおおー! とファン達から歓声があがる。
え、えええ!? お、俺何もまだしてないのにぃ!
『く、このぉおおおおおお!』
「おまえ邪魔! お座り!」
『きゃうーん!』
ナベリウスはその場にお座りポーズ。
さらに、ぽんっ……と小さな音を立てる。
そこにいたのは、ロウリィと同じくらいのサイズの、黒い子犬だった。
「ノア様が悪魔を完全に支配下においたのじゃ! これでもう安心じゃ!」
「「「うぉおおおおおおお! ノア様すげええええええ!」」」
ただ単にお座りって言っただけなんだが……。
『体が縮んだ! どーなってやがる!』
『あんたもどうやら、ノア様の舎弟になったみたいっすね』
白猫ロウリィが、黒犬ナベリウスの肩をぽんぽん、と尻尾で叩く。
『舎弟どーし仲良くしよ?』
『誰があんな奴の舎弟になるかよ!』
『あ、でもとりあえずわたしの方が先に舎弟だったんで、わたし先輩な? おいジュース買って来いよナベリウス』
『ふ、ふ、ふざけるな! 誰がてめえらと仲良くするか!』
ぎゃあぎゃあと騒ぐ小動物達。
そんでもって、会場で悪魔をひれ伏せさせた俺……。
『ノア様の株あがっちゃいましたね』
「あああもぉおおおおお! またかよぉおおおお! どうしてこうなるんだよぉおおおおお!」




