ドSな女神様に踏まれたいプロローグ
今からライトノベルで有りがちな、誰に向けるでもない自己紹介始めまーす。
俺の名前は中埜典雅。黒髪に、日本人の大半がそうであろうちょっと茶色がかった瞳。部活の走り込みのせいでこんがりではないけれど少し焼けた肌。
身長は少し高めで百八十あるけど、こんなのスポーツ男子なら低いくらいだから。あ、ちなみに剣道部。中学の頃から始めて今五年目突入なんだけど、始めた理由は当時流行っていた、銀髪の侍が木刀で敵をばっさばっさ薙ぎ倒すアニメに影響されて。
俺は、ほんとに、どこにでもいるような普通の男子高校生だった。
高二の夏の始め、道路に飛び出した子猫を庇って飛び出した少女を庇って飛び出した少年を庇って、バーッと通ったトラックに轢かれるまでは――
「自己紹介終わりました?」
「あ、神様そんなの訊いちゃうんだ?」
「まあ、神様ですから。それより、早くしないとおやつの時間なくなっちゃうんですよ」
そう言ってあざとく頬を膨らませるのは、どこかの架空宗教の教皇が着ていそうなやたらと布の多い服を身に纏った、髪も目も榛色で肌は抜けるように白い、淡い色合いの美女――神様。
そう、ここは神のおわす世界。
シャツに学ランのズボンという、死んだ瞬間(部活帰り。俺の学校は登下校制服着用義務だった。全くもって無駄な校則だよなほんと)の格好の俺が立っているのは、見渡す限りの草原。
どこからか吹いてきた薫風が、足元に僅かに滞留した草いきれを浚って、どこまでも、どこまでも飛んでいく。
見上げた空は高く澄んでいて、まさに蒼穹という言葉が相応しい。たしか、中国だとこういう空のことを天籃って言うんだっけ――はっ。いけない。風といっしょに思考までどっか行くところだった。
ぼんやりした思考を覚ます為、緩く頭を振りつつ辺りを見渡す。
青々とした草が風に吹かれ、そのつやりとした表面光を弾き、漣を作る。試しに足元の一枚をちぎれば、肉厚の葉が一層濃厚な草の匂いを漂わせる。
しかし、その葉に虫食いの痕はなく、僅かに覗く地面や草の根にも虫やその他の生き物は一切見当たらない。それは視線を上げた先も同じで、広々とした雲居にも一切の鳥類は見当たらない。
生き物のいない、生もなければ死もない、完結した世界。
ここは、地球でもなければ、天国でも地獄でもない。神がその自ら犯した罪を隠匿する為に作った、秘密部屋だ。
柔らかな印象を与える垂れ目をにっこりと下げて、神様が一つ指を立てる。
「多分あなたも分かってると思うんですけど、テンプレな異世界転生なので何らかの能力あげますね。なにがいいですか?」
「じゃあ、チート能力くれ」
「人には向き不向きというものがありまして」
「俺に主人公は向いてないってか? ああん?」
さっきは普通の~とか言ったけど、身長もそこそこあるしビジュアルはそんな悪くないと思うんだけど。剣道やってるってのも主人公ぽくね?
「そんなこと言われても、あなた程度の人間はこの世にごまんといるんですよ。思い上がんな量産型」
「あのすみません、ドSにシフトすんのやめてくれます? 正直ゾクゾクするんで」
好きなシチュエーションはおっとり美女に足で踏まれる奴ですね。どこをとは言いませんけど。女性優位最高。
「なんでもいいんで、さっさと決めてくれません? おやつの時間がなくなっちゃうんですってば」
「この神様、自分の凡ミスで人を殺しておいてアフターケアもぞんざいとかやべぇな。そういうの好きよ」
「いいからさっさとしろや豚」
「逆! 本音と建前逆だから!!」
さっきもテンプレって言ったけど、俺がこれからする異世界転生は、まだ寿命じゃないのに神様の手違いで死んでしまったから残りの寿命を異世界で過ごしてください~申し訳ないので異世界で暮らしやすいように特典を一つあげますよ~って感じ。地球で生き返れないのは、なんか、こう、自然の摂理的なやつらしい。
「それにしても、能力ねえ……」
最近流行りのライトノベルとかだと、どんな能力もらってたっけなあ……。
記憶を引っ張り出しながら、小さく嘆息する。
俺は正直血沸き肉踊る戦闘とかあんまり興味ないし、痛いのは好きじゃない。きれいなお姉さんに踏まれたりする痛みは好きだけど。どこをとは言いませんけど。
正直、トラックに轢かれた時はくっっっっっそ痛かった。何あれツラい。今こんな平然としてるけど、この謎空間に連れてこられて、意識がはっきりした瞬間はとことん動揺したからね。パニック起こして叫びまくったからね。当たり前じゃん、一介の男子高校生が死の恐怖を味わっておいて平然としていられるわけねえだろ。
とにかく、もうあんな思いをすんのは嫌だから、出来るだけ、平和に暮らせるように。それでいて、ファンタジー世界でも需要があるような能力――
「……レシピ」
「レシピ?」
目を丸くして聞き返した神様。あっちょっとその顔可愛いです。反射的に写真撮ろうと思ったけど、そういえばスマホ持ってないやーんつらみ。
「そうだよ、レシピ。物の作り方とか材料が紙とかネットとかの媒体にデータとして纏まってるやつ」
自分で言うのもあれだがこれはなかなかいいのでは?
にやりと笑いながら、よくわかっていない神様に説明する。
「最近、異世界で料理! とか、異世界で何か作った! ってチートもの多いじゃん!? だから、俺もそれにあやかろうかなーって」
「なるほど」
「でも俺は料理出来ないし、ってかやり方も知らないし。通ってた高校も工業高校とか農業高校とかじゃない普通科しかない県立だったからさ、材料とか手順の書いてあるレシピがないとどうしようもねえなって」
何せ俺が出来るのは剣道の防具、竹刀の手入れくらいだけだ。部屋の片付けもまともに出来ない……っていうかやらないけど、あのくっっっっさい防具の手入れが出来るだけ褒めてほしい。あれほんと鼻もげるから。
「それなら大丈夫そうですね。出力媒体なのですが、あなたが転生する世界では今のところ機械類の開発が進んでいなく、魔法が世界の基軸となっているので、レシピの記載された紙を出現させるって形でよろしいですか?」
「問題ねっすわ。つか、やっぱ魔法がある世界なんだ。おらわくわくすっぞ!」
「所謂、剣と魔法の世界~魔物や魔王もいるよ!~って感じですかね。じゃあ、他に質問とかなければさくっと転生させちゃっていいですか?」
「なにそれ胸熱。あっ、体ってどうなんの?」
どこからともなく瀟洒な装飾の施された杖を取り出した神様を慌てて制止する。
「体?」
「自我はこのままで赤ちゃんから生まれ変わるのか、それともこの体のままぽんっと向こうの世界に入り込むのか。そこ、けっこう重要よ?」
リアル中身は大人、見た目は子供にはなりたくない。この年で赤ちゃんプレイとか恥ずかしくて死ねるわ。
「ああ、それでしたら安心してください。今の体のまま、基礎身体能力やその他必要なスペックだけ向こうの世界に合わせて上昇させて送り出しますよ」
「よかったわ……流石に授乳プレイは、ね? たまにならいいけど毎日親相手に強制授乳プレイとかしんどすぎるっしょ」
心底胸を撫で下ろして安堵している俺を、神様はゴミ虫を見るような温度のない目で見下す。
「そもそも、赤ん坊からやり直すなら地球でもいいでしょう?」
「たしかに。典雅ったらうっかりさんなんだから、もおっ☆」
「転生させますね」
「ごめんなさい何かツッコんで――」
こうして、俺の異世界漫遊記は始まった。