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伯爵令嬢の幸せな結婚 〜運命の相手が囚人なんて聞いてません!〜  作者: 香月深亜


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29. あなたと、幸せな結婚を

 伯爵が出て行き、クィンとレナルドが互いに目を合わせると、気まずそうな空気が流れる。

 さっきまで言いたい放題、結婚したいだの幸せにするだの言い合ったものの、こうして向き合うとまだ気恥ずかしさがあるのだろう。


「えーっと……これはあれですね、いろいろと順番が」

「クィン・ファスタール嬢」


 クィンがどきまぎしながら目線を泳がせていると、レナルドはスッとその場に片膝をついた。


「へ? あ、はい」


 状況は分からないが、とりあえず名前を呼ばれたので返事をしたクィン。

 するとレナルドはそっとクィンの手を取り、射抜くような視線で彼女を見つめた。


 そしてそのまま真剣な表情で、レナルドは言う。


「気品溢れる貴族令嬢なのに実は怒ると怖いことや、いつも澄ましているのにたまに可愛らしい側面を見せること。それから、その年らしからぬ頭の良さに反して、全てを自分のせいにして責任を感じてしまう馬鹿なところ。そのどれもが、私の心を奪ってやまない」


 ところどころ悪口では?、と思ったクィンだが、レナルドが至って真面目な雰囲気なので口を挟めない。


「お前に出会わなければ、俺はきっと、一生を檻の中で過ごしていた。お前のおかげで、今こうして、ここにいられる」



(……ん? え、これって……え!?)


 そこまで言われてようやく、クィンにもこの言葉達が何を意味しているのか分かった。片膝をついてこんなことを言い出したレナルドが、この後何を言おうとしているのか。

 それが分かった途端に、クィンの頬が赤く染まる。

 

「ふっ。本当に、こういう場面ですぐ赤くなるのは可愛くてたまらないな」


 クィンの赤い顔を見て、レナルドは目を細めて笑った。それから、動揺するクィンをよそに、レナルドはその美しい笑顔を見せたまま、真剣な空気に戻す。


「な、な、」

「愛している、クィン」



 そして。



―――俺と結婚してくれないか?



 レナルドからの求婚。

 その言葉が真っ直ぐにクィンを貫いた。


(こんなの、ずるい)


 騎士の制服を着ているから余計に、彼の片膝立ちは様になっていて。

 助けに来てくれただけでなく、こうしてきちんと求婚をしてくれるなんて、予想外すぎる。


 クィンは急速に脈打つ鼓動を必死に落ち着かせ、レナルドに取られていた手を握り返す。


「……はい。公爵夫人となるには至らぬ部分もあるかと思いますが、精進いたします」

「こんな時まで優等生の返しか?」


 クィンがレナルドに返したセリフは堅苦しく、求婚を受けた場合の典型的な返事でもあり、心からの求婚をしたレナルドは少し残念そうにした。


 だが、クィンの返事はそれで終わりではなかった。



「私も」


 クィンはポツリと言葉を紡ぐ。

 言い慣れていない言葉だから、ぐっと一言一句に心を込めて。



「私も愛しています。レナルド」



 レナルドは立ち上がり、握っていた手をくいっと引っ張ってクィンを抱き寄せた。

 彼の広い肩幅にすっぽりと収められたクィンは、突然目の前に広がった逞しい胸板を前に動揺しつつも、おずおずと腕を彼の背中に回す。




 二人を隔てていた障壁が、今はもうない。

 檻も、身分も、家族も。

 何の隔たりもないこの瞬間がたまらなく幸せに感じられ、二人はただ抱きしめ合った。




―――それからほどなく、クィンが成人となる誕生日を迎えたタイミングで二人は籍を入れ、クィンはレナルドのいるコーネリウス家で暮らすようになった。


 そこには陛下のお力添えがあり、ニルマー侯爵との件が片付いたと同時に、二人の結婚の手筈も済んでいて、あれよあれよと言う内に結婚式も入籍も済み、クィンとレナルドは夫婦となっていた。それは、当人達も驚くべき早さであった。

 

 しかし、一気に公爵位と騎士団長の座を手に入れたレナルドは目が回るくらい忙しいらしく、せっかく夫婦となれたにも関わらず、クィンとレナルドが目を合わせて会話できるのは共に朝ごはんを食べた後の短い時間くらいしかなかった。



「今日はどちらに?」

「騎士団長の会合だ。その後で部下たちの訓練を見る。夜には陛下にも呼ばれているから何時に帰れるか分からん」

「それは……遅めのお帰りになりそうですね」


 今日の予定を想像し、眉尻を下げて困ったような表情を浮かべるレナルドを見て、クィンはくすくすと笑う。

 

「む。俺の帰りが遅いのが嬉しいのか?」

「! ……そんなわけ、ないじゃないですか」


 口を尖らせて、少し照れながらクィンが言い返すと、レナルドはしたり顔で笑った。


(この人はほんと、分かっててこういうことを聞いてくるんだから……)



「そっちの予定は?」

「私は……ヴィクトル公爵令嬢主催のお茶会に行きます」


 クィンは一瞬目を逸らしてから、今日の予定を伝えた。

 サーシャ・ヴィクトル公爵令嬢が主催するお茶会なんて本音を言えばこの上なく行きたくないのだろうが、公爵夫人としては避けては通れない交流である。


「仲が良くないと言っていた相手か」

「はい」


 高慢なサーシャのことだ。

 クィンが公爵夫人となったことを聞いて余計敵対心を燃やし、どこか突く隙がないか探るつもりなのだろう。


 それが分かっているので、クィンは思わずため息を漏らす。


「行きたくないのなら断っても良いのだぞ? 優等生のお前は公爵夫人の務めだとか考えてそうだが、俺は別に無理してまでそういうものに参加して欲しいとは思ってない」


 クィンにとっては願ってもない申し出。

 平気でそんな優しさを披露されては困る。

 でも。


「……いいえ。それで変な噂が流されては困りますから。行って、あなたのことをしっかり自慢してきます」


 配慮いただいたことには感謝しつつ、クィンはお茶会に参加する意思を示した。


「俺を? 自慢するのか?」

「お茶会の中身は八割方自慢話です。残りの二割はそこにいない貴族の噂話と、申し訳程度の世界情勢話です」

「ほう」


 クィンからお茶会の内訳を聞いたレナルドは、なるほど、という顔してからのち、ニヤリと笑う。


「俺についてどんな自慢をしてくれるんだ?」


 レナルドがニヤリ顔をしたから若干身構えたクィンだったが、彼から投げられた質問は拍子抜けする内容だった。彼が何を期待しているのかは分からないが、クィンはとりあえず当たり障りのない回答をする。


「それはまあ、公爵様で騎士団長なこととか」

「……他には?」

「?」

「肩書きではなく、俺自身についてはどうだ?」


 レナルド自身?、とクィンは首を傾げる。

 貴族達は肩書きが大好きなので自慢するとすればその点だと思ったが、レナルドは違う点の自慢を期待しているようだ。



「ああ。その整った顔立ちのことでしょうか? 勿論そちらも力説して参ります」


 肩書き以外で自慢するとなればやはり彼の顔か。

 クィンは、ぽん、と手のひらを拳で打って合点がいったような表情をしている。

 だが、それを聞いたレナルドは肩透かしを食らった様子だ。


「……そ、そうか」

「?」


 合点がいったと思ったのにこれも違ったらしい。

 レナルドは何が聞きたかったのかとクィンは不思議に思う。


「何です?」

「……いや」




 二人の会話が途絶えてしまい、後方に控えていたマクミランが、僭越ながら、とレナルドの意図を代弁してくれた。



「公爵様は自分の好かれている箇所が聞けると思ったのだと思います」

「あ、おいマクミラン!」

「それがまさか第一に肩書き、第二にお顔のことだったので少し残念がられているようです」



 レナルドの制止も効かず、マクミランは言い切った。

 クィンはそれを聞き、目をぱちくりとさせる。


(え。そんなこと……?)


 そんなことかと思いつつも、言われてみれば、求婚された時も自分からレナルドの好きなところは言ってなかったなとクィンは思い至った。



「そんなことかと言いたげな目を、」

「全部ですよ」


 若干むすっとした表情のレナルドがクィンの表情を言い当てようとしたところ、クィンは遮るように言う。



「例えば、大変お忙しいはずですのに、こうして私と毎日会話する時間を設けてくれるところや、お茶会に出なくても良いと言ってくれるところ。それでいて騎士の鍛錬をするときにはとても凛々しくカッコいいところとか。あなたの好きなところなんて挙げたらキリがない」


 改めて言うのは照れ臭く、クィンは頬を赤らめて、少し俯きがちにレナルドを褒めちぎる。


「全てが私の自慢です。……あなたと結婚できて、私は幸せ者です」



 そう言いながら目線を上げて、クィンはふわりと笑った。

 その穏やかな笑顔を見て、レナルドも無意識に微笑み返す。

 

 そしてレナルドはクィンの目の前まで歩み寄り、流れるように彼女の頬に手を添えて言った。


「その言葉、そっくりそのままお前に返す。……離れたくなくなるから、あまり可愛いことを言わないでくれ」


 添えた手で、少しだけクィンの顔を自分に向け、レナルドは彼女の額に口づけを落とす。


(な……っ!!)


 言われたこととされたことに、クィンは驚きと恥ずかしさで口を開くが言葉が出ない。


 何も言えないクィンを見て、クックッと笑うレナルドはそのまま、別れの挨拶を言う。



「じゃあ行ってくる。明日の朝、お茶会で何があったか聞かせてくれ。愚痴でも何でも聞いてやる」


 部屋から出て行こうとするレナルドの背中を目線で追い、クィンも挨拶をする。


「はい。お気を付けて行ってらっしゃいませ。愚痴になるかは分かりませんが、明日の朝も話せることを楽しみにしています」


 ん、と短く頷き、レナルドは仕事に向かった。

 彼の出勤姿を見届けて、クィンは幸せの余韻に浸る。



 レナルドが地下牢にいたときのように、お互い気兼ねなく言い合う雰囲気はそのままなのに、二人を包む空気はやわらかく、すっかり甘いものになっていた。

 新婚だからというのもあるだろうが、二人の幸せそうな姿は誰が見ても微笑ましく、貴族から庶民まで羨むほどだった。



 “ジャンヌ・マリアージュで教えられた運命の相手と結婚すれば幸せになれる”



 たとえそれが囚人であったとしても。

 たとえそれが第一印象最悪な相手だったとしても。


 むしろそんな相手だったにも関わらず、厳しいと噂のファスタール伯爵を押し切って結婚したクィン。結果として公爵夫人となり幸せを掴んだ彼女は、この後ジャンヌ・マリアージュを受けようとしている貴族令嬢たちの憧れの的にもなり、さらにはジャンヌ様のお告げの信憑性の向上にも貢献したという。


 そうして、クィンとレナルドの結婚は、『伯爵令嬢と元囚人の幸せな結婚物語』として後世にまで語り継がれることになったのだった―――。



最後までお読みいただきありがとうございます。

これにて完結となります。


初めての長編、最後まで書ききれてよかった( ;∀;)

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結ありがとうございます♡ 出来たら、サーシャ・ヴィクトル公爵令嬢への鼻を明かすとことか、アナの運命の相手との話とか、読んでみたいです(*'▽'*)
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