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9. まるで気難しいライオンのようです

「ユリウス宰相。丁度良かった、今宰相の執務室に行こうと、」

「申し訳ございません。トラブルが起きてしまい、レナルドの元にご一緒することができなくなりました」


 クィンが言い終わるのを待たずに食い気味で話すユリウス宰相は見るからに慌てていて、きっと本当に一大事が起こってしまったのだな、とクィンは察した。

 宰相の言う一大事は、国の一大事と言っても過言ではないはず。

 一人の貴族令嬢との約束よりそちらを優先して当然である。



「それは大変ですね。……ちなみに、ご一緒いただけないと、私はレナルドには会えないでしょうか?」

「え?」

「今日はメイドのナビアも連れてきているので、一人で行くわけではありません。もし許していただけるのであれば、ユリウス宰相は行けずとも、このまま会いに行こうかと思うのですが、いかがでしょうか?」


 マクミランからの手紙を預かっている手前、日を改めたくはなかった。

 むしろ、ユリウス宰相抜きで行ける方が、レナルドに手紙を渡すことが容易くなる、とも考えた上での提案だ。


 ユリウス宰相は少しの間思案し、結論を出した。


「……分かりました。相手もあのレナルドなので、クィン様に危害を加えることはないと思います。心配であれば兵士を付けますが、」

「ああ、いえ。それは無用です。それでは、本日は私のみで向かわせていただきます。こちらまでご足労いただき、ありがとうございました」

「はい。お気をつけて」



 ユリウス宰相が厚意で付けようとした兵士はやんわりと断り、クィンはナビアと共に地下牢へと向かった。これで、誰の目も気にせずに手紙をレナルドに渡すことが出来る。あと危惧するところは、その手紙をレナルドの受け取らせるだけだ。



 長い廊下を歩き続け、先日ユリウス宰相に案内された地下牢への扉の前に着いた。

 扉のノブに手をかけて、クィンはふと、自分がユリウス宰相とここに来た時の会話を思い出した。


「お嬢様? 入らないのですか?」


 クィンはにやりと笑い、ユリウス宰相に自分が言われたセリフを、今度はナビアに聞かせる。


「ナビア、気をしっかり持ってね……」


 それは、ナビアを少し脅かしたいというクィンのいたずら心なのか、クィンは何か意味深そうに見せる。そんなクィンを見て、ナビアはごくりと息を飲んでいた。


(まあそんなこと言いながら、私もまだここに余裕で来れるほどではないけどね!)


 自分の緊張はナビアに悟られないようにしながら自分で自分の心を落ち着かせて、クィンはゆっくりと扉を開ける。そこには、数日前に見たときと変わらない、松明の火がゆらめく石畳の階段が広がっていた。


「お嬢様……こんなところに……?」

「ええ。この下にいるわ」


 ナビアの表情は信じたくない、と語っていた。

 それでも、レナルドがこの階段を下りた先にいる事実は変わらない。


「大丈夫よ。私も最初は恐る恐る下りたけど、この先には地下牢があって、その中にレナルドがいるだけだった。階段も石畳で頑丈な造りだから崩れる心配はないし、安心して下りてちょうだい」

「は、はい」


 クィンは、ドレスの裾を持ち上げ、階段を踏み外さないように気を付けながら下りて行く。どのくらいでゴールに着くのか、ゴールに何があるのか分かっているだけで、クィンの進みは前回よりも多少早くなっていた。


 そして、クィンとナビアは目的地にたどり着く。


 想定通り、そこには檻と、檻の中に静かにたたずんでいるレナルドがいた。

 今にも睨み殺されそうな空気を出しているが、二度目のクィンは簡単には怯まない。


「こんにちは、レナルド。ファスタール伯爵の娘、クィンです。……私の事、覚えていますか?」


 クィンは当たり障りのない会話から入る。


「……」


 レナルドからの返答はない。

 この距離だ。聞こえてない訳はないのだが。


「まあ、覚えていないならそれでも構いません。……ナビア、あれを」


 クィンが手のひらを上にして右手を差し出すと、ナビはそこに、隠し持っていた手紙を乗せる。手のひらに乗せられた手紙をしっかりと確認し、クィンはゆっくりとレナルドの檻に近付く。

 近付けば近付くほど、レナルドの放つ威圧感はすさまじい。

 まるで獲物を目の前にしたライオンの檻の中にこれから手を入れに行くかのような、威圧感だけでそんな想像を掻き立てられるくらいだ。


 手を噛みちぎられないように、クィンは慎重に手紙だけを檻の中に入れる。



「何だ?」


 レナルドが声を発しただけで、クィンとナビアは肩をビクッと震わせた。

 そして、クィンはふーっと息を落ち着けて、手紙の話をする。


「マクミランさんとアーノルドさんから手紙を預かりました」

「!?」

「あなたの知り合い、ですよね?」


 詳細は話さない。

 レナルドの口から話してもらわなければ、彼らの身元証明にならないからだ。


 知り合いか、という問いにレナルドからの反応はない。

 数秒間膠着状態となったのち、レナルドは大きくため息をついた。


「……あのバカ共、余計な真似を」


 微かな声だったが、クィン達にもその言葉は聞き取れた。


(え、バカ共?)


 レナルドは重い腰を上げ、その場に立ち上がる。座っていた時には分からなかったが、彼は思った以上に身長が高い。クィンが上から下まで目線を動かすと、囚人服が残念に思うような、スタイルの良さが窺えた。それに加えて、背筋も伸びて堂々と歩く姿。

 体格だけ見れば、多くの女性を見惚れされる気がした。


 クィンが不覚にもポーっとしていた間に、レナルドは彼女の手からひょいっと手紙を取り上げた。


「あ」

「何だ? 俺への手紙なんだろう?」

「いえ。ああ、はい。あなた宛ての手紙です」

「ふっ、“いいえ”なのか“はい”なのか。どっちなんだか」


 いつの間にか手紙を取られるくらい近くにいたレナルドに動揺し、クィンは変な返事をしてしまった。それを聞いて、レナルドは鼻で笑った。


 鼻で笑われたのは癪だが、長く伸びた前髪の奥に彼の笑顔が垣間見えて、クィンは何か引き込まれるのを感じた。

 もっと見てみたいような、そんな感覚だ。

 

 レナルドは封筒を開けて、中の手紙を読み始める。

 読んでいる間、クィンは彼を見つめてみるが、前髪と髭で隠れて彼の表情は読み取れない。

 彼自身はその前髪を邪魔に思わないのか、と不思議に思いながらもクィンは口には出さず、ただ彼が手紙を読み終えるのを待った。


 するとレナルドは、クィンに対して質問を投げた。


「あの二人は元気そうだったか?」

「え?」

「マクミランとキースだ」


 さっきまで何も答えてくれなかったレナルドが、今度はしっかりと口を開き、クィンに質問している。

 マクミランとアーノルドの様子を聞かれ、クィンは素直にその質問に答えた。


「……はい。元気そうでした。私に不躾なことを言えるくらいには」

「!」


 フルネームを思い出すついでに、彼らが不躾だったことも思い出してしまい、クィンはついそんな一言をつけてしまった。

 先ほどまで恐怖すら感じていたレナルドに対してそんなことを言ってしまうなんて、クィンは気付いてすぐハッとした。


「あ、すみません。今のはその……」


(あああ、私の馬鹿。囚人に仲間の悪口を言うなんて……!!)


「気にするな。あいつらが元気そうならそれでいい」


 レナルドに怒鳴られるかと思ったクィンだったが、彼の心は穏やかだった。それどころか、一気に血の気が引いていたクィンを気遣い、気にするなとまで言ってくれた。



「……悪いが、頼まれてくれないか?」


 視線を手紙からクィンに向けて、レナルドはこう告げる。


「マクミランとキースに伝えてほしい。……俺は、この状況を受け入れている。他の主君を探し、俺のことは忘れろ、と」

「……?」


 レナルドからの伝言は、予想外のものだった。

 マクミラン達をここに連れてきてほしい。そんな頼みだと思ったのに、それとは真逆の伝言だった。


「それはどういう意味でしょうか? あのお二人は、ここに連れてきてほしいと言っておりました。なのに、忘れろと伝えるのですか?」

「そうだ」


 クィンはナビアと視線を合わせるが、ナビアもレナルドの真意は分からないようだ。二人で首を傾げる。


「ですが、彼らはどうしてもあなたに会いたいように見えました。それを断るのは少し、」

「お前ももうここに来る必要がなくなるんだ。お前は喜ぶ内容だと思うが?」

「それは……そうかもしれませんが」


 レナルドの言うことは一理あった。

 確かに、レナルドが断ればそれで終わる。

 マクミラン達にも、その可能性は伝えていたし、恐らく彼らがこの伝言を聞けばクィンからは引き下がってくれるはずだ。


 しかしそれは、“クィンから”というだけ。

 きっとあの二人はレナルドに会うまで諦めない。たった一度会っただけのクィンでも、そう思っていた。


「……あなたは、あの二人に会いたくないのですか?」


 クィンは、レナルドに問いかける。


「お前には関係のないことだ」


 さっきまで会話できていたレナルドから、突然距離を置かれた。しかし、クィンは負けじと聞き続ける。


「では、手紙には何と書いてありましたか?」

「お前には関係ない」

「あの方々はあなたの元執事と元右腕で間違いありませんか?」

「関係ない」

「……あなたは、どんな罪を犯したのですか?」

「しつこいぞ!」



 クィンが畳み掛けるように投げた質問に、レナルドは激昂した。

 それはまるで獅子の咆哮のようで、その迫力に圧されてクィンは後ろに倒れそうになるが、ナビアが慌てて支えに入ったおかげで、尻餅はつかずに済んだ。



「大丈夫ですかお嬢様!?」

「え、ええ……」


 クィンが姿勢を立て直すのを確認して、レナルドは檻の中から手を伸ばし、読み終えた手紙を手渡した。



「これは持ち帰ってくれ」


 言われなくても手紙を持ち込んだ証拠を残すつもりはなかったけれど、この状況で突き返されるとなんだかもやもやする。


「……帰りましょう、ナビア」


 クィンはレナルドの手から手紙を奪い、下りてきた階段へ向かう。釈然としない気持ちが強かったので、レナルドにはわざと挨拶せずに背を向けて地上に戻った。


 ―――こうして、クィンの二度目の地下牢訪問も、残念な形で幕を閉じた。

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