現地調査と初めてのお客さん
「それじゃ行こっか」
「エルビーも準備よし!」
夕ご飯を食べに町へでてきた俺達。当然ながら俺の知らない世界だ。街並みも行き交う人々も、全てが日本とは違う。当たり前なんだが改めてエルビーと2人だけで立つとそれを実感する。
「何食べたい?」
「肉!」
即答の割にアバウトすぎたエルビーの答えに苦笑いする。
でも俺もそんな気分だ。
適当なお店に入って席に着いた俺達はとりあえず一息つく。
「ご注文は?」
「えぇっと…おすすめの肉料理とかあります?」
「そうだねぇ、今日はアリゲイドの肉が入ったからそれがおすすめかねぇ?」
「ではそれを2人分お願いします。あとビール…エールを1杯。この子にミルク1つ」
「おーけぇ。ちょいと待ってな」
周りはそんなの振れるのかと聞きたくなるような巨大な剣を傍らにおいて豪快に酒を飲み仲間と笑い合う賑やかな店だ。
これだけ賑やかなら、あだあまりこの町に馴染めてない俺達でも悪目立ちすることは無いだろう。
それにしても…
「まじでゲームの世界みたいだなぁ…きっとあの武器でモンスターとかと戦ってるんだろ?」
「オペレーターも戦ってみたいとか思ってるんですか?」
「俺? いやぁ…俺はこの町で生きてくので精一杯だと思うよ」
「否定はしないんだね」
「…言うようになったなエルビー」
多分見た目と言動は子供だが、そもそも機械的な年齢は俺といい勝負な筈だ。あんまり子供扱いも出来ないか
少し笑い合う
「おまちどさん。熱いから気をつけてな」
店のおばちゃんが料理を運んできてくれた。美味そうな匂いが湯気となって鼻いっぱいに広がる。
「ほい、エールとミルク。これで全部だね。ごゆっくりねぇ」
「美味しそーーーー!!!」
何の肉かは正直わからんが、ぶっちゃけ慣れた。半年もこの世界の料理を食っていれば好奇心は残れど不安は無くなっていた。
なにせなんだかんだ美味いから
それてこのアリゲイドなる肉も
「うまっ…」
米が欲しくなる肉の美味さ!
米がないのが悔やまれる!
俺もエルビーも胃袋が幸せになった頃。
賑やかだった店内の様子が少し変わったのを感じて、さり気なく当たりを見渡してみる。
「おっ、おい! ディー! その傷どうしたんだ!?」
「少しヘマしちまってな…誰も死んじゃいないがこの有様だ。参った参った」
店の入口に痛々しい包帯と傷跡が目立つ5人組が立っていた。
1番傷が深そうな男が空元気で店で騒いでた連中と話している。どうやらここの連中の顔見知りらしい。
店のおばちゃんも悲しそうな顔で頭を抱えていた。
「魔物か!?」
「いや盗賊だよ。俺達が狩りを終えて戻る時にやられちまった。あの糞ども…一応騎士団には報告済みだが、みんなも西の森にはしばらく近寄らん方がいいかも知らん」
どうやら1番重傷な彼があのグループのリーダーっぽい。
それにしても盗賊か…
「リオンも無事で何よりだよ」
「私は大したことないんだけどね…ただ私の弓がこの有様。今お金もないしメンバーも傷だらけ。しばらく休業でしょうね」
グループ一堂深いため息をついてテーブル席に着いた。見かねた店のおばちゃんも「今日は1品奢るよ」と励ます。
どうやらこの店のコミュニティはそう悪くない物らしい。
それからは店のあちこちから「盗賊許すまじ」「殲滅作戦」「敵討ち」「殴り込み」などなど、会話が殺気じみてきたので、俺達はこの辺で帰ることにした。
ボロボロのグループの前を通った時、ちらっと様子を伺う。大剣は刃がボロボロ。盾は傷だらけ。弓の女性の弓はなんと滑車が付いてるコンパウンドボウで、弦も切れ肝心なその滑車が欠けてしまっていた。あれでは使い物にならないだろうと素人の俺でもわかる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…今回の矢の損失、それに加え弓の修理代…。お金もないし、お金があってもこの時期に請け負ってもらえる工房があるかどうか…」
「まぁ今日は飲め飲め。今日は俺らの奢りだ」
「ぜってぇ許さねぇ…」
メラメラと燃える闘志を醸しながら大ジョッキのエールを一気に飲み干す女性。その勇ましさはそのグループの男どもより一段と凄い。
あまりまじまじと見てるのも失礼なので、いい所で会計を済まして帰ろうとしたんだが
「んはァァァ〜! エールはうんまい! おばちゃん!もう一杯!…ってあえ? お嬢ちゃん…私の弓見てどうしたん?」
えっ、エルビーぃぃぃぃ!!!??
「オペレーター! これ作れるよ!?」
「朝…ね」
私、リオン・コールネの朝はいつもは早い。けど、今日は昨日のやけ酒でもう昼前だ。
頭も痛いし、二度寝したい気分だけど。
「この子もいつまでもこのままにしておけないし…今日も一日頑張りますか」
宿屋の中食を軽くとった私は早速行きつけの武器屋に破損した弓を持ち込む。
「済まないねぇ…今受け取っても渡せるのは3週間後とかになっちまうと思う」
「そう…ですか」
3週間も弓無しで生活なんて出来ない。
ハンターと言うのは何日も食って寝出来るようなそんな高給取りでは無い。
ハンターのほとんどはその日暮らしで食い繋いでる様な余裕のないものばかり。
多少は蓄えがあるとはいえ、私もその1人だ。
仕事に命をかける以上、命を預ける武器に中途半端なものは使いたくない。
更に悩ましいことに私の弓の滑車には一角魚と言う魚の魔物の角を使っている。
この角はそこら辺の武器屋では加工すらできないと来た。
「はぁ…困った困った。」
【オペレーター! これ作れるよ!?】
「あの嬢ちゃんとあの男。…行ってみる価値は…あるか」
酔いしれていた時のあやふやな記憶。
あの少女の言葉もホントかどうかも今じゃ自信はない記憶だけど、選択肢が他に無い私はその2人を探して職人街を歩き続けた。
「しまったなぁ…2人の名前も店の名前も覚えてないって言うか…聞いてなかったというか…うぅ…」
「仕方ない。聞いて回るか」
長い捜索になるかと思いきや、まさか聞き込み1件目で情報が得られた。
「このくらいの女の子と、このくらいの若い男性がやってるお店って知りませんか?」
「女の子…あぁ、それならこの通りを真っ直ぐ行ったとこの突き当たりを右。んでグリムのやつの冶金屋の隣がそうだよ。馬鹿でけぇからすぐ分かるさ。たしかつい最近できたばかりで店の名前もまだはっきりしてないらしいが、噂では王宮御用達とか姫様直属だとかこの辺では有名でな」
(えっ…何それ怖い)
「そ、そうなんですね…。ありがとうございました」
(え…えっ、え? あの二人が…?王宮御用達の姫様直属の職人? そんなわけないよね?)
もしそうなら…治しては貰えるんでしょうけど…
私なんかが訪れていい場所なのでしょうか?
「そんなことを考えている間に着いてしまった…」
たしかに…あの若い2人が持てる工房の規模を超えてるしっかりとした店構え。
2人を雇ってる店主がすごいのかと一瞬考えても、周りの話からして彼ら2人で営んでるとみていい。
「背に腹はかえられぬか」
意を決して彼らの店門をくぐった。
そして店内で鉢合わせた思いもよらぬ大物に私は声が出ずに体が固まってしまったのだった。
「オペレーター、ところでどんなお仕事するか決めてるの?」
「まぁ、ざっくりとはな。ただ思った以上に鋼材の品質が安定してるし未知のもの含めて種類も豊富だから、色んな可能性あるなって思ってるよ。それにお姫様たちのあの反応からして、俺たちの作るものは日本と違って価値が高いとみた。ぼったくりはしないけど、とりあえず何か作れば収入に困ることは無いと思う」
「おおお! 私たちの仕事って一つ一つ安いやつが多かったもんね。なんかそれは嬉しいかも」
にへへへ…と笑みをこぼすエルビーを見て俺も思わずつられ笑いをしてしまった。
「何はともあれまずはお客さんだな」
待っていても客は来ない。既にいくつかの工房さんに声掛けはして居るが、まず売り込む部品の材料を調達しないことには何も始まらないだろう。
あと、何故か知らんが俺たちのこの工場はここら辺では少し有名になってるようなんだよな。
会話が一区切り着いたところで来客を知らせる鐘の音が聞こえてくる。
「邪魔するぞキリヤ」
「ん…? あっ!テスラさん!」
そこにはいつもの近衛騎士の甲冑姿ではないが、神聖さを感じれる白を基調とした私服姿のテスラさんが立っていた。
ちなみに初めて見るテスラさんの私服姿だ。
もちろんというか、いつも腰にたずさえてる滅茶苦茶かっこいい剣は俺の居場所はここ以外にないと言わんばかりに今日もご健在だ。
「あ、あぁ、色々あって今日はこの様な姿ですまんな。近衛騎士の姿というのはここでは色々と気にかけるが多いのだ」
「いえいえ。それで今日などのような?」
「先日の姫様の件だ。姫様ときたら城に戻ってから色々あって、キリヤに試供する品目が増えてしまってな。表に荷車を待たせてるんだが」
「そんなにですか? でしたら裏から荷車を搬入できるのでそちらへお願いします」
「うむ」
テスラさんの後に続いて待たせているという荷車を見に行くところだった。
店の入口の扉に手をかけようとした時、ガチャりと先に開いてしまった。
「うぉ!?…」
「…」
扉の前に居たのはどこがで見覚えがあった女性だった。
女性はぽけぇっと固まったように動かない。
彼女の視線はどうやら俺ではなく、隣のテスラさんに釘付けになってるようだ。
「…なっ! ななななっ! なんで近衛騎士長がここにぃ!?」
口を開くないなや尻もちを着くほど及び腰になった彼女が半ばパニックになりながら手に持っていた袋を落とした。
落とした袋からは弓と思われる一部が見えた。
(弓… あぁっ! 昨日の!?)
俺はこの見覚えある顔立ちと弓で、昨日突然エルビーが声をかけた女性であると確信した。
「あ、あの…もしかして昨日の…リオンさん…でしたか?」
「なんだ。初めての客人というわけか?」
「と、とりあえず中で少々お待ちください。すぐに戻りますので」
コクリコクリと首を縦に降った女性は魂を抜かれたようにトテトテと中の椅子に腰かけた。
「なにかあったの…? 今大きな声がしたような気がしたんだけど…」
「ちょうど良かった。表の荷車の人を工場の搬入口まで案内お願いできるか?」
「はーい…」
さっき起きたばかりのエルビーが欠伸を抑えながら表に出ていった。
そして…
「初めまして…というのも何か変ですが、ここの店主をしてますキリヤと申します。今日はどう言った御用でしたでしょうか?」
いったんテスラさんには申し訳ないが待ってもらっている。
テスラさんも面白そうだから様子を見たいという事らしい。姫様への土産話とも言っていたが…何が土産なのだろうか
「えっ…えっと…ですね。初めまして、リオン・コールネと言います。弓の修理。できないかなと来ました」
なんだがとても緊張していらっしゃる
「弓の修理ですか。なにぶん武具の修理は経験がないのでよろしければ詳しい話をお聞きしても?」
大方の要件はさすがに理解はしてる。
話を聞く限りやはりコンパウンドボウの最大の特徴である滑車の破損。
その他は弦を治せば元に戻りそうではある。
「盗賊の矢がちょうど幸運が不運か滑車に直撃してしまって、次に矢をつがえた時には…」
「なるほど。弓の方拝見してもいいですか?」
「ええ、もちろん」
本格的に弓の話になってきてか、ようやくリオンさんの緊張も解れて会話がスムーズになってきた。
(ふむ。特に近代的なコンパウンドボウと違って軸芯と外輪が偏心してるようなことは無いのか。うん。普通にプーリー作る感覚だな。だが問題は…)
「これなんの材料でできてるんですか?」
「シーライオンと言う海の魔物の骨です。通常出回らない素材のため在庫もあればラッキーみたいな感じで…さらに鉄に迫る硬さと、何よりその軽さで弓の滑車に使ってます」
「骨…ですか」
さすが異世界っぽい。倒した魔物を加工してこうして武具の一部にするのか。
案外すんなり受け入れられるのはゲームのおかげか?
「残念ながら材料の手持ちがないので…」
「そう…ですか」
「なんとかそのシーライオンの骨が手に入ればすぐにお作りすることは出来ると思うんですが…」
「…分かりました。いったん戻って知り合いに当たって迷うと思います」
そう弓を仕舞う彼女の落胆ぶりはすごいものがあった。
何とかしてあげたいけど…まだ材料の手持ちも無い。ないものは加工できない…。
「お力になれず…」
俺が頭を下げようとした瞬間だった。
「少しいいか?」
話を聞いていたテスラさんが何かを企ててるような顔で俺たちを見ていた。
リオンさんもテスラさんの存在を思い出したかのようにびしぃっと背筋を正す。
「シーライオンの骨はないが、代用できる疎遠無い物なら今日持ってきている」
「え!? それは姫様のものではっ!?」
「姫様はこうも仰っていた。提供した物の使い方はキリヤに一任する。商売に使っても研究に使っても良い。ただ1つ、加工した物の感想を全て伝えてくれればそれでいいと」
姫様は俺たちのことを知りたがっている。それがひしひしと伝わっている内容だ。
今回の材料を提供してくれた1件も言うなれば俺たちへの腕試しだ。
「そう…ですか。分かりました。恥ずかしながら魔物の素材の知識はあまり無いので、リオンさん。一緒に見ていただけないでしょうか?」
「ひゃ!? はっ、はいぃ!」
なんかさっきよりもガッチガチに固まっているご様子。
ともあれさっき搬入した荷物の中身を確認しにテスラさんとリオンさんを連れて工場の方に向かった。
途中エルビーと鉢合わせたので、エルビーも一緒についてくることとなった。
「ねぇねぇ! お仕事!? お仕事!?」
「お客さんの前だから静かにな」
ルンルンのエルビーと、どことなく楽しそうなテスラさん。
そして…処刑台に向かってるのかと思っちゃうほど悲壮に満ちたリオンさん。
テスラさん…そんなに怖いかな?
珍妙なメンバーで辿り着いたのは俺が拘った大きな扉の前だ。シャッターは技術的壁があったので、いかにも大倉庫の扉とも言えるような大きな両開きの扉を作ったのだ。
これならどんな大きさの荷馬車でも難なく工場に入れることが出来る。まぁそんな場面になるかは知らんけど…
「なるほど。この城門にも見える無駄にでかい扉も意味があったのだな」
「無駄とか言わないでくださいよ…それで、この木箱がそうなんですね」
「あぁ。どこに何が入ってるとかは把握し取らんが、たしかにシーライオンの代わりの材料はあるはずだ。そこら辺は彼女が見ればすぐ分かるだろうさ」
「ではリオンさん。使えそうなものが見つかりましたら教えてください」
俺はひたすら木箱を開けて緩衝材なのかな?乾草を取り払って中身を取り出していく。
大きさは様々で、お世辞にも丸棒とは言えないようなものが多いが、まぁ何かしらは作れそうな形だ。
まぁ要望としてできるだけ綺麗な丸い棒のような形が整ったものが良いとは伝えてあったから、一応結構選んではくれたのだろう。
「あ、ここら辺が骨系ですかね」
「…」
なぜか少し前からリオンさんが無言だ。
「リオンさん? 具合でも悪いですか?」
「…はっ!? い、いえ! 少々…戸惑ってしまって…」
「そうですか。使えそうなものはありますか?」
「えぇ…っと…。使えるというか…私ごときが使っていいのかと言うか…」
「え? それはどう言う…」
「だ、だって…これ全部、レア素材なんですもん!」
「そうなんですか!?」
「えっ?」
「えっ?」
「すまんすまん、驚かすつもりはなかったんだが、窮屈な王城務めだから少し楽しんでしまった。彼女の言うとおり姫様のお選びになったのは多くが希少なものだ。例えばこれなんかは赤龍の骨だろう。ここまで立派なものは本当に珍しい。これならシーライオンの骨の代わりになるだろう? なんなら魔力適正も高い龍素材だ。その気になれば属性付与もできよう」
「せせせせ、赤龍の素材なんて私…私なんかが!? ダメですよそんな!」
な…なんかこの骨たちはかなり希少な物の集まりらしい…赤龍…って、あの赤龍だよな…?
ドラゴンだよな?
俺ドラゴンの骨削らされるの…?
「龍の素材なんてそんな大金お支払いできませんし! だっ…だいいち龍素材を加工できる職人なんて…」
「その通り。龍素材の加工をできるのはこの国内で私が知る限り3人。2人は王城で雇っている。故にキリヤ」
【お前は姫様に問われているのだ。龍を制することが出来るか否かを】
もはやテスラさんと俺の間にはリオンさんの存在はなかった。いや、テスラさんでも無いか。
ここに居ない姫様を感じる。
俺は問われている。あの姫様に。
「…やってみます…。やってみたいです」
「ええええぇぇぇえ!? なんでそうなるのぉ!?」
「リオンさん」
「はいっ!?」
「龍素材で不都合ありますでしょうか!」
「ふっ!?…不都合は…ないですけど…むしろ…嬉しいですけど…本当に龍素材に見合うお金なんて出せませんよ!? 本当に出せないですからね!」
こうして初めてのお客さん。初めての異世界素材加工が決まった。
それも国内で加工できる職人がたった3人しか居ないという龍素材だ。
「進捗はどうですの?」
「順調と言えば順調なのですが、やはりあの課題を何とかせぬことには…いずれは壁にぶつかることになりそうです」
「そうですか。でもその心配は何とかなりそうなの。今はできることを進めておいてくれればそれでいいわ」
「なんと! それは心強い。王国の戦力も磐石なものに…」
ここは王城のとある研究施設。
(このタイミングで現れた異界の人間。そして職人。こんな偶然があるのでしょうか? まぁ期待しておりますわ…)
キリヤ様______