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あれから半年

俺は人通りの多い日中に城を出て、エルビーと共に馬車で商業区画の中で生産業を営む店が多い職人街の一角にやって来ていた。

今日はテスラさんは外せない用事があるとかで、代わりに部下の人が着いてきてくれていた。

歳はきっと俺と同じか若いくらい。大学生っぽい



雰囲気の女性。たぶん、めっちゃ強いんだろうな…漂うオーラがそこらと違うもん。


「オペレーターは楽しみ?」


「楽しみ…だけど緊張だよ」


「だ、だよね! あんなに大きな工場…使いきれるかな…」


「頑張んなきゃな」


「うん…そうだよね!」


そう。俺がこの世界に連れてこられて色々あって工場建設を頼んで、はや半年が過ぎた。

そしてようやく工場の工事が完全に終わって、今日はいよいよ引渡し日。本当に色々な人が頑張ってくれた…


「あれは…」


俺らの工場の前に既に少ないながら人だかりが出来ていた。彼らは近所の職人達の家族。所謂お隣さんだ。

王様が用意してくれた土地があまりにも広すぎてお隣さんがやけに多い。


「いよいよかい」


「ええ。これから本番ですよ」


これ程大きな土地の主がこんな若造なんだと改めて実感した彼らは、立派な門と俺とを交互に見て良くも悪くも色々な思いを巡らせていた。


「何はともあれ、本当にのこれからさね」


「これからよろしくお願いします。おふた方の力がなければ成り立たない仕事です。お互いに繁盛できるよう頑張ります」


「なに、若造がわしらの心配などするな。まずはお前さんと嬢ちゃんの事だけ考えて仕事を立ち上げな」


彼らは俺らが最初に尋ねた金属の素材を作る工房ステールの店主グリムさん、奥さんのマーキーさん。

あの日から今日まで色々なことを教えてくれたり、色々な人を紹介してくれた恩人の方々だ。





「えー。お初にお目にかかる方もいると思います。キリヤと申します。ご存知の通り半年に渡ってこの土地に工場を建てさせてもらいました。見ての通り土地があまりに余ってますが、皆さんのお力をお借りしながらいつか使い切っれたらなと思っています。どうぞ今後ともよろしくお願いします」


「お願いマース!!」


だいたいみんなは俺と幼い女の子でこんな広い土地で何をするのか…と言う顔だ。

実際のところ工房ステールのグリムさんやマーキーさんにも具体的な仕事内容は理解してもらってない。

とりあえず今後必要になるであろう鉄の丸棒が必要になるという事だけ伝えてある状態だ。


「ま、いいじゃねえか。ここら一体にあった廃墟やら夜逃げしたやつの空き家やらからの辛気臭さをお前さんは撤去してくれたんだ」


そんな冗談めいたグリムさんの口添えでみんなから少しだけ笑いが上がった。


「王都じゃ下に見られがちの職人街の連中だが、お前さんはそれを変えてくれそうな気がワシはする。全力で頑張れ」


「ありがとうございます!」


短いながらも集まった人達への挨拶はそのくらいにして、改めて完成した工場を見て回ることにした。

グリムさん達は「仕事ができるようになったら様子を見に来る」と店へ戻って行った。


俺はエルビーと2人で立派な門を開けて、これから俺たちの生活の拠点となる家兼仕事場へ向かった。






「聞いてはいたけど家具は最低限は用意してくれたみたいだね」


「ソファーふかふか〜!」


「飛び跳ねるなよ? えーっと…これガスコンロ的なやつだけど…多分魔法絡みなんだろうなぁ…使えるのかこれ。これ冷蔵庫か? 動いて………る。冷えてるな」


マジか。原理は知らんが冷蔵庫あるのか

どれもこれも分解してみたいけど…魔法絡みはやめておこう…


「これ何かな?」


「あんまり不用意に魔法っぽいものに…うぉ!?」


エルビーが置物のようなガラス玉のようなものに触れると、それは照明のスイッチだったようで、今いるリビングが明るくなった。


大きな照明で1部屋を照らす…のでは無く複数の小さな照明が全体的に照らす感じになっている。

色合いは…火の光っぽい。けど熱は感じないから火では無いんだろう。不思議だ。


「オシャレ〜」


「旋盤でもオシャレは分かるんだな」


ひとまず後で建築屋さんが来るようなので、リビングはこの辺にしていちばん重要な工場へ向かうことにした。

エルビーも少々緊張気味だ。


工場は色んな入り方があるけど、とりあえずリビングを出て少し長い渡り廊下を進んだ先にある。


「この先だな」


「ワクワクするね…」


「と言ったって何回か見てはいるだろ?」


「そうなんだけど…それもなんだけどさ…まっ行こ!」


少し様子が変なエルビーだが、俺がエルビーに引っ張られる形で工場に勢いよく入った。





…何も無い倉庫。何も動いてないからすごく静かだ。これがこの世界の新築匂いかな?と思わせるような木の香りがする。

耳をすませば周りの職人達の仕事の音が聞こえてくるも、それもかなり小さい。


こんな広い工場に俺とエルビーだけが立っている。


「全然見た目は違うけど、雰囲気は似てる。もしかしてオペレーター、作る時に前の場所に似せてくれた?」


「似せたというか…うーん。自然とこういう風になったというか?…ってそんなはしゃぐなよー」


パーって体育館を走り回る子供のように駆け回るエルビー。


「ここ、多分10Vのお姉さんが居たとこで!」


「ここが3Vのおじいちゃんが居たとこ! んでここが…」


確かに俺は無意識のうちに、前に務めていてエルビーが据付けられていた工場に似せてしまって居たのかもしれない。


基礎だってエルビーしか居ないのに複数用意してもらった。


そんな工場でエルビーは一緒に工場で働いていた機械達の場所に行ってはその名前を言っていた。

それより、お姉さんとかおじいちゃんとか…そういう感じだったのか…


「そしてここがエルビー姉が居たとこ。んでここが…エルビーの場所。そう…だよね?」


「そうかもな」


工場を作るにあたって1番気をかけていた何トンもの荷重と振動を受け止める基礎の上でエルビーが立つ。まるでそこが定位置であるかのように満足気に俺を呼び寄せた。


「もう…いいのかな?」


エルビーが言おうとすることは聞かずともわかった。

彼女の真の姿。ついに旋盤になれるのだ。彼女にとっては人の姿は仮の姿。

人の姿に憧れる気持ちもある一方、元の形に戻りたいという決して消えることの無い気持ちがあったんだろう。


「そのための工場よ。俺もまだお前の旋盤姿は見てないし、どうなるかわからんけど基礎はきっと大丈夫なはずだ」


「わかった」


俺も緊張してるし、エルビーも緊張していた。


「いくよ」


「おう」


エルビーは胸いっぱいに息を溜め込むと少し力んだ。


「これは…」


するとエルビーの体が淡い光に包まれると、まるで実体が無くなるかのようにどんどんと透けていき、やがて霧散するように消えると、一際眩い閃光が走った。

さらに視界を奪われたわずかな時間で…目を開ける頃には目の前に懐かしい様な…そんな気がする見慣れた旋盤が佇んでいた。


「え、エルビー?」


返事は当然ない。

今は彼女は機械ということ。


「ここまで来て電源必要とか言わないよな…?」


機械の裏に回って主電源をガチャりと入れる。すると機内でファンが回る音が静けさが際立つ工場に流れた。


「動いた…」


ひとまず安心だ。それにしてもケーブルも何も繋がってないのに動く姿は何となく不思議だ。


再び表に周り操作盤の電源を入れる。

液晶が付き、白い画面に起動中を示すメッセージが現れ一瞬映ったWindows画面の後に見慣れた操作画面に落ち着いた。


ここまで来たらもう心配なことは無かった。


MDI(Manual Data input)モードにして、試しに主軸を回転させてみる。


【S500M3】


コマンドを打ち、書き込んで起動を押す。すると力強いトルクで瞬時に設定した回転数となって回転し始めた。


「主軸は大丈夫そう」


次にMDIモードから手動モードに切り替え、X軸Z軸の確認を行った。


旋盤は加工物を回転させて、その回転体に刃物を当てるだけで円筒状に削れる機械だ。鉛筆削りや陶芸のロクロをイメージすればそれが一番近い。


つまり旋盤は主軸が命。そして主軸に対する刃物台の動きもまた命だ。

その両方、動かした感じ以上は見られない。

測定器もないから据付による機械の歪みの測定までは出来ないが…いずれどうにかしたい。

まぁ現段階では問題ないでしょ


「ん?」


操作画面を確認すると一見は満たれたOSP200Lと言う種類の画面なのだが…1箇所見たことない項目を見つけた。


「ATS…?」


なんだこれ?

ATCならAuto Tool Changerと言って自動工具交換という物が旋盤ではないが、マシニングセンターと言う別の機械には存在するけど…ATS…なんだそれは


経験則的にここのページにある項目は適当に押しても直ぐにどうこうなる訳では無い筈なので、恐る恐る押してみた。


「あっ! オペレーター!」


「ほぇ!?」


突如として画面の中に現れたエルビーが俺を見てニコニコと手を振っていた。


「ATSってやつ押したらお前が出てきたんだか…?」


「ATSはね〜Auto Tool Settingの略でね? なんと…!」


もったいぶる様に楽しげに語るエルビーに、「とりあえず1番のタレット見てて!」と言われ、俺は言われるがまま機内をみた。


この旋盤は12個の工具を放射状に取り付けることが出来て、工具それぞれに1-12番までのツール番号を与えれる。

使う工具の番号を指令することでタレットが回転して呼び出すことが出来る。

もちろん現状のエルビーにはなんの工具も取り付いていないのだが…


「とりあえず1番に外径の荒取りバイト!」


すると1番と書かれたタレットの一角が一瞬輝くと、次の瞬間には何も無かったホルダーに外径バイトが取り付けられていた。


「まじか!」


「どおどお!?」


「いや…マジですげえな。これ内径もミーリングも、ホルダーの付け替えもやってくれるの?」


「もちろん!」


なにこれ…すげぇ…


「段取り時間ほぼゼロとか…チート過ぎ」


機械加工にかかる時間の内訳と言うのを一般の人はそれほど知らない。

だいたいイメージされるのが一日中加工何か作ってる…そんな漠然とした答えしか浮かばないだろうけど、実際に加工する時間というのは、加工するのに必要な準備の時間の半分もない。

もちろん一日中加工し続けれる会社さんもあるだろうけど、一日で何個もの品種を加工する俺たちにはそんな芸当は不可能。


故に


「んじゃもちろん爪も?」


「もち!」


「んじゃどう伝えればいいんだ? とりあえずグリムさんに試験的に貰ったコレ掴みたいんだけど」


「適当に硬爪(かたづめ)でいい?」


「おうよ」


NC旋盤のチャックと呼ばれる材料を掴んで回転させる部分は多くは3つの爪が油圧によって稼働し、材料を強固に把握し回転させられる。

人の手に例えるとチャック自体が手のひらだとすると、爪は指のようなもの。


実際に材料を掴むのは爪で、爪は材料によって様々な形に成型され加工によって付け替えて最適なものを選択できる。


「チャック圧はここでいいのか?」


「いよー」


掴む力をとりあえず1.5MPaに合わせて試験材を3つの爪の中に差し込むと、足元のペダルを1回ふむ。

踏むことでチャックの開閉が行われ、完全に材料が掴まれた状態となった。


「ワクワクすんな…。段取りがこんなに簡単ならやっぱ一発目は見てくれのいいもの作りたいな」


「あっ!それおもしろい!」


仕事で作る機械部品はシンプルというかそこまで見てくれの良い設計のものは少ない。

加工者にとってはそれは喜ばしいことではあるんだが…


だが今はまだ仕事じゃない。


工場の片隅にでも飾れて、俺たちの名刺になるくらいの見てくれのいいものを作ってもバチは当たらないはずだ。


「そんじゃ、1番の外径バイト外して35度バイトに変更。2番に35度の仕上げバイト。12番に32mmのスローアウェイドリル。5番に内径のひし形の内径バイト、7番にひし形の仕上げの内径バイト…」


笑っちゃうくらいに工具が付けられていく…というか現れていき、ものの10秒と経たずに工具の取付が終わってしまった。

純粋に普通にスパナ使って工具を取り付けていくとゆうに5分はかかる。ホルダーを付け替えるとなると数にもよるが30分はかかるだろうが、それが一瞬だ。


地球上にあったどんなに最新の工作機械でもこんな真似は不可能。


「どおどお!? エルビー凄いでしょ!」


「すげぇとしか言えんなぁ」


「でも注意してね? エルビーがオペレーターのお手伝い出来るのはここまでみたい。ATS以外の画面だとエルビーの意識より旋盤の意識が強くなってエルビーは何も出来ないの。だからここから先は”いつも通り”」


「そういう事か。いや十分に凄いことしてくれてる。あとは任せて欲しい」


「じゃあまた後でね!オペレーター!」


俺はATSの画面を切り替え見慣れたプログラム画面を開いた。


さて…。

つけた工具としては外径バイト荒と仕上げ。Φ32のスローアウェイドリル、内径の荒と仕上げのバイト。

そしてΦ7の超硬ドリル、Φ12の超硬エンドミル。あとはメントミル。

そしてこの世界にはまだ本格的なものは存在しないであろう結合方式。ネジを作るタップ加工だ。サイズはM8。


今から作るものは俺たちは”こんな物を作れます”と自慢する為のもの。極端に言えば実用性は無くていい。


それを見た人が俺達に価値を見いだしてくれる。


そんなものを作らなくてはいけない。



大まかな形をラフに残した俺は適当に寸法を決め、加工プログラムを作って行く。

何度も言うが今回削るのはJIS規格品なんてものでは無い。正直得体の知れない魔法の世界の鉄材だ。


削れないことはないと思うが、どんな性質を持っているかは分からない。加工条件は少し控えめにしておいた方がいいだろう。


「…ふぅ。プログラムは出来た。一旦休憩したいけど…」


ATS開けばエルビーと話せるのかな?


「あ!オペレーター!」


「プログラムできたし一旦休憩しようと思うんだけど、エルビーはどうするの?」


「保存した?」


「した」


「じゃあたぶん電源切ったらエルビーに戻ると思う」


「わかったよ」


何となくATS画面のまま電源切るのは気が引けたので他のページにしてから操作盤の電源切り、画面が完全に落ちたのを確認して機械側の主電源をガチャりと落とした。


電源を落として一瞬待つと、車ほどの大きさがあった旋盤が輝きだし、その体積を縮小していき…

それほど時間をかけることも無く少女くらいの大きさにまでなる。


「オペレーター!」


「おお…おかえり? エルビー」


ニコニコと満足そうに立つエルビーが俺の顔を見上げるように覗き込んできた。


「体に異常とかないの? なんか気分悪いとか」


「ないよ? と言うか…今この姿がエルビーにとっては異常かも?」


確かにそう言われてみればそうかと納得する俺。

ともかく無事にエルビーが旋盤の姿となり、また再びエルビーに戻れることが確認できて、今更ながら安堵する。


「それじゃ休憩にしよう。お城から貰ってきたお菓子も沢山あるんだろ?」


「もちろんだよ!」


この世界に来て半年。その中でさすがにおかしいだろ?と思ったことがあって、それはエルビーの食事について。


俺より圧倒的に小柄なエルビーだが、エルビーが食べる…と言うか食べれる食事の量が尋常ではない程なのだ。

本人曰く


「食べようと思えばもっと食べれるけど…これ以上は明日の分無くなっちゃうし…」


と言ったのが25cm位のケーキが3ホール。クッキーもバスケット1個分を食べた直後のセリフ。

さすがに王城のメイドさん達やテスラさんですら言葉を失うレベル。


1部の女性達からは

「一体どんな生活をしていればあれだけ食べて体型を維持できるのでしょうかっ!?」

と聞かれるのだが、当然俺もエルビーもそんなの知らないし、既にそんなレベルの話ではないのだ。


しかし面白いことにエルビーにも好き嫌いがあることがわかった。

大雑把に言うとカロリーが高そうな食べ物が好みらしい。これは菓子にも料理にも共通していることだ。

逆にヘルシーな食べ物はあまり好みではないらしい。

例を挙げるならサラダ類


なんともわがままかつ羨ましい体だが、そんなエルビーの体についてひとつの仮説を立ててみた。


【食事はエルビーとLB3000を稼働させるためのエネルギー源なのでは無いか】


という説。

本来旋盤はかなりの電力を消費するものだ。さっきの電源もなしに稼働した様子を見てこの仮説がより濃くなったと思った。

しかしこの仮説が正しいとするなら


【エルビーの食事を確保することが何より重要な事】


ということがわかる。

本来必要な膨大な電気エネルギーを食事によって賄っていると考えればエルビーの尋常ではない食事量にも納得が行く。


国王様からは当分の資金と言うのは頂いた。だが何も進展しなければ遠からず底を突くような金額だ。


資金がエルビーの食費に消えるのが先か、収入が入るのが先か。


そんな不安を抱えながらも強がりな俺は、エルビーの前では常に穏やかでいようと休憩に向かった。





当面の生活はなんとかなると言っても、現状その先はお先真っ暗なのは自覚している。

だが嬉しいことが一つあった。


目の前で美味しそうにシュークリームを頬張るエルビー。

そう。お菓子だ。


「クリームはみ出して落ちちまうぞ」


「ふぇ!? 」


王城でお世話になってたとき、いくらエルビーが王様にお菓子を食べたいと言ったとはいえ、毎日毎日とてつもない量の菓子が用意されてはエルビーの胃袋へと搬入されて行った。


作る方も大変じゃないのか、本来の業務に支障は出てないのか?と聞くと、料理を作るシェフとは別に、菓子を作るパティシエさんが居るらしいのだが王妃様が崩御されてからというもの…菓子を食べる方が王女様しか居ないらしく、その王女様とて毎日食べる訳もなくパティシエさんは手持ち無沙汰の日々を送っていたらしい。


そこへ人外の如く菓子を欲するエルビーが現れてからというもの…パティシエさんは「王の勅命とあらばっ!」っと生き返ったように菓子作りに明け暮れてくれたらしい。


城を離れる時にせめてお礼でもと思って初めてパティシエさんに会った際には「もう食べてくれないのか…」と悲しそうな…夢の終わりの様な顔をしてたけど


「毎日美味しいお菓子ありがとうございました! エルビー毎日が幸せでした!」


教えた通り丁寧に頭を下げたエルビーを見たパティシエさんは泣きながら


「ありがとう…ありがとう…」


と繰り返しながらも


「あぁそうだとも! なにも君が王城にいる間だけとは言われていないんだ! 毎日とはいかないけれど城からお菓子を送らせてもらっても構わないだろうか!」


「ほんと!? いいの!? エルビーまだお菓子食べれる?」


こんな感じに週に何回か、お城のパティシエさんが作る世間一般には超高級デザートと呼ばれるお菓子を届けて貰えることになったのだ。


「美味しそうに食べてくれるお姿がどこか王妃様と重なって…うぅ…また私の菓子で喜んでくれる方が現れて私は嬉しいのです…ぅぅぅ」


大の大人に泣きながらそこまで言われては断ることなんて普通はできないだろう…?










時刻にして3時半過ぎだったろうか。

休憩を終えた俺達が席を立った瞬間に来客を知らせる鐘の音が聞こえてきた。


俺とエルビーは2人で顔を見合わせるも来客の予定は無い。

一体誰が来たのかと俺たちは玄関に急ぐ。


「お待たせしました。どちら様でしょ…う…かぁ!? えっ…たしか貴女は…」


予定にない来客はそれはもう予想外の人物で…俺は一瞬言葉が出ず固まってしまうほどだった。


「突然の訪問お許しくださいな? なにぶん近くを通る予定だったものでついでにと様子を伺いに来ましたの」


来客の招待はミーヤリス王城殿下。正真正銘のこの国のプリンセスその人だった。


「そう固まってくださらないでください。本当に人目様子を見に来ただけですので」


「姫様もそう仰られている。キリヤもいつも通りで問題ない」


そんなプリンセスの傍らにはテスラさんがいた。

そうか。外せない用事とは王女様の護衛だったのか…それは重役だ…


「そ、そうですか…。そういう事でしたらまだ何もお出しできるものもありませんがどうぞ中へ…」


「偉い人とすごく偉い人…」


王女様をもてなす様な部屋はない…が応接間位はあったはずだ。

応接間は何も分からない俺に代わって建築士さんにおまかせで用意してもらった。

何も無い部屋に通すよりはよっぽどマシだろう。


「明るい色合いで清潔感があって良い作りですわね? これがキリヤ様がお望みになったコウジョウと言う物ですか?」


「お陰様でとてもいいものを作っていただきました。ありがとうございます。ここはまだ私達の生活空間でありまして、工場はこの先にあります」


「あらそうなの? では私、そちらも見てみたいですわ」


これは工場に連れて行けと言う話なんだろうか…いや…でもお姫様よ?

工場を見たって特に…



あっ…そういう事か



俺が王女様の真意にハッと気づいたのを察したのか、それを肯定するようにニコッと微笑まれた…。

テスラさんは我関せずを貫きそっぽを向く。


「私が…いえ、私とエルビーの仕事ぶり…どうぞ見て行ってください」


「ええ、よろこんで(ニコ)」









「さてと…エルビー? 準備はいい?」


「う、うんOK!」


工場に王女様を案内してきた俺達は早速準備に取り掛かった。王女様とで空き時間に来ているのだろうし、そんなに時間を取らせては不味いだろう。


基礎の上に上がったエルビーが「行くよ!」と言うような顔を見せた。


軽い深呼吸に合わせてエルビーの体が光り輝く。ついさっき初めて変身した時より落ち着きがあるような感じがした。


「ほぅ…本当にただの”人”では無かったか」


光り輝くエルビーを観察していたテスラさんが目を細めながらもその視線はまっすぐとエルビーに向けられていた。

王女様も静かに成り行きを見守っているようだった。


さすが魔法の異世界。これだけでは2人とも動じなかった。


「あら…全く人の姿ではなくなるんですのね?」


「ええ。元々はこの姿が本来の姿なんです。人の形をし始めたのはこの世界に来てからの事ですので」


「なるほど…。それで変身したエルビー様とキリヤ様はこの後どうするのですか?」


「この後、本来の姿になったエルビーを操作してこの金属の塊を全く別の形にしていきます。ちなみにこの金属片はお隣のグリムさんという冶金屋さんから頂いたものです」


ちょうどいい。削る所を見てもらった方が良いだろう。

ついでに工具長も出しておくか


「あまり近づきすぎないようにして下さい。バラバラになった熱を持った金属が飛んでくるかもしれません。怪我はしないと思いますが万が一ミーヤリス様に火傷とか目に飛ぶと大変なので」


「そうなんですの?」


少し残念そうにしている王女様だがこればっかりは仕方ない。

だが王女様がそんな顔をしたものだから見かねたテスラさんが俺に1つ提案してきた。


「飛んでくる物とやらは簡単に防げそうなのか?」


「ええ。勢い的には紙1枚ですら突き抜けてくることは無いと思います」


「なら私が姫様を守るゆえ姫様のわがままを聞いてあげて欲しい」


さも当然かのように空中に人差し指でよく分からない文字を描くと、なぞった軌跡が立体投影の様にはっきりと現れた。

すると文字は空気に溶けるように霧散すると、次の瞬間には王女様の目の前にガラスのような薄膜が作られていた。


「テスラっ!?」


「…わかりました。ただ私も気をつけますけど…」


「分かっている。安心しろこの防御膜は剛腕な男が放つ矢や大槌ですら突き抜けることはない。万が一にも姫様には危害は及ばぬ」


気になって透明な膜…防御膜という物を指で突いて見ると、触れた瞬間はカーテンのように柔らかいのだが、さらに深く突くと急激に反発されてるような感触に変わった。


「初めて魔法に触ったかも…」


「そうだったな。キリヤの世界は魔法が無かったのだったたな」


そんなこんなで初めての魔法に触り終えると、ついに俺はLB3000に向かいあった。


「今からここの隣のグリムさんから頂いたこの鉄の棒を加工します。詳しくはありませんがグリムさんには剣に使われる材料だと聞きました」


「なるほど。それなら私は知っている。私もかつては鉄剣を振っていたからな」


彼女らには何の変哲もないただの鉄の塊。俺はそれを旋盤の油圧チャックに咥えさせると操作盤に手を伸ばす。

今回はOTS機能を開かなくても前回の工具セッティングが残っていたためMDI(マニュアル・データ・インプット)画面を開き、【S700M3】と打ち込む。


「回ったな」


「回りましたわね…?」


これから何をするのか皆目見当もつかない彼女たちに軽く旋削加工というものを教える。


「これが刃物。鉄を切り裂く工具です。この工具で回転する材料に当てると…」


MDI画面から手動操作画面に切りかえ、主軸を正転。Z軸とX軸を操作し材料に近ずけていく。


パルスハンドルと言うホイール状のコントローラーを使ってゆっくり回転する材料に触れた瞬間


カサカサという音と共に僅かに切子が飛んだ。


「これは?」


「たった今回転する材料に刃物が触れたところです。ここから少し削っていきますね」


王女様はとっても興味があるのか食い入るように刃物の先を見つめている。

テスラさんも王女様ほどではないにしろまじまじと釘付けになっていた。


X軸をそのまま引き上げ、Z軸を1mmほどチャック側に移動させるとそのまま原点設定にて【演算0】を設定する。

するとワーク原点のZ座標が0に変化する。


「では削りますね」


パルスハンドルでX軸を回しながら、徐々に刃物が材料に再び近ずいて行く。

チップと呼ばれる炭化タングステンの刃先が回転する材料に触れた瞬間。


「おお」


「て、鉄がこんなにあっさり!」


見学のお姫様と護衛のテスラさんも今までの常識をひっくり返されたように声を上げる。


「これが前に言っていた鉄を切るということか」


数秒削っていると刃物や材料の僅かな油分が煙を発生し出す。理由としては回転する材料と刃先の間には摩擦熱…通常は切削熱と呼ぶが、それによって大きな発熱が発生するためだ。


重切削ほど発熱は大きく、長時間加工する場合には切削油や切削液で摩擦を低減し、冷却をし続けなければ最悪工具が融解するまでに至る場合もある。


と説明してる時に、回転する材料に一瞬巻きついた切子が機外に飛び出してくる。


「きゃっ!?」


「み、ミーヤリス様!?」


「大丈夫だ、問題ない。私の防御障壁はこの程度ではどうともならん」


尻もちを着きそうになった王女様は護衛のテスラさんに肩を支えられて驚きで目をパチパチさせていた。


「びっくりしました…何が飛んできたので?」


「先程話しました切子という削りカスです。どうしても回転しているので今のように飛んでくることはあるんですが、通常はこの扉を閉めてますので安全です」


テスラさんが床に転がった螺旋状の針金のような切子を拾うとまじまじと観察する。王女様もテスラさんの手元にご執心の様子だった。


「大怪我はしないと思いますが、手を切るかもしれないので慎重にお願いしますね」


2人が切子に興味をそそられている間に、俺は工具全ての補正値を打ち込み終わり、ドライランと言う加工に誤りがないかというテスト運転を始めた。


G96S250


と言う回転する材料の外周と刃先との相対的な速度を一定化する周速一定制御を取っているため、大径ほど回転は遅く刃先が回転中心に近づくにつれ高速回転となってゆく。


ブォーーーーーと言うチャックが高速で回転する風切り音が切子に向いていた2人の興味を引き戻した。


「こ、これは!?」


「これが本来の回転のスピードです。今が3000rpmなので1秒間に50回転してます。危ないので絶対に扉の中には近づかないでください」


いくら魔法防御が最強とはいえ、そんな最強の防御魔法でこの回転が弾かれてしまえば逆にエルビーがどうにかなってしまいそうだ。


G50S3000


で最高回転数を3000rpmに設定しているのでそれ以上は回らないようになってる。確かエルビー自体のスペック的には5000rpmまで回るはずだが、俺の場合は余程のこと後ない限りそこまでは回すことない。音が怖いからね…


なんやかんやでドライランも問題なく終えたのでいよいよ本加工に入る。

試験片をチャッキングして確認しながら運転を開始した。


最初に端面荒切削。


周速250m/min、切り込み1mm、送り0.3mm/rev


SS材でもSC材でも光沢のある切削面が出やすい切削条件だ。


切子的に見てもSC材に近い印象を受ける。鋳鉄なら切子がそもそも粉状になるかかなり脆い物となるが、この切子は普通に粘りがある。

SS材だとSC材に比べて柔らかい特徴から切子が伸びて巻き付く傾向があるのだが、そうでもなかった。


切子は2cmくらいでバラバラに切れてくれて、削りやすいなと思えるほど素直な鋼材だ。S45Cよりは硬度があるような気はするが、それ以上は試験機が無いと分からない。


お次は径切削。大体Φ60位からΦ50の段付き棒で、気分で先端は球面にしてみた。


切削条件は

周速250m/min、切込み4mm(片肉)、送り0.3mm/rev


端面切削がシューーーーと言う音だとすれば、径切削は削り量が多いためシュバーーーーーと言う音と、切子がバラバラになって機内を飛び散る音が聞こえる。パチンコの玉が落ちる時の音に近いかもしれない。


(想像以上にしっかりした鋼材だな…性質はまだわからんけど加工性はとても良さそう)


機械負荷も特段異常という訳でもなく、見た目が歪な鋳物の見た目という以外はごくごく一般的な鋼材と言ったところだ。


そう考察している間に、あっという間に荒取り切削が完了してしまう。


扉を開けて仕上がりを確認する。


表面は0.3ピッチの荒取りのツールマークが目立つもののムシレやササクレは無い。鋼色がピカピカと輝いていた。


「え! 何が起こったんですの!?」


「こうも一瞬でここまで形状を変えてしまうのか…これは…」


「ここからさらにピカピカにしていきます」


次は仕上げ加工。サーメットで一気に仕上げていく。


(見た目だけの物だしな…送り下げてテカテカにできるかな…?)


当然一回転辺りの進む量を小さくしてやれば表面の凹凸は微小となって、平坦に近づいてゆく。


荒取りの送りを0.3mmでやったが、これだと目で見て加工痕が見えるし爪で撫でればガリガリいってしまう。


なので仕上げのプログラムの中の送りの値を0.1mmから0.03mmにしてみた。

周速も300mまであげてみる。


周速を上げると加工面が綺麗になる傾向がある場合もある。そうじゃない場合もあるが…


再び高回転で回る材料に仕上げの工具が接触した。























「お疲れ様エルビー」


「久しぶりでワクワクした! で! 出来はどう!?」


「完璧かな。この鋼材なら既存の工具と条件と知識が通用するみたい」


剣に使われる材料だと聞いていたから工具鋼とか日本刀とか、そういう硬いものだと思っていたけど案外そんなことは無かった。

もしかしたら剣に使われると言っても剣の持ち手とか柄とかその辺に使われる低硬度な物なのかもしれない。

さすがに歯の部分の材料となると熱処理前とは言え、こうも簡単に削れないだろうし


「この世界にまともな鉄鋼材料があってひとまず安泰だな。エルビーもさっきのなら特に抵抗なかっただろ?」


「ふつーだったよ! むしろ切削液が綺麗で気持ちよかった」


「…そ、そうだったなー」


いや…すまん…以前までは頻繁に切削液を交換するなんて出来なかったから…汚かったもんな…

そんな事を作業を終えた俺とエルビーが話していると、後ろからテスラさんの声が聞こえた。


「1時間と経たずこれ程のものを作れてしまうのか…」


「テスラ? これはそんなに凄いことなの?」


「姫様。私もこのような作業について詳しくはありませぬ。が、少なくともここら一体の職人を総動員してもこれをこの時間で作るのは不可能…ということは断言できます」


「そうなのね。さすがは異界の技術と言うべきなのかしら。そうだ、魔鉱石は加工できるのかしら?」


「ま、まこうせき…ですか? 石…ですか?」


初めて聞く単語に頭がついて行かないが、石っぽいことは何となくわかった。でも石なんか加工したことないし…


「魔鉱石とは魔石の原石の事でな。正確には魔鉄と言われる魔鉱石と鉄、そして用途に応じて様々な鉱物が混ぜられた鉄材の総称のことだ。魔鉄は魔力を宿していて、用途も性質も多岐にわたる。私も詳しく知らんがとても加工が難しく国内でも名の知れた名工しか取り扱えないものだ」


(魔法が絡むとよくわからんけど、合金鋼みたいなイメージかな)


「削ってみないとなんとも言えないんですが、物理的に加工できるものなら大抵は何とかなると思います…?」


「ほう。これは面白いことになりそうですね。テスラ、後日魔鉄の試供をしてくれるかしら。費用は私もちで構わないわ。”今のところ”これは私の道楽の一環ですので」


「…かしこまりました。そのように手配しておきます」


どうやらその魔鉄とやらを試供してくれる様だ。何かと気にかけてくれる姫様の頼みだ。できるだけ頑張ってみようと思った。


「それではキリヤ様、エルビー様。このような忙しいお時間にお邪魔して申し訳ありませんでした。今日はとても良いものを見れました」


「いえ、そんな事はありません。こちらこそ何もおもてなしできなく申し訳ありませんでした」


「何度も言うようにそんなこと気にしていませんの。それよりも魔鉄の件、良い報を待っております。今日はこれにて失礼致しますね」


そういうと姫様とテスラさんが城にお戻りになられるようで、軒先まで見送りをした俺とエルビーは、2人とも肩の荷がおりたようにリビングのソファーに飛び込んだ。


「どっと疲れたな…」


「でもとっても楽しかったね! 明日からもワクワクでいっぱい!」


俺もエルビーも同じだけ疲れてたのか、その後軽く仮眠をした。

そして目が覚めたのは夕方のちょうど夕飯時。


エルビーの盛大なお腹の音で目覚めた俺達は、少しばかり町の探検も兼ねて外食する事にしたのだった。



























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