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伯爵令嬢の幸せな結婚 〜運命の相手が囚人なんて聞いてません!〜  作者: 香月深亜


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番外編:アナスタシアの憂鬱(後編)

 エリオットの強まった語気に圧され、アナスタシアは肩をすくませた。それから口も引き結び、アナスタシアはすっかり黙ってしまう。


 あ、とエリオットは我に返り、荒ぶった心を落ち着けた。改めて冷静に口を開く。


「失礼いたしました。アナスタシア様。何か誤解があるようですが、僕の意中の相手は貴女です」


 エリオットの発言に、アナスタシアはきょとんとした。


「僕は貴女と婚約したい。結婚して、妻にしたいと思っているのは貴女です」


 直接的な言葉で、エリオットはアナスタシアに告白をする。


「一体どなたとのことを誤解されているのかは分かりませんが、アナスタシア様が思っているような関係のメイドはいません」

「で、でも! じゃあどうして一度も会ってくれなかったのですか!?」


 百歩譲ってエリオットの発言を信じるとして、それならなぜ会えなかったのか。

 事の始まりはそこにある。

 もし本当にアナスタシアに好意があったのならば、会ってくれなかった理由が分からない。仕事が忙しいとしても一度くらいは、と思わずにはいられない。


 エリオットには説明の義務があるはずだ。

 アナスタシアは大きな目をググッと見開いて、強い眼差しでエリオットを見つめる。



「……僕はまだ、貴女に相応しくないんです」


 聞かれた瞬間、言い難そうな表情をしたエリオットだったが、彼は真っ直ぐアナスタシアを見つめ返し、理由を教えた。


 ただの文官という地位ではアナスタシアの横に立てないと思ったのだと言う。


 だが文官は決して謙遜するような地位ではない。特にエリオットは、王太子直属の文官だ。次期国王となる王太子直属だなんて、一握りの人間しかなれないのだから余計に誇れる地位だ。エリオットの年齢も考えれば、今の彼は誰もが優秀だと褒めるだろう。

 それなのに、エリオット自身が自分の地位の高さを認めていないようだ。


「王太子直属の文官であれば十分ではありませんか? それに私は役職なんて気にしません」

「僕が気にするんです! 貴女のような素晴らしい女性には今のままでは不釣り合いです! ……せめて筆頭文官になってからと思い、会いたい気持ちを我慢して仕事に励んでいたんです」



 エリオットの言い分が想像の斜め上を行き、アナスタシアは目をパチクリと瞬かせた。


 筆頭文官になるということは、王太子宮の文官の中で一番上に立つということ。

 それに比べて、アナスタシアはただの伯爵令嬢だ。

 なぜそこまでの地位が必要なのか、アナスタシアには理解できない。

  

 慕っていると言いながら会ってくれなかった理由は、慕っているから、という矛盾。

 しかもその想いはアナスタシアが考えるよりずっと深いようで、エリオットは再び、溢れ出る愛を囁いた。



「一目惚れでした。社交界で初めて貴女を見たとき、一瞬で目を奪われた。光を反射してキラキラと輝く髪に、陶器のような白い肌。吸い込まれそうなくらい大きくて、まるでルビーのような美しい瞳。それから、」

「も、もうそれくらいで!」

 

 恍惚な表情を浮かべながら語りだしたエリオットを、聞いていて居たたまれなくなったアナスタシアが制止した。

 制止されたエリオットは、はは、と頭を抱えながら困ったような顔をした。


「貴女のことになると僕は饒舌になるみたいで。すみません」


 気を落ち着けて、エリオットは淡々と説明を続ける。


「……そういう訳で貴女に心惹かれたのですが、貴女はきっと才女に選ばれて、ジャンヌ・マリアージュでお告げをもらう運命の相手と結婚するのだろうと思いました。だから、この気持ちは隠しておこうと。だからあの日、貴女が僕の元に来たときは驚きました。僕が貴女の運命の相手になれるなんて思っても見なかった。ですが同時に、今の自分では結婚は出来ないと思ってしまった。あの日の貴女が、あまりにも素敵で」


 ジャンヌ・マリアージュの後、エリオットの反応はイマイチだった。

 アナスタシアが気合いを入れてドレスアップした姿を褒めもせず、彼女がジャンヌ・マリアージュの結果を伝えれば彼は困惑の表情を浮かべた。


 それを不満に思っていたアナスタシアだったが、裏にそんな感情が隠れていたなんて。



―――まるで噛み合っていなかった二人。



 ここまで聞けば、エリオットの心がアナスタシアに向けられていることは明白だ。


 アナスタシアが女の勘を働かせたあのメイドも、冷静になって考えれば幼馴染のステラではないかとエリオットが思い至った。

 エリオットは幼馴染の彼女にアナスタシアとのことを相談をしたらしい。しかもエリオットがアナスタシアに対して奥手過ぎることをからかわれたのだとか。

 それで彼が顔を赤くしていたのか、とアナスタシアは納得がいった。


 ジャンヌ・マリアージュのときの反応も、想いを寄せていた女性の運命の相手に選ばれて嬉しく思う反面、今の自分ではまだ相応しくないと残念に思う複雑な心境ゆえのこと。


 だから半端な状況ではアナスタシアに会わないと勝手に決めて、仕事に精を出して最短での出世を目指していた。


 予想外だったのは、グラハム伯爵がエリオットの元を訪れたことだ。

 アナスタシアに別の相手を探す旨を聞かされれば、さすがのエリオットも動かずにはいられない。慌ててグラハム伯爵にもアナスタシアへの思いの丈を吐露したのだ。

 伯爵はそれを聞いて、そのまま婚約話をまとめたのだろう。


(それで勢いに任せてエリオット様をここに連れて来たのね……。お父様らしいわ)



 事の次第を把握したアナスタシアは、ふふっと笑いをこぼす。


「お互い、勝手に考え過ぎていたようですね」

「すみません」

「謝らないでください。今回のことはお互い様ですから。……ああでも」


 頭を下げるエリオットをアナスタシアが止めた。そして、にっこり微笑んで言う。


「これからは何でも話し合いましょうね。夫婦の間に隠し事はなしです」

「え……」


 唐突にアナスタシアが放った“夫婦”という言葉。

 エリオットは驚いた様子だ。


「僕に機会をいただけるのですか?」

「それももうやめてください。許すとか機会とか相応しくないとか。そもそも私達は同じ伯爵家の子供同士ですし、男性で年上、文官という役職も持っているあなたの方が、立場は断然上なのですから」


 それに、とアナスタシアは発言を続ける。


「どこまでお父様と話されたかは分かりませんが、あの喜びようから察するに、エリオット様はグラハム家の婿養子となることも合意されたのでは? もし私の考えが当たっているなら、あなたは次期伯爵。もっと威厳を持っていただかなければ、伯爵の座は務まりませんわ」


 ジャンヌ・マリアージュの結果を受けてグラハム伯爵が話題にしていた婿養子の件。

 ベルタ家の三男である彼なら、受けない手はない。


「その通りです。アナスタシア様」

「これからはアナと呼んでください。それから敬語もなしで」


 親しい者にはそう呼んでもらっている。

 エリオットにもそう呼んでほしいとアナスタシアは思った。


「分か……、ったよ。アナ」


 照れ臭そうに、しかしアナの要望に応えたエリオット。

 言葉遣いを改めるだけで、一気に距離が縮まった気がした。


 アナスタシアは嬉しくなって笑顔を見せた。

 また、そんなアナスタシアの笑顔を見たエリオットも、ふっと顔を綻ばせた。



 ジャンヌ・マリアージュからの一ヶ月以上。

 仕事が忙しいと突き放されて会うことも出来なかったこの期間。


 日々募っていたアナスタシアの憂鬱な気持ちは、この日ようやく晴れ晴れとしたものに変わったのだった―――。




 この後の二人は、ゆっくりと愛を育んでいった。


 アナスタシアと話してからというもの、エリオットはほぼ毎日のようにグラハム邸に通うようになった。

 勿論、出世への意気込みはそのままに。

 仕事の合間を縫って、休息の間を惜しんでアナスタシアに会いに行くようになったのだ。


 そんなエリオットから向けられる真っ直ぐの愛を受け取っていれば、アナスタシアのエリオットへの気持ちも否が応でも膨らんでいく。その気持ちが愛に変わるのは時間の問題だった。



 こうしてまた一組。

 ジャンヌ・マリアージュで結ばれた二人が、仲睦まじい夫婦になったのだった。

「番外編:アナスタシアの憂鬱」はこれにて完結です。

お読みいただき、ありがとうございました。

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