8. ウマの合わない相手と出会ってしまいました
「本当にあなたも来るの? 暗くて空気も悪くて、良いことなんてないわよ?」
レナルドのところへ一人で行くつもりだったクィンの後ろには、ナビアが付いてきていた。
「お嬢様だけを地下牢へだなんて行かせられませんよ。それに、少しだけ気になっていたんです。お嬢様の運命の相手がどんな方なのか」
他のメイドなら嫌がりそうなところなのに、ナビアは進んで行きたいと願い出た。だからクィンは念押しで確認したのだが、その答えにクィンは呆れる。
「……囚人に何を期待しているのよ」
「しかし、昨日来たお二方はとても素敵な方々でしたし。あの方々よりも素敵な方かもしれないわけですよね? それに、囚人に見せかけて実はいい男だった、という希望が捨てられないメイド心がありまして」
どんなメイド心よ!、とクィンは心の中でつっこみを入れた。
そこに、前方から歩いてくる者達がいることに気づき、クィン達の視線が動く。
遠くからでも分かる甲高い声と廊下に響くヒールの行進音。徐々に近づくに連れて、クィンはその者達が何者なのかを認識できた。
(出来ることなら会いたくないのに……。ツイてないわね)
認識したその相手とクィンの仲はあまり良くないようで、クィンは無意識の内に眉間に皺を寄せていた。
クィンの表情が険しくなったのと同じ頃、ようやく相手もクィンに気が付き、声を掛け合うことになった。
「あら、もしかしてファスタール伯爵令嬢?」
「……ごきげんよう、ヴィクトル公爵令嬢。お元気そうですね」
目の前に並んで立つのは貴族令嬢が数名。
その中でも一番前の中央にいたのが、ヴィクトル公爵の娘、サーシャ・ヴィクトルであった。彼女は一昨日のジャンヌ・マリアージュで一番手に呼ばれた才女でもある。
「ごきげんよう。元気……? そうですわね。自慢するわけではないですが、私の運命の相手は公爵令息であるイレイン様でしたから、これからの挨拶回りや結婚式の準備を考えると気疲れしてしまうんです。ですがまあ、彼との結婚のため、何とか元気に動いておりますわ」
自慢するわけではない、と前置きしてはいたが、それは明らかな自慢である。この会話で、運命の相手の地位が高いことを示す必要なんてなかったのだから。
その上彼女からは、“幸せな私を見て”と言わんばかりの空気がこれ見よがしに振りまかれていた。
「良いお相手に恵まれたようで良かったですね。それでは私はこれで……」
早くこの場を立ち去りたいクィンは、さっさと会話を切り上げようとした。しかしサーシャは、「ところで、」と声を張り、クィンの行く手を遮った。
笑顔を作っていたクィンの頬が若干引きつる。
先を急いでいるクィンの足を止めてまで何を話すのか、クィンには予想ができたからだろう。
サーシャの性格の悪さは、昔から変わらない。彼女は、自分を優位に立たせるためなら相手の弱点を口に出すことを厭わない人間だ。
「あなたの運命の相手は、貴族ではなかったようですね?」
(やっぱりそれか……)
わざわざ取り巻きの令嬢達にも聞こえるようなボリュームで話し、それを聞いた取り巻き達が後ろでざわざわし始める。才女になれなかった令嬢たちにとっては初耳かつ衝撃の内容だろう。
狙い通りとなったのか、サーシャはふふん、と満面の笑みを浮かべた。
だが、こんな茶番に付き合っていられるほど、今のクィンは暇ではない。レナルドの元に行くため、まずはユリウス宰相に会いに行かなければならないのだ。
「……それは、あなたには関係のないことかと」
これ以上付き合いたくないクィンはそう答えたのだが、その発言は、サーシャをムッとさせた。しかしそうなったのも束の間、サーシャはすぐに作り笑顔を見せて返答する。
「まあ。図星をつかれて恥ずかしいのですか? でも、あまり気にしないでくださいね。ジャンヌ・マリアージュの結果なんて、あくまで神のお告げでしかないですし。ファスタール伯爵のご令嬢であれば、どこかに結婚してくれる貴族がいるはずだわ」
(…………これだから彼女とは関わりたくないのよね)
運命の相手が貴族じゃないと恥ずかしいなんて、サーシャのものさしでしかない。
クィン自身も、そのことを気にしているとは一言も言っていない。
その上最後は、上から目線の“どこかの貴族に結婚してもらえ”だ。
あまりに勝手な言い草で、クィンはどう返答すべきか困ってしまった。
(さて。どうするのが正解かしら……)
サーシャは公爵家の令嬢で、伯爵家の令嬢であるクィンより位が高い。つまり、下位のクィンが上位のサーシャを言い負かすことは無礼に当たるので避けなければならない。
特に今は、サーシャがその他数名の取り巻き貴族令嬢を連れてしまっているので、下手な発言は命取りになる。
目撃者さえいなければ……、と取り巻き達を恨めしく思いながらも、クィンはこの場を治めることだけを考えて口を開いた。
「すみませんが私は、」
「お嬢様」
しかしそこで、ナビアが声を掛け、クィンの発言を静止させた。
「ユリウス宰相をお待たせしておりますので、お急ぎいただいた方がよろしいかと存じます」
ナビアはクィンに対して忠告をした。それは、明らかな助け舟。
メイドのナビアが、公爵令嬢のサーシャに直接話しかけることは出来ない。だけど、自分の主人に対してなら出来る。ナビアはそこを突いたのだ。
クィンが国の宰相を待たせていると知れば、サーシャもこれ以上は引き止められないに決まっている。クィンがさっさとこの場から立ち去るために使うには、効果抜群の名前だ。
「……そうだったわね。ヴィクトル公爵令嬢、話の途中で申し訳ないのですが、先に行ってもよろしいですか?」
「あら、約束があったのですね。言ってくだされば、こんなところで話し込んだりはしませんでしたのに。どうぞ行ってくださいな」
わざとらしくきょとんとした顔をした後に、優しさを装ってサーシャは道を譲った。後ろにいた取り巻き達もつられて壁に寄り、廊下の真ん中を明け渡す。
「ありがとうございます」
それを見て、クィンはお辞儀をし、目の前に開いた道を進み始めた。
表向きは笑顔に見せつつも、クィンとサーシャがすれ違うその瞬間だけ、双方は睨むような視線を送り合った。
取り巻き達には死角になっていたその視線が、ナビアにはしっかりと見えていた。視線が交わった瞬間は、熱い火花が飛び散る様が見て取れて、クィンとサーシャが本当にウマの合わない相手同士だということを再認識させられた場面だった。
目の前にいる二人の令嬢に対し、ナビアはやれやれと言った表情をしながらも、静かにクィンの後に続いて行く。
そして、サーシャという難を逃れたクィンとナビアはユリウス宰相の執務室へと向かった。
……前方に歩き進め、サーシャ達とは十分に距離ができたところでクィンが口を開いた。
「ありがとねナビア。助かったわ」
「とんでもございません。でも、ユリウス宰相の名前を使ってしまいました」
「それは大丈夫よ。ユリウス宰相に会いに行くのは本当だもの。まあ目的はその先のあの人だけど……。あの状況では私から何を言っても付け込まれていた可能性があるから、あの発言で正解だったわ」
「恐れ入ります」
メイドながらに、ナビアの処世術は秀でていた。常に最善の策を講じてくれる。
そんなナビアが先日クィンに進言していた“外に出る覚悟”。
サーシャはまだレナルドが囚人という事は知らない様子だったが、“貴族ではない”という事実だけでもあんな風に嫌味を言われていた。
「レナルドの正体を彼女に知られたらと思うと、今からゾッとするわね」
「クィン様!」
突然名前を呼ばれ、クィンは後ろを振り返った。
すると、ユリウス宰相がクィン達に向かって駆け寄ってきた。




