竜炎のリオン
冒険者ギルドは今日も賑わっている。
さらに古龍祭前日ということも相まってより一層それが大きく感じる。
「みんな古龍祭で浮かれちまって…」
「ま、毎年のことだぜ。稼いでる冒険者は祭りで騒げるが、盗賊に1度やられてボロボロの俺たちは明日をもしれぬ身だ」
「そうだな…リオンも装備の調達に難儀している様子だったし、今は俺達だけである程度資金を集めないと。その為にも祭りで浮かれてる連中の代わりに美味しい依頼受けまくるぞ」
「そうよ。私も魔力は回復したしサポートくらいはできるし」
酒を昼間から飲んで陽気な雰囲気が漂う中、ギルドの一角で深刻な表情を並べる面々。
そう、キリヤの元に弓の修理で訪れたリオンと同じパーティーメンバーだ。
バトルアックスの力でゴリ押すタイプの筋肉前衛のダックス。
パーティーリーダーであり片手剣と盾でダックスの前衛サポートを行うトレイン。
その長身と鋭い目付きで相手をつい圧倒してしまうが、本当はお茶目な所があるらしいレヴィ。彼女はその長身に似合う刀身の長い日本刀のような武器を持ち、同時に魔法を駆使して瞬足と言えるほどの速度で敵内部に切り込み両断する生粋のアタッカーだ。
そしてそれらを援護、サポートする魔法士のマルフィーユ。
回復から防御。敵の索敵から味方への強化魔法まで。このパーティーの魔法全般を臨機応変に求められるある意味一番心労が多い役職だからか毎度の如く疲労が激しく常に目元は隈がある。
しかしそれを隠すために作り出す笑顔がいちばん痛々しくメンバーは彼女の体調でパーティーの休暇を決めている程だ。
最後に前衛から後衛までオールマイティにこなす弓使いのリオンが加わる。
「しかしリオン不在だと毎度の如く苦労するんだよな」
「そうだな。どうしても後衛が居ないと不測の事態に対応できずマルが危険になる」
「いや本当はレヴィがマルの護衛をすればいいんだけど、レヴィは一旦戦いが始まるとすぐ敵陣に突っ込むだろ?」
「それが私の生きがいだ」
「…この戦闘狂」
「いや実際レヴィの活躍があるから群対戦では有利に戦えてるのは事実だからな。リーダーとしてもレヴィにはこれまで通り自由にやって欲しい。だが個対戦は極力マルの護衛に徹して欲しいと思う」
そう。実はこのパーティーはかなりの実力者が揃っており、編成もとてもよくできたバランスだった。
それでも盗賊という卑劣だが組織として行動してる存在によってそのバランスが崩れていた。
「レヴィ! 1匹抜けたぞ!」
「任せろ!」
トレインとダックスの間を手負いになりながらも通過した猪をいかつくしたようなレッドボアがレヴィの間合いに飛び込む。
「っ!」
レヴィが刀身が刃を見せた瞬間。レッドボアはその体を真っ二つにしてマルフィーユの足元に転がる。
レッドボアはこのパーティでは大した獲物では無い。
「つってもこうも数が多いと嬉しいやら悲しいやら分からんな」
「なに、落ち着いて対処すれば美味しいに決まってるじゃないか。肉も美味い、そして売値も多少はいい。だからレヴィはあまり細切れにするなよ」
「わかっている!」
しかしリーダーのトレインは少し懸念事項が払拭しきらない事に悩んでいた。
それはレッドボアの数に他ならない。
「実際問題ここまで数が多いとやつが出てくる可能性が少なくない。時期的にも重なっていてもおかしくはないだろうからな」
「…だよな。俺も思ってた」
「それって…まさかマザーレッドボアですか!?」
マルフィーユがその名を口にした瞬間、レッドボア達の群れの動きが収まった。
レッドボア達は1匹、また1匹と森の中へ姿を消し行き森に静寂が戻る。
虫や鳥の鳴き声。森全体が息を殺すようなそんな物々しい静寂だ。
「マズイ!本当に来るぞ! 全力で逃げっ… 【ゴギャァァァァア!!!!!!!】」
レッドボアとは桁外れの鳴き声が森を木霊する。
「…ダメだ。もう遅い」
リーダーのトレインが退却を叫ぶも時すでに遅し。レヴィがレッドボア達が引いて行った方向を睨む。
木々がへし折れる音とそれが猛スピードで近づいてくる足音と言う地鳴り。
「クソ! トレインどうする!」
「どうするもこうするもないだろ。レッドボアは鼻がいい上に執念深い。マザーともなればそれ以上だ。補足された以上、戦う以外選択肢は無い!」
「だよな。知ってたぜ」
「それで勝てるのかい?」
「…どうだろな。マザーレッドボアを討伐するつもりで来てたなら十分に勝機はあっただろうが。この欠員かつ準備不足の俺たちだ。…最悪も有り得る」
「そうかい。…そうだな」
そして木々を薙ぎ倒しそいつがついに姿を現した。
「おいおいおい、まじかよデカすぎるっ!」
「ひっ…」
目の前に現れたのはマザーボアではあるが、彼らの知るマザーボアより1回りも2回りも巨大な物だった。
さすがに圧倒されるメンバー達。
無情にもマザーボアは獲物を見つけた瞬間に攻撃を開始した。
「マルっ!俺にバフかけろ!」
トレインがマルフィーユに身体強化の支援魔法を要求する。
腰を抜かしていたマルフィーユが気を取り直したようにすぐ様詠唱を開始する。
トレインも手荷物から小瓶を取りだし喉に流し込むと盾を両手で構えて渾身の力を込める。
「行くぞっ!」
マルフィーユの支援魔法によって強化されたトレインが突撃してくるマザーボアを盾で止めようと立ち塞がる。
岩石の様に硬い頭部がトレインの盾と衝突する。
大型トラック並の巨体が衝突した衝撃は強大でズドンと言う音が森全体を突き抜ける。
「ぬおおおおおっ!!!!!」
強化薬と支援魔法のおかげで何とかマザーボアの突進を受け止めたトレインだったが、余力はまだマザーボアにあった。
「ダックス!!!!」
「言われなくともっ!!!!!」
ダックスもマルフィーユの支援魔法で強化されたことで、大きく重いバトルアックスを持ちながらも大ジャンプをしていた。
バトルアックスを大きく振りかぶってマザーボアの上から襲いかかる。
「なっ!?」
しかしマザーボアは余裕だった。
軽くあしらうように振り払っだけでトレインはバランスを崩し、その隙を突かれて吹き飛ばされてしまう。
トレインは大木に叩きつけられ膝を着く。
そしてマザーボアは上から来るダックスを湾曲した巨大な牙で迎え打つ。
渾身の力を込めたバトルアックスとマザーボアの牙が衝突する。
ダックスもトレインも力較べになると思っていた…が
やはりマザーボアの方が上手だった。
「なんだとっ!?」
バトルアックスを軽く受け流すようにあしらうと、硬い頭部がダックスを吹き飛ばす。
全身の骨が砕け散るような衝撃を受けトレインと同じように気にたたきつけられてしまった。
「レヴィ…マルを連れて逃げろっ…」
「何を今更。それが出来ぬからこうなっているのだろう」
「そうですっ! 私だけ逃げるなんてそんなことできてもしません!」
「そういう事だ。マル、きっとこれが最後だ。ありったけ私にバフをかけろ。なに、今更体が持つ持たないなんて気にするな」
「…分かりました!」
ありったけのバフをかけまくったマルは魔力の大量消費で目眩のような立ちくらみを起こしてその場に倒れ込む。
そんな支援魔法を受けたレヴィが地面深く短刀を構え、まるで猫のようなしなやかな身体に全神経を注ぐ。
「能力解放…獣化っ」
瞳孔が人間のそれとは大きく掛け離れた猫目になり、黒く艶やかな髪が盛り上がると耳のようなものが生える。
手足の爪も鋭く伸び、八重歯も牙のように鋭く伸びる。
(この姿を受け入れてくれたこのパーティ。せめて命をかけて守りたい)
「ンニャッ!!」
猫が獲物を追いかけるときのような超スピードでマザーボアに肉薄する。
一瞬で腹下に潜り込むと、足をバネのようにしならせ視線の先に短刀を構えた。
人間には到底なし得ない跳躍力でジャンプすると短刀をマザーボア腹に切り込む。
「!!!!!!」
一瞬の出来事にさすがのマザーボアも反応が遅れたか、レヴィの短刀は硬い針金のような剛毛を貫き、確かにマザーボアに傷を与えた。
だがいつまでも遅れをとるマザーボアでは無い。
「くっ!?」
直ぐに腹下に潜り込んだレヴィを押し潰そうと、自らの体全体を地面に叩きつける。
咄嗟の判断ですり抜けるも、その衝撃と風圧で足物がふらつく。
マザーボアもその瞬間を見逃さない。直ぐに体勢を建て直し、突進の体勢に入る。飛び込んでくると言うより、いきなり目の前に現れるという表現が似つかわしいほど瞬間的に突進してくるマザーボアをレヴィは避けきれない。
受けるしかない
どうなるか分からない。この一撃で動けなくなる可能性の方が高いが、覚悟を決めて腕で受け止めるしかないと腕をクロスさせる。
「シールドッッ!!!!」
マルの防御魔法がレヴィと迫り来るマザーボアとの僅かな隙間に展開される。
魔力切れ寸前のマルが行使できた最後の魔法。
「よくやったマルっ!!」
「最後の仕事だ相棒」
満身創痍のトレインが再び盾を持ってレヴィの前に飛び込んできた。それに続いて全身の穴という穴から血を流すダックスもおぼつかない足取りでトレインの盾を支えた。
「も、もうっ…」
「あとは頼んだレヴィッ!!!」
もう喋ることも無理な様子のダックスもその目でレヴィに訴えかける。
行ってこい。と
「任せたっ!」
レヴィは全身の力をふりしぼり姿を消した様に超加速する。
その瞬間、マルフィーユの魔力が完全に尽きるのと同時に防御魔法が崩壊する。
マザーボアの突進の威力がいくらか減少しているとはいえ、満身創痍の人間2人では圧倒的に抑え込むのは不可能。
硬い頭部が縦の衝突した瞬間、思わず吹き飛ばされそうになるトレインとダックス。だが根性で踏ん張り押されながらも盾で抗い続けた。
そのまま押され続けトレインとダックスはマザーボアの巨体と大木の間で板挟みになる。
強烈な荷重が人体を押し潰そうと襲いかかる。
「グヌッグァア!!!!」
泣き言も悲鳴もあげない。
諦めない。森に響くのは死を前に最後までもがき続ける男達の叫びだ。
その時
マザーボアの目と鼻の先にレヴィが現れる。
限界まで体を酷使し、目がちばしり、食いしばる口からは血が滴る。
「死ねっ!!!」
マザーボアの鼻の上に現れたレヴィが全身の力を込めて短刀をマザーボアの眼球へ突き立てる。
さらに切っ先は止まらない。
刀身はもちろん鍔までも強引に強引に押し込み、そして手首、腕までも深く深くその短刀を眼球に突き刺したのだ。
さすがのマザーボアでさえ尋常ならざる攻撃に絶叫のような断末魔を木霊させる。
激痛のあまりパニックになりとにかく暴れ回る。体を巨木にうちつけたりのたうち回ったり、とにかく暴れ回って血が吹き出すように飛び散る。
暴れ回るマザーボアから逃げるようにマルフィーユも這いながらも3人と合流する。
「…渾身の攻撃だった。…だけど」
みなまてま言わなくてもみんな分かっていた。
あの程度では死んではくれないと。
むしろ怒りに狂ったマザーボアに確実に死体すら残らず殺されるのだと
「私たちは…今までにない以上頑張ったんです…そんなに自分を責めないでください…」
「…ぁあ…死…時…一緒だ…」
「先に死ぬなよ…ダックス…」
「リオンさん…ごめんなさい…」
彼らが自分の命に諦めが着いたその頃。
マザーボアも失った眼の怒りで我に返ると、沸き上がる憎しみを3人に向けた。
まるで「楽に死ねると思うな」と言っているかのように、ゆっくりと近づいてくる。
彼らがマザーボアの影に沈み、マザーボアが前足を振り上げるとゆっくりと…ゆっくりと彼らの頭上から下げていく。
じわりじわりと迫る圧死の恐怖に3人は身を寄せあい最後の時に備えた。
________その時
「何やってんのーーーーーー!!!!!」
上空から聞きなれた声が森に響いた。
直後。
ドゴン!!!
と言う衝撃と豪炎とその熱波が彼らの周りを包み込んだ。
「この声はっ… 」
「リオンさん!」
マルフィーユが空を指さし希望を見上げた。
青空の中でピカリと何かが光り輝くと、それは火球となって天から降り注ぐ。
まるで翼が生えたドラゴンのように見えたそれはマザーボアの周囲に降り注ぐと爆炎を撒き散らして空気を震わせた。
3人はその光景を見て噂に聞くドラゴンの所業かと思ってしまう。
さらに、
このパーティ最後のメンバーのリオンが炎を纏う弓と共に空から降り立つ。
竜の息吹と爆煙が舞うこの戦場において、マルフィーユは無意識なつぶやく。
【竜炎】と。