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伯爵令嬢の幸せな結婚 〜運命の相手が囚人なんて聞いてません!〜  作者: 香月深亜


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番外編:サーシャとの対決(前編)

本編最終話で出ていた、ヴィクトル公爵令嬢の茶会のお話。

前後編でお届けします!

 クィンがヴィクトル公爵邸で行われる茶会の会場に到着すると、そこに集まっていた貴族令嬢たちが目の色を変えた。


 ある者は驚き、ある者は戦き、ある者は喜びの色を見せた。


 突如公爵および騎士団長に任命されたレナルドは貴族令嬢たちの間で噂の的になっている。彼が冤罪の元囚人だったことも、彼女たちは知っている。

 そんなレナルドの華々しい出世の陰にはクィンがいることも、彼女が公爵夫人となった今、周知の事実だ。


「ごきげんよう、皆さん」


(……さすがサーシャの取り巻きたち。感情が手に取るように分かりやすいわね)


 クィンはにっこりと笑って挨拶をして、用意されていた席へと座る。


 ここに集まっている貴族令嬢たちは、サーシャ・ヴィクトルと仲が良い者たち。

 サーシャはクィンとウマが合わず、親の階級上、立場が上だったサーシャがクィンに対して行った言動をよく知っている。知っているだけではなく、サーシャに乗っかって同様の言動を行った令嬢もいる。


 まさか誰も、クィンが公爵夫人になるとは思っていなかっただろう。


 数人の令嬢は、立場が逆転したことによりどんな報復をされるのかと怯えているようだ。

 逆に喜びの色を見せたのは、取り巻きたちの中でも後ろに位置していてクィンに下手な言動をしてこなかった令嬢。報復される心配がない令嬢にとっては、公爵夫人になったクィンはただの憧れの存在。憧れの存在に会えて嬉しいというところだろう。



「ご、ごきげんよう。……コーネリウス公爵夫人」


 席についている中で最も位の高い令嬢が代表してクィンに挨拶を返す。

 歯を食いしばって嫌々ながらに、クィンを公爵夫人と呼んで。


 晴れた日に邸宅の庭にセッティングされた茶会だというのに重い空気が漂う。誰も言葉を発することが出来なくなった。



 それからすぐ、茶会の参加者全員が揃ったタイミングで主催であるサーシャが登場した。


「皆さん、本日はお越しくださりありがとうございます。今回は外国で流行っていると聞く珍しいお菓子をたくさん用意しましたので、どうぞご堪能下さいませ」


 サーシャは手始めに軽く先制した。

 “外国の珍しいお菓子をたくさん”とは。

 ヴィクトル公爵家の交易力や財力を誇示したに過ぎない。



「まあ、ありがとうございます。さすがサーシャ様ですわ」

「ええほんと。こんなお菓子見たこともない。とても美味しそうですね」


 取り巻きたちは無邪気にサーシャを褒め称える。サーシャは鼻高々で良い気分のようだ。

 そして気分揚々と茶会を仕切り始める。


「さて今日は、とても珍しい方にお越しいただきましたの。もう皆さんは挨拶が済んでいるかしら? ……来ていただけて光栄ですわ。コーネリウス公爵夫人」


 お菓子を口に入れようとしていたクィンはそれを止め、サーシャの目を見て返事をした。


「こちらこそ、お呼びいただき光栄です。ヴィクトル公爵令嬢」


 表面上だけ笑顔を見せ合っているが、心の内では睨み合う二人。



「まさかあなたが公爵夫人になるだなんて驚きましたわ」

「私も未だに信じられません」

「そうですわよね。囚人が公爵と騎士団長になるだなんて、身に余り過ぎる役職。普通なら畏れ多くて断るはずですもの」


 遠回しにレナルドを、“身の程を知らない囚人”と言っているようなものだ。

 クィンの眉間にピクリと皺が寄るが、サーシャはそのまま続ける。


「ああ、そうですわ。街では確か、夫人が陛下に働きかけをしたのでは、という噂が出回っているんですのよ? 私はそんな噂を信じていませんが、夫人はご存知でして?」


(つまり、出世はレナルドの実力ではないと言いたいのね? サーシャ……)


 サーシャの発言はクィンへの敵意が剥き出しだった。


 公爵令息のトーマス・イレインと婚約しているサーシャも、時が来れば公爵夫人になる。

 でもそれは、現在のイレイン公爵が隠居を決めて息子のトーマスに爵位を譲ってからのこと。まだ随分と先の話。

 公爵夫人だからと、クィンが自分の上に立つことを認めたくないというのがサーシャの考えだった。



 ……周りが皆、公爵令嬢のサーシャをもてはやす中でクィンだけは違った。

 クィンからはサーシャに近づきもせず、かと言ってサーシャがクィンに近づいて話しかけてもクィンはそれをさらりとかわし。


 高慢な態度で近づかれればクィンが彼女を避けたくなるのも仕方ないのだが、サーシャからすれば、自分から逃げるクィンの態度の方が高慢に映っていた。


 その結果二人の仲は段々と険悪になり、今では顔を合わせればお互いに牽制し合う関係になっていた。しかし、牽制し合うとは言え、伯爵令嬢のクィンが公爵令嬢のサーシャに勝つことはなかった。サーシャが喧嘩を売っても、いつだってクィンが折れてその場は幕引きとなる。


 それがどうして、クィンが公爵夫人となってしまっては、今度はサーシャが折れなければならなくなる。

 だからサーシャは、今日の茶会にクィンを呼んだのだ。


 茶会の場で、皆がいる前でクィンの立場を揺らがせばいい。

 公爵夫人の座をどうやって手に入れたのか、公爵がどんな人間なのかを話題にして、何かボロを出させよう。元囚人なのだから、突く隙はいくらでもあるはずだ。

 サーシャはそんな企みを持って、今日の茶会を開催しているのだった。



「……まあ、そんな噂が? それはつまり、陛下が一人の貴族令嬢に唆されて、分不相応な方に爵位や任を与えたということでしょうか。まるで陛下を軽んじる発言ですね」


 ふふ、とクィンは笑う。


「なっ……!」

「噂の出所はわかりませんが、流した方はよほど命が惜しくないのでしょうね。……または、絶対に自分だとバレない自信でもおありなのかしら」


 サーシャの喉がヒュッと鳴り、彼女と数人の取り巻きたちの顔面が蒼白になった。


 賢いクィンは、陛下の名前を持ち出すことで彼女たちに反撃をした。

 噂の出所は、ここにいる令嬢たちに違いない。

 そんな彼女たちには、陛下の名前が効果抜群だと瞬時に判断したのだ。


(陛下の決定に対して不誠実な噂を流すなんて浅はかすぎるわ……。少し考えれば、それがどれだけ危険か分かるでしょうに)


 ひどい顔色の令嬢たちを横目に、クィンは先程食べ損ねていたお菓子をパクッと食べる。

 外国で流行っているというだけあって、用意されたお菓子は口の中でとろける美味しさだった。


 だが、この程度の反撃では彼女たちはまだ口を閉じないようだ。

 顔面蒼白になっていた取り巻きの一人が気を持ち直して、サーシャに話を振った。

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