詩詠み
会堂の隅に〈詩詠み〉の姿を見つけた。磨りガラスの高窓から射す色の薄い陽光が会衆席の端にぽつりと座る彼女の姿をやんわりと照らしている。明晰な光の下では虹色の光沢を帯びる不思議な色合いのさらりと長い銀の髪が、今は鈍い灰色をして周囲の暗がりによく馴染んで見える。
儀式や祭礼から離れたところで見る〈詩詠み〉は不思議なほどただの人間だ。言葉を司り、詩を編んで自在に世界を変容させるはずの彼女は、ふと見かけると喫茶店でコーヒーを飲んでいたり、図書館で本を借りていたり、公園を無心に散歩していたりする。僕たちと何ら変わるところがない。だから僕はつい彼女が特別な存在であることを忘れてしまいそうになるのだが、それも彼女の魔的な性質によるのかもしれないのだった。
「こんにちは」
声を掛けると、〈詩詠み〉は顔を上げ、グレーがかった淡紅色の瞳をおやというように心持ち見開いてみせた。
「こんにちは。早いのですね」
「この時間になると自然に目が覚めてしまいまして。何か、されているんですか?」
「何も。うつらうつらしていました」
相変わらず自由な人だと思う。そう言えば、〈詩詠み〉と初めて会ったのはある日の朝の食卓だった。母がととのえてくれたテーブルに見知らぬ人がついていて、それが〈詩詠み〉だった。美味しそうな匂いがしたから、というびっくりな理由で当然のことのように家族の食卓に混じった闖入者を、僕らも当然のこととして受け入れた。そのときが初対面だったはずの僕さえ人見知りはしても彼女の存在を怖いと思わなかったのだから、〈詩詠み〉というのは全くもって特権的な存在だ。
曰く、〈詩詠み〉は摂理の外側にいる。だから僕たちの常識に縛られることがない。
こちらが昔の思い出を懐かしむ年齢になっても、彼女は僕が子供の頃のまま、あの日の綺麗なお姉さんのままなのだから、時に困ってしまうけれど。
「君は、こんな早くから仕事ですか」
「仕事というか、日課ですね」
僕は手に持っていた箒とチリトリに目を落とし、それらを傍らの席に立て掛けた。
「けどやっぱり、今日はサボろうかと思います。どうせ一日休んだくらいでほこりが溜まるはずもないんですから」
僕は〈詩詠み〉の隣に腰を下ろし、神父服の窮屈な襟のフックを外した。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「今日はこの後、何かご予定が?」
あまり気の利いたことは訊けない。
〈詩詠み〉は会衆席の背もたれにぐでっと頭を預け、気持ち良さそうに目を細めた。
「そうですね、こうしているのが心地良いので、暫くはこのまま日向ぼっこしていたいと思います。構いませんか?」
「勿論。構いませんよ」
彼女に倣い、僕も席の背もたれに背中を預けてみる。
たまには、こういうのんびりした日があっても良い。




