龍素材っても…意外と…?
「よし、初仕事行くぞ」
「いえーい!」
リオンさんが一旦帰った後、テスラさんも数時間後に戻ると言って帰ってしまった。
多分公務があるんだろう。
リオンさんもなるべく早く治して欲しいとの事だったし、悲しいことに他に仕事もないので早速取り掛かることにした。
「何削るの?」
「骨だそうだ」
「骨っ!? なんの!?」
「赤龍? まぁきっとドラゴンかなんかじゃないのか?」
「ドラゴンの…骨っ!? 異世界っぽい!」
俄然やる気が出てくるエルビー。さてどうしたもんか
「触った感じ確かに軽いが、中身がスカスカとは感じない。高密度かつ軽量か…カーボンを超える超素材って感じ?」
「カーボン嫌い…」
「それな。んで、硬さだけど…たしかここにナイフがあったような…」
簡単な料理をするために買ってきたものだが…まぁ今は仕方ない。刃先を龍の骨に当てて少し擦ってみる。鉛筆を削る感覚だ。
「…刃が滑る…なんだこれ」
粉すら微塵も出ない。骨が硬すぎてナイフの刃では傷も入れることが出来ない。少し本気で押し込んだらさすがに少し刃が入るが、そこから食いこんで先に進まない。
諦めて押し当てた刃先を確認するが…
「相当硬いなこれ。今の一瞬で刃先がダメになった」
「うええぇ!? 骨なのに!?」
さすがはドラゴンと言ったところ…こんなに骨が硬い物をどうやって倒すんだか…
「とにかくこのナイフで多少なりとも傷をつけれたんだ。物理的に加工できないってことは無さそうだ。そうだな…シャープエッジなDLCのチップあっただろ? たしか強セラのやつ。それで1度試してみよう」
「上手く行けそう?」
「んー。なんとも言えないけど、削れんことは無いと思う」
「OK! じゃあ行ってくる!」
エルビーがルンルンで基礎の上という定位置にかけてゆくと、すぐに眩い光とともにLB3000EXと言う本来の姿に変わってしまった。
ご丁寧に既に俺が使いたいと事前に伝えてあった工具達がタレットに装着されている。気が利くというか、こういうことも出来るのか
あとやることと言えば龍の骨をチャッキングして、工具長とか諸々を設定するだけだ。
(どっちかって言うと、龍の骨が割れそうで怖ぇんだよな)
硬いがしなやかさは感じない。加工の力に耐えられるかが微妙に不安。
高価な部材らしいしね…
手早く各工具の設定をだす。
外径バイト、切断用の突っ切りバイト、丸溝用のR1.5の溝入れ。Φ12の超硬ドリル。
比較的使う工具も少ないし、プログラムもそこまで長くない。
削るとなるまで30分とかからなかった。
「行くぞLB」
主軸が回転するのとほぼ同時にタレットもぐわんと勢いよく回転し、DLCのチップが装着された外径バイトが現れる。
そのままワークに近ずき断面を削り落としてゆく。
少しオレがビビってるので切込みは0.3mmとだいぶ少ない。送りも0.1mm/revとかなり控えめだ。
そのおかげか、国内に3人しか加工できない龍の骨であっても、粉塵とともに気持ちよく削れてゆく。
とりあえず様子見で切削液を掛けないドライ切削をしている。
楽勝じゃね?と思った直後…
「なっっ!!!??」
突然火炎が渦巻いたのだ。
4回ほど端面を削り落としたとき、機内に溜まった粉塵が突然発火。爆発という訳では無いが、隙間という隙間から炎が溢れて、俺はまじでパニックに陥る。
非常停止ボタンを叩くように押すと瞬時に主軸の回転と刃物台の動きが止まり、作業灯には異常を示す赤いランプが点った。
「エルビーっ!?」
幸い炎は燃え続けることはなく、数秒で落ち着いた。
扉を開けるとオーブンを開けた時のような熱気と黒い煙がぶわっと立ち上り、初めての経験に右往左往するもとりあえず機械の電源を切り、エルビーを人の姿に戻す。
「大丈夫か!?エルビー!!」
「けほっ…けほっ…はぇ…何がどうなったのです?」
人の姿に戻ったエルビーは全身が煤だらけのように真っ黒に汚れ、当の本人は状況を呑み込めていないようにぽけぇっとしていた。
「火傷とかないか!?」
「特に…」
良かった…エルビーには特に影響はないみたいだ。
「とりあえず…体洗っといで…」
「…うん」
半ば放心状態のエルビーを風呂に連れていき、俺は俺で何故あんなになったのかを考察してみる。
粉塵が燃え上がった原因
火元はない。燃えるほど加工熱が溜まっていたとも考えにくい。
「赤龍…だから?」
これが加工できる技術を持つ人が極端に少ない理由か?
赤龍…赤い龍と言えば炎を連想するのは自然。赤龍自体が燃え上がりやすいのか?
確証がないしな…
国内に3人しか加工できる職人がいないなら、聞きに行こうにも限界あるし
「びっくりしたー」
お風呂からあがったエルビーが髪を拭きながら戻ってきた。火傷も無いし、汚れも綺麗さっぱり落ちて良かった。
「赤龍だから燃えたんかな」
「安直…でもあんなの初めてだよね! それでどうするの?」
「まぁ水かけて加工すれば多分燃えようが無いだろうか、とりあえずウェット加工でもう一度試す。あと回転も落とそうと思う」
「じゃあ早速やろ!」
「休憩しなくて大丈夫か?」
あんなことがあったあとだし、もう少し休んでもいいだろうと思ったが不思議なくらい楽しげなエルビーに手を引っ張られる。
「だってリオンさんは待ってるんでしょ? のんびりなんてしてられないよ!」
「まぁ…そうだな」
エルビーに急かされるようにさっきの続きが出来るまでセッティングを進める。
(今度こそ!)
扉を閉めて、回転するワークに叩きつけるように吹き出す真っ白なクーラントが機内で嵐のように吹き荒れる
切削速度は150mから80m程に落としている。
これならまず加工熱が蓄積することも無い。
さっき火が吹いた端面切削も順調に進み、0.1mmの仕上げシロを残して加工が終わる。
次は外径切削だ。
生物の骨のため当然のように歪な骨を少しずつ削っていき、次第に整った棒材へと姿を変えてゆく。
丸棒へと近づいていくと、削っていく量も増えていき鉄とも樹脂とも違う不思議な切削音が目立ってくる。
鉄や樹脂とも違う独特な感覚の中、加工は進んでいきプーリーの溝部分は火花が散り少し危うい感じはしたものの燃え上がる様なことはなく無事に加工を終えることが出来た。
「マグネシウムみたいな感じなのかな…削った事ないけど」
最後の突っ切り加工も念の為周速を落とすなどして安全に行えた。
最終工程として、突っ切り面を軽く仕上げて穴のバリも取りリオンさんから預かっている破損パーツと比較する。
弓としての善し悪しは正直分からないけど、物としてはいい線いってると思う。
正直手作業で作られた物よりは出来栄えはいい
「エルビーお疲れ様」
物を確認し終えた俺はLB3000の電源を落とし、人の姿に戻ったエルビーと完成したプーリーを確認しあった。
「上出来?」
「俺的には完璧」
「ならOK!」
あくまで確認。弓の知識がない俺達がリオンさんの弓に組み付けるとかは怖くて出来ない。あとでリオンさんにやってもらうか立ち会いの元しよう。
「しかし思ったより早くできちまったな」
「燃え上がった時はびっくりしたけど、クーラントかければ全く問題なかったね」
「さっきの工具達出してくれる?」
エルビーに出してもらった工具も刃先の消耗はしてないと言えば嘘になるが、単品削るには全く影響がないと言っていい。
ただ赤龍の竜骨に最適な刃物のコーティングは要検討だな。
なんとなくDLCを選んだけど、なんとなく合ってないような気がしなくもない。
「で時間結構余ってるけどどうするの?」
「そうだな…」
俺は今すぐ届けに行くべきか悩むが、ふと視線が下がりリオンさんの置いていった道具一式に目が行く。
「…エルビー。すこしやってみたいことがあるんだけど…良いかな?」
「…?」
そして
できたばかりで名前すら未定な工房に、私の財産といっていい仕事道具の弓を預けた翌日。
私の宿泊する宿に一通の手紙が届き、封を切るやいなや私は手紙を持って宿を飛び出した。
『ご依頼の品、完成しました。ご都合のつく日で構いませんのでご確認よろしくお願いします。 カロエ工房』