夢のきっかけ
「…朝…か」
朝日が入る間取りでは無いけど、空が綺麗な青空になってるのが見えた。
ふかふかのベット。着いた手を沈みこませながら体を起こす。
「…まだ寝てるのか」
「zzz…」
エルビーは子供の寝顔と全く疎遠ない気持ちよさそうな顔で熟睡中だ。
時計は…無さそうだから今何時かは分からん。
とりあえず…遅起きではないかな。早朝みたいな雰囲気。
まだ眠気が残る中、窓際に行き外を眺めた。
「すぅ…はぁ。朝の冷えた空気が美味い」
下を見れば24時間警備してるんだろうけど、鎧を着て長剣を携帯する兵士の人が見回りしてたり、門番していたりするのが見える。
改めてここが国の中心。王城なんだと実感した。
その時、ドアのノックの音が聴こえた。
「メイドのユリアです」
「ど、どうぞ」
俺が起きたのを察知したかのようなタイミングにメイドがやってきた。
どっかにカメラ的なのがあるのか…?
「おはようございます。よくお眠りになられたでしょうか?」
「ええ。この通りですよ」
起きる気配のないエルビーを見て少し笑う。
「左様ですか。それは何よりでございます。テスラ様から言伝です。朝食の後、客間に来て欲しいとの事です。私めがご案内致します」
「あぁ…うん。王様関係だよね…。わかったよ」
そう言えば…ユリカちゃんの方はあの後大丈夫だったんだろうか。
「何かなさいましたか?」
「いや、えぇっと。ユリカちゃんはどうしたかなって」
「ユリカは厨房にて雑用をこなしておりますが…」
「そうなんだ…」
「…何かご不満でもあればなんなりとお申し付けくださいませ」
「そんな事は無いですよ!」
一瞬だけ眉をひそめて見せたユリアさんの表情に、何か気に触ることでも言ってしまったかと身を振り返るけど…分からん
「では後ほどお食事をお持ち致します。失礼したします」
ササッと帰ってしまったユリアさん…朝っぱらから俺何かやらかしたか…?
「ふっ。朝からそんな事があったのか。まぁ大体見当はつくがキリヤが気に病むことでは無いのは確かだ。気にするな」
「テスラ様はあの二人のメイドを良く知ってるんですか?」
「知ってるも何も、2人をここに連れて来たのはこの私で、元々は私に付き従って居たのだ。」
あぁ…。テスラ様の担当からどこの誰ともわからん俺なんかのところに突然回されたら…そりゃ機嫌も悪くなるか。
思い返せば気分を害することはないにしろ、ユリアさんは最初から事務処理っぽい態度だったしな…
「それで本題に入ろうか。今日この後キリヤに会ってもらう国王様だ」
「…はぃ」
「そんなに固くなるな。君の事は昨日話してある。国王様も気を使ってくれて内々に君に会うとの事だ。貴族に囲まれるなんて酷だろうからなとな」
「それはありがたいですね…」
「国王様の名はルベールト・アルテグラ。呼ぶ時は国王様で良いが一応覚えておいて損は無い」
ルベールト・アルテグラ様…。
ルーベルトさんと間違えてしまいそうだが…ルベールト様。覚えよう。
「それで、その子のことはまだ詳しく聞いてなかったな」
「この子はエルビー。元の世界の俺の仕事道具が、この世界で人の体と心を手に入れた姿…っていうのが1晩考えて今できる1番しっくりくる説明です」
「ほぉ。道具が人へか。キリヤの世界は魔法がなかったそうだな。そんな中、物が人になる様な奇妙な事は起こるのか?」
「まさかそんな…。何度も言うようですが、私が魔法の世界に来たことの次に、ビックリしてる事ですよ」
嘘偽りはない。隣で美味しそうにお菓子を食べているこの子は元は俺の仕事道具。
なんでか分からないけど、この世界に着いてきてくれて、人の体と心を手に入れた。
「ふむ。理解はしてないが納得はした。エルビー…だったか? そなたキリヤの仕事道具だったのだな? 何をしていたんだ?」
「私ですか? 私はオペレーターの指示通りに動いて金属を削り続けてました」
「金属…鉄を削ると言うのか?」
「こーんな大きなものから、こんなに小さいものまで、丸いものならなんでも作ったよ!」
本当なのか?
と聞かれているかのように懐疑的な視線を俺に向けてくるテスラさん。
嘘ついていると思われても困るので俺が続きを話した。
「私の前職は機械加工です。分類的には鍛冶屋でハンマー振ったりする職人と同じです。ただ使う道具が人が手で扱うハンマーやノコギリでは無く、機械と言われる…何でしょうか…強力で巨大な力を持っている機械を操作して物を加工する仕事です」
「…その機械という強力で巨大な道具がエルビーか?」
「そうなりますね。子の人の姿のエルビーがどうやって機械の姿に戻るのか…まだ確認してないので何とも分かりませんが、本人曰くいつでも機械に戻れるそうです」
「それは面白い。今ここで機械とやらが見れるのか?」
「可能ですがそれは出来ません。なぜなら本当に機械になってしまったとしたらその重さは6.6トン。私がざっと100人分の重量になり、確実に床が抜けてしまいますね」
「100…わ、わかった。エルビーの本来の姿を見るのはまた今度機会を設けよう。」
俺も見れるなら今すぐにでもみたいな…
なんかこう…前の世界の名残と言うか…本当に俺だけじゃないんだ…みたいな?
そんな気持ちになる
「このお菓子も美味しい!」
「菓子が好きか。あとで部屋のお菓子を増やすように手配しておこう」
「本当に!?」
テスラさん笑ってる…。騎士達の隊長もあってゴリッゴリの武闘派だと思ってたら…意外と子供好き?
色々と国王様に会うにあたっての注意事項や流れについてテスラさんからざっくり聞いたけど、要するに普通にしてればなんら問題はない。そもそも俺はこの国…そもそもこの世界の人間ではないのだから、媚びへつらう必要は無いとキッパリ言われた
「と言ってもなぁ…相手は国王様、王族、国のトップ。それなりの気持ちで望まんと…エルビーも礼儀正しくするんだぞ」
「礼儀は分からないけど、大人しくしてます!」
「そっか…旋盤に礼儀を問う俺がどうかしてたよ」
またテスラさんは先に部屋を後にして、メイド…おそらくユリアさんとユリカちゃんが来るのを待ってた。
そんな時
「失礼しますわ」
「…どちら様でしょう?」
「私、ミーヤと申します。以後お見知り置きを」
「私は遠藤切矢…キリヤです。こっちはエルビー」
「キリヤ様、エルビー様。ここの暮らしにご不便ありませんか?」
全く話が見えないぞ!?
ミーヤさん…何者…?
部屋の前には警備の兵士さん居たはずだし…変な人では無いはずだけど…
おっとりした銀髪の美しい女性。どこかの貴族さんとかだろうか…
「いえ…とても良くしてもらっております」
「左様ですか。それは何より…。何か困ったことがあればなんなりと私に言ってくださいまし。可能な限りお力添え致しますので…ではまた後でお会いしましょ」
「…はぁ」
そう言ってお淑やかな銀髪の女性は部屋を後にした。
てか…また後で? どゆこと?
して、一息つく間もなくメイドの2人がやってきた。
昨日と似た感じで部屋に戻って、身だしなみを整えられていよいよ王様と会う時間が来たようだ。
「では行くぞ」
テスラさんも迎えに来てくれて、いよいよって感じがひしひし伝わってくる。
テスラさんを先頭にして俺とエルビー。その後ろにメイド2人。さらに装飾された鎧を着た兵士が5人続く。
テスラさんも正装なのかな。さっきとは違う服装だ。
やはり王城は広く、歩くだけで散歩になりそうな距離を進んで行くと段々と周りの景観が煌びやかになってゆく。
「綺麗…」
「着いたぞ。この扉の先に国王様がお待ちだ」
ゴクリ。
俺の緊張を知ってか知らずか、テスラさんは一瞬笑うと、直ぐに警備している兵士に視線を送る。合図だったんだろう。
2人の兵士は携えた槍の後端を床に2回叩きつけて、声を張り上げた。
【近衛騎士団!国王直属班隊長テスラ・グロスター様! ご到着ー!!】
ゆっくりと大きく重厚な扉が開かれる。
恐ろしく眩しく感じた王の間に若干目を細め、ゆっくりと開く扉の奥を見すえた。
のだが
「えっ…」
「ん? どうかしたか?」
「あの…王様の隣にいる方って…?」
最初にいかにもな王様が目に入って緊張して口が乾いたほどだったが、すぐ隣に目を向けるとついさっき会ったような女性がニコニコと小さく手を振っていた。
「あの方はミーヤリス・アルテグラ様。王女様だ。そう言えば言ってなかったな」
「やっぱりミーヤさんじゃないか…まさか王女様だったなんて…」
「ミーヤ…あぁ、もう既に顔は合わせていたのか?」
テスラさんは「困ったものだ」と言うような半ば呆れたような様子を見せる。
【よく来てくれたテスラよ。彼がキリヤ殿か? それと…】
「報告の通り先走った一派によって本当に召喚されてしまったキリヤとその従者エルビーでございます」
思ったよりも若い。もっと年寄りかと思っていた俺の率直な感想だった。
「キリヤ殿、そしてエルビー殿よ。我はこの国アルテグラの王ルベールト・アルテグラだ。今回は我らの後先考えない身勝手な行いによって貴殿らに不自由を与えてしまって面目無い。聞いておろうが元の世界に返す方法も調べさせてはいるが…どうなるかわからんのが正直なところじゃ」
王様は本当に申し訳なさそうな面持ちで俺たちに語り掛けてくる。
「こちらとしては、こちらの不手際の手前、貴殿らの要望は可能な限り聞き入れる用意がある。すぐこの場で…とはさすがに言うまい。なにかあればテスラにでも伝えれば良い。国の長として申し訳なく思っておる。短いがわしからの言葉は以上じゃ。ミーヤリス、お前からは何かあったかの」
「いいえ。特にありませんわ。ただ、重ね重ね我が国がご迷惑おかけしたことを心よりお詫び致します。それの他ありません」
「うむ」
この国としては俺達の身の安全は保証してくれるような流れでひとまず安心だ。確かに2人くらいの願いを叶えたところで国としては痛くも痒くも無いんだろう。
手厚く対応してくれるのは願ったり叶ったり
「ところでキリヤ殿、エルビー殿、直近で思いつく要望とかはあるのかの? 金銭でも土地でもなんでも良い。ある程度の方向性が別れば用意するのも容易いのでの」
どういうこと?的な顔でエルビーが俺の顔を見上げてくる。
「要するに欲しいものはあるか?って聞いてくれてるんだけど…」
「欲しいもの? 私お菓子欲しいっ!」
「おかっ…そう言うじゃなくてだな…」
「だってここのお菓子すごい美味しかったんだよ!?」
トンチンカンな会話を耳にした王様達は笑っていいのか真に受けていいのか困ったような反応をしていたが、ただ1人。王様の横に佇む王女様だけが静かに笑っているのが聞こえた。
「菓子、菓子か…。よいよい、ここの菓子を気に入って貰えたなら余も嬉しい。好きなだけ食べるが良い。他にはないのかな?」
その容姿とお菓子という幼稚さを見て、王様もわざとらしく子供に合わせた口調になってエルビーに語り掛ける。
とうのエルビーは呆気なくお菓子が沢山食べれることになり、さらにまだお願いを聞いてくれるとわかって傍から見ても興奮気味なのが見て取れる。
この子。旋盤なんだけど…
「じぁ…あ! 工場が欲しい!」
「ちょっ!?」
「こうじょう…とな?」
「うん! 私とオペレーターはずっと工場で物作りしてたので、帰れないならここでも同じように仕事をしていたいです!」
「こうじょう…うむ。その程度の願いなら直ぐに取り掛からせよう。何より異界の物作り。我も興味がそそられるのでの。キリヤ殿はエルビー殿に反対はないかの?」
「いや…あの…。私としても作ってもらえるのならばこれ以上ない嬉しい事ですが…」
「なら良い。キリヤ殿も何かあれば何時でも申してみよ」
「は、はぃ」
とりあえず俺の要望は後で聞いてくれるみたいだ。俺としてもしっかり落ち着いて考えたい。エルビーのおかげで土地と建物が手に入ることも結果オーライだ。
「ではテスラよ。近衛の任も大変かろうが、彼らの手助けをしてやってくれぬか」
「はっ!」
テスラさんが凛々しい受け答えをすると肩の荷がおりたかのように王様は一息つく。
どうやら今日のところはこれでお開きの様で、少しだけ王様と会話を交わすとあっさりと王の間を後にするのだった。
「工場♪工場♪お菓子♪お菓子♪」
「エルビーはご機嫌だな…」
「だって工場貰えるんだよ!? お菓子も! 仕事できるよ! オペレーターは…嬉しく…ない?」
「いや嬉しいさ。だけどやる事は沢山ある。そもそも元の世界のような完成された材料なんて流通してないだろうし、そもそも仕事といっても仕事を持ってくる仕事だってしなきゃならない…。なにより王様と話すのが緊張して今は胃に穴が開きそうだよ…」
「よくわかんないけど…きっと全部楽しいよ。エルビーは早くオペレーターと仕事がしたい。役に立ちたい」
その顔は高揚感とは別に不満と不安が織り交ざったように見えた。何となく気持ちは分かる。
エルビーも不安なんだろう。
突然体が与えられた彼女にとっては全てが未知。更には別世界ですらある。身の振り方も分からなければ人との接し方も覚束無い。
さらに旋盤として役目を全うできるのか。
彼女の言うオペレーター…俺の役に立てるのか。
「…俺も不安だよエルビー。トントン拍子に事が進めばきっと毎日が楽しいよ。でもそんな簡単には行かないと思うし、それはエルビーも薄々感じてるんだろ? でも…まぁ昨日…2人で語り合った”夢のきっかけ”をエルビーは俺にくれた。俺はまずはきっかけを夢への第1歩にできるように頑張る。エルビーももう少し待っていてくれないか?」
「わかった」
翌日からは忙しかった。
王様の言葉通り、謁見の翌日には早くも工場についての話があった。
メイド2人に付き添って貰いながら、凄く一流そうな建築職人さんと面談した。
良く考えればこれは王の勅命であって、そんじょそこらの建築職人が呼ばれるはずもないのだから当然だった。
「つまり要約すると真っ平らかつ硬質で頑丈な床が絶対条件なわけだな」
「ええ。100人の私の体重が、わずかこの程度の面積に集中する。とお考え下さい」
「それほど頑丈にしなきゃいけねぇ理由はまだ正直理解してないがお前さんの分かりやすい絵のおかげでイメージはできた。住居スペースと作業場所は恐らくすんなり行く…が、その頑丈な床は試さんとなんとも言えん」
「それは構いません。頑丈な床…私は基礎と呼んでますが、基礎がしっかりしてないと仕事にならないので、基礎だけは念入りにお願いしたいです」
「基礎。なるほどな、全ての支えとなるって事か。承知した。王からの勅命ゆえ手は抜かん。後日間取りが決まれば送ってくれ。お前さんの絵は分かりやすくていい」
「それはどうも…」
「では」
時間にして4時間程だっただろうか。
建築場所と全体の大きさ。建物の構成など大雑把な事を話し合った。建築職人の方も今までにない建物だそうで、王の勅命抜きに面白そうと口を滑らせていた。
今回の内容から大雑把な工程を予測して資材や人を建築職人さんが集めている間に、俺はできるだけ事細かく要望書を書き上げていた。
もちろんエルビーと意見を交えてだ。
「旋盤はここがいい!」
「いやクレーンないんだから搬入口の傍の方がいいだろ」
「なければ作ればいいの! こんな入口に私が居たら絶対邪魔だし砂埃かかかるよ!」
「いやでも設備増えること無いだろ?」
「そんなのわかんないじゃん?」
「え、まじ?」
こうしてると何だか初めて家を建てる夫婦のようだと一瞬思うも、エルビーの容姿をみて「一歩譲てっも父と娘だ、いや兄と妹か?」と頭を振って真剣に語り合うも割とアホっぽい会話もしながら間取りを決めて行った。
「精が出るな2人とも」
そんな生活が3日ほど続き、今日も今日とて昼間から2人部屋にこもって書類仕事をしているところに、テスラさんが様子を見にやってきてくれた。
「休憩に如何かなと思ってな」
テスラさんがの後ろからメイドふたりがバスケットとワゴンを持って控えていた。
もちろんバスケットには溢れんばかりの各種焼き菓子と、ワゴンには色とりどりで手間のかかってそうな美しいケーキが沢山あった。
どう見ても2人で食べれる量では無いのだが、何故かエルビーが殆ど食べ尽くすのでメイド達も思わず言葉を失う事もあった。
その小さな体のどこに入ってるの…?
と、その場にいた誰もがエルビーのお腹を見ていたのは俺だけが知ってる。
といっても食べてる時のエルビーはとても幸せそうな顔をするのでまるで餌付けのように毎度量が増えてくる。これ+3食の食事も普通に摂るのだからもう慣れたとはいえ開いた口が塞がらん。
ちなみに俺はチーズケーキが気に入ったのだった。
「工場とやらは順調かな?」
「ええ。お陰様で後はこの書類を建築職人さんに届けるのみです」
「そうかそうか。届けるのはメイドにでも言っておけば問題ないだろう。それより一区切りついたのなら街でも出てみないか? キリヤと会って数日経ったが城から出たことはないだろう? 工場とやらの予定地も見たいだろうと思ってな」
「それは嬉しいですね。何気に城の外へは出たことないですし…」
「お散歩〜」
「では決まりだ。城下までは少し距離がある。歩いてもいいが今回は馬車を用意させよう。用意が出来たら使いを回す。それまでゆっくりしていてくれ」
馬車に揺られて10分ほど。少し距離があると言う割には案外近かったようで、これなら歩いて行けるのでは?と思ったが途中いくつも関所みたいのを通らなければならないようで、馬車で移動することである程度通過を簡略化でき、結果的に馬車の方が早いとなるそうだ。
ある意味、王城の馬車に乗っていると言うだけで身分の証明になってるそうだ。
「よし、ここで馬車を降りようか。この門の先が王都グラーデ。この大陸でも片手に入るくらいの大きな街だ」
「おぉ…」
「人たくさん!」
「とりあえず街の中を案内しようか。王都は広いから乗合馬車で各区画を移動しよう」
テスラさんが金色に光る何かをさり気なく乗合馬車の運転手?に渡して要件を手短に話すと、驚いた運転手の人は浮ついた顔で首を縦に振った。何となく金貨的なのを渡して俺たちの案内を頼んでくれたんだろうか。
また馬車に揺られ街の中を案内されるがままテスラさんの話を理解するのに勤しむ。
「大きく分けると5つの区画に分かれる。ここが城門街と言って城に1番近い区画だから色んな組織の中枢があったりする」
日本で言う霞ヶ関…のようなところか。
確かに貴族っぽい偉そうで華美な容姿の人が目立つ。
「まぁあまり君たちに用事は無いところかもしれないな」
道の真ん中に立っていると邪魔になるのでそそくさとお偉いさんの住まう区画から移動する。
「さて、この門をくぐって真っ直ぐ歩いていくと王都の中心街の商業区画がある。多くの人たちはそこで日々の買い物をしている。最も人が集まる区画だ」
「買い物エリア…ね。街中のイメージがピッタリ」
「美味しそうなの沢山ある…」
確かに区画に別れてるって話通りさっきの城門街とは街並みも行き交う人達も全く雰囲気が違う。
居るだけでワクワクで楽しめるようなそんな高揚感が感じられる。
「あの通りの先に見える門の先が居住区画。この王都に住む民は大方あの向こうに住んでる。特に特質すべき点はないが用がないのなら行かないのが無難だろう。あそこは民の生活の場所で無闇に冷やかしに行くところでもないからな」
「なるほど。生活空間は荒らされたくありませんしね」
「うむ、その通りだ。では次に行こうか」
それからテスラさんの指示で馬車は長らく進み続けた。
居住区画前を後にした俺たちは、次に歓楽街にたどり着く。さすが国の中心地の歓楽街だけあって昼間にも関わらず歌舞伎町にも引けを取らない活気を感じた。
次に向かったのは港町。この王都は海と面する立地のようで、大きな船着場と倉庫が建ち並ぶ港町がある。何故か王都の中でもここだけ”港町”と呼ばれてるらしい。
まぁ分かりやすいけど
「なんだ? 船に興味があるのか?」
「この世界の船を見ておきたいと思っただけですからお気になさらず」
「そうか。ちなみに異界のものから見て、”あれ”はどう見える? なに、言葉を選ぶ必要は無い。率直な感想を聞かせてくれ」
「…そうですね。見た目は私の世界だと数百年ほど昔のものに見えます。私が居た頃の船は殆どが鉄で出来ていて、風を使った動力はもはや廃れて、帆船は趣味や骨董、展示物扱いになってましたから」
「そうか。キリヤの世界より100年以上遅れているのか。なるほどな」
「でも今の感想は見た目だけの判断ですよ。なにせこの世界には魔法があるんですし、その分野だけは私の世界は遅れているどころか魔法自体おとぎ話程度の話でしたから」
「あの船は木製で作られた船体を風を使って動かしているだけで、キリヤの世界で廃れた船そのものだ。もっとも我が国の戦闘艦はキリヤが呟いた通り魔法を使ってはいるが根本は同種の物。それにしても鉄でできた船か。そちらの方が私は興味深い」
俺は戦闘艦の方に興味湧いたけど、あんまりそっちの方面には深く触れない方がいいよな、きっと。
それにしても見た限り人人人で中心街とはまた違う賑わいだ。
まず大きな船を作る技術がないのか、必要が無いのかは分からないが大きめの漁船程の大きさの船がとても沢山桟橋に係留されてる。
沖を見ればそれ以上の数の船が停留してるのだから船の規模さえ見なければ現代の横須賀とか大きな港湾以上の見た目。
聞いたところ大きな船で大量輸送はしておらず、ああいった小さい船を使って輸送船団という形で輸出入するのが常識のようだ。
理由としては海生魔物に遭遇してしまえば簡単に沈められてしまうめリスク低減の為だとか。
魔物以外にも海賊なる違法に手を染める集団に対抗するにも船団と言うのはメリットがあるそうだ。
「魔物に海賊…」
やはりファンタジー。海賊はあっちの世界にもいたけど、魔物となると…ね。
「じゃあ陸送はどうなってるんです?」
「基本的には海運と変わらず魔物や盗賊の危険がある。そもそも馬の限界があるから無闇矢鱈に大きな馬車や重貨物は物理的な限界があるから、おのずと集団で行動する」
「しかし陸送となると護衛が付けやすい事も関係して、傭兵とかを雇って単独で運ぶこともある。日程に自由が生まれる位しかメリットが無いから、よっぽど資金に余裕ある商会か急用でもない限りあまり聞かないがな」
運送業は命懸けか。
この世界の運送の現状について聞けた俺は少しだけ思考を走らせてみる。
といってもこの世界にトラックがあればどうなるのか。魔物をものともしない頑丈な船があったらどうなるだろうか。
…トラックを運用するには最低限の道路整備が必要不可欠だが陸上における輸送能力は今の日にならない進化を遂げる。トラックを運用するための道路はトラックだけではなく様々な常識を覆す。
大型輸送船も同様だ。陸送より遥かに大量の荷物を一挙に届ける。
それら全ては…
「争いを進めてしまう…か」
「オペレーター?」
物流は戦争を大きく変える。それは俺の世界でも当たり前だった。
輸送能力はその国の豊かさを示すと共に軍事力を物語る。
それはどれだけ戦場に物資を送れるかが軍隊の規模に直結するためだ。
「…いや何でもない」
「よし、着いたな。ここがキリヤ達の工場とやらが建つ予定地だな」
「え…広くないですか?」
そこは厳密な名前は無いが職人街と呼ばれてる場所で見るからに色んな技能職の方が軒を連ねてる場所だった。
馬車から見ていただけでも裁縫から武器防具、薬や魔法。そして鍛冶屋やそれを支える冶金屋と思われる所まで、これから関係深くなりそうな店が乱立するいわゆる工業地帯。
「そうなのか? まぁ既に着工してるようだから今から無かったことにするのはオススメはしないが」
そんな工業地帯のちょうどど真ん中にぽっかり空いた更地。それが…俺たちの工場予定地らしい
「ほ、ほんとにここ全部エルビー達の工場…?」
さすがにエルビーでさえ目をぱちぱちさせて理解が追いついてない。なんてったって土地の広さは学校のグラウンド並で、既に勤めてた会社より広いんだもん
「聞いた話ではある程度の拡張性を残した建物にしたいという要望で、設計者がこの広さを求めてきたんだが…」
拡張性…って…この土地を使いきれるほど拡張するにはどうすれば良いのだろうか?
「そもそもこの土地どうやって用意したんですか?」
「心配せずとも大規模な立ち退きとかはやってないぞ。この土地の殆どは廃業後放置された建物や所有者のはっきりしないもの。まだ買い手が見つかっていない土地を使ってるに過ぎない。ただ多少は高待遇で移転して貰った例はあるが、キリヤが心配するほどではない」
「そう…なんすね」
俺が心配してたのは周囲の反応…。いきなり国が土地を買い漁って王家でも貴族でも無い普通の一般人が国が建てた建物を仕切るって…なんか…何となくイメージ良くないけど
大丈夫だろうか?
「あの、少しだけこの辺り見て歩いたりしていいですか?」
「構わないぞ。一応迷子は困るから私も着いて行くがな」
「もちろん助かります」
いい加減馬車に座ってるのも疲れてきた。だって座は柔らかいとはいえ石畳の振動がもろに足から腰に来るからな…。
まずはさっき目にした冶金屋と思われる所だ。
旋盤で生活するには金属の材料を作ってくれるところとは縁は切っても切れないと言うか、縁が切れてしまえば仕事が出来なくなってしまう。
ネットで鋼材が買えるようなそんな便利な世界ではないしね
「ごめんくださいー」
「ごめんくださーい!」
テスラさんが後ろに付き添ってくれる中、扉の無い入口で様子を伺ってみた。すると結構奥の方から女性の声が聞こえた。
「あーぃ、今行きますねー」
そうして奥から出てきたのは30とか40代くらいの女性。
俺たちを見るやいなや少し怪しんでるようだったが、後ろにいるテスラさんを見た瞬間目が覚めたように口を開いた。
「き、騎士様がなんでこのようなところにっ!?」
「突然押しかけてすまないな。私に構うことは無い。今回私はこの2人の付き添いだ。2人の話を聞いてやってくれないか」
「あっ…えぇ! もちろん…あ、あんた! お客さんだよ! あんたぁーっ!」
やっぱり王族の近衛騎士隊の隊長ともなると、こんな町中でもこう言うふうになるのか。凄いなテスラさん
「客人? 今日そんな予定…って騎士様っ!?」
女性から急かされるように連れてこられた男性もテスラさんを見るやいなや目をひん剥いてビックリしていたのだった。
「ん? と言うと今建ててるあのだだっ広いところにお前さんの工房ができるっちゅうことか?」
「あらぁ…その若さでよく頑張ってるわね。それにそんな妹さんまで連れて…えらいわ」
なんか今日訪れた理由をこの店の2人に話すと、かなり感心されたようでめちゃめちゃ褒められた。
とくに妹と認定されたエルビーが。
「この子はエルビー。妹ではないんですが、仕事上切っても切れない大切な相棒です」
「相棒だそうです」
「あら、そうなの? それにしても工房がたったらご近所さんになるのね。その時は周りの人に紹介するの手伝ってあげるわ」
「ありがとうございます! 大変心強いです」
ちなみにテスラさんは「私が居ると変に緊張させてしまう
」と言ってここには居ない。案の定、ここの2人とは楽しげに会話ができた。
「ところでお前さんはどうしてこんな所を選んでくれたんだ?」
「それなんですが、お見受けしたところ鉄の素材を作っているように見えました。なので私の仕事上最も関係深いと思い、まず最初にお尋ねしました」
「確かにワシらは冶金を営んではや60ねん…」
「あんたが先代の跡を継いで20年。この店は60年」
「あ、そうじゃったそうじゃった。それで今後うちと取引をしたい。そういう事じゃな」
「そういう事です。と言ってもまだ工房も建ちませんし、私自身ここへ来たばかりなのでまだなんとも言えないところです」
実際なんとも言えない。ぶっちゃけてここでどんな物が作られてるかなんて想像つかないのが正直なところ。
この世界の鉄製品と言えばパッと思いつくのは武器防具、装飾品、調理器具…くらいか?
それに使われる”素材”によっては使えなかったりする。
でも剣耐えれる鉄を供給してるってことは、それなりの”鋼”の供給があると言うこと。
鋼があれば最低限色んなことが出来る。
「もし良ければウチを見学していくかい?」
「いやあんた、外で騎士様が待ってるんだよ?」
「多分…それは大丈夫かと…。それよりお仕事に差し支えなければ是非」
「そうかそうか。嬢ちゃんも来るか?」
「行く!」
という事で旦那さんの厚意で突然ながら見学を許された。
一応…外で野良猫のようなものと見つめあっていたテスラさんに一声かけたが、やっぱり「構わないぞ」と返され問題はなかった。
「ここには下働きの若造からワシのような老いぼれを合わせて30人が働いとる」
「30人…ここら一体では多い方なんですか?」
「そう…じゃな。いつの間にか大所帯になってしまってたと言うのが正直なところ」
歩きながらだが廊下で簡単な質問を挟み移動する。歩いてみて感じたけど通りから見るよりだいぶ広い…。
従業員数的にも多い部類だそうだから、意外とここってここの大御所さんなのでは?
と感じ始めた頃、扉で立ち止まった。
「ここから少し暑い。お前さんは平気かもしれんが嬢ちゃんは辛かったら言うんだぞ」
「エルビーは大丈夫だよ!」
「そうかそうか。ではこの先が仕事場じゃ。この部屋では原材料の鉄鉱石と燃焼石を管理する場所じゃ」
鉄鉱石…は置いといて燃焼石?
聞きなれない単語に引っかかりながらも、今は黙って着いて行った。
「種類によって鋼鉄の製法は違ってくるが、大方の手順はこの鉄鉱石と燃焼石をとある比率で混合して、燃焼石の熱によって鉄鉱石に含まれる鉄を溶かし出す。溶け出たものを今度は調性して、初めて鋼になる。あとは客の要望の形にして出荷。これが一連の流れじゃ」
燃焼石ってのがイマイチ分からないけど、聞いてる限り脱リンとか脱炭処理はしてない感じか?
いやコークスでとか仕込んでるわけじゃなくで燃焼石とやらを使うから溶け出てもそれは銑鉄ではないから必要ない?
いずれにしても銑鉄は剣には適さない。だから銑鉄では無いにしてもどんな性質なんだろうか
「ちなみに燃焼石ってなんですか?」
「燃焼石ってのは魔石の1種だ。燃焼石には高純度と低純度の物があって高純度なものは魔法使いさんや冒険者とかが魔法のためや戦闘のために使う。希少度もそれなりに高いから高価だ。もっともワシらが使う燃焼石は低純度の方であまり使い道がないから安価に手に入る」
「魔石…魔石ですか。ということは魔法で溶かすんですか?」
「おうよ。燃焼石ってのは内部に大なり小なり魔力を宿してる。これが高純度と低純度に分類されるゆえんだ。んでその魔力は魔石それぞれ効果が違う。燃焼石の場合は何らかの衝撃を与えることで魔力を熱に変えちまう。その熱を利用して鉄鉱石を溶かすって訳だ」
ほお…燃焼に頼らない熱か。電気炉に近いのかな?
低炭素鋼なのかなぁ
「次行くぞ。次は鋼炉じゃ」
炉…つまり溶かすところ!
真っ赤な鉄が流れるのが見れるのか!と少しワクワクしてしまった俺だが、俺が知る製鉄とは似ても似つかないファンタジーな世界に度肝を抜かされることとなった。




