番外編:サーシャとの対決(後編)
「そういえばサーシャ様。婚約者のイレイン様とはその後いかがですか?」
なるほど、私への攻撃の次はサーシャの婚約者自慢をするのね、とクィンは察した。
だがそんな話題にはまるで興味のないクィンは、もぐもぐとお菓子を食べ続ける。
話を振られたサーシャは、嬉しそうに話をした。
「もちろん、変わらず仲良くさせていただいてますわ。一昨日も一緒にお芝居を観に行って、その後はご飯を食べながら結婚式について話をしたところですの」
「公爵家同士の結婚式となれば、豪華な式になるのでしょうね」
「ええ、もちろん。ドレスもオーダーメイドで作るつもりですのよ。誰にも負けないくらい素晴らしい式にするつもりですので、皆さんもぜひご参列くださいませね」
「まあ。今から楽しみですわ」
きゃっきゃうふふと話が弾む。
「でも本当に羨ましいです! トーマス様はお仕事でお忙しいでしょうに、サーシャ様のために時間を取ってくださるなんて愛を感じます!」
ふと一人の令嬢が口にしたその言葉に、クィンは少し引っかかった。
言われたサーシャは、そうでしょうとも、と言わんばかりに誇らしげな顔をしているが。
トーマスは次期公爵になる人間。多くを学べるユリウス宰相の配下に配属され、勉強のために周りよりも多く仕事を与えられているはずだ。
(……ユリウス宰相の下となれば常に忙しい印象だったのだけれど、今は奇跡的に余裕があるのかしら?)
サーシャを苦手とするクィンは、令嬢の言う“愛があるから時間を取る”という理論は最初から信じず、現実的にただ時間があったのだろうな、と推測した。
しかし推測したのは良いものの、“現実的に時間がある”という状況は、彼にはどうにも当てはまらない気がした。
それで、引っかかりを覚えたのだ。
クィンが疑問に思っていると、サーシャが再び懲りもせず、クィンに話を振ってきた。
「……そういえば、コーネリウス公爵は仕事がお忙しくてあまり会話も出来ていないのではないですか? 新婚ですのに、お寂しいですわね」
まるで同情するかのように、サーシャは悲しそうな顔をしている。
サーシャに同情される筋合いはない。クィンは毅然とした態度で答える。
「そんなことありませんわ。あの方が与えられた任を考えれば忙しさは理解できますもの。それでも毎朝話す時間は取ってくれてますので、それだけで十分です。これ以上時間をとって欲しいなんて、そんなわがままなことは思いませんよ」
「わ、がまま……?」
クィンの口からするりと出た単語に、サーシャが反応を示す。
「はい。あくまで私個人の意見ですが、夫の仕事を理解するのも妻の務めだと思っています。もっと時間を割いてほしい、というのはわがままかと」
何かおかしなことでも言ったかと不思議に思いつつ、クィンは言い直した。
そして言い直しながら、クィンはある日の会話を思い出す。
レナルドの散髪予定を確認しに、王宮の、ユリウス宰相の執務室に行った時に彼とした会話だ。
“誰とは申しませんが、ジャンヌ・マリアージュで選ばれた男性の仕事を減らして欲しいという何とも身勝手なお話をされに来たご令嬢もいらっしゃいました”
ユリウス宰相からその話を聞いた時、クィンは“自己中な令嬢がいるものだ”と呆れただけで、それが誰なのかまでは考えなかった。
ユリウス宰相も誰の話なのかは伏せていたからわざわざ聞きもしなかった。
でも目の前のサーシャの反応は、クィンの脳内でその件とサーシャを結びつけるには十分だった。
「……噂で聞いたのですが。ジャンヌ・マリアージュで選ばれたお相手の仕事を減らして欲しい、とその方の上司に直談判されたご令嬢がいたそうですよ?」
「!」
「まさか、学も礼儀もあるはずの才女がそんな自己中心的なことをなさるなんて思いませんが……。個人間で言うならいざ知らず、お相手の上司にそんなことを言うなんて、お相手の立場が無くなってしまいますでしょう? ……この噂、ヴィクトル公爵令嬢はどう思われますか?」
周りの取り巻きたちはざわざわと、互いに視線を送り合う。
クィンの言い方はまるで、その行動をとったのがサーシャであると言っているようなもの。自分たちが付き従っている令嬢があからさまに嗜められているとなれば、ざわつくのも仕方がない。
「どう、とは……」
「深いことは考えず、ただ意見を仰ってくださいな。噂となっているご令嬢の行動をどう思うのか。いかがです?」
クィンのにっこりと微笑む。
しかし、サーシャはクィンを睨みつけるだけで何も言わない。
正確には、言えなかったのかもしれない。
下手な発言でさらに足元を掬われるのでは、と考えて何も言えなくなったのだろう。
だがこの状況での無言は、自分がやりましたと認めているようなもの。
(……ほんと、浅はかね)
俯くサーシャを眺めて、クィンは小さく溜息をつく。それから、真剣な表情でサーシャに忠告をした。
「ヴィクトル公爵令嬢。あなたも次期公爵夫人となる身です。公爵夫人の言動が夫の立場を危うくする可能性があることを、今の内から考えて行動した方がよろしいかと」
「あなたなんかに、」
「先に公爵夫人になった者として、忠告です」
サーシャが反抗しようとしたが、クィンは力でねじ伏せる。
“先に公爵夫人になった者”
つまりそれは、自分の方が立場が上であると明確に示したということ。
「こ……心得ておきます。コーネリウス公爵夫人」
クィンに忠告されるという屈辱を、サーシャは受け入れるしかなかった。
この茶会を開いたサーシャの思惑とは裏腹に、クィンの方が立場が上だと認めさせられた展開に、サーシャは屈辱で表情を歪ませる。
そんなサーシャに対し、クィンはふふ、とやわらかい微笑みを見せた。
「嫌ですわ、ヴィクトル公爵令嬢。そんなお顔をなさってはせっかくご用意いただいたお茶会が台無しです。それでは今度は楽しい話をしましょうか」
ぱん、と軽く手のひらを合わせてクィンが話を変える。
「お茶会の八割は自慢話。私の旦那様の自慢をさせてくださいな。彼がどれだけ実力があり、どれだけ陛下から信頼を受けて今の任に就いているのかを説明します。……もう下手な噂が流れないよう、じっくりと」
にやり、という効果音が相応しく、口角を上げて笑うクィン。
公爵夫人直々に、コーネリウス公爵について話すというのだ。
その話を聞いた上で事実とは異なる噂を流した場合、噂の出所だとバレれば“知らなかった”では済まされない。
クィンの表情からその意図を汲み取ったサーシャや取り巻きたちは、縮み上がって肩を震わせる。
「それじゃあまずは、あの方の端正な顔立ちから……」
―――そしてクィンは一時間ほどかけて、レナルドの隅から隅まで褒め称えた。
元囚人なんて汚名が霞むくらい、彼の凄さと、いかに自分が愛されているかについてを存分に。
「あ、あの、公爵夫人……」
「なんでしょう?」
「コーネリウス公爵様の話はもうその辺で……」
甘い話を聞かされすぎて胃もたれ気味の令嬢の一人が、意を決してクィンの語りを止めに入った。
「あらそうですか?」
クィンはすっとぼけた顔をして、それからスッと立ち上がった。
「ヴィクトル公爵令嬢、本日はお招きいただきありがとうございました。お菓子も大変美味しかったです。少し喋りすぎて疲れてしまいましたので、私はこの辺で失礼させていただきますね」
言いたいことは言えた。
レナルドや、ひいてはコーネリウス公爵家の名声に関わる噂の出所を抑えて、因縁の相手であるサーシャも言い負かすことができた。
茶会に出るにあたってクィンが目標としていたことは達成できた。
そうなればもうここに長居する理由もないので、クィンは茶会を中座することにしたのだ。
「え、ええ……」
サーシャは気の抜けた返事をする。
今回は終始クィンの思うがまま、サーシャは反論の余地もなかった。
「私からの忠告、くれぐれもお忘れなく」
クィンは最後に、ダメ押しの一言をサーシャに投げて茶会を後にした。
クィンが去った後の茶会は、悔しさを露わにするサーシャのせいで殺伐としたそうだが、そんなことはクィンの知るところではない。
これまで公爵令嬢として幅を利かせてきたサーシャとの対決に、クィンは勝利した。
そして、“コーネリウス公爵夫人がヴィクトル公爵令嬢をやり込めた”という噂は瞬く間に街中に広がり、それぞれの立場に明暗をもたらした。
茶会のすぐ後には、サーシャは密かにユリウス宰相の元へ行き、トーマスの仕事量を元に戻してほしいと言ったそうだ。
おかげで助かりました、と後日事の真相を知ったユリウス宰相から、クィンはお礼の手紙を受け取っていた。
***
「さすが俺の妻だな。ユリウス宰相からお礼を言われるなんて」
「やめてください。私はただサーシャを注意したかっただけで、ユリウス宰相のためとかそんなことは思っていなかったんです」
「それでも、ユリウス宰相のためになったことは事実だ。自信を持っていい」
「レナルド……」
女の闘いをしただけだというのに、思わぬところで褒められるのはなんだか気恥ずかしい。
久々に夜を共に出来るこの日、話を聞いたレナルドがクィンの功を労っていた。
寝室のベッドの上で語らう、二人だけの時間だ。
「それで? 聞いたところによれば、コーネリウス公爵夫人は大層夫の自慢したそうじゃないか」
意地悪な顔をしたレナルドがそう言うと、クィンはギクッとした。
(……いや、うん。喋りすぎた自覚はあるけど、あれは下手な噂を流されないようにと思って)
「ぜひ俺も聞いてみたいんだが?」
本人を目の前に、あの自慢をしろと?
レナルドの強さについてだけならともかく、クィンは自分がいかに愛されているかも語った。
あれは……無理だ。
「ただあなたの自慢を並べ立てただけです。面白いことは何も、」
「クィンの口から聞きたい」
(…………うっ)
綺麗な顔が間近で懇願してくるなんて拷問だろうか、とクィンは思った。
「そ、」
「そ?」
「その顔は卑怯です!!」
クィンは叫びながら、手元にあった枕をレナルドの顔に押し付けて距離を取る。
枕を押し付けられたレナルドはパチクリと瞬きをして、それからククッと笑った。
クィンは顔から首、鎖骨に至るまで真っ赤に染まっていた。
(こんなに恥ずかしがるなんて、よほどのことを言ったのだな)
まるで熟れたリンゴのように赤くなっている目の前のクィンが、レナルドにとっては可愛くてしょうがなかった。
(目に見える鎖骨まであんなに赤いのだ。その下……服の中はどうなっているのだろうか)
レナルドは欲望に駆られて、クィンの鎖骨に口付けをする。そして、流れるようにクィンを押し倒して馬乗りになった。
「!? あ、あのレ、レナルド!?」
レナルド越しに、ベッドの天蓋が見えるこの状況。
突然の状況にクィンは困惑する。
「……可愛すぎるお前が悪い」
レナルドはそう言ってクィンの両手も押さえつけ、彼女の唇に口づけをした。
途中で呼吸をするのも忘れるくらい、長くて深い口づけだ。
「……っ」
「は、ぁ……レナルド……」
口づけの合間、レナルドの手が少し緩んだところで、クィンは両腕をレナルドの背中に回して抱き付いた。
言葉はいらない。
抱きしめ合って、お互いの目を見れば伝わる愛しい感情。
「俺も……もしお前の自慢をしろと言われたら一時間くらいはゆうに喋れる」
「それはやめてください!」
「ま、こんな可愛い姿は誰にも教えてやらんがな」
「!」
こうして二人はこの日、甘く激しい夜を過ごしたのだった―――。
サーシャの番外編、いかがでしたでしょうか?
最後にはクィンとレナルドも登場させられて満足(^^♪
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです!
お読みいただきありがとうございました。




