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エミリア>>ゼロ>>>(越えられない壁)>>>桜 ヒント:胸

 朝食後、出来る限りだらだらしようと粘るニートどもを何とか引き摺り出し、朝の柔らかな陽射しの中を市場目指して歩く。

 セントラルの街並みは、湾を囲んで三日月型に広がっている。内陸よりかは海に近い場所に位置する西番外地から市場までは、歩いて三十分程度だ。


「ねーえー典雅ぁー。歩くの疲れたーおんぶー」

「まだ五分も歩いてねえだろ」


 だらしなく背中を丸めて、ゾンビのようなふらつく足取りで俺の真後ろについてくるゼロ。裾を掴むな歩きづらいっつーの。美少女が裾をちょこんと掴んで上目遣いでお願いしてくるとかギャルゲじゃねーんだぞ。猫のように丸まった背中のせいで、デコルテラインが丸見えになって更にその下の谷間がちらっと見えるとかほんとご馳走さまです。


「ゼロさん、あまり典雅様を困らせたらいけませんよお?」

「えー、そんなこと言っても結局典雅もチラ見えおっぱい略してちっぱいに喜んでるからよくないー?」


 うぐっ、谷間見てたのがバレてる……だと!?

 百パーセント向こうに過失のないエロイベントは何となく気まずい。話題変えよ……。


「おいおい、ちっぱいとか桜に殺され――」


 ひゅんっ! という空気を切り裂く音と同時に、喉に冷たい感触。


「我が……なんじゃって?」


 耳元で囁く可憐な声が、やけに威圧感を与えてくる。それにしても、桜と俺って40センチ近く身長差あんのに、どうして届いて……あっ、腰にめっちゃ踏まれてる感じある。あっ、肩もめっちゃ掴まれてる感じある。なるほど、お前はコアラか。


「い、いやーなんでもないのですのよー?」

「そうか……次はない」

「ウィッス」


 冷や汗をだらだらと流しながらぎこちなく頷けば、喉元から刃――クナイが引くと同時に腰と肩に軽い衝撃が。

 隣に、クナイをしまった桜が音もたてずに着地したのを見届けて、ほっと息を吐く。


「典雅様、お怪我はありませんかあ? それと、真似しないで欲しいのですよ~」


 大和撫子よろしく三歩後ろを着いてきていたエミリアが隣に来て、心配そうに眉尻を下げる。あー、エミリアは可愛いなぁー。癒される。


「エミリアちゃん、お怪我はありませんわあ。それと、真似してごめんなさいですのよ~?」

「もう、典雅様ったら~。そんな、エミリアの真似何てされたら~――」


 困ったように笑っていたエミリアが、ふと顔を俯ける。やっべ、怒らせちゃった? エミリアたんおこ?


「エミリア? わりぃ、怒ったか?」


 慌てて足を止めて、エミリアを覗き込もうとする――


「うふふエミリアの真似をする典雅様ということは典雅様の思考の中にエミリアが確実に介入している存在しているつまりこれはエミリアと典雅様が典雅様の中では融合しているということエミリアと典雅様は典雅様の中で混ざり合って一つになって輪郭なんてどろどろになってそして吸収されいつか典雅様の心の基盤になるこれは最早エミリアと典雅様は同一体であり個と他の垣根を超越した存在になる人類で今まで到達し得なかった正真正銘二人だけの世界の住人になるうふふふふ典雅様の中のエミリアが羨ましくて殺したくなりますですのよ~」

「……ふっ」


 俺は、そっと目を閉じ軽く微笑むと、俯いたままぶつぶつと呟き続けているエミリアを置いて歩き出した。


「典雅、エミリアどうするの?」

「ゼロ、知ってるか? 触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず。好奇心は猫をも殺す。時代や世界が変わっても、先人の偉大な言葉には従うべきだ」

「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃ……ってやつは?」

「それは例外。つーかなんで知ってんだよ」

「キサマら、ちゃきちゃき歩かんと市に間に合わぬぞ」


 市場まで、あと二十分程度か。

 もう大分日も登り、朝の気配が抜けつつある。ちらりと腕時計を確認すれば、九時近くになっていた。


「ちょっとこのペースじゃ遅くね? 良いの軒並み売れちゃわね?」

「だから、間に合わぬと言っておるじゃろう」

「だぁーいじょーぶだぁーいじょーぶ。ね、典雅?」

「その意味深な目配せは何かなぁーゼロくぅーん?」


 くすりと悪戯に笑ったゼロが、するりと俺の腕を取り、その胸に抱く。


 むにゅう。なんとも言えない、逆説的だがこの世のどんなものよりも柔らかい、何にも例えようのない感触が腕から伝わってくる。いやあ、豊作ですねえゼロさん。


「典雅の……アレ、の出番。でしょ?」

「意味深に吐息たっぷりの囁き声でアレって言うのやめてくれません? さっきも言ったけど、俺、男だからね?」

「ばっかだねぇ典雅は。女の子にこんなことしないよー」

「ほんとお前、この世の童貞の敵であり神だからな。いい加減にしろよありがとうございます」


 朝から冷静に対処してるように見せ掛けてるけど、実際結構内心キテるからね? 俺のジョイスティックがスタンダップ寸前だからね?


「……分かったから離せ。アレ、出してやるから」

「わーいありがとう典雅!」


 言った途端、ぱっと離れていくおっぱい。あっ、ちょっと名残惜しい……。


「はーあ、ったく。ニートが更に怠惰になるから出来れば使いたくねーんだよな」

「生活の知恵を生活に役立てるのに何の不都合があるの?」

「あんまり便利になると生活に支障が出るんだよ……例えば、スマホとかその最たるもんだろ」


 懐を漁り手のひらサイズの端末を取り出す。

 剣と魔法の世界にあるじまき質感のそれは、正真正銘地球に存在していたものと遜色のないスマートフォンだ――見た目だけ、だが。


「スマホ依存症とか歩きスマホとか、そんなになるくらい生活に食い込むのは良くねぇじゃん」

「開発者がよく言うよ」

「開発者が言わなきゃ誰が言うんだよ。こちとら長所と短所も熟知してんだぞ」


 ゼロとうだうだやり取りをしつつ、指紋認証で起動した端末の画面を素早くタップする。お目当てのアプリアイコンを親指で叩き、認証コードを打ち込めば――


「ほらよ」


 スマホの画面上数センチの所に魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間には、車に良く似た機械が俺の横に出現していた。


「わーい! ボク、助手席ね!」

「我! 我が助手席に乗るのじゃ!」

「典雅様の隣は譲りませんですのよ〜!」

「コラ! 無理に乗ろうとすんな、壊れるだろ!」


 どっと助手席にあたる席に押し寄せた三人を横目に、回り込んで運転席に乗り込む。ハンドルは馴染みのある右ハンドルだ。艶々と光る黒のボディに銀のラインが入った流線形の機体に屋根とタイヤは存在せず、音も無く宙に浮いている。


「お、エミリアに決まったか」

「うふふ、典雅様のお隣にはいつでもエミリアがいるのですよ〜」

「そりゃ心強い」


 あんまり大声では言えないが、何時くないが飛んでくるか分からない桜やエロちょっかいを出してくるゼロは、運転をする時になるべく隣に来て欲しくないんだよな。安全運転第一。


「んじゃ、サクッと行きますか」


 いくつかのボタンを押してハンドルを握る。極シンプルな造りになっているこのエアカーは、俺の魔力を燃料にふわりと浮上した。


「んー、やっぱ気持ちいいな」


 粗方の建物の屋根を越す高度まで浮上すれば、遠くにセントラル中央時計台が見える。遮蔽物が無い代わりに少し肌寒いかと懸念していたが、春の心地よい陽光が冷えそうになる指先を温めてくれる。さらさらと風が頬を撫でた。


「あ、典雅博士ー!」

「博士はやめろっつーの!」


 道を歩いていた子供が、エアカーの影に気付いて手を振り出した。


「ふふ、典雅様は人気者ですのよ〜」

「人気者っつーか、体のいい便利ツールとしか思われてねーけどな」

「ひねくれてるねぇ。ほら、呼んでるよ」

「典雅さーん、今度私のおうちにも来てくださーいっ!」

「うっせぇ……今度なーっ!」


 からかうゼロに悪態をついて、俺はそこかしこから聞こえてくる挨拶の声に手を振り返した。

 神からレシピの能力を賜った俺が異世界に降り立ちすぐにした事と言えば、魔法のレシピの作成だった。

 「魔法みたいなレシピ」ではない。文字通り「魔法のレシピ」だ。

 身体能力を含め諸々は異世界に併せてグレードアップしていると神は言っていた。それならば魔力も備わっているだろう、でも魔力ってどう使うんや? そうだ、レシピにしてプロセスを見える化すればイメージが付きやすくなるだろう! レッツメイキン! という軽い気持ちで行ったのだが――どうやら、これが最高の初手だったらしい。

 俺が念じれば、空中に黄金の粒子が舞い、一所に収束して黄金の紙を生み出す。ふわりと手のひらに舞い降りたそれには、魔法を使うために必要な魔力量と呪文、手順、また用語の解説が注釈として書き記してあった。

 そうして魔力の練り方から放出の仕方、魔法への昇華の仕方等を理解した俺は、王道のギルド登録を済ませ、冒険に出る――事はしなかった。

 ギルド登録を済ませた後はギルド併設の酒場に入り浸り、冒険者相手に魔法の情報を売りつつ、対価としてこのテーラに関する知識を集めに集めた。その内に、このテーラに生きる全ての生物が直面している問題を知り、そして。


「典雅様はこの世界の救世主なのです、皆さんが慕って声を掛けてくるのも当然なのですよ〜」

「救世主って柄じゃねーんだけどな」


 何の因果か、ひょんな事からレシピを用いて生み出した発明品が、見事その問題を解決してしまった。

 問題の無くなった後の世界では、もとより友好的だった異種族同士で手を組む事も容易だった。これまで劣勢に立たされていたテーラの民は力を合わせて魔王軍に抵抗し、その結果。

 一年前の丁度今頃、春が訪れると共に魔王軍との休戦協定が結ばれる事になった。


「ほら、着いたぞ」


 エアカーに乗り始めてたったの数分。朝市の賑わいから少し離れた路地を見付け、人気が無いことを確認してから、足が着く高度までエアカーを降下させる。


「典雅様、ありがとうございましたですぅ!」

「エミリアはいつも礼儀正しくて偉いなあ」

「きゃふぅ……!」


 にこにこと笑って礼を言うエミリアに癒されて頭を撫でれば、エミリアは顔を赤くして奇妙な鳴き声を上げた。うんうん。照れておる。愛いやつめ。


「ちょっと、イチャついてないで早く行こーよ」

「こら典雅! 我の事は撫でぬのにエミリアだけ撫でるのは不平等と言うものじゃぞ!」


 先に降りた二人がやいやい野次を飛ばしてくる。


「撫でて欲しけりゃ可愛いく笑ってお礼の一つでも言ってみろって」

「ぐぬぬ、何故我がそんな事をしなければならぬのじゃ!」


 きゃんきゃんと吠える桜に肩を竦め、俺はエアカーから降りた。顔が赤いままのエミリアも降りた事を確認してから、スマホの画面をタップ。エアカーは音も無く消え去った。


「いやー、未来って感じだね」

「近未来感すげーよな、デザインも凝ったんだぜ」


 エアカーも俺のレシピを用いた発明品の一つだ。異世界に来て比較的早い段階に作った物だが、飽きないお気に入りの一つでもある。


「さ、早いとこ済ませちまおうぜ」


 ようやく顔の赤みが引いてきたエミリアに近付いてさり気なく手を握れば、ぼんっと音が出る勢いで再び顔が赤くなったので、してやったりと笑って歩き出した。

 朝市は活気に満ち、人々の話し声で溢れていた。ここが、戦時中は死人のような顔色の人間が道の両端で蹲り物乞いをするだけの場所だったなんて、信じられねえよな。


「典雅様、粗方買い終わったのですよ〜」

「そりゃよかった、これ以上何か買うなら俺の腕が抜けるところだったぜ」

「うふふ、粗方、ですのよ?」

「待って? まだ買うの? もう俺限界なんだけど」


 いい笑顔のエミリアに冷や汗をかいた、次の瞬間。


「そうか、限界か。なら死ね」

「そんなご無体な――おアッ!?」


 きぃん、と。澄んだ金属音を立てて、桜のクナイと刃渡り十センチ程のナイフが激突していた。俺の首のすぐ横で。


「典雅、下がるのじゃ」

「邪魔をするな……ッ!」


 突如として俺を襲った凶刃を防いだ桜が、片手で俺の身体を後ろへと押し込み、襲撃者との距離を取らせる。やだ、イケメン。


「典雅様、こちらへ!」


 優しげな笑顔を引っ込めたエミリアが俺の手を引き、安全な場所まで誘導する。陣形としては桜が先頭、エミリアが真ん中、俺とゼロが最後尾。守ってもらって情けない? 違うね、守らせてやってんだよ――と、強がりを言わせてもらおう。

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