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3. 運命の相手、変更できますか

「クィン様!」


 立ち眩みふらついたクィンの腕を、ユリウス宰相が慌てて支える。

 クィンは支えられながら頭に手をやり、頭を横に振って意識を戻そうとした。


「すみません、私……」

「気をしっかり持ってくださいと言ったはずです」


 ユリウス宰相は冷静にそう言い放つ。

 そうは言っても、あの段階でこんな展開を予想出来る人の方が少ないのではないか。



「見るからに弱そうな女を連れて、ここに何の用だ」


 汚らしい男―――レナルドからの罵声も加わる。


「黙りなさいレナルド」

「黙るかよ。ここはお前の来る場所じゃない。まして女なんかを連れてくるところでもないんだ。さっさと出て行け」


 顔すら覆っている長い前髪の間から、今にも人を殺しそうな恐ろしい目が見える。

 ユリウス宰相にだけではなく、その矛先はクィンにも向けられていた。

 その目を見てしまい、クィンは思わず肩をすくめる。



「この方は、ファスタール伯爵のご令嬢、クィン様です。敬意を払いなさい」


 だが、レナルドの睨みを物ともしないユリウス宰相は、そんな事は構わず、レナルドにクィンを紹介した。


「……そして、この方の運命の相手にお前が選ばれた」


 そこに、本題を付けるのも忘れずに。


「は?」


 レナルドはまたギロリと睨みをきかせる。


「今日、地上ではジャンヌ・マリアージュが行われた。ジャンヌ様が、この方の相手にお前の名前を挙げたのだ」

「何の冗談だ」


 レナルドはユリウス宰相の言葉を冗談かと吐き捨てた。


「冗談でこんな場所に連れてくると思うのか?」


 今度はユリウス宰相が、レナルドを睨みつける。



(ちょっと……この二人、何なの……?)


 それでなくても暗く、重い空気が立ち込める地下で、レナルドとユリウス宰相は更に空気を重くしていく。

 クィンは二人の会話には入れず、その場に立ち尽くすしかなかった。



 すると、呆然としていたクィンに向かって、レナルドが声を掛けた。


「おい女」

「……私ですか?」


 一拍おいて、クィンは応えた。

 女と呼ばれればそこにはクィンしかいないのだが、いきなりそんな風に呼ばれる謂れもない。クィンは恐る恐る確認した。


「とっととここから出て行け。そして、ジャンヌ様に掛け合って俺以外の相手をあてがってもらうんだな」


 レナルドが呼んだのは確かにクィンだったが、物言いがかなり上からだった。

 位で見れば、地下牢に入れられている囚人なんかよりはクィンの方が断然上なのだが、レナルドは全く気にしない様子だ。



「……ジャンヌ・マリアージュで告げられた相手を変更するなんて、聞いたことがありません」


 クィンは少しだけ、反論してみせた。

 だがそんな反論はレナルドには通じなかった。


「俺には関係ない」


 クィンの運命がかかっているというのに、レナルドは我関せずという様子だ。

 当初は怯えていたクィンも、こうも勝手を言われると、沸々と怒りが湧いて来る。


 レナルドは檻の中の囚人。

 それなのに、彼の態度はかなり厚かましい。

 これまで貴族令嬢として扱われてきたクィンには、レナルドの態度が受け入れ難くて当然だ。


「ユリウス宰相。私をジャンヌ様の所へ案内していただけますか? この方の言う通り、私からジャンヌ様に抗議いたします」

「クィン様それは、」

「こんな場所にこれ以上いたくありません!」


 ユリウス宰相が渋ったので、すかさずクィンは言葉を重ねた。叫びとも取れるその声は、地下牢という閉鎖された空間に綺麗に反響した。

 きっとクィンは、ジャンヌ様の所へ行けずとも、せめてこの地下から出たかったのだろう。その思いが無意識に出てしまったのだ。


「……かしこまりました」


 クィンにそのように言われては、ユリウス宰相は従うしかなかった。

 ユリウス宰相はスッと歩を進め、地下牢へ下りてきた階段へと戻る。


 クィンはふう、と小さくため息をつき、ドレスの裾を持つ。そして、ユリウス宰相の行く道を遅れずに付いて行こうとすると、突然呼び止められた。

 呼び止めたのは、檻の中にいるレナルドだ。



「何ですか?」


 クィンは足を止め、レナルドに目を向ける。


「クィンと言ったか」

「はい?」

「もう二度と、ここには来るな」


 わざわざクィンを呼び止めて、レナルドはそんなことを言った。


「言われなくても、こんな所二度と来ません」


 レナルドからの冷たい視線に、負けじとクィンも冷たい視線で返した。

 クィンは“二度と”の部分を強調し、ふん、と踵を返してユリウス宰相の元へ行く。



「すみません、お待たせ致しました」

「いえ。足元に気をつけてお上がり下さい」


 来た時同様、暗く見えにくい足元だ。

 ユリウス宰相はクィンに再び注意を促し、一段一段をゆっくりと上って行く。


 クィンも、はい、と短く応え、ドレスの裾を踏まないよう、気を付けてついて行った。


 その先に何があるか分からないという得体の知れない恐怖を抱きながら下りた時とは違い、一度通った道だからか、早く地上に戻りたいからか、上がる時は思ったよりも早く地上に着いた。



 地上へ出ると、太陽を眩しく感じた。

 クィンは思わず目を瞑る。


 そして、上って来た階段を振り返り、クィンは表情を曇らせた。あれが、夢ではなく現実なのだと改めて感じたのだろうか。


 クィンは階段と、その先の暗闇を見つめたままユリウス宰相に問い掛ける。



「ユリウス宰相、何故彼が囚人だと黙っていたのですか?」


 地下に下りるまでに話す事も出来たはずです、とクィンは言う。

 実際、クィンからどんな人かと質問もしていた。しかしその時は、何も言ってくれなかった。

 その理由を、クィンは尋ねる。


「言ってしまったら、貴女はこの階段を下りなかったかと」

「それはどういう……」

「相手が囚人だと聞いても会いに行かれましたか?」


 ユリウス宰相は、クィンへ強気な態度を見せる。

 彼はあくまで王命に従いクィンを地下へと誘導しただけだ。


 王命は“クィンをレナルドの元へ連れて行き、二人を会わせる事”だった。

 だからユリウス宰相はレナルドの正体を秘密にし、クィンに拒否される事を避ける事で、王命を遂行したのだ。


「そういう事なのです、クィン様。どうかお察し下さい」


 ユリウス宰相も多くは語れないようで、クィンに察して欲しいと願った。


 クィンは、はあっと息を吐き、呆れ果てる。

 事情を知る大人達は誰もそれを教えなかった。母はともかく、父は、その運命を見てこいとまで言ってクィンを送り出した。


 実の娘を、囚人の元へ差し出したのだ。

 そう考えれば考えるほどに、クィンの心には悲しみも込み上がってくる。



「ユリウス宰相。あなたの立場は理解します。ですから今度は、あなたが私の気持ちを理解してくださいますか?」



 淡々と述べ、クィンは真剣な眼差しをユリウス宰相へ向けた。

 頭の良いユリウス宰相は、その言葉の意味を瞬時に理解したようだ。



 クィンの言う“私の気持ち”とは、ジャンヌ様に運命の相手を変更してほしいと直談判する事。つまりは、ユリウス宰相へそのお取り計らいを暗に希望したのだ。



「……こちらです」


 理解し、少し考え、ユリウス宰相は道を示した。

 その行動が彼の答えだった。

 質問への答えはなくても、クィンの希望を叶えてくれるということだ。


 クィンは安堵の表情を浮かべ、ユリウス宰相に案内されるがまま、王宮内を進んだ。




 そうして進んでいる中で、ふとユリウス宰相が口を開いた。


「クィン様。一つ申し上げてもよろしいでしょうか」

「何でしょう?」


 クィンは嫌な予感がしつつも、ユリウス宰相に許可を出す。


「私が出来る事は、ジャンヌ様のお部屋までお連れする事のみです。お会いする事は出来ないかもしれません」

「!?」


 そう発言したユリウス宰相に、クィンは驚きの目を向けた。

 案内しておきながら会えないかもしれないと言い出すなんて予想外だ。



「どういう事ですか?」

「……ジャンヌ・マリアージュではかなりの力を消耗されるそうです。その為、ジャンヌ様はその儀式の後一ヶ月ほどは外に出て来ないのです。勿論、誰にもお会いになりません」

「一ヶ月も…!?」

「毎年なのです。毎年、儀式の後には部屋に籠られます。ですから今回も、例によって籠るはずです。従って、お部屋までお連れはいたしますが、もしすでにジャンヌ様が眠りについていた場合には、会わせられません」


 もしそれが本当ならば、クィンには受け入れ難い事実になる。

 それは、クィンがジャンヌ様に、少なくとも一ヶ月は直談判出来ないかもしれないという事を意味するからだ。



 その間にも、他の才女は両家顔合わせや婚姻の日取りを決めたりと、幸せな結婚の準備を進めるはずだ。

 その一ヶ月、クィンだけ、取り残される。


(どうして……? あんなに頑張って才女になったのに。順位だって三番目。悪くないはずだったのに、どうしてこんな……)



 クィンは目に見えて呆然とし、肩を落とした。

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